憲法原則が生きる「人権侵害救済」をめざして

憲法原則が生きる「人権侵害救済」をめざして
 全国人権連事務局長 新井直樹

部落問題研究所原稿 2010220

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人権擁護法案の安易な見直しはおこなうべきではない

人権擁護法案の安易な見直しはおこなうべきではない


http://homepage3.nifty.com/zjr/topics59.htm
   

 全国人権連は8月10日、法務省と交渉し、人権擁護法案の安易な見直しはおこなうべきではないと省を追及しました。 この話し合いには、全国人権連から丹波正史議長、千本美登・内海ハル子両副議長、新井直樹事務局長、東日本選出の本部幹事等9名の役員が出席。 法務省側から小山総務課長、若井人権啓発課長、関調査救済課長ら、8人が応対しました。

 交渉ではまず、人権擁護法案再検討に関わる省内プロジェクトの概要、法案を必要とする根拠、平等権に関わる差別行為の禁止ではなく言論表現を「差別禁止」する条項をあくまでも「法の根幹」と位置づけているのか、について、全国人権連が法務省の見解を質しました。

 省側は、「人権擁護法案再検討に関わる省内プロジェクトは4月に杉浦法務大臣から指示があり立ち上げた。 検討チームは審議官や課長級などで構成し大臣直轄の組織。 主な検討課題はマスコミの言論表現の取り扱いや人権委員会等の国籍条項に関わる問題が大きなテーマである」と回答。 人権連は具体例をあげながら、「真に必要な救済をおこなわないまま言論規制を進める「人権擁護法案」ではなく、人権侵犯処理規程の充実や虐待防止法等、当面おこなうべきことがあるのではないか」「大臣はマスコミ規制の「凍結」を削除するか等発言しているが、抜本的検討になっていない」「次期通常国会を目安にせず、鳥取での『条例』見直し議論もふまえ、十分な時間を取って根本から検討し直すべきだ」と迫りました。

 次に「確認・糾弾」について、「三重・弓矢控訴審判決は、行政の参加や参加の強要を断罪したが、いまも各地で開かれている『確認・糾弾』を、どのように認識しているのか。 行政の参加などを放置せずに中止の指導を公然とすべきとだ」と指摘。 省側は、「糾弾は弁護人もなしに大勢で反省を強要するもので、同和問題の解決に適さないとする平成元年の総務課長の通知(法務省権管第280号)の通りであり、公務員の出席は適当でない」と、これまでと同様の回答をおこないました。 これに対し、「弓矢事件でも見られるように、教育関係者の自殺という痛ましい事件が起きた。 校長が自殺に追い込まれる前に救済できたはずだ。 法務省見解を徹底すべきだ」と、各地の法務局も適切な指導ができないでいる例なども示し、確認・糾弾一掃のための実効ある対応を求めました。

 最後に、「財団法人 人権教育啓発センター」の中立・公平性に関わることや、えせ同和問題に毅然とした対応がとれていない地方法務局の実態なども提起し、改善を求めました。

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 なお8月30日、衆議員第一議員会館の与党政策調整第3会議室で、与党の人権問題等に関する懇話会が開催され、次期通常国会で人権擁護法案を成立させるべく手続きを開始しました。 与党の人権問題等に関する懇話会の新メンバーは、下記の通り。 

自民党 顧問 古賀 誠 衆議院
  顧問 鈴木 俊一 衆議院
  メンバー 中谷 元 衆議院
  メンバー 松岡 利勝 衆議院
  メンバー 岩永 峯一 衆議院
  メンバー 松浪 健四郎 衆議院
  メンバー 鶴保 庸介 参議院
公明党 顧問 冬柴 鐵三 衆議院
  顧問 草川 昭三 衆議院
  顧問 太田 昭宏 衆議院
  メンバー 東 順治 衆議院
  メンバー 田端 正広 衆議院
  メンバー 漆原 良夫 衆議院




テレビ朝日に申ししれ
http://homepage3.nifty.com/zjr/topics60.htm

 
 8月17日、テレビ朝日本社に千本美登・全国人権連副議長、新井直樹・事務局長ら3名が出向き、社会的に悪影響を与えている「糾弾会」への出席は再考すべき、と申し入れをおこないました。 これは、昨年1月23日、テレビ朝日の「サンデープロジェクト」で「ハンナン・浅田問題」をとりあげたなかで、田原総一朗さん、高野孟さんらが、「部落差別発言事件」を起こしたとして、確認・糾弾会が継続しておこなわれ、この10月下旬にも糾弾会が予定されていることから、昨年に続いて3度目の話し合いをおこなったもの。

 田原さんや高野さんは、すでに昨年2月下旬に「解同」中央本部での「確認会」に出席し、説明不足であったことや翌週の番組で謝罪したことも説明。 外から見ていたと「自己分析」をしています。

 その後、5月6月に確認会が開かれ、12月には「解同」本部で「糾弾会」が持たれて、テレビ朝日の会長や朝日放送の社長など9人も参加し、「人権研修を積極的にすすめる」などの「決意が示された」と言います。

 こうした経緯を確認し、ふたたび当事者が「糾弾会」にのぞむ理由、自己変革を促す糾弾会は違法であること、同和問題の現状や解決の在り方は多面的に学ぶこと、中立・公正な報道の徹底、放送と人権に関する委員会(BRC)の充実など、率直な意見交換をしました。

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糾弾会に公務員が参加してるケースがまだみられるが、「公務ではなく違法」であることを認識すべき

弓矢先生を支援する会ニュース「はらから」06年8月1日号

2006年3月20日
 弓矢人権裁判
 たたかいを大きく前進させる勝利判決
 三重県は慰謝料330万円を支払え

 弓矢裁判に対する日頃からの物心両面にわたるご支援に、心より感謝申し上げます。ありがとうございます。
 裁判が名古屋高裁に移って以来、「支援する会」では、情勢にあわせた「闘争ニュース」をつくり、六回にわたる口頭弁論を闘うとともに、三十回にのぼる弁護団会議を積み重ねてまいりました。
 今回、高裁判決をふまえ、「はらから」第18号を発行し、判決の内容をかいつまんでご報告させていただきます。
 名古屋高裁は、一審判決(慰謝料二二〇万円)を変更し、三重県に対し慰謝料三三〇万円を支払え、との判決をくだしました。控訴審でのたたかいは、相当大きく前進し、勝利したといえます。
 しかし、高裁判決内容には、原告弓矢の行なった町内会分離運動と、その際の発言を、「比較的重大な差別事件」と判断したり、解同の確認・糾弾行為を免罪するという、相矛盾した内容の判決になっています。
 現在、双方が最高裁に上告し、たたかいが続いています。

 弓矢事件
 名古屋高裁判決の問題点と課題
 名古屋高裁の判決主文

 一審原告(弓矢)の控訴に基づき、
(1)一審被告三重県は、弓矢氏に対し、金三三〇万円、及びこれに対する平成十二年十二月八日から支払済みまで年五分の利息を支払え。
(2)弓矢側の三重県に対するその他の請求を棄却する。
 一審被告三重県側の控訴を棄却する。

 三重県教委の違法性と賠償責任の根拠
   (積極的な勝訴部分)

(1)高裁判決は、県教委職員と校長・同推教員の違法について五点あげて賠償責任を示しました。
①同推教員Mが「糾弾をうけてボロボロになれ」と机を蹴って脅迫したことは違法。
②解同の確認会のあと「自分を見つめて」の加筆、訂正を強要したことは違法。
③県教委・校長が確認・糾弾会へ出席を強要したことは違法。
④同推教員M・Iが糾弾会の準備行為としての反省文、また糾弾会後の「感想文」を書くことを強要したことは違法。
⑤同推教員M等が弓矢氏の居住団地に「自分を見つめて」を勝手に配布しプライバシーを侵害したことは違法。
 以上5点の行為によって弓矢氏は精神的苦痛を被ったので三重県には賠償責任がある。

(2)確認・糾弾会への参加による精神的苦痛は参加を指示した県教委の責任
 解同の確認・糾弾行為で受けた精神的苦痛はかなり大きいと考えられるが、その責任は確認・糾弾会を開催した解同にはなく、参加を強要した県教委と校長・同推教員にあると判示しています。ここには論理の矛盾がありますが、判決文の上では、解同の確認・糾弾会への参加による精神的昔痛を認めています。しかし、解同の責任は免罪しています。

 解同による糾弾行為を容認し、免罪した判決。
   (判決の誤りの部分)

 判決では本件発言及び分離運動を「比較的重要な差別事件」と断定し、公益目的を前面に出して確認・糾弾行為の違法性を認定していません。その理由として、高校の教師が起こした問題であること、比較的重要な差別事件であること、私的問題でなく社会的問題であること、違法にならない確認・糾弾はありえること、そして、原告弓矢が虚偽を述べ隠蔽工作をしたことをあげています。
 しかし、その多くは論拠が示されていないうえに、差別の判断基準も示されていません。
 判示では、「この限度に止まる限りはこれらの行為が直ちに違法であるとはいえない」として解同の糾弾行為を免罪していますが、他の部分では一般論として内心の自由への違法性を認める判示がされています。
 二つの判示の整合性をつくろうために判決では、
①解同は義務のないことを強要していない。強要したのは県教委である。また、原告弓矢氏もその内心はともかく外形的にはこれに任意に応じたように行動した。
②内心の差別する心理に深く立ち入っていない。「無理して答えを出さなくてもいいから、率直に答えてほしい」と断った上で「心の根底に、差別が入ってきたのは、いつか」と質問している。
③「両親の事が全く欠落している」と質問したのは虚や作り事をせずに率直な話をしてほしいという趣旨に理解出来るようなものであると。
 この三つの事項をあげて、糾弾容認の限度に止まると判示し、解同の糾弾行為の違法性を免罪しているのは解同力ばいと言わざるを得ません。
 四〇〇名もの同僚や関係者の前で、誰からも弁護されることもなく「差別者」としてさらし者にされること自体人権侵害であるという常識と法務省見解への思惟が欠落しています。

 勝訴判決にある成果部分
①糾弾行為による自己変革を促すことは違法。
 判決には、解同の糾弾行為を容認する誤った判示がありますが、無原則に容認したのではなく「この限度に止まる限りはこれらの行為が直ちに違法であるとはいえない」として規制が設けられています。その限度は「批判し反省を求め、真実を明らかにするよう求める」ことであり、それをこえて「被糾弾者の自己変革を促す目的」となると違法となることを示しています。
 従って解同は糾弾方針で『糾弾は教育である』と位置づけ、『差別意識をなくすことによって人間的変革を求める闘い』 「部落の解放をめざす人間に変わっていくことを求める闘い」と位置づけていますが、これらは限度を越えるものとして違法いうことができます。
②「確認・糾弾会に公務員が参加することは公務とはいえず違法。
 「糾弾学習会」と称する糾弾会は通常の学習会とは無縁で、三重県教委と解同との連携に一定の規制が示されました。
 今後、糾弾会を学習、研修の場とすること、「糾弾会は教育の場である」として参加を呼びかけることにも一定の歯止めをかけることができます。
 糾弾会に二二〇名余りの教職員が出張・研修で参加したことは違法とされました。この当たり前の道理が認定されたことは大きな成果であり、今後、このような事象を起こさせない闘いの武器となります。
③確認・糾弾への出席・出席準備の指示、事後報告をさせる行為は違法。
 確認・糾弾を前提として反省文を書かせることやその準備のための指示・指導は違法であることが示されました。事象によって指導・研修が必要な場合でも、あくまでも校内(内部)研修の範囲であって確認・糾弾行為と連携する場合は準備行為として違法となると解することができます。
 三重県では学校現場において、人権・同和教育と関わって解同幹部も加わった「関係者会議」が開かれることがありますが、解同の確認・糾弾と結びつく場合は、その会議自体が違法とされました。
④確認・糾弾会への参加を求める職務命令は違法。
 確認・糾弾会への出席を本人の意思の如何に関わらず、県教委や校長から出席をもとめる行為は職務命令として理解するのが相当であり、これは違法であることが明示されました。
 仮に、本人が出席を了解していても管理職からの出席要請は違法です。
 それは確認・糾弾行為の違法性によるからです。
⑤糾弾学習会に教員の参加を強要することは行政の中立性に反する。
 糾弾会に学校行事を変更して、教職員全員を参加させることは、行政の中立性に反することであり問題があると判示したことは重要です。
 これは②の「民間主催のその相当性や適法性に異論のある確認会・糾弾会への公務員の出席は正当な公務の範囲を逸脱するというべきである。」という判示に運動することであり、確認・糾弾会への参加は行政の中立性に反すると判示したことになります。
 行政関係者の参加も当然、行政の中立性に反することになり、松阪市の職員が糾弾会場を手配したことも行政の中立性からして当を得ないとしました。
⑥反省文、「自分を見つめて」の作成を強要したことは違法
 解放大学卒業生のサンプル「自分を見つめて」を示して自己批判書(自分を差別者として鰍海させるもので糾弾会向けの準備物)を書かせたことは違法であると判示しました。
 確認会で解同幹部から「両親の差別心について書くように」いわれ、それを受けて同推教員M・Iが強要して書かせた「自分を見つめて」・~・の強要は、準備行為で違法であ
るとしました。しかし、解同との共謀による解同関係被告らの違法は認めなかった。
 弓矢氏は九回書き直しをさせられていますが、・以降が違法で、・~・は違法でないと判示したことは「糾弾会に向けた準備行為は違法」とした判示と矛盾するものです。
⑦「自分を見つめて」を居住団地に配布したことは違法行為である。
 「自分を見つめて」⑩を居住団地に配布した行為はプライバシーの侵害で違法と判示しました。「一緒に配りに行った」ように外形的には認めていても、意に反した違法な行為と判示したことは重要です。弓矢氏は六月ハ日以降、外形的には屈服し、容認、謝罪することで問題が解決すると考えましたが、これらは確認・糾弾を恐れての意に反した行為であり、このような精神的苦痛を生み出した解同・県教姿や学校、同推教員の違法な共謀行為を認定すべきでした。
⑧被った精神的苦痛と大きい因果関係がある
 まず、弓矢氏の「精神的苦痛は確認会・糾弾会の内容、そこに置かれた一審原告の立場にかんがみるとかなり大きい」と、確認・糾弾会が精神的苦痛を与える場であったことを認めています。(しかし、主催者である解同の責任は不問にしているのが問題です。)を余儀なくした同推教員M・I、校長及び県教委の担当者の行為は、精神的苦痛と大きい因果関係があるから賠償責任を負うとしています。ここにも解同を不問にすることによる矛盾があります。
⑨「糾弾を受けてぼろぼろになったらええんじや」と同推教員Mのとった行動は違法。
 律地裁での一審では認定されなかった違法性です。六月八日の段階で確認・糾弾会を前提に、原告を畏怖させ脅迫する行為だと判示したことは、その後の解同・県教委・学校の共謀行為の出発点を認めたことになります。(しかし、判決全体では多くの矛盾を含みながらも共謀性を認めていません。)
⑩三重県の基本方針や、同推委員の地位や権限についての判断は避けた
 三重県同和教育基本方針や人権教育方針に、運動団体との連携をうたい、同推教員の地位や権限が学校教育法に違反し、今回の事案の原因になっていることが、裁判では争われましたが、判決は判断を避けました。
 判断からあえて逃げた感じがしますが、「方針の違法性や同推委員の地位や権限に関する問題点は(あるが)、直接影響を与えるものではない」と、違法性や問題点があることを否定してはいません。
 学校現場では解同系同推教員(人権教育推進教員)が指導・監督するケースが多いだけに、横暴を批判する千がかりにすることができます。

 最高裁へ上告受理申立理由書を提出し是正を求める。
 弓矢さんと弁護団は、四月三日最高裁に上告受理申立をしました。高裁判決に含まれる多くの矛盾点、審査不備の中で特に四点にしぼって上告理由中立書が作成されました。申立書は五七頁に及ぶ膨大なものであり、事実と道理に基づく主張は、説得力と今後の運動や内心に関わる人格権(プライバシー、名誉権)を守る闘いでは示唆に富んだものとなっています。
 第1点 原判決は団地内にゴミ、排水路等の生活改善上の問題があり、原告の呼びかけで団地住民も同意し、分離運動が起こったことを認定しながら、本件発言と運動を「比較的重大な部落差別事件」であると判断し、解同による確認・糾弾行為を受忍しなければならないほどの比較的重大な部落差別事件であると判断したことは重大な誤りであり、原判決は、差別の判断を誤り、憲法十四条を解釈した最高裁判例に反するので破棄されなければならない。
 第2点 原判決は、確認会・糾弾会への県教委の出席強要が違法とされ、かつ、そこで一審原告弓矢が受けた精神的苦痛がかなり大きいものがあると認めながら、確認会・糾弾会を主催し、一審原告を追及した解同関係の被告の責任を認めなかったことは重大な背理であり、違法である。
 第3点 「自分を見つめて」⑦~⑩の書き替えの強要等は、二回にわたる確認会における解同関係被告らの追及を受けて、同推教員Mらの手で行なわれたものであって、そこに両者の共謀に基づく違法が認容されて当然であるのに、同推教員らの責任のみを認めて、解同関係被告の関与行為を認めなかった重大な違法である。
第4点 「自分を見つめて」⑦~⑩の作成強要の違法が認容されたからには、同じように、確認会・糾弾会の準備行為として作成された「自分を見つめて」①~⑥の作成強要の違法性も認められなければならないのに、それを認めなかった原判決の判断の違法である。

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表現行為に違法な行為を生じさせる実質的な危険性があったことが証明されない限りは、違法な行為の扇動は処罰されるべきではない

02年月刊誌掲載・再掲載

国民の義務とした「差別禁止」条項などの問題     
 全解連書記次長 新井直樹

http://homepage3.nifty.com/na-page/17.html


 政府は、今国会(六月一九日会期末)において、憲法違反の有事法制関連三法案を強行裁決し、戦前における国家総動員・治安維持体制を再現し、アメリカの戦争に日本を参戦させようとしています。この法案では平和の内に生きる権利、反戦の思想・内心や集会・結社の自由、報道の自由を「公共の福祉」の名で規制しようとしています。
 さらに政府・与党は、法案名称の美名に隠れて、こうした国民の言論・表現の自由、国民の権利を一層抑圧・規制する狙いをもって、「個人情報保護法案」や「人権擁護法案」を位置づけ、今国会で可決する意図を放棄していません。(五月一八日現在)
 人権擁護法案は、法務省の外局に人権委員会を設置し、差別、虐待、マスコミによる人権侵害も取り扱い、任意による「一般救済」と、「特別救済」として調停、仲裁、勧告、公表、訴訟援助などを行います。また委員会は、質問調査権や強制的な権限も持ち、応じない場合は過料や罰金を科し、マスコミ報道による人権侵害も勧告内容の公表を行うとしています。
 この法案に対し、国連パリ原則(一九九三年国連総会で採択)でいう政府からの独立性の確保が担保されていない、報道による人権侵害が「特別救済」の対象にあげられていることから、政府機関による報道への不当な干渉につながりかねない、国民の知る権利に答えられない、労働事案が除外されているとして、断固反対や廃案の立場が多く表明されています。
 しかし、法案の問題点はこれだけではありません。
 人権擁護推進審議会設置や審議会議論の経過をみれば明らかなように、「解同」らは「差別禁止法」の制定を強く求め、一方、人権教育・啓発推進所管の法務・文科省は、差別の要因を国民の意識の有りように求め、その改変を迫る法律の制定や「基本計画」の策定を進めてきており、これら事態の反映もあって、法案第三条は包括的な差別禁止条項となり、公権力等による差別禁止を明示せず、差別禁止を憲法体系に反して国民の義務として一方的に押しつける仕組みとなっています。
 また「人種等の属性を理由とする」「差別的言動」「属性情報の掲示」「差別助長行為」に対し、過料の制裁を伴う調査権限をもって差止め勧告や訴訟の提起を行うとしており、表現行為に対し、その表現内容にまで踏み込んで裁定を行うなど、言論表現の自由の立場からの解決を困難にし、国民の自由な言論活動を制限し萎縮させかねないものです。
 五月一二日に読売新聞社が両法案の修正試案を公開したところ、首相や官房長官も法案の再検討を指示する状況にあります。読売試案は、両法案のもつ基本的な問題点を内包したままであり、世論を一層喚起し、廃案に追い込みたいと考えています。
 全解連は、三月八日にこの法案が閣議決定され国会に提案された事態をうけて、三月一五日付で「言論表現の自由及び私的自治を侵す人権擁護法案に反対する」との見解(資料一)を、また四月二四日に参議院本会議先議で質疑がはじまったことから、「人権擁護法案は国民の権利侵害法であり廃案を求める(国会議員に対する申し入れ)」申し入れ書(資料二)も作成し、反対運動に取り組んできました。
 本稿では、「差別禁止」に係わる問題を中心に取り上げます。
 

 本年二月六日に、「人権擁護法案(仮称)の大綱」に関する質問主意書(二二項目)を川田悦子・衆議院議員が提出しました。その答弁書の中で、「差別助長行為等」について、次のように法務省は回答しています。
 「大綱第一の三(三)の「差別助長行為等」とは、(1)人種等を理由とする不当な差別的取扱いを助長し、又は誘発する目的で、例えば、いわゆる同和地区の所在を網羅した書籍を頒布するなど、人種等の共通の属性を有する不特定多数の者が当該属性を有することを容易に識別することを可能とする情報を公然と摘示する行為、及び(2)例えば、特定の人種又は民族に属する者へのサービスの提供を拒否するため、外国人の入店を拒否する旨を店頭に掲示するなど、人種等の共通の属性を有する不特定多数の者に対して当該属性を理由とする差別的取扱いをする意思を公然と表示する行為を指している。」
 「大綱第一の三(三)の差別助長行為等については、特定の個人の人権を直ちに侵害するものではないことなどから、個人による実効的な訴訟遂行が期待できないので、当該行為により不当な差別的取扱いを受けるおそれのある不特定多数者のために、人権委員会が自ら訴訟を提起してその差止めを求めることとするものである。」
 これら「差別助長行為」や「訴訟援助」の問題は、審議会「中間まとめ」(二〇〇〇年一一月)において検討課題とされていた事項でした。
 「第四 必要な救済措置とこれを実現するための手法」「一 人権侵害類型と必要な救済措置 (イ)差別表現 (二)いわゆる部落地名総鑑の出版やインターネット上の同種情報の掲示のように、人種,民族,社会的身分等に係る不特定又は多数の者の属性に関する情報を公然と摘示するなどの表現行為であって、差別を助長・誘発するおそれが高いにもかかわらず、法律上又は事実上、個人では有効に対処することが著しく困難な一定の表現行為が行われた場合の救済については、表現の自由との関係に十分配慮しつつ、差止め、削除等の手法の可否について引き続き検討することとする(第四、二(七)参照)。」
 「(七)特定の事案に関する強制的手法 差別を助長・誘発するおそれの高い一定の表現行為や慣行的な差別的取扱い等、被害者個人による訴訟提起が法律上又は事実上著しく困難であったり、それだけでは問題の実質的解決にならない事案に関する救済の在り方については、上記手法のほか、人権救済機関による命令・裁定や人権救済機関が裁判所に差止命令の発付を求める制度等も視野に入れつつ、表現の自由との関係や行政と司法の在り等を踏まえて、引き続き検討することとする。」
 このように「中間まとめ」の時点では、これらの問題は「表現の自由の保障に抵触するおそれが極めて高く、憲法上疑義がある」と任意的手法による対応を求める意見が大勢をしめた経緯があります。にもかかわらず「部落地名総監のような差別助長表現や集団誹謗的表現は、表現の自由の保障の範囲外」との異論も提示され、公聴会や意見募集の過程で私たちは反対の立場を宣伝しましたが、結局「積極的救済」の対象にされてしまった問題です。
 審議会最後の頃の議論をみると、いわゆる差別する自由はない、結婚問題の厳しさがわかっていない、など恫喝まがいの意見も見られます。このように「人権が侵害された場合」の主要な内容は「解同」が主張してきた、地名総鑑、身元調査、結婚差別、落書き、張り紙、インターネットなどに係わる「部落差別」問題であり、「被害者救済」も「解同」が「自力救済」といって憚らない「確認・糾弾」でとりあげきたが「効果的、迅速な解決がはかられていない問題」が対象にされているものです。
 「差別的表現は法的に規制すべきか」(江橋、浦部、内野、横田)が一九九二年の『法律時報』でとりあげられていたが、差別表現の規制は合憲であるか否かは議論が分かれていました。しかし、「解同」は差別表現行為や内容の法規制は、人種差別撤廃条約に照らして可能であるとの立場から主張を展開してきましたが、今回の法案に反映されてしまったものです。
 この問題は、矢田問題、埼玉加須事件、八鹿高校事件、近年でも川島町議除名事件、三重弓矢問題など、表現内容について「解同」や「法務局」ですら「差別」と一方的に断定し、人権侵害を平然と行ってきた過去を、また「放送レポート」でも明らかにされているように、メディア関係者の発言や活字が、「差別を助長する」とされ、出版物の回収(事前・事後)が行われてきた経緯をみれば、問題の重大さがわかります。
 「解同」ともども人権委員会が憲法二一条に反して、国民の言論表現の自由に介入し抑圧できる公の法的条項と機関がつくられようとしており、委員会裁定に不服申し立てもできない欠陥機関、このことの重大性はもっと喚起されてしかるべきと考えます。


 「解同」は、人権擁護推進審議会第三五回会議(一九九九年一二月一四日)で、「今後の基本課題」として「差別の禁止、少なくとも人種差別撤廃条約を踏まえた「差別禁止法(仮称)」の制定が必要」「このような差別禁止法がなければ、たとえ国内人権機関が設置されたとしても、何が差別であり何が人権侵害かが不明確なため、効果的な調査や調停を行うことはできません」と発言していました。
 私たちは、この「差別禁止法」の制定を求める意見に対し、国民内部の問題を解決するとした場合の「差別」のとらえ方や構成要件、「差別行為」を明示することの困難性、さらに現刑法とのかねあい等、検討すべき事項が多くあること、また近年、虐待防止、ストーカー規制法、DV防止法などが制定されてきているもとで基本的には個別法の改善をすすめること、そして公権力や企業などの社会的権力による差別を禁止するための法制度については、例えば性差による賃金格差の改善や障害者雇用の義務づけなど雇用者罰則の強化を行うことが必要だと主張し、行政機関が司法の領域に介入することに反対を表明しました。
 なお韓国では、「国家人権委員会法」(公布二〇〇一年五月二四日、法律第六四八一号、施行二〇〇一年一一月二五日)が制定されています。
 「第一章 総則 第一条(目的)この法律は、人間の尊厳及び価値、不可侵の基本的人権を保護し、人権の水準を向上させる国家の義務を果たすことにより民主的基本秩序を正しく立て直すのに寄与するために国家人権委員会を設置し、その組織及び運営に関して定めることを目的とする。第二条(定義)この法律で「人権」とは、憲法、大韓民国が加入・批准した国際条約及び国際慣習法及び法律によりすべての人が有する自由及び権利をいう」と、人権の保護を国家の義務として規定し、人権の定義も国際法に依拠することも明確にしています。
 一方、日本の人権擁護法案はどうか。
 「第一章総則(目的)第一条この法律は、人権の侵害により発生し、又は発生するおそれのある被害の適正かつ迅速な救済又はその実効的な予防並びに人権尊重の理念を普及させ、及びそれに関する理解を深めるための啓発に関する措置を講ずることにより、人権の擁護に関する施策を総合的に推進し、もって、人権が尊重される社会の実現に寄与することを目的とする。(定義)第二条この法律において「人権侵害」とは、不当な差別、虐待その他の人権を侵害する行為をいう。(人権侵害等の禁止)第三条何人も、他人に対し、次に掲げる行為その他の人権侵害をしてはならない。一次に掲げる不当な差別的取扱い イ国又は地方公共団体の職員その他法令により公務に従事する者としての立場において人種等を理由としてする不当な差別的取扱い ロ業として対価を得て物品、不動産、権利又は役務を提供する者としての立場において人種等を理由としてする不当な差別的取扱い ハ事業主としての立場において労働者の採用又は労働条件その他労働関係に関する事項について人種等を理由としてする不当な差別的取扱い(雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(昭和四七年法律第一一三号)第八条第二項に規定する定めに基づく不当な差別的取扱い及び同条第三項に規定する理由に基づく解雇を含む。) 二次に掲げる不当な差別的言動等 イ特定の者に対し、その者の有する人種等の属性を理由としてする侮辱、嫌がらせその他の不当な差別的言動 ロ特定の者に対し、職務上の地位を利用し、その者の意に反してする性的な言動 三特定の者に対して有する優越的な立場においてその者に対してする虐待 2何人も、次に掲げる行為をしてはならない。一人種等の共通の属性を有する不特定多数の者に対して当該属性を理由として前項第一号に規定する不当な差別的取扱いをすることを助長し、又は誘発する目的で、当該不特定多数の者が当該属性を有することを容易に識別することを可能とする情報を文書の頒布、掲示その他これらに類する方法で公然と摘示する行為 二人種等の共通の属性を有する不特定多数の者に対して当該属性を理由として前項第一号に規定する不当な差別的取扱いをする意思を広告、掲示その他これらに類する方法で公然と表示する行為 (国の責務)第四条国は、基本的人権の享有と法の下の平等を保障する日本国憲法の理念にのっとり、人権の擁護に関する施策を総合的に推進する責務を有する。」
 このように日本の法案は、「差別」「不当」「人権」「虐待」について定義せず、しかも教育基本法第三条(教育の機会均等)でいう「すべて国民は、ひとしく、その能力に応ずる教育を受ける機会を与えられなければならないものであって、人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位又は門地によって、教育上差別されない。」との「差別されない」という国民に対する国の取り扱いが明確にされていない、重大な欠陥があります。
 「解同」が私人間の差別禁止を主張したことを逆手にとり、「人権」を韓国の人権委員会法のように国際条約に則って規定せず、「不当」という曖昧な表現で私人間の問題に踏み込み裁定しようというものです。国際的諸条約や国際社会との関係で見ても、曖昧な対象として「差別」的表現行為・内容を排除する人権委員会は奇異な機関であり、「被害者救済」をいいつつそこに限定した仕組みを取らず「事前予防」と称して「啓発」ですますのでなく、出版差し止め・訴訟援助までおこなう、二重三重に国際社会から隔絶した代物となります。
  

 この法案は、これまで述べてきたように、差別を助長・誘発する表現や集団誹謗的表現などの「差別表現」を規制対象にしています。とりわけ、日本政府は人種差別撤廃条例の締結に際して表現の自由との関連で一部条項の留保を行った経緯があるにも係わらずです。
 昨年七月九日に外務省は、「人種差別撤廃委員会の日本政府報告審査に関する最終見解に対する日本政府の意見」を人種差別撤廃委員会に提出しました。
 この「報告審査」の中には、もとより看過できない問題が含まれていました。それは第一に、委員会が条約第一条に定める人種差別の定義の解釈に関わって、「世系(descent)」の語にはそれ独自の意味を持っているとし、部落民を含む全ての集団について、差別から保護されることなどを勧告したこと、第二に、条約第四条(「人種優越主義に基づく差別及び扇動の禁止」)は義務的性格を有しており、意見や表現の自由の権利と整合するとして、締約国の義務と抵触すると懸念を表明したこと、です。
 われわれも委員会に抗議をしましたが、外務省もこれまでの政府見解の立場を踏襲して次のような内容の批判文を提出しました。
「立法措置は、状況により必要とされ、かつ立法することが適当と締約国が判断した場合に講じることが求められていると解される。我が国の現状が、既存の法制度では差別行為を効果的に抑制することができず、かつ、立法以外の措置によってもそれを行うことができないほど明白な人種差別行為が行われている状況にあるとは認識しておらず、人種差別禁止法等の立法措置が必要であるとは考えていない。」
「なお、人種差別思想の流布や表現に関しては、それが特定の個人や団体の名誉や信用を害する内容を有すれば、刑法の名誉毀損罪、侮辱罪又は信用毀損・業務妨害罪で処罰可能であるほか、特定の個人に対する脅迫的内容を有すれば、刑法の脅迫罪等により処罰可能である。また、人種差別的思想を動機、背景とする暴力行為については、刑法の傷害罪、暴行罪等により、処罰可能となっている。また、私人による差別について、不法行為が成立する場合には、そのような行為を行った者に損害賠償責任が発生するほか(民法七〇九条等)、公序良俗違反の法律行為である場合には、民法九〇条により無効とされる。」
「第四条の定める概念は、様々な場面における様々な態様の行為を含む非常に広いものが含まれる可能性があり、それらのすべてにつき現行法制を越える刑罰法規をもって規制することは、その制約の必要性、合理性が厳しく要求される表現の自由や、処罰範囲の具体性、明確性が要請される罪刑法定主義といった憲法の規定する保障と抵触する恐れがあると考えたことから、我が国としては、第四条(a)及び(b)について留保を付することとしたものである。また、右留保を撤回し、人種差別思想の流布等に対し、正当な言論までも不当に萎縮させる危険を冒してまで処罰立法措置をとることを検討しなければならないほど、現在の日本が人種差別思想の流布や人種差別の扇動が行われている状況にあるとは考えていない。」
「例えば英国の一九八六年の公共秩序法第一八条第五項には、「人種的憎悪を扇動する意志があったことが証明されなかった者は、その言葉、行動、筆記物が脅迫的、虐待的、侮辱的であるとの意識がなくかつそれに気づかなかった場合には、本条の下の犯罪として有罪にはならない。」と規定している。また、「人種主義とメディア」に関する共同声明(意見と表現の自由に関する国連特別報告者、メディアの自由に関するOSCE(欧州安保協力機構)代表及び表現の自由に関するOAS(米州機構)特別報告者による共同声明)の中でも、差別的な発言に関する法律は、「何人も、差別、敵意ないし暴力を扇動する意図をもって行ったことが証明されなければ、差別的発言(hatespeech)のために罰するべきではない。」と。
 基本的に同意できる内容です。問題は「中間まとめ」の時に論点となった、「集団の名誉や侮蔑」表現、「部落地名総監のような出版物」等への法規制を、ここで述べているように刑法で十分処罰可能であるとするか、処罰の前に行政指導や行政処分を先行させることを可能とするか、という問題です。
 例えば、インターネット上の表現位置づけについて合衆国最高裁判所は、新聞と放送の区別を維持しつつ、インターネットには周波数の稀少性は妥当せず、放送についての法理は妥当しないと判断し、表現の自由の法理が前提とする「思想の自由市場」をストレートに適用しています。日本国憲法のもとで第二一条の表現の自由も同様に考えられ、新聞の場合よりも裁判所がとりわけ手厚い保護を与えることが必要との意見が学者研究者の多数です。この立場からすると表現の制約は、とりわけ厳しい基準を満たさない限りは許されないものとなります。「やむにやまれない政府利益の基準」をクリアすることが不可欠です。
 違法な行為の扇動に対する規制基準として、合衆国最高裁判所が示した基準(ブランデンバーグの基準)があります。それは、表現自体が違法な行為を直接扇動していて、しかもその表現行為に違法な行為を生じさせる実質的な危険性があったことが証明されない限りは、違法な行為の扇動は処罰されるべきではない、というものです。「差別を助長する表現」「名誉を毀損する表現」「侮蔑する表現」とは区別され、これらの表現に対する規制は、憲法上の正当化は困難と指摘する学者がこれまた多数です。
 このようにインターネット上での表現行為については、表現は表現で対抗すべきだとの表現の自由の基本原理がより強く妥当する余地があります。表現行為に対して名誉毀損として損害賠償責任を負わせるためには、表現が虚偽であり虚偽の事実の公表に故意過失があったことを原告が証明しなければならず、公職者などの場合でも表現者が「現実の悪意」を有していたことを証明しないとなりません。
 米国憲法修正第一条は、「・・・言論あるいは出版の自由を制限し、または人が平穏に集会し、また苦痛の救済を求めるため政府に請願する権利を侵す法律を制定してはならない。」と明確に規定し、たとえば通信品位に係わる「ポルノ規制」なども、これに反する法律として違憲とされています。
 このように、「差別的取扱い」とか「差別表現」などといわれるものは、極めて多義的で評価の分かれる類の問題であり、安易に差止めや削除等の措置が許されないものです。とりわけ「差別表現」の問題は、言論表現の自由や文化の問題、思想信条の自由とも深く関わるものであり、法務省が人種も含めた差別禁止を、取り扱いのみならず、差別助長・誘発などと、人種差別撤廃条約でいう差別扇動に類する問題にまでかってに法の網を広げたことは、これまでの政府・外務省見解に反するものであり、また、なんでも米国のいいなりの政府であるにも係わらず米国憲法修正第一条を無視するなど、権力的発想が極めて濃厚です。

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資料一 
 言論表現の自由及び私的自治を侵す「人権擁護法案」に反対する 
一、政府は今国会に「人権擁護法案」を提出し、五月中に可決し、来夏には人権委員会を発足させる運びである。この法案は、人権擁護推進審議会が、昨年五月に「人権救済制度の在り方について」とりまとめた答申を土台としている。法案は、法務省の外局に人権委員会を設置し、差別、虐待と並んでマスコミによる人権侵害も取り扱い、これまでの制度と同様の任意による「一般救済」と、調停、仲裁、勧告、公表、訴訟援助などを行う「特別救済」に分けている。しかも、委員会は質問調査権や強制的な権限も持ち、応じない場合は過料や罰金を科し、マスコミ報道による人権侵害も勧告内容の公表を行うとしている。
一、この法案は、我々をはじめ多くの国民の意見や批判を軽視し、審議会が当初からもっていた制約や本来的な問題を内包したまま、まとめられたものである。
(1)国民の基本的人権の重要な柱である「裁判を受ける権利」を擁護し、発展させる立場からすれば、司法の民主的改革と連動するのでなく、裁判外紛争処理機関の設立根拠を「簡易性、柔軟性、機動性」と称して、司法の内在的限界論の立場をとり、裁判を受ける権利の形骸化及び三権分立における行政権の肥大化につながりかねない危険性が指摘される。
 こうした問題の克服は、国民の身近で頼りになる司法の民主的改革が基本であり、少なくとも政府から人事、運営、財政の各面で独立して活動できる人権救済機関の設置が必要であるが、人権委員会の帰属や格付けをも含む独立性の確保、民主的選任と国民の信頼をうる人権擁護委員の在り方でも十分な配慮がなされていない。
(2)公権力や社会的権力(大企業など)こそ人権侵害の元凶であるにもかかわらず、この問題を「特別救済」にきちんと位置づけず、国民の言論・表現、内心の自由や知る権利など、いままで国民間の問題で踏み込まなかった分野に、行政機関が調査権限や罰則をもって介入しようというものである。
(3)法案の土台である答申は、同和の特別対策の終結との係わりから審議会が設置され、とりまとめられた経緯があり、人権問題といいながら差別問題が中心であり、しかも同和問題を色濃く意識したものとなっていたが、その問題点が法案にも反映している。
 つまり、同和問題に係わる結婚・交際問題のように、この分野で合意されてきた政府見解では、何が差別かを判定することは困難であり、法律などで罰したり規制することは、かえって啓発に反し差別の潜在化を招くと捉えていたが、この法案は明らかに問題解決に逆行する仕組みを内包している。
 結婚・交際に際して、「差別」との断定のもとに、嫌がらせや侮辱などに「特別救済」を行うことは、国民の内心の自由への介入につながり、意に反する婚姻の強制など憲法が保障する婚姻の自由への行政権力の介入になりかねず、結果的に人権を侵害し、部落問題解決をも阻害するものである。
(4)マスコミによる人権侵害については、マスコミ自身の自主的な解決機関の設置による解決が基本であり、この問題をめぐって言論・表現、報道の自由を侵害しかねない行政的な介入は許されない。
 あくまで表現には表現で対抗することが近代社会の基本であり、定義できない「不当な差別的言動」「差別助長行為」などの表現行為に対して、曖昧な基準で「停止」「差し止め」など物理的、強制的な手段による対応を行うことは、言論表現の自由を侵害し、しかも自由な意見交換のできる環境づくりによる部落問題解決にも逆行する。
 このように、この法案は、国民の希望してきた人権救済制度のあり方に十分応える内容になっていないばかりか、従来、国民生活に係わる私的自治やマスコミのような報道の自由が不可欠な分野へ新たな権力の介入に道を開き、しかも異議申し立てなどの反訴や黙秘権も明確に規定されておらず、新たな人権侵害を生み出しかねない危険性をはらんでいる。
一、国連規約人権委員会は、「我が国の報告書に対する最終見解」で「警察及び出入国管理当局による不適正な処遇について」と「児童の権利」に関して「調査及び救済を求める申立てができる独立した機関等を設置」することを求めている。国連の方針がすべて正しいものではないが、関係当局は国内実状を一定反映した「勧告」を誠実に受け止め、各々指摘のある分野について個別法の改善整備を含む迅速な検討が求められている。
 国連は、とりわけ「独立した機関」が必要と指摘している分野をこのように限定しており、人権侵害の元凶である公権力や社会的権力(大企業など)を規制することを曖昧にし、国民の私的領域や言論の分野に踏み込むような機関はもとより想定していない。
一、全解連は、この法案のもつ問題を広範な国民に知らせ、共同して廃案に追い込むよう全力をあげる。
 
資料二
 人権擁護法案は国民の権利侵害法であり廃案を求める(国会議員に対する申し入れ)
1、翼賛体制確立の一里塚
 政府は今国会において、憲法違反の有事法制案を強行裁決し、戦前における国家総動員体制の確立で、アメリカの戦争に日本を参加させようとしています。有事の名のもとに、国民が平和のうちに生きる権利を侵害し、土地や財産のとりあげ、言論表現の自由を奪うなど基本的人権の蹂躙を企んでいます。
 こうした翼賛体制を確立する上で、マスコミをはじめとする国民の言論表現を管理することが支配に不可欠であることから、「人権擁護」という美名で、国民の権利侵害法がまとめられたものです。
 政府は、「個人情報保護法案」や「人権擁護法案」を今国会中に可決し、来年四月~七月に人権委員会を発足させる予定でいます。
 人権擁護法案は、法務省の外局に人権委員会を設置し、任意による「一般救済」と、差別、虐待、報道機関による人権侵害や差別助長行為等を「特別救済」に位置づけ、調停、仲裁、勧告・公表、訴訟援助などを行います。また委員会は、過料の制裁を伴う調査権限を有し、行為の差止めやマスコミ報道による人権侵害も勧告・公表を行うものです。
2、国連勧告や決議を無視し、国民の権利を規制するもの
 法案の提案理由には、「被害の適正かつ迅速な救済又はその実効的な予防」があげられています。
 もともとは、同和問題解決の特別対策を終了し(本年三月末で失効)、一般対策への円滑な移行を論議していた平成八年(一九九六年)五月の地域改善対策協議会意見具申により、人権救済の在り方を調査論議する人権擁護推進審議会が設置され(一九九七年三月から五年の時限法)、昨年五月に人権救済制度の在り方についての答申にもとづいて法案は作成されています。
 よって、国民間の差別問題、とりわけ同和問題に係わる差別問題を色濃く反映しています。
 国連(自由権)規約人権委員会は一九八八年に、「我が国の報告書に対する最終見解」で「警察及び出入国管理当局による不適正な処遇について」と「児童の権利」に関して「調査及び救済を求める申立てができる独立した機関等を設置」することを求めています。 
 国民の願いは、人権侵害の元凶である公権力や社会的権力(大企業など)の横暴を規制し、人権侵害を効果的迅速に排除することです。また私人間の問題でも、雇用差別の禁止など外形的な問題と思想・信条や内心に係わる問題をきちんと区別することも求めています。
 しかし、この法案は、国連がとりわけ「独立した機関」が必要と指摘している分野に限定して「特別救済」を行うのではなく、差別・虐待など曖昧な概念をもって、国民の私的領域や言論表現の分野に踏み込み、自由を規制しようとしています。 
 しかも、この法にもとづく、行政機関である人権委員会は、「特別救済」と称して、差別・虐待などの人権侵害を裁定し、勧告・公表を行うなど、行政手続き法上も問題を含み、一方的に「加害者」を認定し人権を侵害しかねないものです。
3、差別の禁止を国家でなく国民の責務にしている
 日本弁護士連合会は、政府からの独立性の確保の点で致命的な欠陥があると指摘して、仕組みを改めた上、出直すべきとの理事会決議をあげています。また、日本新聞協会、日本民間放送連盟、日本放送協会は報道による人権侵害が特別救済の対象にあげられていることから、政府機関による報道への不当な干渉につながりかねない、国民の知る権利に答えられないとして、報道の自由に十分配慮した制度を共同で求め、断固反対の立場を鮮明にしています。
 このように、政府からの独立性の確保、メディアの言論・表現の自由の確保が保障されないことから反対の取り組みが進められています。
 しかし一方で、民主並び社民党は、政府案と同様に、「人権」や「差別」「不当な差別的取り扱い」「不当な差別的言動」を明確に概念規定せずに用いて、恣意的運用に為りかねない法案(大綱)を準備しています。
 「特別救済」の対象からマスコミを除外し、法務省の外局から内閣府に所管を移しても、国民の権利侵害がなくなるものではありません。特に、「国民の責務」を規定して、国家による国民の権利擁護義務でなしに、国民の義務により人権侵害行為を禁止するというもので、憲法の理念が逆さまになっています。
 有事法制の問題と同様、国権主義の露骨なあらわれであり、私人間の問題ではより慎重に個別具体的な法制度・救済論議が求められます。
4、国民の言論表現の自由を規制しかねない
 一九七五年六月二九日施行の埼玉県加須市長選挙に際し、選挙ポスターに「同和対策是か非か」と記載し掲示したところ、差別の温存を意図するとして住民の抗議行動があり、選管はポスターの撤去を求め、候補者はこの文言の上に紙をはって消して対応したが、県・市の職員の干渉が無かったら当選していたであろうと、選挙の無効を訴えた事件があります。
 東京高裁の判決(一九七六年二月、判例時報八〇六号)は、差別待遇をしてはならないことは現代社会の基本理念であるが、対策事業を行うかどうか、その方策如何の問題は全く別個の事項。「これらについて論ずることはまさに言論の自由に属する。」仮に差別を助長するような言論をなす者があったとしても、これを公権力によって抑圧することが適法かどうかも全く別の問題。「言論に対しては言論をもってすべきが現代社会の常法であろう。」この文言は読みようによってはどのようにもとれる。選管や県・市の公務員が、趣旨を判断し、「やめさせるように働きかける権限をもつ根拠を見いだすことができない。明らかに公権力によって選挙における言論の自由と選挙の公正を害するもので、不当な選挙干渉というべきである。」と選挙無効を言い渡しました。
 最高裁もこの高裁判決を支持して上告を棄却しました(一九七六年九月、判例時報八二六号)。
 このように、表現行為の判定は大変困難であり、表現の自由の価値は、憲法上優位的位置にあります。
 しかし、この法案は、「人種等の属性を理由とする」「差別的言動」「属性情報の掲示」「差別助長行為」に対し、過料の制裁を伴う調査権限をもって差止め勧告や訴訟の提起を行うことから、表現行為に対し言論の自由の立場からの解決を困難にし、国民の自由な言論活動を萎縮させるなど、多くの問題を含んでいます。
 部落問題の分野では、これまで「解同」が一方的に「差別」と断定して行政・教育関係者も巻き込んで暴力的な「確認・糾弾」が行われ、教育関係者をはじめ多くの自殺者を生み出してきました。こうした行為は、政府・法務省でさえ、「啓発には適さない」「行政関係は出席するな」と通達せざるを得ないものでした。
 これが、部落問題について自由な意見交換を妨げ、行政・教育の主体性放棄、えせ同和行為の跋扈となり、問題解決を遅らせてきた主要な要因です。
 この法案は、これら「差別」について、これまでの「解同」にかわって「行政機関」が一方的に裁定するというものであり、国民の人権を保障もせず、差別の潜在化を招きかねないものです。
5、法案にどう対応するのか
 この人権擁護法案は、国民の自由な言論活動を萎縮させ、国家が言論を管理統制する方向を強めるものであることから、廃案にすべきです。
 国会闘争では、次の点を要求します。
(1)「加害者」の人権が保障される担保がないこと等から、「特別救済」は行わなわず、「一般救済」手続きのみを取り扱う「人権委員会設置法」とする。
(2)国家行政組織法3条2項の人権委員会は、末端事務局に至るまで人選・運営などに透明性を確保し、人権擁護委員の民主的選任等をおこなう。
(3)国連勧告をふまえて、「警察及び出入国管理当局による不適正な処遇」や「児童の権利」に関して「調査及び救済を求める申立てができる独立した機関等」を、国連が一九九三年に採択した「パリ原則」にそって、法務省や行政機関の管轄に属さない「政府からの独立性」が確保された機構の設立をあらためて検討する。

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鳥取の廃止署名 全力で

日本共産党鳥取県委員会が先の県党会議で「人権条例廃止」を決議(以下)したので紹介します。

http://www.jcptori.jp/modules/news/article.php?storyid=104

日本共産党鳥取県委員会 県党会議《特別決議》

  命がけで自由と民主主義を守るためにたたかってきた日本共産党の真価を発揮し、「鳥取県人権条例」の廃止をめざし奮闘しよう

「鳥取県人権条例」の廃止を求めるたたかいは、いま、重要な局面をむかえています。弁護士会など法律家の批判や県内外からの多くの批判、議論は、人権条例が「致命的な欠陥」をもっていることを浮き彫りにしました。

条例は、差別や人権侵害というあいまいな規定で、県民の間での日常のあらゆる会話を罰則付きで規制し、行政機関が人権侵害する恐れがあり、県民同士の自由な交流を阻害することになります。これでは、人権救済にも差別の解消にも逆行することになりかねません。

また、県が弁護士や学者などの意見を聞いた「懇話会」では、条例を制定して救済しなければならない人権侵害の事実が存在しないことが明らかになりました。

懇話会では、部落差別に限定するという意見がありましたが、規制すべき事実は結婚差別の外には示されませんでした。しかし「婚姻は両性の合意」によるものであって、行政機関が強制することは憲法違反の人権侵害です。

この間の議論で明らかになったのは、条例制定の根拠となる事実が存在せず、条例の規定は言論・表現の自由を侵害し、憲法に違反する内容であるという、条例として「致命的な欠陥」をもったものだということです。制定当初は「運用」で問題は解決するとしていた片山知事が、「抜本的見直し」が必要との立場に変わったゆえんです。この間の議論からでてくる結論は、人権条例は廃止すべきだということです。

しかし、まだ県議会も知事も「見直し」の域を出ていません。県議会の会派「信」や「住民連合」は六月一日の条例施行を主張しています。二月二十四日開会の二月県議会にむかう期間は、その一日一日が、人権条例廃止の流れを強めるのか、それとも見直しで存続を許すのか、激しいせめぎあいとなってきます。

廃止をめざすたたかいの新たな段階をむかえ、県党は「人権条例の改廃を求める連絡会」が提起している「一万人署名」の成功のため奮闘することが求められています。

「第二十四回党大会決定」は、「総選挙後に生まれた新しい政党状況の中で『改革競争』と称して暴走を競い合うという状況が生まれている」ことを指摘し、その中でわが党が「確かな野党」として責任を果たすことが重要であるとのべています。「人権条例」が県議会各会派の悪政の競い合いを背景に成立した事態は、大会決定の分析が示す通りとなっています。

鳥取県党は、県内の政党のなかで人権条例制定に反対した唯一つの政党です。わが党がこのたたかいの先頭にたてるのは、八十三年の歴史の中で民主主義擁護を何より大切にし、差別解消に逆行する部落解放同盟の確認・糾弾や行政との癒着に正面から対決してきた党だからです。

ビラ弾圧事件など正当な政治活動、市民活動への弾圧事件が頻発しているもとで、言論・表現の自由を抑圧する人権条例を廃止させることは、鳥取県党がはたすべき国民的な責務です。自由と民主主義の擁護を現在と未来の旗印としている日本共産党の真価を発揮し、第二十四回党大会決定の実践として、「鳥取県人権条例」廃止をめざすたたかいに全力を尽くすことを、県党のすべての支部、党員のみなさんによびかけます。



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鳥取条例の単なるやり直しでは意味がな

                                                      2006年2月14日

鳥取県議会議長

 前田 宏 殿

                                                   全国地域人権運動総連合

                                                        議 長  石岡克美

「鳥取県人権救済条例」の施行延期と

知事部局提案事項の充実を求めます

 前略

 鳥取県・片山善博知事は2月1日、鳥取県人権侵害救済推進及び手続に関する条例(「人権救済条例」)の無期限で施行を延期する条例案と、学識経験者など13人による「条例見直し検討委員会」を設けるための予算措置を議会側に説明しました。

  片山知事の提起は、昨年10月に全国で初めて「人権救済条例」が可決されて以降、県内外から以前にも増して危惧や批判など、改廃を求める運動が高まりをみせたことの反映であり、真摯な対応と評価できます。

 特に、条文の規定や制定の根拠等に曖昧性が見られることに係わって、県内外のマスコミや弁護士会、「人権条例に関する懇話会」等からも、言論表現や報道の自由を侵害し、真に必要な人権侵害救済が軽視され、新たな人権侵害が生じかねないと批判が起こったのは当然と考えます。

 私ども全国人権連は、政府において求められる新たな人権侵害救済機関は、「人権委員会」は国連パリ原則にのっとって政府(行政)から独立した機関とし、委員の人選、運営、予算の面でも独立性が担保できるようにする、人権救済の強制調査の対象は、憲法上の基本的人権及び国際人権条約で規定されている権利の侵害、すなわち国家・行政権力や社会的権力(大企業など)による人権侵害に限定し、報道や国民の表現活動を規制したり、私人間の領域に立ち入るものとはしない、新たな立法行為に対して人権アセスメントを導入し、法律による人権への影響を事前にチェックする機能も持たせる、ことが最低要件と考え、政府案の廃案運動を全国的に展開してきました。

一方、地方段階の人権救済制度は、埼玉県や兵庫県に男女共同参画の苦情処理機関が設置され、和解、勧告、提言など迅速な対応が行われています。こうした個別人権課題に限定した苦情処理機関であれば憲法上の疑義を生じることはありません。子どもや障害者などの権利を擁護する条例等も実施されており、鳥取県においてもこれらの積極面や教訓を生かすことが重要と考えます。

今後、県議会内で知事部局提案案件の議論が行われますが、長年にわたり旧身分に係わる障壁を解消し自由な社会的交流の実現をめざし、また民主主義や憲法の人権条項を暮らしに根付かせるために様々な人権課題にも取り組んできた立場から、標題に係わり次の諸点を要請いたします。

1、知事部局提案を真摯に受け止めていただき、「検討委員会」人選の公平・中立性の確保、「検討委員会」委員の公募枠の設定、「検討委員会」会議や議事録の公開、ヒヤリング団体・個人の公募や意見募集などを議会決議するなどして、県内外の信頼と期待に応えて下さい。

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「解同」の「確認・糾弾」合法論は誤り

「弓矢人権裁判」12月公判に弓矢弁護団が提出した意見書より
横田耕一氏の「違憲性批判」意見に対して


第7 乙ロ118~120に対する反論

 1 横田意見書(乙ロ第118号証)に対する反論

 (1) 横田意見書は、「法務省通知(甲第78号証)」の中の「確認・糾弾会への出席についての相談を受けた場合は言うまでもなく、相談を受けない場合にも必要に応じて、『確認・糾弾会には出席すべきでない』と指導する(同5頁)」ことは、明らかに集会の自由に対する公権力による許されない介入であり、違憲であると主張(10頁)するので反論する。

     因みに、横田意見書は、「法務省通知」中、確認・糾弾会には「出席する必要はない」と指導することは容認しているものである。

   1) 確認・糾弾会は、被糾弾者に対して、糾弾学習会への出席を事実上強制し、被糾弾者の人権や人格を踏みにじり、被糾弾者が解同の言い分を受け入れて、被糾弾者の意識又は考え方を変革するまで、強要を続ける場であり、明らかに被糾弾者の思想・信条の自由、内心の自由の侵害が行われる違法な集会である。

      すなわち、確認・糾弾会は、解同がその差別事件糾弾闘争方針に則り、数百人の解同同盟員が参加して被糾弾者を取り囲み、組織として、被糾弾者の人間変革(意識や考え方を変革)を強要する場であり、その追及(強要)を通じて関係者、行政機関などに、この事件を通じて解同の主張する差別の本質と解同が要求する当面解決をせまらねばならない課題を深く理解させる(押しつける)場であり(乙ロ27・247頁)、被糾弾者が解同の求めるような人間変革を完了するまで、また関係者や行政機関が、解同の要求する課題の実行を約束するまでエンドレスに続け、そして被糾弾者が糾弾会に出席しない場合は、糾弾要綱を社会に公表し、行政指導を行わせたりして、被糾弾者に対する批判の世論をまきおこすなかで、社会的責任をとらせるものである(乙ロ27・248頁)。

      被糾弾者の意識変革を強要する行為が、思想・信条の自由、内心の自由に反することは、人事異動や命令研修の目的が差別文書を認めるという意識変革にあって、人事異動や命令研修の本来的目的も存せず、解同矢田支部の要求に応じて行ったことが、思想・信条の自由、内心の自由を侵す違法な行為との判決(矢田民事事件、昭54・10・30大阪地裁判決、判時963号119頁、昭55・12・16大阪高裁判決)からも明らかである。

      法務省は、違法な確認・糾弾会には「出席する必要はない」にとどめず、このような確認・糾弾会には、少なくとも公務員には、行政の中立性、主体性をまもる立場から、「確認・糾弾会には出席すべきでない」と指導して通知したものである(甲第78号証)。

憲法の人権保障規定を順守し、行政の中立性、主体性を守るために、「確認・糾弾会には出席すべきではない」との指導を発したのは、何ら憲法21条に保障する集会の自由に抵触するものではない。 

   2) 横田意見書は、解同の行う確認・糾弾会の実体をみずに、確認・糾弾会を単に「差別問題解消のため被差別者や被差別集団が私的に差別者と被差別者とが向き合う機会」と考えるから、法務省通知を違憲と主張しているにすぎない。

      「法務省通知」は、解同が行う確認・糾弾会自体を否認したものではなく、あくまで、解同の意向にそった被糾弾者の意識変革が完了するまで続ける違法な確認・糾弾会に「出席すべきでない」と通知を発したものである。

(2) 横田意見書は、「糾弾学習会への出席要請がある程度は道徳的強制の要素をもつことはありえよう」とも主張する(5頁)。

    確認・糾弾会への出席要請が道徳的強制の要素をもつとは、いかなる意味なのか、全く趣旨不明である。道徳に強制の要素は存在しない。

(3) 横田意見書は、「一般国民以上に部落差別解消が義務づけられている公的機関(例えば県教委)が、糾弾学習会といった差別意識認識・解消の場に対して好意的であっても不思議ではないし、その結果として糾弾学習会の開催に一定の関与(出席要請の伝達、職員の出席)を行っても法的には許容範囲内にあると言える(もちろん積極的に出席を強要したり、法的に出席義務があることを伝えたりすることは憲法20条、21条等に違反する)。」とも主張する(5頁)。

    しかし、解同の行う違法な確認・糾弾会は、同和問題の解決にとって著しい阻害要因となっており、それ自体、被糾弾者の思想・信条の自由、内心の自由を侵す違法なものとされているのであるから何ゆえ公的機関が好意的でなければならないのか。

    公的機関(例えば県教委)が部落差別解消義務を負うているものではない。公的機関は部落問題の解決の課題を担っているものである。

    県教委も公的機関の一つとして、部落問題の解決の課題を担っているからといって違法な確認・糾弾会に対し、「好意的」であるべき理由はない。課題を担っていることと具体的施策とは、別個の問題である(加須市長選挙無効請求事件、東京高裁昭51・2・25判決、806号・25頁)。

    また、なぜ、解同の行う違法な確認・糾弾会の開催への出席要請の伝達や、職員の出席をさせなければならないのか。これは、違法行為の幇助にあたるもので、法の執行を行う公務員として許されないものである。

    なお、宗教の自由を保障した憲法20条に違反するとの主張は、全く趣旨が不明である。

(4) 横田意見書は、「裁判所はこれまで、積極的に糾弾学習会を肯定したとまでは言えないまでも、糾弾学習会が違法なものであるとは決してしていないのである。」とも主張する(6頁)。

    横田意見書があげる大阪高裁昭和56年3月10日、同昭和63年3月29日の判決は、被告人らが、糾弾権の行使として正当行為にあたるとか、可罰的違法性を欠くとの主張に対し、被告人らの行為はいずれも違法であるとした判決である。「糾弾学習会が違法なものであるとは決してしていない」とは判決のどの部分を指していうのであろうか。

 (5) 横田意見書は、「少なくとも部落差別問題にあっては、行政(司法・立法も)は被差別者ではないことはもとより、中立的第三者でもなく、むしろ差別者の側(とりわけその主たる責任者)であることは、これまでの歴史を振り返る中で公的にも確認されてきたところである。したがって、部落差別問題で『行政の(差別者と被差別者の間での)中立性』を語るのは筋違いである(5頁)。」とか、「差別問題には、中立的立場はなく、多数者や国家機関(裁判所を含む)は、主観的認識はともかく、差別する側にあることを三思すべきである(10頁)。」と主張する。

     確かに行政が差別をしたことはあるが、むしろ、それは解同との連携の下に行った窓口一本化行政等では、解同が求める行政をしたため、被差別部落の中に新しい差別を生み出し、それが、「本件児童は、差別をなくすことを目的とする行政の名の下にいわれない差別を受けるというまことに遺憾な結果となっている(貴船保育所入所措置解除処分取消請求事件福岡地裁昭52・12・23判決、判時898号48頁)として」行政の公正・平等の立場から処分の取消がなされている。

     まさに、本件の如く解同が差別を生み出す行政を強要したからに外ならない。斯様な例は枚挙にいとまがない。行政で求められているのは、正しく公正、平等な行政であり、行政の中立性である。

     なお、これらの主張は、差別について極めて特異な主張であるが、社会を差別者側と被差別者側とみたり、行政・司法・立法機関を差別する側とみることにより、部落問題の解決ができるのであろうか。その解決の道筋を明らかにされたい。

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鳥取の教訓を生かそう

読売のタイトルのとおり。

鳥取で議論されていることは、国の議論に通ずる。

「救済」すべき事案は何か

解同の基本法案を取り入れました、などということで、

国会議員の多数から賛同が得られると目論んだのが誤算の始まりといえる。

法案を無期凍結し、一から議論しなおすべきだ。



2月8日付・読売社説(2)
 [鳥取人権条例]「人権擁護法案再考への教訓だ」

http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20060207ig91.htm

 元々、無理がある条例だったということだろう。

 鳥取県が全国に先駆けて昨年10月に制定した人権侵害救済条例について、片山善博知事が6月から予定されていた施行の凍結を表明した。県議会に無期限で施行を先送りする条例を提案する。

 議員提案で成立した条例を、執行機関の知事が凍結するのは異例のことだ。条例には余りにも問題点が多かった。凍結は当然だ。

 まず、人権侵害の定義が曖昧(あいまい)だった。「差別的な言動」「虐待」「誹謗(ひぼう)中傷」などを挙げたが、片山知事も「悪口でも対象になるのでは、という懸念を抱かせてしまう」と危うさを認めたほどだ。

 加害者に是正勧告を行う救済機関である人権救済推進委員会は、知事が直轄する組織で県職員が事務局を担うなど、独立性に疑問符がついた。恣意(しい)的な運用の恐れも拭(ぬぐ)いきれなかった。

 委員会は強い強制力を持つ。調査を拒んだり、妨害したりすれば、過料などの罰則を科すとされた。だが、関係行政機関は「公共の安全と秩序の維持」などへの支障を理由に挙げれば拒否できた。

 警察の強圧的な取り調べや刑務所での職員による暴行事件などの救済申し立てがあっても、県警本部長や刑務所長が拒否すれば、調査はストップしてしまう。公権力に対する甘さも問題だった。

 鳥取県弁護士会も条例を批判し、委員の派遣を拒否したため、委員会の設立も困難な状況に追い込まれていた。

 鳥取県は、識者で構成する検討委員会を設けて人権侵害の実例を調査し、条例を全面的に見直す考えだ。

 だが、そもそも、地方で司法的判断を下す救済機関が必要か、という疑問がある。普遍的であるべき人権に関する判断を一自治体で行えば、自治体によって対応が異なり、混乱しかねない。

 人権侵害の解決に、自治体がなすべきは、一足飛びに救済機関をつくることではあるまい。

 高齢者や児童に対する虐待の防止法に定められた自治体の権限を活用すれば、被害を防げる事案も少なくない。

 人権救済を求める被害者にとって、警察や裁判所などの敷居は高い。

 休日や夜の時間帯にも足を運びやすい相談窓口を広げ、専門機関へつなぐことも、自治体に求められる役割だ。差別問題やセクハラ防止の意識啓発といった、地道に取り組むべき施策もある。

 鳥取県の条例破綻(はたん)は、政府が国会再提出を目指す人権擁護法案の再考に当たっての教訓となる。論議を尽くして懸念を払拭(ふっしょく)しないと、前へは進めない。

(2006年2月8日)

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正しい情報を国連に

「憎悪・・・煽動禁止」を

国内法として整備せよ、との一部の主張に反論を

4条留保を多数の世論に

http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jinshu/ikenboshu.html

「あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約」
政府報告書についての意見募集についてのお知らせ

1.政府報告書についての意見募集

 1996年1月14日、我が国について発効した、「あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約」の第9条は、各締約国に対し、この条約の諸規定の実現のためにとった立法上、司法上、行政上その他の措置に関する報告を、人種差別撤廃委員会による検討のため、国際連合事務総長に提出することを義務づけています。
 ついては、次回政府報告書作成の際の参考として、我が国における本条約の実施状況に関し、国民の皆様から広くご意見を受け付けることとしました。

2.募集期間

 平成18年2月8日(水曜日)~平成18年2月28日(火曜日)

3.記入要領

 様式は問いませんが、ご意見作成の際には、以下の事項をご記入下さい。

  • 意見及び条約の該当条項(なお、ご意見はできるだけ簡潔にお願いします。)
  • 関連データ・根拠等(出所も記入)
  • 差し支えなければ、団体若しくは個人名、連絡先(住所、電話番号)もご記入願います。

4.送付方法

 電子メールによる受付(cerdhoukoku@mofa.go.jp

(注)なお、寄せられたご意見(ご質問を含む)に対する回答はいたしかねますので、予めご了承下さい。

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鳥取の逆流を許さない

鳥取県人権救済条例の施行停止案をうけ、下記の談話を発表

http://homepage3.nifty.com/zjr/topics41.htm

2006年2月2日

全国地域人権運動総連合
    事務局長 新井直樹

 鳥取県は2月1日、鳥取県人権侵害救済推進及び手続に関する条例 (「人権救済条例」)の無期限で施行を延期する条例案と、学識経験者など13人による「条例見直し検討委員会」を設けるための予算措置を議会側に説明しました。 これは、昨年10月に全国で初めて「人権救済条例」が制定されて以降、県内外から以前にも増して危惧や批判の意見が盛りあがり、廃止を求める運動が高まりをみせたことの反映です。

 そもそも、現行の政府や自治体による人権擁護の仕組みなどには、実効性など多くの問題が指摘されてきました。 求められる新たな人権侵害救済機関は、(1)「人権委員会」は国連パリ原則にのっとって政府(行政)から独立した機関とし、委員の人選、運営、予算の面でも独立性が担保できるようにする、(2)人権救済の強制調査の対象は、憲法上の基本的人権及び国際人権条約で規定されている権利の侵害、すなわち国家・行政権力や社会的権力(大企業など)による人権侵害に限定し、報道や国民の表現活動を規制したり私人間の領域に立ち入るものとはしない、(3)新たな立法行為に対して人権アセスメントを導入し、法律による人権への影響を事前にチェックする機能も持たせる、ことが必要要件です。

 しかし、2002年以来政府が提案する「人権擁護法案」は、これらの要件を満たしておらず、人権や差別の定義も曖昧で、「差別禁止」の名の下に言論表現の自由が侵害されかねない代物で、多くの国民のみならず与党内からも異論がだされ、宙に浮いたままになっています。

 こうした情勢にありながら、鳥取県では、県議会で継続審議とされてきた「条例案」であるにもかかわらず、論点を十分改善見直しすることもなく、政治的に成立をはかったものです。 よって、県内外から、言論表現や報道の自由、真の人権侵害からの救済機構を求める立場からの批判が巻き起こったのは当然の成り行きです。 全国人権連も改廃を求めて、県や県議会に要請文を提出したり、石岡議長他の役員などで直接見直しを迫るなど、問題の本質にある同和問題の解決点と「解同」のよこしまな狙いを暴露する、積極的な活動を進めてきました。 こうした世論に押されて、片山知事も2回にわたる懇談会の議論を真摯に受け止めざるを得なくなったものです。

 しかし、「(部落)差別規制」を法律や条例として制度化することを執拗にはかる「解同」の動向は軽視できません。 「解同」の狙いは、同和対策事業が終了することとの関連で用意されてきた「人権」という土俵での「啓発」「教育」「侵害救済」という事態を利用して、特に中央・地方の「人権委員会」を牛耳るなどして、今後も各種人権政策・制度のもとで権益を得る足がかりを確保することにあります。 「解同」は、国民の内心に係わる「意識」を問題にし、言論表現活動や私人間の領域に強制的に立ち入り、違法な「確認糾弾」をいまも自治体の庇護の下に行い、人権侵害を生み出していますが、法律や条例はこうした「民間との連携」の名で違法な行為を合法化し、国民分断の策動に対する批判を許さない状況を作り出そうとするものです。

 今後、鳥取県では「検討委員会」が設けられ、同和問題、障害者、高齢者などの各人権団体から人権侵害の実態を聞き取り、10回程度の会議で修正内容を詰めるようですが、検討委員会人選の公平中立性の確保、委員の公募枠の設定、会議や議事録の公開、ヒヤリング団体・個人の公募や意見募集など、民主的な手続きを十分ふんで、県内外の信頼と期待に応えるべきです。

 県が4月から予定する人権侵害の実態調査では「現在の行政や法曹、民間の取り組みで救済されていない人権侵害があるか探す」(県人権局)といい、一件一件の実例を集めていく方針と言われます。 また、そうした実例を基に、加害者への罰則が必要かどうかなども精査するともいいます。

 24日開会の2月議会は大変重要な局面になります。 知事提案通りに行くかどうか、また不十分な提案内容を豊かなものにするために、鳥取の人権連準備会や「改廃を求める連絡会」などとも連携をはかり、逆流を許さないために取り組みを強めるものです。

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