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新型コロナは「インフルエンザ化」まで収束しない

論座(RONZA)
https://webronza.asahi.com/science/articles/2020032400004.html

新型コロナは「インフルエンザ化」まで収束しない

感染爆発が終わる時期と、今後の対策のあり方を見定める

唐木英明 東京大学名誉教授、公益財団法人「食の安全・安心財団」理事長

2020年03月26日

 新型コロナの感染が中国から欧米諸国に広がり、世界を覆いつつある。WHOのテドロス事務局長はパンデミック宣言を行い、流行は加速していると述べるとともに、今後は途上国で感染者を発見し、隔離することで感染拡大を防ぐことが重要との見方を示した。

 振り返って日本の状況を見ると、この1カ月余りで新たに見つかる感染者数は、少しずつ増加しているものの、感染爆発を起こすような状況は回避できている。しかし、厳しい対策によって個人も、社会も、経済も疲弊しつつある。今後の対策はどうあるべきか。リスク管理の観点から考えてみる。
封じ込め対策の効果と被害

 急激な感染拡大の恐れがあった北海道は、2月28日に緊急宣言を行い、週末の外出や大規模イベントの自粛、そして休校を実施した。3月19日、政府の専門家会議はこの措置が感染の拡大防止に一定の効果があったと判断し、北海道は緊急宣言を解除した。

 他方、2月27日に政府が要請した全国一斉の臨時休校については、専門家会議はほとんど評価していない。休校は、児童、両親、学校、給食関係者などに広範に及んだ被害が極めて大きかった。つまり対策には、効果とともに、被害がある。その両者を比較して「リスク最適化」を図ることが要なのだ。全国一斉という措置についてはその計算に不備があったのではないか。文科大臣は、20日、休校を延長しない方針を明らかにした。

 疑問がある対策もあった。感染者が増加していた大阪府と兵庫県では、国の専門家から「大阪府・兵庫県内外の不要不急な往来の自粛を呼びかける」ことを提言されたという。これを受けて、府知事は3月20〜22日の3連休に府県間の移動自粛を要望し、多くの人がこれを受け入れた。しかし、国の専門家の提言は、県内外や府内外のすべての往来自粛を求めたものと読み取ることができる。そうであれば有効な対策として評価できるが、府県間のみを制限して意味があったのか。やはり、リスク最適化の検証が必要である。

真に効果がある対策とは?

 それでは、感染拡大の防止に効果がある対策は何だろうか。中国での状況を検証した論文が発表されたので、その内容を紹介する 。

拡大中国・武漢でとられた主な政策

 武漢では1月初めから感染者が増え始め、23日に街全体が封鎖された。感染者はその後も増え続け、2月初旬に1日4000人近いピークに達したが、その後は一転して減少に転じた。対策の効果が2週間後に表れたのだ。そして2月下旬には1日の感染者は500人以下になり、3月上旬には数十人にまで減少した。

 論文によれば、各種の対策のうち感染者の早期発見と隔離が感染の拡大阻止に最大の効果があり、市民の接触制限にもかなりの効果があった。前者は行政の仕事であり、後者は個人の努力である。

 時期も重要で、もし対策が2週間早かったら、患者数は84%少なくなったはずだという。武漢封鎖は旧正月の2日前であり、少なくとも500万人の市民が封鎖以前に武漢を出て、中国各地に感染を広げただけでなく、イタリアなどヨーロッパ各地の感染原因になった可能性が高い。中国の対策が2週間早ければ、武漢の感染者数は4万9千人から7800人に激減し、医療崩壊は起こらなかったかもしれないとしている。

感染爆発が終わる時期はいつか

 中国の感染爆発は約4週間で収束し、韓国は約3週間で収まっている。イタリアも感染爆発が始まってから約3週間が経過し、新規感染者はピークを過ぎたように見える。各国の対策はほぼ同じなので、早期に対策をとれば感染爆発は4週間程度で収まることが予測される。ということは、ヨーロッパと米国での感染爆発は4月中に終わる可能性がある。しかし、それで問題が終わるわけではない。

 新型コロナが急速に広がる原因は、私たちがだれも免疫を持っていないことと、ワクチンがないことだ。しかし、もし人口の7割前後が感染すれば、その人たちは免疫を獲得して感染拡大は止まる。前回述べたようにこれを集団免疫と呼び、欧州各国では、最悪の場合、そのような事態になることを国民に説明している。

 それでは、多数の感染者が出た武漢では、集団免疫を得られたのだろうか。武漢の人口は1100万人、感染者は4万9千人と発表されている。しかし4万人以上の感染者を除外しているという報道がある。仮に感染者を11万人としても、その割合は人口の1%である。ということは、市民の大部分はまだ免疫を得られていないのだ。このところ新規感染者はでていないというが、4月8日に予定されている封鎖解除の後、感染者が入ってくれば再び感染が拡大するだろう。

 中国政府は、社会と経済に対する影響の大きさを考慮して、2月17日に都市間の交通制限を終了するなど、対策を多少緩和している。企業活動は一部再開し、北京市内も人出が増えたという。しかし、大部分の人は免疫を持っていないので、問題が解決したわけではない。実際に、中国全土の感染者数は3月中旬から増加に転じ、少なくともその一部は海外から感染者が入国したためという。日本でも海外旅行からの帰国者に感染が続いている。

ワクチンはすぐにはできない

 中国の武漢でも、韓国の大邱でも、爆発的な感染拡大の対策として、都市の封鎖、集会の禁止、外出禁止、店舗閉鎖などの強硬な措置が実施されている。感染拡大が続くヨーロッパ各国も同様の措置をとっている。これで感染拡大は一時的には終了するが、そのような措置を長期間続けることはできない。といって、対策を緩和すれば、再び感染は拡大する。集団免疫を獲得するまでは、問題は解決しないのだ。すると、解決法は2つに絞られる。

 第1の方法は、ワクチン開発である。効果がある安全なワクチンを開発して大量生産し、世界に供給するまでには1、2年かそれ以上の時間がかかる。専門家会議は「長期戦を覚悟する必要がある」と述べているが、長期とはこの程度の長い年月になる可能性があるのだ。また、現在の厳しい対策を続けていても、感染爆発が起こる可能性があることを専門家会議は警告している。それでは、どうしたらいいのだろうか。

「新型コロナのインフルエンザ化」とは

 感染爆発を恐れる理由は、医療機関の対応能力を超える多数の感染者が発生することで医療崩壊が起こることである。逆に言えば、医療崩壊を防ぐことができれば、感染爆発はそれほど恐れることはない。それが第2の方法である「新型コロナのインフルエンザ化」という考え方だ。

 日本では毎年、冬季の2カ月で約1000万人がインフルエンザに感染し、関連死を含めて1万人が死亡している。これはまさに感染爆発だが、医療崩壊は起こらないし、それを大きく問題視する声もない。


 その理由は、症状の軽さと死亡率だ。新型コロナに感染しても8割は軽症だが、3.5%は重症化して死亡している。これに比べて、インフルエンザに感染してもほぼ全員が軽症で済み、死亡者は0.1%である。インフルエンザが重症化しないのは、治療薬があるためだ。ということは、新型コロナの治療薬を見つけて、重症化を防ぐことができれば、感染爆発を恐れる理由はなくなるのだ。

 だが新しい薬の開発には10年以上の歳月と、1兆円ともいわれる開発費が必要であり、現実的ではない。そこで現在行われているのは、既に使用されている多くの医薬品の中から治療効果があるものを選び出す作業である。世界中で研究が進み、すでに有望な候補がいくつも出ている。早ければ2、3カ月、遅くとも半年以内に、重症化を防ぐ有効な治療法がいくつか見つかるだろう。

 インフルエンザで医療崩壊が起こらない理由はもう一つあり、多数の一般病院や自宅でも治療できることだ。他方、新型コロナは軽症でも少数の指定病院に入院させるので、医療崩壊につながる。専門家会議は重症者のみを指定病院に入院させる方向を示したが、これは感染者をすべて隔離するという方針の転換であり、新型コロナのインフルエンザ化の第一歩だ。

 新型コロナがインフルエンザと同様の季節性を示すのか、分かっていない。そうであれば、夏季に感染爆発は一段落するが、当面は、そうではないことを前提に、対策を考える必要がある。

 要するに、新型コロナの究極の対策は、重症化を防ぎつつ、多数の人が感染して、集団免疫を得ることなのだ。そして、そうなれば、新型コロナウイルスに対する強い恐怖感は消え、毎年のインフルエンザのような身近な感染症の一つになってゆくだろう。

感染する確率を現実的に考える

 有効な治療法が見つかるまでの半年は、感染爆発を防がなくてはならない。そのために個人が行うべきことは、それほど難しくはない。専門家会議が繰り返し述べているように、密閉空間に多数の人が集まって、互いに接近するのを避けることだ。すなわち「密閉」「密集」「密着」の回避である。さらに手洗いをして、顔に触れないこと、風邪の症状がある人は外出を控え、マスクをして飛沫の飛散を防ぐこと。これで十分である。そして、行政が行うことは、感染者の早期発見と隔離である。

拡大リスクを下げるための3条件とは

 もう一つ重要なことは、恐怖症にならないことだ。そのためには確率を考えることが必要である。東京の状況を見よう。3月24日現在、東京都の感染者数は154名で、その内訳は軽症・中等度が108名、重症が11名、死亡が4名、退院が31名である。ここまでは毎日報道されているが、ここから先はほとんど報道されていない。それは、東京に感染者が何人いるのかである。それは、私たちが街を歩いているときに、どのくらいの割合で感染者に出会うのかを知るための、非常に有用な情報である。もちろん、実際の数は分からないが、推測はできる。

 東京では毎日10名内外の新たな感染者が見つかり、1人の感染者が1人程度に感染させていると考えられる。つまり、東京の街の中には常に感染者10名程度いると推測できる。まだ見つかっていない感染者がこの10倍の100名いると仮定すれば、東京の人口は1400万人なので、その中に紛れている100名に私たちが出会う確率は14万分の1である。これは、電車や店などで14万人とすれ違うなどすれば、そのうち1人だけが感染しているということだ。

 怖くて電車のつり革に触れないという人もいるが、そのつり革に14万人もの人が触れたときに、ようやく1人が感染者ということだし、その感染者の手にウイルスが付着していてそれがつり革に残っている可能性はさらに低い。つまり、つり革から感染する可能性は限りなくゼロに近いと言える。

 常時マスクをしないと怖いという人も多い。しかし、感染者に出会う機会はほとんどないし、症状のある人は外出していないはずだ。WHOが示した指針でも、マスクが必要な人はせきやくしゃみといった症状がある人だけで、それ以外の人が予防目的で学校や公共の場でマスクを着用する必要はないとしている。
正しく恐れる冷静な社会づくりを

 こうして実際の数字を検討してみると、感染する確率は極めて小さいことが分かるだろう。感染を防ぐ簡単な方法も周知されている。にもかかわらず、多くの人が不安に駆られ、通常の生活ができず、社会も経済も大きく混乱している。たった一人の感染者が見つかっただけで知事自らが重々しく発表する状況と、これを受けて「また感染者が出た」とニュースを速報で流すことが、国民の不安を煽っている。

 ということは、「人々が不安になる情報を出して、対策に協力をよびかける」という手法をとっているようにも見える。さらに、目先の感染拡大の可能性については警告をするが、多くの人が知りたい、その先の見通しを示していない。もちろん、注意を呼び掛けることは必要だが、社会全体に不安を広げることが望ましいとは思えない。

 欧米の感染爆発は4月中には大幅に改善されると予測される。5月までには重症化を防ぐ治療法が見つかる可能性がある。そうすれば新型コロナウイルスに感染しても、ほとんどの人がインフルエンザ程度の軽症で済むことになる。そのような可能性を知るだけで、将来に希望が持てるし、多くの人が多少でも安心できる状況になるだろう。正しく恐れることで、落ち着きがある冷静な社会になることが望まれる。


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