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「朝日」またも小若記事 「差別撤廃これから」

ジャーナリズムウオッチ
「早くありのまま」負の側面=山田健太
https://mainichi.jp/articles/20170810/ddm/004/070/024000c

毎日新聞2017年8月10日 東京朝刊
「思うつぼ」になりかねない

 二つの講演会の中止が、相次いで一部の報道機関に報じられた。東京都内の大学のイベントに保守系作家を招いたものと、都内の公共施設で予定された精神科医のものだ。前者は、作家の言動を巡って主催団体に開催見直しを求める声が上がったことが中止につながったが、中止決定後には反対に、見直しを求めた団体に対する嫌がらせが続いた。後者では、ヘイトスピーチ反対を訴えた精神科医を講師に招いたことに反発した一部の人々から、抗議のメールや電話を受けた主催者が、中止を決断したと伝えられた。
 報道は、事実をありのまま伝えるという大原則の上に立ちながらも、時には「伝えない」配慮をしてきた。自殺報道の場合などは、報道の影響を考慮する経験が蓄積されてきたが、同様にインターネット上の反応を考慮に入れた報道が求められていると思う。ネット上のうわさがマスメディアに取り上げられると、「正しい事実」として認識されやすい。ネット上のたわいのない話題が、報道によってより多くの層に拡散し、過大に問題化する実態も見受けられる。
 今回の講演会中止報道は、中止の是非を問う問題提起の意味を果たしたとしても、それ以上の副作用を生んでいる。新たなバッシングを誘発する状況とも無縁ではないし、特定のテーマや人物の講演会は面倒になるので回避しようとの思いを社会全体に広げてしまった。なぜ中止の判断をしなくてはいけなくなったのかを明らかにして初めて社会に広がる萎縮状況の例としてニュース価値を持つと思われるが、一方で当初の報道の趣旨とは逆に表現の自由を狭める効果を生むような事態を誘引する可能性を否定できないからだ。
 現状では中止を求めた側の満足度は高くても、話す機会を失った当事者ばかりか、多様な意見を聞く機会を失うという社会的損失を伴っている。つまり、マスメディア上での事実の伝達は、目標通り行事を中止に追い込んだ側の「戦勝報告」になりかねないのだ。これらは、起きた事実は早くありのまま伝えるという、伝統的な一報主義の負の側面ということにならないだろうか。
 克服のためには、たとえば取材経験や専門情報を社内で共有し、背景や影響を理解したうえで報道をする体制が必要かもしれない。日本の報道機関の組織はゼネラリスト志向が強いが、専門記者制度のある海外の報道機関に倣うことも必要だろう。当面は、現場記者のニュースを拾う嗅覚とともに、副作用を理解した上で伝えるといったデスクやディレクターの意識改革が問われている。そのために社内共助が必要だ。(専修大教授・言論法)

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