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差し止め要件緩和、出版界が懸念

日本会議本
仮処分決定 差し止め要件緩和、出版界が懸念
毎日新聞2017年2月27日 東京朝刊
http://mainichi.jp/articles/20170227/ddm/004/040/023000c
 ベストセラーとなった新書「日本会議の研究」の出版差し止めを1月に命じた東京地裁の仮処分決定が波紋を広げている。憲法で保障された表現の自由を尊重する立場から、判例は出版差し止めに極めて厳しい要件を設けているが、決定は要件を緩めたように読み取れるからだ。今回は15万部が発行済みで影響自体は限定的だったが、出版界から「先例になれば、書籍や雑誌が差し止めの脅威にさらされる」との懸念が表明された。【伊藤直孝】
「回復困難な損害」
 「日本会議の研究」は著述家の菅野完(すがのたもつ)氏(42)が昨年5月に扶桑社から出版した。改憲に向けた署名集めなど草の根運動に力を入れる日本会議の沿革や活動を検証している。
 仮処分を申し立てたのは、日本会議の源流となった宗教団体元幹部の70代男性。菅野氏は男性を「カリスマ」と呼び、全6章のうちほぼ1章を紹介に当てた。男性側は、6点の記述が真実ではなく、回復困難な損害が生じるとして差し止めを求めた。
 この中の1点は、男性が1970年代に宗教団体機関誌の購読拡大に力を入れ、購読のために消費者金融で資金調達した者もいたなどと紹介する内容だ。「結果、自殺者も出たという。しかし、そんなことは男性(作中は実名)には馬耳東風であった」。関述之(のぶゆき)裁判長はこの部分に限り、「真実ではないことの相当程度の蓋然(がいぜん)性(高い可能性)がある」と認定。販売継続によって男性が「重大かつ著しく回復困難な損害を被る」として、削除しない限り販売してはならないと命じた。残り5点の記述は、男性側の主張を認めなかった。
 男性側代理人の内田智弁護士は「本人への取材がないまま断定的に事実でないことを書かれた。他者の命を顧みないと書かれることは、宗教者である男性にとって耐えがたい苦痛だった」として決定を評価する。
 出版物の表現によって名誉を傷つけられたり、プライバシーを侵害されたりした場合、裁判では損害賠償や謝罪広告掲載といった救済策を求めることが一般的だ。出版差し止めを求めるケースもあるが、判例は極めて厳しい要件を示している。
 北海道知事選の候補予定者に対する記事の差し止めが問題になった「北方ジャーナル」事件の最高裁判決(86年)は、対象者が公務員や公職選挙候補者の場合には(1)表現内容が真実ではなく、または公益を図る目的でないことが明白で(2)被害者が重大で著しく回復困難な損害を被る恐れがある場合--に限って、例外的に差し止めが許されると指摘。候補予定者を「ゴキブリ」「天性の嘘(うそ)つき」などと表現した雑誌の出版差し止めを認めた。
 これに対して今回の地裁決定は「男性は候補者などの公共性の高い人物ではない」として、真実性や公益性がないことについては「明白」であることまで立証する必要はなく、「相当程度の蓋然性」で足りるとしている。このため、差し止めの要件が緩められたとみられている。
36字黒塗りで増刷
 出版社約80社でつくる日本出版者協議会は「『真実でない可能性が高い』という予断で差し止めの要件を満たしたとすれば、自由な出版活動は成立困難になる」との声明を発表。日本雑誌協会、日本書籍出版協会、日本民間放送連盟も懸念する声明を出した。
 扶桑社は決定に異議を申し立てたため、今後は地裁の別の裁判官3人が差し止めの可否を審理する。一方で同社は決定が問題とした36字を黒塗りにして増刷した。「差し止めを命じられたことは極めて遺憾だが、決定後に店頭在庫が品薄になり、作品を読者に届けるためやむを得ず修正した」と説明している。
 菅野氏は取材に「男性が無私無欲で活動した延長線上に日本会議があることを描いており、おとしめる意図はない。司法による差し止めはおかしい。男性は異論があれば言論の場で反論すればいい」と話している。
過去に発行停止も
 過去に裁判所が出版差し止めを認めた例は、出版されることで当事者に回復困難な損害が生じるとして、プライバシー侵害を主な理由として事前に差し止めを命じたケースが目立つ。差し止めの効果の点で今回とは差がある。
 生まれつき顔に腫瘍がある人物が描かれた作家の柳美里さんの小説「石に泳ぐ魚」について、最高裁は2002年、モデルになった女性の主張を認め「出版されれば重大で回復困難な損害を被る恐れがある」と判断。出版差し止めを命じた2審判決が確定した。柳さんは裁判中は出版ができず、確定後に修正版を出版した。
 また東京地裁は04年、「週刊文春」に私生活を取り上げられたとして、田中真紀子元衆院議員の長女らの申し立てを認めて出版差し止めの仮処分を決定した。定期刊行物に対する事前差し止めとして大きな注目を浴び、発行元の文芸春秋は約77万部のうち約3万部の出荷を取りやめた。決定はその後、東京高裁が「記事はプライバシーを侵害するが、事前差し止めを認めなければならないほど重大な損害を与える恐れがあるとまでは言えない」として取り消し、確定した。
 最近では横浜地裁が16年3月、被差別部落の地名が記された戦前の調査書を復刻出版しようとした出版社に対し、部落解放同盟の申し立てを認めて出版禁止の仮処分を決定している。
「判例に反する」「萎縮招く」識者ら
 表現の自由や出版差し止めについて詳しい識者からは、東京地裁決定に批判的な声が上がっている。
 「石に泳ぐ魚」事件や週刊文春事件で著者や出版側の代理人を務めた喜田村洋一弁護士は「北方ジャーナル事件は出版差し止めを原則認められないとした判例で、当事者がどのような人かによって、緩和された要件で差し止めを認めるのは判例の趣旨に反する」と言う。また、削除を命じられた箇所が約40年前の話であることから「書かれることで不可逆的な損害を被ると言えるのかも疑問だ。本訴訟で賠償の有無を判断すべき事案だったのではないか」とみる。
 一方、「名誉毀損」(岩波新書)などの著書がある山田隆司・創価大准教授(憲法、メディア法)は「東京地裁決定は、公共性の高い人物でないなら差し止め要件を緩和していいという判断の根拠が示されていない。15万部以上発行された書籍について、出版を差し止める緊急性や実効性があったかも疑問が残る。差し止めは表現の自由に致命的な萎縮効果を招く『劇薬』だ。裁判所の判断を注視する必要がある」と話している。

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