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ヘイトスピーチ抑止、条例案可決へ…大阪市議会

ヘイトスピーチ抑止、条例案可決へ…大阪市議会
http://www.yomiuri.co.jp/politics/20160108-OYT1T50009.html?from=tw
2016年01月08日 08時35分
 
 民族差別をあおるヘイトスピーチ(憎悪表現)の抑止を目指し、大阪市が市議会に提案した全国初の条例案が、早ければ15日にも可決・成立する公算が大きくなった。 
 議会側には慎重意見もあったが、市長与党で最大会派の大阪維新の会が提示した修正案に対して共産などが賛成する方向で調整を始め、過半数を確保できる見通しとなった。
 条例案は、橋下徹前市長が昨年5月に提案。学識者による審査会の調査に基づき、ヘイトスピーチを行ったと認定した者の氏名や団体名を公表するほか、被害者が訴訟を起こす場合に必要な費用を貸し付けるとしていた。
 だが、市議会では、市長が審査会委員を決めることに異論が噴出。訴訟費用貸し付けについても「訴える側だけに貸し付けるのは不公平」との指摘があり、継続審議になっていた。
2016年01月08日 08時35分
ヘイトスピーチという病理どう立ち向かうか…朴 一(大阪市立大大学院教授)
http://www.mindan.org/front/newsDetail.php?category=2&newsid=21338
 
暴言を許す日本社会
 「おまえら日本に住ませてやってんねん」、「密入国の子孫」、「犯罪朝鮮人」、「人間と朝鮮人では約束は成立しません」、「朝鮮ヤクザ、なめとったらあかんぞ」、「朝鮮人を保健所で殺処分にしろ(ママ)」、「朝鮮人の子どもを皆殺しにしたら、これは英雄ですよ(ママ)」
 
 列挙した言葉は、大昔に日本人が在日コリアンに浴びせたものではない。2009年12月、京都にあった在日コリアンの民族学校に「在日特権を許さない会(以後、在特会と略記)」のメンバーが押しかけ、街宣活動で同校に在籍する児童に吐かれたものである。
 
 あまりにおぞましい、とても良識ある大人が使う言葉ではないと思うが、東京の新大久保や大阪の鶴橋などの在日コリアン集住地域でたびたび実施された「在特会」によるヘイトデモでも、同じようなヘイトスピーチが使われていたことは、周知の事実である。
 
 なぜ、このような暴言を彼らは在日コリアンにぶつけるのだろうか。またなぜ、法治国家の日本社会でこのような差別語が堂々と使われることが許されるのだろうか。
 
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「在日特権」という「神話」…歴史・実態を悪し様に
かつては「三国人」呼ばわり
 
 ヘイトスピーチという言葉は、そもそも米国でアフリカ系の人々や性的マイノリティーに対して使われた差別的表現を揶揄するために普及したものである。
 
 移民の多いドイツやフランスなどのヨーロッパでも、1980年代から高まった移民排斥運動で、彼らに対するヘイトスピーチが深刻化し、問題視されるようになった。
 
 日本では、いつから移民集団に、こうしたヘイトスピーチが使われるようになったのだろうか。日本では2000年代に入って在日コリアンに対するヘイトスピーチが広がりを見せ始め、2010年以降にマスコミでも社会問題として注目される現象になったが、移民に対する差別的表現が昔の日本はなかったかと言えば、そうではない。
 
 今から70年前に、移民やエスニック・マイノリティ(少数民族)に対する憎悪表現が当たり前のように使われていた時代があった。解放直後(終戦直後)に、流行語になった「第三国人」や「三国人」という言葉がその代表的なものである。
 
 植民地時代に日本に労務動員され、解放後も日本にとどまり、闇市などで露天商を営んでいたコリアンや華僑・華人を、当時の日本人は占領国側(米国などの連合国)の人間でも被占領国側(日本)の人間でもないという意味で「第三国人」や「三国人」と呼ぶことがあったが、その表現には「解放国民」として力を持ち始めたコリアンや華僑・華人に対する日本人の反発や差別的感情が含まれていた。
 
石原知事発言が流布する契機に
 
 「第三国人」や「三国人」という表現はその後長い間、「差別語」として死語になりつつあった。だが、2000年4月、石原慎太郎・東京都知事(当時)が、陸上自衛隊の式典で「今日の東京を見ますと、不法入国した多くの三国人、外国人が非常に凶悪な犯罪をですね、繰り返している」という差別的発言を行い、再び「三国人」という言葉に注目が集まるようになった。
 
 このとき、石原知事は「不法在留する外国人」を「三国人」と表現し、彼らが凶悪犯罪の温床になっているという見解を示したが、「三国人」という表現については「配慮を欠き」「誤解を招いた」として後に発言を撤回した。
 
 こうした「三国人(第三国人)」という差別語と今日流布しているヘイトスピーチには、どのような違いがあるのだろうか。
 
 確かなことは、かつて使われた「第三国人」や「三国人」は、戦後日本の植民地から解放された在日コリアンや華僑・華人などの植民地出身民族のみならず、石原発言からもわかるように、外国とりわけアジアから日本にやってきた外国人労働者に対する総称として使われており、差別語が攻撃のターゲットにしている範囲はかなりひろい。だが、2000年以降のヘイトスピーチが攻撃対象としているのは、不思議なことに在日コリアンに限定されている。
 
在日中国人にはなぜか攻撃なく
 
 なぜだろうか。一つ考えられるのは、在日外国人の中で在日コリアンの占める規模の大きさである。確かに、つい最近まで日本に在住する最大の外国籍住民は韓国・朝鮮籍の在日コリアンであった。しかし、2000年から在日中国人人口が急増。2007年以降は在日中国人の数が在日コリアンを上回っている。中国も韓国同様、日本と歴史問題や領土問題で摩擦が絶えない国である。
 
 もし、日本の中の移民や外国籍住民に対するヘイトデモやヘイトスピーチが国家間摩擦を反映して起こるなら、在日中国人に対するヘイトデモやヘイトスピーチが起こっても不思議ではない。
 
 ところが、中国に対する批判的な記事や本が掲載・出版されても、在日中国人に対するヘイトデモやヘイトスピーチがほとんど起こらない。在日コリアンに対するヘイトデモやヘイトスピーチばかりが繰り返されているのには、何か特別な理由があるのだろうか。
 
 ヘイトスピーチの攻撃対象が在日コリアンに限定されてきたもう一つの理由は、在日コリアンだけが「在日特権」を享受してきたというものである。在特会は、あたかも在日コリアンに「特権」があるかのように主張するが、実際はどうなのか。
 
 まず在特会はホームページ上に「在日(コリアン)が日本に寄生することを認めている」と書き、そうした行為を認めている「特別永住資格」こそが「在日特権」であると主張している。
 
 彼らが問題にしているのは、一般の永住資格をもつ在日外国人と違って、歴史的経緯をもって日本に滞在してきた在日コリアンだけが、入国審査時に顔写真の撮影や指紋採取の必要なく、証明書の携帯も求められていないという、特別な扱いを受けているという点である。
 
 だが、こうした在日コリアンの処遇は、1965年の日韓条約における在日コリアンの法的地位協定に関する協議を経て、1991年に「(在日コリアンの)歴史的な経緯と日本での定着性を踏まえた配慮」として日韓で取り決められたもので、根拠のない「特別な扱い」ではない。
 
 日本に定住している在日コリアン2世から5世までの多くが、日本の植民地支配の影響を受け、戦時中の労務動員を含め日本に移動することを余儀なくされた人々の子孫であるという歴史的経緯を踏まえ、実施されたアファマーティブ・アクション的性格をもつ措置である。
 
まかり通るデマ生活保護受給率
 
 また在特会は、生活保護についても在日コリアンへの給付率が「異常なほど高い」とし、在日コリアンが優遇されていると主張している。確かに50年以上前は在日コリアンの生活保護受給率が高かった。韓国戦争休戦直後の1954年には、日本人の生活保護受給率2%に対し、在日コリアンは23%と突出していた。これは、朝鮮戦争による難民の発生と54年に出された行政通達の影響と考えられる。
 
 現在はどうか。ネットでは「日本人の生活保護受給率0・9%に対し、在日コリアンは22・7%」(「在日の就業と生活保護の統計を見る過去ログ保存ページ」2001年)という怪情報が流されているが、これは事実ではない。生活保護に関する在日コリアンの受給データはないが、在日外国人の受給者数はわかる。
 
 例えば2003年の在日外国人の受給者数3万5038人のうち、在日コリアンの受給者数の構成比が8割(浅川晃広「戦後『在日神話』としての国籍剥奪という嘘」『正論』2005年8月号)という「在日特権」派の研究者の指摘を認めたとしても、在日コリアンの受給者数は2万1110人となり、この数字を当時の在日コリアンの全体数(62万5422人)で割ると、在日コリアンの生活保護受給率は4・4%にしかならない。
 
 この数字をみれば、在日コリアンへの給付率が「異常なほど高い」とはいえず、在日コリアンが特恵的に生活保護を受けているとはいえないことがわかる(宮島理「生活保護と在日」『嫌韓流の真実!ザ・在日特権』宝島社、2006年)。
 
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政界にも広がる排外主義…たゆまず警鐘を
 
 ヘイトスピーチの根拠となるこうした「在日特権」という誤った情報を拡散してきたのは、「在特会」など民族排外主義運動を展開する一部の市民グループだけではない。恐ろしいのは、こうした「在日特権」を既成事実化し、在日コリアンの権利を制限しようとする政治家や政党が日本にも出現しているという事実である。
 
 例えば、「三国人」発言を行った石原慎太郎を中心メンバーとして結成された次世代の党は、こうした市民グループの声を吸い上げ、2014年の衆議院選挙でのマニュフェストで1,外国人による日本国籍取得要件の厳格化、2,特別永住制度の見直し、3,生活保護制度を日本人に限定するといった民族排外主義的な政策を掲げ、国民の支持を拡大しようとしている(次世代の党『次世代が希望を持てる日本を』2014年11月)。
 
 また維新の会の代表であった橋下徹・前大阪市長は、2014年11月に行われた「在特会」代表との面談後、在日コリアンの特別永住資格について「議論が必要」という考えを示し、「どこかの時点で、通常の外国人と同じ永住制度に一本化することが必要になる」(『朝日新聞』2014年11月16日)という持論を展開している。
 
地方参政権の声いまや消えがち
 
 かつて永住外国人への地方参政権付与に賛成だった政党は、その声をあげず、一部の政党とはいえ、在日コリアンへの特別永住制度の見直しを党のマニュフェストに掲げる政党が出現する中、少数とはいえ一部の排外主義グループが主張してきた声が日本の政治に反映されていく過程は、排外主義が、下から上に広がっていることを示している。
 
 在日コリアンの民族団体やNGO組織は、市民を巻き込んだ反ヘイト集会を主導し、国連人権擁護委員会への陳情活動を展開し、与野党の政治家に呼びかけるなど、ヘイトスピーチを禁止する法案制定に力を注いでいるが、保守政党の多くが表現の自由との両立は難しいという理由で、採決を見送るという状況が続いている。
 
差別的人権状況打開へ戦略的に
 
 また、たとえ同法が成立したとしても、罰則規定は設けない理念法に終わる可能性が高い。もし「在特会」の真の狙いが、ヘイトスピーチの背景にある特別永住制度などの「在日特権」の見直しを政治家に求めることであったとすれば、彼らは一定の役割を果たしたことになる。
 
 だとすれば、在日コリアンの権益擁護・獲得を求める団体にとって、ヘイトスピーチを禁止する法案制定を求めることは重要であるが、それ以上に大切なことは、「在日特権」という言葉に集約された在日コリアンへの誤解と偏見を取り除くために、また特別永住権の見直しを阻止するためにも、在日コリアンの置かれた差別的な人権状況を一人でも多くの日本人および日本の政治家に、正しく理解してもらう戦略的な情宣活動を展開していくことである。
 
(2016.1.1 民団新聞)
 
 
 
<ヘイトスピーチ>法規制消極論に一石…在日コリアン弁護士協シンポ
 
専門の学者を迎えてのパネルディスカッション
 ヘイトスピーチ(差別扇動)に対する抗議の声が全国で高まっている。しかし、日本の憲法および国際人権法の学界では「ヘイトスピーチの法規制は表現の自由を侵す」という意見が支配的だ。こうした雰囲気に在日コリアン弁護士協会(金竜介代表)が5日、東京・千代田区の連合会館でシンポジウムを開き、「積極的に法規制するべきだ」と一石を投じた。
 
被害実態の直視を
憲法学者も一定の理解
 
 基調報告で同志社大学の板垣竜太教授(朝鮮近現代社会史・植民地主義研究)は、「ヘイトスピーチは『特殊な集団』が引き起こした目新しい『特殊な現象』」との認識に次のように異議を唱えた。「法務省の啓発キャンペーンを見る限り、歴史的に形成されてきたとの当事者意識が感じられない。教えれば消えるものではなく、植民地主義の歴史を踏まえて取り組むべきだ」と指摘した。
 
 続いて国連人権NGOヒューマンライツナウの調査報告書をもとに、ヘイトスピーチによる被害実態が明らかにされた。それによれば、恐怖心を味わい、自尊心を傷つけられたばかりか、「うつ状態になった」、「本名を名乗っている子どもが自分の出自を否定的にとらえるようになった」といった事例も見られた。報告した金星姫弁護士は最後を「規制の可否を考えるきっかけに」と結んだ。
 
 続いて金昌浩弁護士が報告に立ち、米国におけるヘイトクライム(憎悪犯罪)・ヘイトスピーチ規制に触れながら「ヘイトクライム法がないことでヘイトクライムの蔓延を許してしまっている。米国並みのヘイトクライム法制の導入を検討するべきだ」と提案した。
 
 報告を踏まえてのパネルディスカッションには板垣教授と首都大学の木村草太准教授(憲法学)が加わり、どこまで規制できるのかを弁護士2人と踏み込んで討論した。
 
 自らパネリストの一人として壇上に上がった在日コリアン弁護士協の金代表は、「日本人と私たちの現状認識はまったく違う」と、法的規制に否定的もしくは消極的な弁護士や憲法学者を批判した。
 
 また、金哲敏弁護士も関東大震災時の同胞虐殺を例に挙げ、「やるほうとやられるほうでは脅威に対する感じかたがまったく違う」と述べた。
 
 これに対して木村准教授は、「明らかに規制してはいけない一線はあるものの、規制すべきものが規制されていない。ただし、刑罰を科すだけでは終わらない。どこで線を引くかが法規制の論点となる」との考えを明らかにした。また、板垣教授は、国や行政が被害実態の調査に乗り出すべきだと提案した。
 
(2015.12.9 民団新聞)
 
 
 

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