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憎悪の表現と法規制 ヘイトスピーチ 朝日新聞「報道と人権委員会」

憎悪の表現と法規制 ヘイトスピーチ 朝日新聞「報道と人権委員会」
2015年7月21日

http://digital.asahi.com/articles/DA3S11871163.html

 朝日新聞社の「報道と人権委員会」は3日、ヘイトスピーチをテーマに定例会を開いた。どのように対応したらいいのか。表現の自由とも絡めて、法規制をどう考えるか。意見を交わした。

     *

 長谷部恭男委員(早稲田大学教授)

 宮川光治委員(元最高裁判事)

 今井義典委員(元NHK副会長)

 ――ヘイトスピーチをめぐる国内の現状をどう見るか。

 今井委員 国内での受け止め方はやや鈍感ではないか。近隣の国々との関係が良好に進んでいないことや歴史問題も背景にあり、この問題を国内のマイノリティー、外国から来て日本で暮らす少数の人を対象にした小さなこととして見逃してはならない。日本語では憎悪表現などと訳して使うが、もっと深い忌まわしい意味をこの行為は持つと感じる。

 宮川委員 欧州での反ユダヤ主義、移民排斥運動、米国やカナダでの人種主義とは異なる様相を持っており、特殊、日本的な事態と言ってもいい。東アジア近隣諸国との関係悪化、近年の右派論壇の影響、嫌中憎韓をあおるようなメディアの動向を背景としている。ネットの動画サイトにより活動を広げている。その中で、市民の反感が生まれ、カウンターデモが展開され、活動は今、後退しているように見える。しかし、時代状況が好転しない以上、排外主義は拡散、暴力化する危険もある。

 長谷部委員 ヘイトスピーチはヘイトクライム(少数民族、社会的マイノリティーへの偏見や憎しみに基づく暴行などの犯罪行為)と結びつくリスクがある。米国ではアフリカ系などの少数民族に対するヘイトクライムがある。フランスでは、特にユダヤ系の人々に対する暴行傷害などのヘイトクライムが頻発し、近年では毎年何千人単位で、ユダヤ系住民が国外移住していると言われる。日本では、状況はそこまでには至っていない。

 ――京都の朝鮮初級学校への「在日特権を許さない市民の会」(在特会)による街宣をめぐる民事訴訟の判決をどう見るか。

 宮川委員 司法がこういう差別攻撃は許さないとの強いメッセージを発したものであり、大きな意味があった。高額の賠償金は活動にダメージを与えていると思われ、この学校をめぐる別の刑事判決と相まって個別攻撃への抑止効果はかなりある。

 ただ、街頭などでの不特定多数に向けたヘイトスピーチには現状の法制では対応できない。

 長谷部委員 判決文を見ればわかるように、これは現行法上の不法行為ないし人格権の侵害。名誉毀損(きそん)とか業務妨害という枠で捉え、その枠内で、街宣の差し止めや損害賠償を認めている。在特会側は、街宣活動は公益目的で違法性が阻却されると抗弁していたのに対して、これは国際条約でも非難されているヘイトスピーチであり、公益目的であるはずがない。だから表現の自由では保護されない、と言っている。

 今井委員 裁判所が現行の法律を最大限生かして示した注目すべき判断。司法の場でヘイトスピーチの悪意の重大さを認識していることを国内、世界に示した意義は大きい。しかし、これにとどまらず、にらみを利かせることができるような対策が必要ではないか。

 ――昨年夏には国連の二つの委員会が日本政府に対し法規制などの対応を求める見解を出し、この5月には民主・社民両党が国会に差別禁止の原則を掲げる基本法案を提出した。法規制をどう考えるか。

 長谷部委員 表現の内容に基づく規制は、表向きは正当な理由、立法目的を掲げているものの、経験的に言って、政府の側に特定の党派や思想を抑圧しようとする不当な動機があって導入される蓋然(がいぜん)性が高い。そうすると、思想や情報の流通がゆがめられ、思想の自由市場がうまく機能しなくなる。だから、表現の内容に基づく規制は、原則許さない、というのが憲法学のオーソドックスな考え方。ヘイトスピーチも表現活動であり、その規制は表現の内容に基づく規制ということになる。やはり、慎重の上にも慎重に、規制の必要性や合理性を考えねばならない。

 最高裁は1995年の判決で、市民会館の集会のための使用許可を拒否できるのはどんな場合か判断の物差しを示した。集会に反対する人々がやってきて、非常に危険なことが起こりそうだという場合であっても、明らかに差し迫った危険の発生が具体的に予見される場合でなければ拒否できないと言っている。しかも、危険の発生が通常の警察の警備などで防げるものであれば、集会を許さなければならないと言っている。そのような判例法理の考えからしても、ヘイトスピーチの規制を新たに導入するには、やはり慎重の上にも慎重な判断が必要になってくる。

 今井委員 ヘイトスピーチの規制は別の角度から言えば、人種差別を声高に叫ぶ人たちにも表現の自由を認めていいのか、現に重大な人権侵害という害悪を受けている人たちを救済する道がなくていいのか、非常に難しい選択を迫られている。

 ただ、日本社会では、ひとごととの軽く受け流す意識があると思う。ヘイトスピーチは基本的に悪である、という意識を国民全体が共有するものが必要になってきているのではないか。その共通の理念として、法律で人種の差別を押さえ込む、基本的な原則を打ち出すことがまずあるべきではないか。

 宮川委員 表現の自由が民主主義社会の基盤であることを考えると、ヘイトスピーチ表現により、被害者が現に重大で、著しく回復困難な損害を被る危険が明白にあるということでなければ、処罰法規での規制は、許されないと思う。在日韓国・朝鮮人という被害者集団に属する人たちの人格の尊厳を回復困難なまでに侵害する明白な危険がある、そういう表現行為を定義付けるのは困難だと思う。また、暴力の扇動を規制する立法が必要なまでの状況はない。

 処罰法を構築しても、人種差別、民族差別が抑制され、偏見が減る保証はなく、そのことは排外主義の台頭に悩む欧州社会の現状が示している。処罰法の制定はもろ刃の剣であり、私は処罰法には慎重であるべきだと思う。

 ――処罰までは盛り込んでいない基本法、理念法について、付け加える意見があれば。

 長谷部委員 ヘイトスピーチと言われるものがたとえば、特定の個人や団体に、人格権の侵害や業務妨害という形で、回復困難で重大な損害を与える場合、現行法でも、差し止めや損害賠償を請求することは十分可能。現に実例もある。日本の現行法はそうした害悪に柔軟に対処できる懐の深さを備えている。

 宮川委員 ヘイトスピーチのみならず、我が国における人種、民族、国籍などによるさまざまな差別を解消する施策を行うことを可能とするために、障害者基本法のような基本法あるいは理念法の制定が必要である。

 いかなる差別も許さないというメッセージを社会に投げかけ、社会、市民の意思を形成するとともに、施策を行う仕組み、組織をつくっていく法律が国際的にも求められていると思う。

 今井委員 グローバル化が進む時代に、差別、人種差別がいかに間違ったことかということを国民共通の理念として確立する基本法は極めて有効だと思う。表現の自由と必ずしも正面から対立する概念ではないのではないか。

 長谷部委員 私は(犯罪行為である)ヘイトクライムとヘイトスピーチは区別すべきだと考える。ヘイトクライムを重く処罰することは憲法学から見ても、問題は少ない。ただ、そのことと、ヘイトスピーチについて、どのように対処すべきかは、別のことだと考える。

 ――法的観点以外で意見があれば。

 宮川委員 東アジアの諸国、とりわけ日韓の緊張関係を緩和して政治、経済、文化の円滑な交流を推進するということが最も重要なこと。これが進めば、社会の良識で今あるヘイトスピーチ行動を押さえ込んでいくことが可能ではないか。

 報道する側も、人種差別撤廃条約の精神に沿って報じていくことが必要。国内社会における差別と、その被害の実態を明らかにしていく、そのような調査報道が持続的に行われることを期待したい。

 今井委員 日本に在留している外国籍の人たちは全人口の約2%を占めているが、外国人と触れあう機会が非常に限られていて、それが外国の人たちと共生して多様化した社会の中に生きる大切さをなかなか実感できなくさせているのではないか。その意味で、異文化理解をはかる教育は重要と考える。

 (司会は報道と人権委員会事務局長・中崎雄也)

 ◆キーワード

 <ヘイトスピーチ> 特定の人種や民族、宗教などの少数者に対して、暴力や差別をあおったり、おとしめたりする侮蔑的な表現のことを言う。差別的憎悪表現とも呼ぶ。国内では、東京・新大久保などで在日韓国・朝鮮人に向けて「出て行け」「殺せ」などと連呼する街頭活動が繰り返され問題となっている。

 <京都朝鮮学校をめぐる訴訟> 京都朝鮮第一初級学校(現・京都朝鮮初級学校)側が「在日特権を許さない市民の会」(在特会)の会員らによって、「朝鮮半島に帰れ」などと街宣活動を受けて学校活動を妨害され、名誉を毀損(きそん)されたとして、在特会側を相手に損害賠償などを求めた訴訟で、京都地裁は2013年10月、「人種差別にあたる行為」として業務妨害と名誉毀損の成立を認め、新たな街宣活動の差し止めや約1200万円の損害賠償を命じた。二審の大阪高裁は昨年7月、在特会側の控訴を棄却。最高裁も同12月、在特会の上告を退け確定した。

 <法規制> 国内では不特定多数を相手にしたヘイトスピーチを直接取り締まる法律はない。英仏独など欧州主要国は刑事罰を科しているが、米国は表現の自由を重んじる立場から法規制には慎重だ。一方で、国連規約人権委員会は昨年7月、国連人種差別撤廃委員会は同8月、それぞれ日本政府にヘイトスピーチに対応するよう求める見解を公表した。民主、社民両党などはこの5月、ヘイトスピーチを念頭に、人種差別撤廃の施策推進を目的にした基本法案を国会に提出している。

 ◆PRC(Press and Human Rights Committee)

 PRCは、本社の報道にかかわる人権侵害を救済するための第三者機関です。申し立ては手紙で次の宛先にお送りください。

 〒104・8011 朝日新聞「報道と人権委員会」

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