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学校統廃合基準見直し  毎日新聞 2015年05月01日

論点:学校統廃合基準見直し
毎日新聞 2015年05月01日 東京朝刊

http://mainichi.jp/shimen/news/20150501ddm004070002000c.html

 文部科学省は今年1月、約60年ぶりに公立小中学校の適正規模・配置の基準や考え方を見直し、それを「手引」にまとめて公表した。各自治体が学校の統廃合を検討する際の参考にしてもらうのが狙いだ。少子化が進む中、良好な教育環境を保つために今後、学校はどうあるべきなのか。

 ◇小学校は地域に不可欠 志水宏吉・大阪大教授

 「手引」は統廃合だけでなく小規模校存続の方策も示し、バランスを取る形になっている。しかし文部科学省の本音が財政問題に迫られた統廃合推進にあることは間違いない。

 「手引」は、児童・生徒が切磋琢磨(せっさたくま)して成長するためには一定の集団規模が必要として「適正化」を求めている。だが、小学校と中学校は分けて考えるべきだ。極論すれば、小学校はいくら児童が少なくても現状を維持すべきだが、中学校は市町村に1校という場合もあり得る。

 統廃合で反対運動が起きた時、その主体には保護者だけでなく祖父母の世代が多く加わっていることに注目すべきだ。特に小学校で多い。言うまでもなく、小学校は単なる教育施設ではなく、地域コミュニティーの核だ。田舎に行くほどその比重が高まる。小学校は地域住民にとって共通体験の場であり、過疎地の場合、小学校が無くなってしまえば、子育て世代のUターン、Iターンの可能性も消え、人口減少による自然消滅を待つだけになってしまう。祖父母の世代は、地域コミュニティー崩壊の強い危機感をもっている。

 無論、大人にとって必要だから存続させるべきだというのではない。子どもにとって、地域の学校で学ぶことが決定的に重要なのだ。

 2001年以降、学力実態調査の地域別分析を進めてきて面白い結果が出た。従来、地域間の学力差は、都市と地方など、経済的・文化的な豊かさの差で説明されてきた。しかし、07年以降の全国学力テストでは秋田県と福井県が好成績の2トップを占める一方で、大都市の大阪府が低迷するなど、従来の解釈では説明できなくなっていた。そこで着目したのが「つながり」だ。

 (1)離婚率などで表される子どもと家庭とのつながり(2)持ち家比率などで表される子どもと地域のつながり(3)不登校率などで表される子どもと学校とのつながりを比較すると、秋田、福井はこうした指標で、つながりの濃さがはっきりと出ていた。

 子どもたちは地域社会の地縁、血縁という大人のコミュニティーの中で育つ。祭りや清掃活動などの行事を大人たちと一緒にすることで、言葉を交わし、自らが大事にされているという自己認識を持ち、すくすくと育つ。教師と地域住民も信頼関係で結ばれている。

 「手引」は、「バスなど交通機関を利用して1時間以内」を通学条件としているが、バスで1時間もかかる広域で、そうした地域コミュニティーは存立しにくい。

 中学生は子どもから大人への移行期にあたり、教科の専門性から教員数も必要で、規模も求められる。遠距離通学も可能で、小学校とは違い、市町村に1校でもよいだろう。

 安倍政権は「地方創生」を大きな課題として掲げている。小学校の統廃合は、それとは全く逆行した動きだ。小学校が存続する地域づくりこそが「地方創生」だろう。

 また、約60年ぶりの「手引」見直しの政治的背景には、1980年代の中曽根政権から進められてきた新自由主義的改革があることも注意すべきだ。小さな政府で民間活力を導入し、効率を重視する考え方だ。

 学校教育には卓越性(エクセレンス)と公平性(エクイティ)の両立が求められるが、新自由主義的教育改革は卓越性を重視する。よく言われる「グローバル社会で通用する人材育成」という考えだ。改革先進国といわれたイギリスでは、公立学校に学力テストの成績などを競わせ、保護者に学校を選択させ、「改善」されない学校は廃校にした。公教育における弱肉強食の方策は、地域や学校の格差をさらに拡大させる大きなひずみを生んだ。

 外国の例を見るまでもない。大阪府・大阪市では、知事から市長に転じた橋下徹氏の下、国内で最も熱心にこの改革が進められている。しかし、弁護士出身の府教育長がパワハラ問題を経て辞職し、公募民間人校長の辞職も相次ぐなど、現場を混乱させただけで、何の成果も得ていないことにも留意しておくべきだ。【聞き手・鈴木敬吾】



 ◇地域に合わせた工夫を 葉養正明・文教大教授

 学校統廃合について、財務省は何年も前から「子供の数が減っているのに学校の数が減っていないじゃないか」と主張してきた。学級数の国の標準は1校あたり「12〜18」だが、全国の公立小学校の46%、公立中学校の51%がこれを下回っているからだ。財政面だけではない。小規模校の場合、特に1学年1学級以下の学校では授業で多様な発言を引き出せなかったり、部活動や行事が限定されたりする。教員も少ないため指導技術の伝達も難しくなる。

 今回の手引には、学校を統廃合しやすいよう、適正配置の目安として新たに「通学時間」の概念が入った。今までは小学校は4キロ以内、中学校は6キロ以内という「通学距離」の基準しかなかったが、政府の経済財政諮問会議の委員や地方都市の教育委員会の間には「交通機関が発達した今、通学距離の代わりに通学時間を基準にすべきだ」という声があった。今回これを反映する形で「1時間以内」という新基準を設けた。

 ただ、手引の狙いは統廃合推進ではない。この10年で毎年平均約500の公立小中高校が廃校になっている。国の標準に合わせるために「数の論理」で統廃合を繰り返してきた結果だ。少子化が進む中、適正規模に合わせようとすれば永遠に統廃合を続けることになる。

 だが、それで小規模校の問題が解決されるわけではない。東北沿岸部では東日本大震災前から統廃合しても1学年1学級にしかならない学校が珍しくなかったが、震災の影響でさらに小規模化が加速している。地方では統廃合の結果、スクールバスを使っても通学時間が1時間以上かかるようになった例も少なくない。長野県や北海道では、冬になると道路が凍結し通常より通学時間が長くなるし、奈良県の山間部では小規模校が点々とある。地理的にこれらを統廃合するのも現実的ではない。

 学校には地域の拠点としての役割がある。統廃合が地方の衰退を加速させることも懸念される。そこで、手引には小規模校を存続させる場合の方策や、休校した学校を再開する場合の工夫点が盛り込まれた。昨年11月に地方創生関連法が成立し、12月には地方創生総合戦略が閣議決定されたことも背景にある。

 山間部や離島では、町や集落の中に学習拠点を残す方が望ましい。拠点は公民館や集会所でもいいが、情報通信技術を最大限活用することが重要になる。例えばテレビ会議システムを使って都市部の学校の授業を生中継で配信する「遠隔授業」を導入すれば、生徒が都市部の教員に質問するといった「同時双方向型」の授業が可能になる。高校ではすでに実証実験を経て今年度から正式に導入される。

 ただ、運動会や文化祭などの行事や体育、合唱などはある程度の集団が必要になる。その時は、近隣の拠点校に宿泊しながら集中的に実施する方法も有効だ。地元の国立大が小規模校問題に対し、もっと貢献していくことも求められる。

 一方で都市部は別の問題に直面している。東京都渋谷区の人口は現在21万人で、うち0〜14歳は2万人、65歳以上が4万人。これが2030年には0〜14歳が1・1万人に減り、65歳以上は5・6万人に増える。50年になると、0〜14歳が8200人(人口比4%)に対し、65歳以上は7・8万人(同43%)と10倍の開きになると推計される。こうした人口構成を考えると、学校が今のままでいいはずがない。

 一般的にどこの自治体でも面積が最も広い公共施設の一つは学校だが、例えば東京都品川区立戸越台中では5〜10階に特養ホームが併設されている。京都市立京都御池中は7階建て校舎の1階に保育所と介護施設があり、6〜7階は一時市役所の一部の部署が使っていた。岡山市立岡輝中では空き教室を高齢者の学習スペースに開放し、週3回高齢者が勉強している。こうした学校では自然に生徒と高齢者の交流が生まれている。統廃合して学校を新設したり改築したりする場合、福祉施設などを入れて複合施設にしていく必要がある。【聞き手・三木陽介】

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 ◇学校統廃合の手引

 学校の統廃合に関して、中央教育審議会(中教審)の1956年の答申は、標準学級数を「おおむね12〜18」、通学距離を小学校4キロ以内、中学校6キロ以内とした。文科省が今年1月に公表した手引はこれらを維持しつつ、「1学年1学級以下」の小規模校は「教育上課題がある」とし、統廃合の迅速な検討が必要とした。一方、地元の反対などで存続を決めた場合は、近隣校同士の合同授業などで課題の解消を求めている。

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 「論点」は金曜日掲載です。opinion@mainichi.co.jp

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 ■人物略歴

 ◇しみず・こうきち

 1959年兵庫県生まれ。東京大大学院教育学研究科博士課程修了。教育学博士。専攻は教育社会学。著書に「公立学校の底力」など。

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 ■人物略歴

 ◇はよう・まさあき

 1949年千葉県生まれ。東京学芸大名誉教授、国立教育政策研究所名誉所員。文部科学省の学校統廃合に関する手引作成に関わった。

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