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ヘイトスピーチの違法性を初認定した京都朝鮮学校事件判決と我々の活動 京都支部  谷文彰

自由法曹団 団通信1469号(2013年11月1日)

ヘイトスピーチの違法性を初認定した京都朝鮮学校事件判決と我々の活動

京都支部  谷   文 彰

一 はじめに

 「ヘイトスピーチ」は、一九八〇年代にアメリカで使われるようになった比較的新しい言葉である。本来的には、人種・民族・性などの属性を理由として、同属性を有するマイノリティもしくは個人に対し、差別・憎悪・排除・暴力を扇動し、または侮辱する表現行為を指しており、ともすれば訳として用いられる「憎悪表現」では本質を見誤るおそれもある。自由人権規約や人種差別撤廃条約で用いられる「差別扇動」(incitement to discrimination)と理解する方が適切であろう。
 私は、こうしたヘイトスピーチに対して日本で初めて違法性と人種差別性を認定し、高額の損害賠償と学校周辺での街宣等の禁止を命じた判決(京都地判平成二五年一〇月七日)を担当した弁護団の一員である。自由法曹団員も多くが弁護団に名を連ねるが、とりわけ現在は北海道支部に移籍された元京都支部の畑地団員が、遠方であるにもかかわらず現在も実働として中心的に活躍しておられる。
 なお、ヘイトスピーチの問題はしばしば表現の自由との関係で論ぜられるが、このような点は訴訟とは無関係である(映像を一瞥すれば、表現の自由云々を論ずるレベルの話でないことは明らかであろう)ため、弁護団として何らかの共通見解を有するわけではない。本稿もこれを論ずることを目的とはせず、単に本判決を契機に議論が活発化する可能性があることを指摘するにとどめる。

二 朝鮮学校事件と京都地裁判決の概要

 事案の詳細は報道のとおりであるが、大要、二〇〇九年一二月、子どもらの在学中に「在日特権を許さない市民の会」らが京都朝鮮第一初級学校(当時)に押し寄せ、「スパイの子ども」「朝鮮人は人ではない」などと一時間にわたって拡声器を用いるなどして大音量で差別的街宣を行ったことに端を発する事件である。その様子は彼ら自身の手によって撮影され、インターネット上にアップロードされ、現在も新たな被害を生み出し続けている。
 これに対して京都地裁は、「人種差別行為による無形損害が発生した場合、人種差別撤廃条約二条一項及び六条により、加害者に対し支払を命ずる賠償額は、人種差別行為に対する効果的な保護及び救済措置となるような額を定めなければならない」とした上で、在特会らの言動は業務妨害かつ名誉棄損であると同時に「在日朝鮮人に対する差別意識を世間に訴える意図のもと、在日朝鮮人に対する差別的発言を織り交ぜてされたものであり…全体として人種差別撤廃条約一条一項所定の人種差別に該当するものというほかない」と判示し、表現行為であり許容される旨の在特会らの主張については、そのような言動が「『専ら公益を図る』目的でされたものとは到底認めることはできない」として一蹴し、「わが国の裁判所に対し、人種差別撤廃条約二条一項及び六条から、同条約の定めに適合する法の解釈適用が義務付けられる結果、裁判所が行う無形損害の金銭評価についても高額なものとならざるを得ない」として高額の損害賠償を認め、さらには今後も「同様の業務の妨害及び名誉棄損がされる具体的なおそれが認められる」として、大部分の者に対して朝鮮学校周辺での街宣行為等の禁止を命じる判決を下した。

三 日本におけるヘイトスピーチと今回の特徴

 日本におけるヘイトスピーチはインターネット上では相当以前から存在していたものと思われるが、そのようなネット上での表現をそのまま現実に持ち込んでいるところに大きな特徴があるといえる。「在日特権」など対象集団が何らかの特権・利益を享受しており、自分たちは被害者であると称して、被害を回復するなどと主張する。支持者と財政的支援を獲得するため、とにかく過激でインパクトのある言動を行い、自分たちの活動の様子を自ら録画し、インターネットを用いて流布する。掲げるテーマは単なる道具あるいは口実であって、それが真実であるかはとくに重要ではない。典型的な右翼とは違い一見して「普通の人」が多く、現実に何らかの不満を抱いており、その矛先を向けるために活動に参加している場合もある。インターネットの差別的言説を無批判に真実とみなし、他方で、それを否定する書籍やマスコミなどの情報には見向きもせず、むしろ後者のような情報自体が「朝鮮人」ら対象集団によって操作されたものであると主張する。
 とりわけ今回の事件の最大の特徴は、実際に授業が行われており子どもたちが学んでいる平日の学校で行われたという点である。子どもらは極度の恐怖から平静を失い、泣き出し、人格を深く傷つけられ、夜泣きや夜尿をするようになり、あるいは1人で登校することができなくなり、さらには朝鮮学校に通うことを嫌がるようになる子も出た。幼少期に大人によって刻みつけられた筆舌に尽くし難い心の傷は、今後子どもたちをどれだけ苛み続けるのであろうか。また、影響は教員や学校自体にも及び、退職を余儀なくされる者や学校への志望者の減少、地域との関係悪化など様々な悪影響が発生している。子どもらや学校関係者は、単に「ヘイトスピーチ」の一言で一括りにできないほどの深刻な被害を受けているのである。
 こうした被害を引き起こす彼らの主張や活動は私たちの常識から外れており、理解に苦しむものばかりであるが、現実に朝鮮学校ではそのような活動が行われ、現在も新大久保や鶴橋では継続しているのである。

四 今後に向けて

 今回の判決をほぼ全てのマスコミは当然の判断と受け止め、社説等も含め常識的な結論であると一様に報じた。今回の判決を機に、深く傷つけられた子どもたちの心が少しでも回復することを願うばかりである。
 しかし、在特会側は京都地裁の判決を不服とし、大阪高裁に控訴を行った。今後は舞台を控訴審に移した闘いが始まるが、京都地裁判決は私たちの予想以上に「画期的」であり、代理人としては悩ましい部分もある。人種差別撤廃条約が締約国の裁判所に対してその名宛人として直接に義務を負わせるものであるとしている点、同条約が民事法の解釈適用に直接的に影響し、不法行為における無形損害の認定において同条約の定めに適合するように賠償額を認定しなければならないとしている点、その賠償額は人種差別行為に対する効果的な保護及び救済措置となるような額でなければならず金銭評価において高額なものとならざるを得ないとしている点など、これまでの学説等では必ずしも一般的であったとはいえない判断を行っているためである。もちろん、ヘイトスピーチを日本社会から根絶し、子どもたちが安心して学ぶことのできる環境を護るため、私たちは控訴審でも全力を尽くす所存である。みなさまのより一層のご支援・ご協力を心よりお願いしたい。

五 終わりに

 一度下された判決は、往々にして独り歩きしがちである。私自身、法廷で「在特会らの街宣はけしからん」と述べたその足で某政党の街宣車に乗ってマイクを握ったこともあり、そこはかとない矛盾を感じないでもなかったが、今後、我々の勢力が街宣を行う相手方が「街宣禁止と高額の賠償を命じた判決もある」などと本判決に言及することがあるかもしれない。
 しかし、その映像と比べれば、違いは正に一目瞭然である。裁判官に事案が異なることを説明しさえすれば、本判決が私たちの活動の妨げになることはないと確信はしている。とはいえ、本判決の結論だけを見て私たちの活動を制限しようとする裁判官もいるであろう。その際はお声掛けをいただければ、出来る限りの協力をさせて頂くことを最後にお約束して、報告としたい。

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