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2014年11月に作成された記事

ヘイトスピーチ:6党「対策必要」 弁護士らアンケ

ヘイトスピーチ:6党「対策必要」 弁護士らアンケ
tp://www.jcp.or.jp/web_policy/2014/11/post-666.html

毎日新聞 2014年11月30日 東京朝刊

 衆院選に向けて外国人の人権問題に取り組むNGOや弁護士らでつくる「外国人人権法連絡会」が29日、各党にヘイトスピーチ対策の必要性などを聞いたアンケートの回答結果を発表した。主要9党のうち生活の党と新党改革を除く7党から回答があった。

 国としてヘイトスピーチ対策を取る必要性については、「結論が出ていない」とした次世代の党を除く6党が「対策が必要」と回答した。ヘイトスピーチを含む包括的な「人種差別撤廃基本法」などの法整備については、民主、共産、社民が「賛成」としたが、与党の自民は「検討中」、公明は「どちらでもない」とした。維新と次世代は「未定」としている。

 結果は同連絡会(https://gjinkenh.wordpress.com/)のホームページで公開している。【斎川瞳】





日本共産党
2014年 総選挙各分野政策
tp://www.jcp.or.jp/web_policy/2014/11/post-666.html

44、ヘイトスピーチ
民族差別をあおるヘイトスピーチを許さない
2014年11月

――日本共産党は、国内外で高まる「社会的包囲でヘイトスピーチ根絶を」の世論と運動を踏まえ、ヘイトスピーチを許さないために、人種差別禁止の理念を明確にした特別法の制定をめざします。

――ヘイトスピーチに関連する勢力や極右勢力と政権与党幹部との〝癒着〟がヘイトスピーチの温床になっています。日本共産党は、自民党政権がこうした関係を反省してきっぱりと手を切るとともに、政府としてヘイトスピーチに毅然として対処するよう求めます。

――日本共産党は、地方自治体がヘイトスピーチに毅然として対応することを求めるとともに、ヘイトスピーチをくり返す団体にたいし適切な対応をとることを求めます。


民族差別をあおるヘイトスピーチを許さない社会の建設を

この間、在日韓国・朝鮮人などにたいする、デモ、集会が全国各地で開かれ、聞くに堪えない差別表現と扇動活動がくりかえされてきました。韓国・朝鮮出身者やその家族が多く居住する東京や大阪などで、「韓国人は出ていけ」「ソウルを火の海にしろ」「いい朝鮮人も悪い朝鮮人もいない、皆殺しにしろ」などの罵詈雑言(ばりぞうごん)を叫び、関係者と周辺住民の不安と恐怖心をあおってきました。インターネットなど一部のメディアには、そうした言葉が横行しています。

 特定の人種や民族にたいする常軌を逸した攻撃は、「ヘイトスピーチ」(憎悪表現)と呼ばれます。差別をあおるこうした言葉の暴力は、「ヘイトクライム」(人種的憎悪にもとづく犯罪)そのものであり、憲法が保障する「集会・結社の自由」や「表現の自由」と相いれません。


司法に断罪されたヘイトスピーチ

 ヘイトスピーチは自由や民主主義と相いれず、健全な市民社会と両立しません。国連の人種差別撤廃条約に違反することは、司法の場でも認定されています。

 2009年以来、京都の朝鮮学校にたいし、「在日特権を許さない市民の会」(在特会)などの一部勢力が、授業中にもかかわらず校門前を占拠し、大音量で「朝鮮学校、こんなものはぶっ壊せ」「ゴキブリ、ウジ虫、朝鮮半島へ帰れ」などと叫びたてました。こうした暴挙によって、学校の授業が成り立たなくなっただけでなく、幼い子どもたちはもとより教師にさえにも恐怖感をだかせ、心に深い傷を負わせるほどの苦痛を与えてきました。

 京都地裁は2013年10月、「拡声器を使用し、又は大声を上げるなどして、原告を非難、誹謗中傷するなどの演説をしたり、複数人で一斉に主義主張を大声で唱えること」を禁止しました。判決はまた、朝鮮学校での教育についても、「母語教育及び民族教育は、普遍的人権として『教育に対する権利』の一部であると同時に、民族的、宗教的、言語的少数集団に属する人々の持つ権利である」と指摘し、さらに、こうした教育が「全ての人に平等に保障されるべき人権としてだけでなく、少数集団に特有な権利として二重に保障されるべき権利なのである」として少数者の権利として特別に保障されるべきことをうたっています。

 裁判の控訴審判決(大阪高裁、2014年7月)でも、地裁判決を支持した上に、そこでは一審判決では認定されなかった一連の差別発言についても、「在日朝鮮人をあざけり、日本社会で在日朝鮮人が日本人その他の外国人と共存することを否定する内容であり」「在日朝鮮人を嫌悪・蔑視するものであって、その内容は下品かつ低俗というほかない」と断罪しています。

 さらに国連人種差別撤廃条約の精神を踏まえ、「専ら在日朝鮮人を我が国から排除し、日本人や他の外国人と平等の立場で人権及び基本的自由を享有することを妨害しようとするものであって、日本国籍の有無による区別ではなく、民族的出身に基づく区別または排除であり、人種差別撤廃条約第1条第1項にいう『人種差別』に該当する」としています。

 この間、ヘイトスピーチに反対する運動も急速に強まってきました。そうした国内世論が、京都地裁や大阪高裁でのヘイトスピーチを断罪する判決につながりました。


ヘイトスピーチは国連の人種差別撤廃条約に違反する

 また、国連の人種差別撤廃委員会が2014年8月に発表した「総括所見」で、日本の状況に懸念を表明し、日本政府にたいして以下のような措置をとるよう勧告しました。

 (a)集会の場における人種差別的暴力や憎悪の煽動、また憎悪や人種差別の表明について毅然とした対処を実施する。

 (b)インターネットを含むメディアにおけるヘイトスピーチの根絶のため適切な対策を講じる。

 (c)調査を行い、適切な場合には、そのような言動の責任の所在する組織及び個人を起訴する。

 (d)ヘイトスピーチの発信及び憎悪への煽動を行う公人及び政治家について、適切な制裁措置を実行する。

 (e)人種差別的ヘイトスピーチの根本的原因についての取り組みを行い、人種差別に繋がる偏見を根絶し、国家・人種・民族グループ間の相互理解や寛容、友愛の情を育むための指導・教育・文化・情報発信における方策の強化を行う。


人種差別禁止の理念を明確にした特別法の制定をめざします

 日本共産党は、言論・出版の自由や結社の自由、表現の自由など憲法で保障されている基本的人権を全面的に擁護するとともに、それと矛盾・抵触しないような形の法整備のために積極的に対応します。国内外で高まる「社会的包囲でヘイトスピーチ根絶を」の世論と運動を踏まえ、ヘイトスピーチを許さないために、人種差別禁止を明確にした理念法としての特別法の制定をめざします。


政権与党幹部ら一部政治家と極右勢力の〝癒着〟の一掃を

 ヘイトスピーチを規制する法律の制定を待たずとも、国政上の問題としてただちに解決すべき課題もあります。

 この間、ヘイトスピーチをくり返してきた団体や「ネオナチ」など極右勢力の幹部と政権与党幹部との〝癒着〟が明らかになりました。ヘイトスピーチを広める公人や政治家への制裁は、国連からも勧告されており、差別をあおる団体の幹部と自民党政権幹部など一部の政治家との〝癒着〟を追及し、断罪することが必要です。

 高市早苗・現総務相、稲田朋美・現自民党政調会長(前行革担当相)らが、2011年にナチス・ドイツの主義主張を信奉する「ネオナチ」(新ナチズム)の団体の代表とともに、「日の丸」をバックに写真に納まっていたことが明らかになりました。高市氏は、ヒトラーをたたえる本に推薦文を寄せていたことも判明しています。

 この問題について、元駐日英国大使のヒュー・コータッツィ氏は、「イギリスの閣僚がもしホロコーストを引き起こした犯罪者を支持すると取られかねないような発言をすれば、大衆から抗議が沸き起こって問題の閣僚は辞職させられることだろう」(「ジャパン・タイムズ」2014年10月31日付)と指摘し、次のようにのべています。

 「日本政府内で過激論者の影響が明らかに高まった結果、海外における日本のイメージと威信は傷ついている。修正主義者たちによる虚偽の歴史の宣伝を食い止め、日本の民主的な手続きが反民主的過激論者の個人や団体によって脅かされないようにすることは、ひじょうに日本の国益にかなうものになる」

 一方、山谷えり子・国家公安委員長(拉致問題担当相兼任)が、2009年2月に在特会関西支部長らとならんで写真を撮っていたことが判明しました。2014年9月、山谷氏は外国特派員協会で会見をしましたが、本来のテーマが拉致問題であったにもかかわらず、質問の大半が在特会との関係に集中。外国人記者からは、「在特会やその理念を否定するべきでは」などの質問がくりかえされたにもかかわらず、山谷氏は「いろいろな組織についてコメントをするのは適切ではない」などとのべるだけで、追及した記者からは「在特会を一度も正面から否定しなかったことに驚いた。米国なら『大臣と問題団体の関係について疑惑が深まった』と大きく報じられる」などの批判があがりました。

 自民党幹部や閣僚が極右団体の幹部と写真に納まっていたことは、日本の政治の時代錯誤性を象徴する問題として、欧米各紙で大きく報じられています。

 また、安倍政権になってから、戦後50周年の「村山談話」の見直しや、日本軍「慰安婦」についての軍の関与と強制性を認め謝罪した「河野官房長官談話」(1993年8月4日)の見直し論が浮上してきました。日本政府が、過去の侵略戦争と植民地支配を直視するどころか、肯定・美化するような動きを強め、安倍首相が侵略戦争を美化する靖国神社に参拝していることが、極右勢力を勢いづかせていることは明白です。「歴史修正主義」を許さない世論と運動を広げることは、ヘイトスピーチ根絶への確かな一歩となります。

 ヘイトスピーチを叫ぶ勢力が跋扈できる背景には、こうした政治的温床があります。日本共産党は、ヘイトスピーチを一掃するためにも、政権与党幹部ら一部政治家が極右勢力や反動勢力との関係を反省し、きっぱりと関係を断ち切ることを求めます。

 また、民主党政権以来、日本政府が高校授業料無償化から朝鮮高校を排除してきたことも重大です。これは日本政府による外国人差別にほかなりません。国連の人種差別撤廃委員会はヘイトスピーチへの法規制を求めるとともに、朝鮮学校を授業料無償化(旧制度)の対象から除外してきたことについても懸念を表明し、「朝鮮学校が『高校授業料就学支援金』制度の恩恵を受けられるよう奨励する」ことを求め、これを「特に重要な勧告」と位置づけています。


自治体としてヘイトスピーチへの毅然とした対応を

 この間、ヘイトスピーチをくり返す団体にたいし、自治体などが独自の判断で会場使用を認めてこなかった例があります。

 公益財団法人「山形県生涯学習文化財団」は、同財団が指定管理代行事業者として請け負っている複合施設「遊学館」(生涯学習センター、男女共同参画センター、図書館)について、在特会の地元支部から使用を求めるメール申請があったのにたいし、2013年6月、山形県生涯学習センター条例3条2の「センターの管理上適当でないと認めるとき」に該当するとして、利用申請を不許可としました。

 その根拠として、指定管理代行事業者の「管理要綱」に、「集団的又は常習的に暴力行為又は不法行為を行うおそれがある団体の利益になると認められる場合」に該当すると判断したためです。申請直前、在特会が参加する東京・新大久保のヘイトスピーチデモで逮捕者が出たこともあり、「過激、暴力的な言動をおこなう危険性が否定できず、センターを利用する子どもたちに悪影響を及ぼすおそれがある」ことから不許可にいたったとされます。

 不許可にたいし、在特会側は審査請求を県教育委員会に提出しましたが、使用希望日時が過ぎていたために却下。再審査請求が総務省に出されましたが、やはり希望日が経過していたことから、行政不服審査法上不適当と判断され、却下されました。

 また、大阪・門真市でも2014年5月、いったん許可していた市民文化会館の使用を、「利用許可取り消し」の通知によって、あらためて拒否した例があります。

 これは、主催団体の排外主義グループが、特定の民族を侮蔑する目的で集会を開こうとしていたことが明らかになったためです。申請段階から、集会の内容として「朝鮮の食糞文化」とありましたが、いったん使用を認めました。しかし、他の多くの市民から、当該団体に会場使用を認めるべきではないとの声が寄せられたため、市として申請団体のホームページを確認したところ、食糞文化にかかわる差別的・侮蔑的記載があることを確認。あらためて当該団体に確認したところ、侮蔑的内容で集会を開催する予定であることが明らかとなりました。

 そのため、市民文化会館条例の規定――「公の秩序又は善良な風俗を害する恐れがあると認めるとき」――に該当するとして不許可にいたったものです。

 以上のような事例からも、ヘイトスピーチをくり返す団体にたいし、住民の安全を守り、民主的な権利やルールを擁護する観点から、自治体が独自の判断で会場の使用規制など適切な対応をとることは可能です。

 なお、最近、「九条の会」などにたいし、「政治的」だということを理由にして、会場使用を事実上拒否したり、あるいは、公民館便りに憲法を詠んだ俳句を掲載することを拒否したりする例が相次いでいます。市民による自主的な活動を、行政当局が「政治的」という理由をつけて一方的に自粛・抑圧する行為は、きびしく退けなければなりません。

 山形や門真市の例は、特定の団体が開催するということだけから会場使用を拒否したのではなく、利用者市民の安全を考慮した管理上の問題として、また、条例と照らし合わせて、集会の内容が明らかに「公序良俗を害する」と確認されたためです。


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ヘイトスピーチと法規制・雑感 記事 町村泰貴

ヘイトスピーチと法規制・雑感    記事 町村泰貴
http://blogos.com/article/99931/
2014年11月28日 09:14



ちゃんと論じる用意はないが、この議論を聞くうちに思うことはある。




ヘイトスピーチに「刑事規制必要」…伊藤和子氏
2014年11月27日 23時22分
http://www.yomiuri.co.jp/national/20141127-OYT1T50120.html
特集 深層NEWS
   山田健太・専修大教授(言論法)と人権問題に取り組む伊藤和子弁護士が27日、BS日テレの「深層NEWS」に出演し、民族差別をあおる「ヘイトスピーチ(憎悪表現)」の法的規制と表現の自由について議論を交わした。
 伊藤氏は「人権侵害を伴うものであれば、刑事規制が必要。包括的な人種差別禁止法を作り、明確に犯罪だとメッセージを発することは大事だ。抑止力につながる」と指摘。一方、山田氏は「差別表現かどうかの境目はあいまい。規制に歯止めがかからなくなる。法規制の前に、教育や救済機関の整備などで、当事者を救うことが大事だ」と述べた。







この記事は、さわりだけということであまりに簡単すぎるが、伊藤弁護士と山田健太・専修大教授との方法論の違いが浮かび上がっていると評価できる。

伊藤氏は「人権侵害を伴うものであれば、刑事規制が必要。包括的な人種差別禁止法を作り、明確に犯罪だとメッセージを発することは大事だ。抑止力につながる」と指摘。
一方、山田氏は「差別表現かどうかの境目はあいまい。規制に歯止めがかからなくなる。法規制の前に、教育や救済機関の整備などで、当事者を救うことが大事だ」と述べた。

この両者の真意はこの記事だけでは分からないが、特に外国人差別と排撃を旨としている、いわゆる在特会らのヘイトスピーチを念頭に置くと、これを是としないという点では一致しているようにも思える。

議論の焦点は、規制の矛先が上記のような差別言論行為にとどまらず、特に時の政権にとって不都合な言論一般に広がるのではないかという懸念と、そのような懸念にも関わらず表現行為を規制する法律を作るべき状況にあるのかどうかという評価に関わる。

私も右寄りの匂いの方々からヘイトスピーチだと言われることがある。とりわけ、ネトウヨないしネトウヨまがいの言動を首相やその側近が行うのを非難するときは、それこそがヘイトスピーチだみたいなことを書くものが現れる。

同様の非難は、例えば公務員の秘密保護を強化するようにと指示した民主党政権下の仙谷由人官房長官を取り上げた時もないではなかったが、とりわけ安倍首相やその側近、ネオナチともお付き合いのある閣僚たちなどに対する非難には、それこそヘイトスピーチ的な批判が来る。

このようにヘイトスピーチという言葉は、現在恣意的に用いられ、先に言ったものが勝ちみたいな状況でさえある。下手な法規制は危ないというのも十分な理由がある。

しかし、他方で、今問題となっている外国人差別・排除のデモが表現の自由として認められる範囲を逸脱していることも確かで、放置して良いとは思わない。原則として言論には言論で立ち向かうべき(下村文科相)なのは確かだが、下記のような言動にどんな反論が可能なのか?

例えば、京都朝鮮学校襲撃事件では、2009年12月に在特会及び「主権回復を目指す会」の会員等11名が京都朝鮮第一初級学校の校門に押しかけ、「北朝鮮のスパイ養成機関」「密入国の子孫やないか」「お前ら、うんこ食っとけ」「ちょんこ」「キムチく さい」など差別的な言辞を弄した。校内には約150人の生徒がいたが、恐怖で泣き出す者が続出して、授業の継続が妨げられた。その後も計3回にわたり、在特会等数十人が同校周辺でデモを行い、差別的言辞を叫んだ。3回とも警察が校門へ来たが、犯罪行為を黙認した。
(出典:Human Rights Now『在日コリアンに対するヘイト・スピーチ被害実態調査報告書』
この種の罵詈雑言に対して、言論でもって反論することなど、虚しいばかりであり、意味がない。

そうなると、限界領域における濫用の危険は警戒する必要が十分にあるとしても、なお、法的規制の必要性は高いと思う。

もともと、わいせつ表現とか、名誉毀損とか、表現の自由の枠外にあるとして民事のみならず刑事法でも規制されているが、それらに比べて差別の扇動が保護されるべきとの価値判断もおかしなことである。

そこでどんな内容の法規制が良いのかという話にすすべきだし、その際は、国際人権法上の諸概念を基礎とするのがよいのであろう。例えば人種差別撤廃条約4条の以下のような規定が参考になる。

締約国は、一の人種の優越性若しくは一の皮膚の色若しくは種族的出身の人の集団の優越性の思想若しくは理論に基づくあらゆる宣伝及び団体又は人種的憎悪及び人種差別(形態のいかんを問わない。)を正当化し若しくは助長することを企てるあらゆる宣伝及び団体を非難し、また、このような差別のあらゆる扇動又は行為を根絶することを目的とする迅速かつ積極的な措置をとることを約束する。このため、締約国は、世界人権宣言に具現された原則及び次条に明示的に定める権利に十分な考慮を払って、特に次のことを行う。

(a)人種的優越又は憎悪に基づく思想のあらゆる流布、人種差別の扇動、いかなる人種若しくは皮膚の色若しくは種族的出身を異にする人の集団に対するものであるかを問わずすべての暴力行為又はその行為の扇動及び人種主義に基づく活動に対する資金援助を含むいかなる援助の提供も、法律で処罰すべき犯罪であることを宣言すること。

(b)人種差別を助長し及び扇動する団体及び組織的宣伝活動その他のすべての宣伝活動を違法であるとして禁止するものとし、このような団体又は活動への参加が法律で処罰すべき犯罪であることを認めること。

(c)国又は地方の公の当局又は機関が人種差別を助長し又は扇動することを認めないこと。
(出典:外務省サイト条文仮訳)

もっとも、この種の内容の立法を望んでも、審議会を経るとまるで別物になり、むしろ逆の内容が法律になってしまうという立法過程を、私たちは昨今の刑事法改革で目の当たりにした。

冤罪の頻発
検察の権限濫用
  ↓
取り調べ過程の可視化が必要
  ↓
可視化には捜査手法の強化が必要
  ↓
可視化はごくごくわずかな導入にとどめ、捜査手法の強化は満額回答←イマココ

そういうわけで、こういう内容のヘイトスピーチ規制が必要だということには十分賛成するのだが、じゃ、それは今の政府(自民党のみならず民主党でも)の下で、そのような内容として実現可能かというと、残念ながらそうは思えないのである。

もちろんそこで思考が止まってしまっては良くないのであり、言論としても許すべきではない行為は、これを明確化した上での立法の途を模索すべきで、そうした活動は支持するのだが、上記のような逆転現象にならないように、立法と法執行に関わる各方面の理解と支持を取り付けながら進めていく必要があるのであろう。



 


町村泰貴
北海道大学教授。民事訴訟法、サイバー法を専門とする法学者
2013参議院選挙は違憲状態

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ヘイトスピーチ規制論 法的規制と表現の自由  bs4

ヘイトスピーチ規制論 法的規制と表現の自由

http://www.bs4.jp/shinsou/onair/296-300.html

2014年11月27日(木)放送

特定の民族や人種などに対する差別や憎しみをあおったりする、いわゆる「ヘイトスピーチ」と言われる活動が社会問題となっています。
ネットなどにも広がり、各地でトラブルも発生し、被害を訴えて裁判に発展するケースもあります。
国際社会からは日本に対し、法的な規制を求める動きもあります。
憲法で認められている「表現の自由」とも絡み、日本はこの問題にどう対応すればいいのか。
ヘイトスピーチをめぐる法規制の是非について考えました。

【ゲスト】山田健太(専修大学教授)、伊藤和子(弁護士)


http://video.fc2.com/content/20141128paKP9duQ/

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ヘイトスピーチに「刑事規制必要」…伊藤和子氏

ヘイトスピーチに「刑事規制必要」…伊藤和子氏
http://www.yomiuri.co.jp/national/20141127-OYT1T50120.html?from=ytop_main5

2014年11月27日 23時22分

特集 深層NEWS

 山田健太・専修大教授(言論法)と人権問題に取り組む伊藤和子弁護士が27日、BS日テレの「深層NEWS」に出演し、民族差別をあおる「ヘイトスピーチ(憎悪表現)」の法的規制と表現の自由について議論を交わした。

 伊藤氏は「人権侵害を伴うものであれば、刑事規制が必要。包括的な人種差別禁止法を作り、明確に犯罪だとメッセージを発することは大事だ。抑止力につながる」と指摘。
  一方、山田氏は「差別表現かどうかの境目はあいまい。規制に歯止めがかからなくなる。法規制の前に、教育や救済機関の整備などで、当事者を救うことが大事だ」と述べた。





「大義」の陰で:2014衆院選/5 憎悪なき政治を やまぬ人種差別発言

http://senkyo.mainichi.jp/news/20141127ddn041010011000c.html
毎日新聞 2014年11月27日 大阪朝刊


 

 多くの若者や観光客でにぎわう大阪市の電気街・日本橋。その一角にあるイベントスペースで23日、在日朝鮮人のフリーライター、李信恵(リシネ)さん(43)=東大阪市=がマイクを握った。「差別や誹謗(ひぼう)中傷をすれば提訴されることもあると分かれば、再発防止につながるのではないか」。真剣な表情だった。

 特定の人種や民族への差別をあおる「ヘイトスピーチ」を批判する記事を書いていた李さんに対し、インターネット上の攻撃は激烈だった。「朝鮮人のババア」「不逞(ふてい)鮮人」。李さんは8月、ネットの人種差別発言で名誉を傷付けられたとして、「在日特権を許さない市民の会」(在特会)の桜井誠会長やウェブサイト「保守速報」の運営者に損害賠償を求める訴訟に踏み切った。

 提訴後も「差別の当たり屋」などの中傷があふれた。司会者が「精神的につらくないですか」と問うと、李さんは目を伏せて答えた。「つらいです」

     ◇

 同じ23日、在特会の桜井会長も大阪市内で講演に立った。今月末に会長を退く桜井氏の最後の講演会という触れ込みで、動画配信サイトで生中継された。

 「どんな悪名でも無名であるよりはるかにましだ」。桜井氏は、怒号が飛び交ったまま10分足らずで打ち切られた橋下徹市長との面談などについて誇らしげに語った。在日韓国・朝鮮人を批判する言葉も繰り返した。「生活保護をもらえない在日たちがいる。『遠慮はいらないから死になさい』と私は言ったんです」

 昨年10月、京都地裁は、在特会が京都市内の朝鮮学校前で行った街頭宣伝について「国連の人種差別撤廃条約が禁じる人種差別に当たる」として違法性を認定し、賠償を命じた。国連の人種差別撤廃委員会は8月、ヘイトスピーチについて法規制などの対応を日本政府に勧告。与党の自民、公明両党がプロジェクトチームを発足させており、安倍晋三首相は国会で「各党の検討をしっかりと注視したい」と答弁している。

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自民党 「ヘイトスピーチ規制法案」の恐い実態

自民党「ヘイトスピーチ規制法案」の恐い実態

2014.11.21 21:00 東京ブレイキングニュース

http://dmm-news.com/article/899365/

 前回の記事で、安倍内閣の5人の女性閣僚のひとりとして総務大臣の地位にある高市早苗の発言を取り上げた。

 この高市は、平沢勝栄が座長を務める自民党の『ヘイトスピーチ対策等に関する検討プロジェクトチーム』の会合で、「ヘイトスピーチ規制を国会周辺デモなどにも適用できるようにしよう」と迷言を吐いたが、またも同様の大問題が持ち上がってしまった。

 今月4日に『ヘイトスピーチ対策等に関する検討プロジェクトチーム』が、韓国での反日ヘイトスピーチの実態を調査するよう関係省庁に求めたというのである。座長の平沢は記者団に対し「韓国が自分を棚に上げて日本にだけ文句を言うのはおかしい」などと語ったそうだが、これが自民党が考える「ヘイトスピーチ対策」である。

 上の前回の記事で、ヘイトスピーチの法規制に対する不安点を述べたが、それがまさに現実のものとなってしまいそうだ。もう断言しても良いと思うが、現政府のネットウヨクの親玉のような思考が変わらぬ限り、日本ではまともな形のヘイトスピーチ規制法など成立しない。

 どうしてこう言えるのか細かく説明していこう。

 まず覚えておいて欲しいのが、自民党がヘイトスピーチに対して具体的に動いたのは、実は今回が初めてと言っていい。これまでも会合の類や意見交換などはあったが、具体的に 「○×をこうするためにこう動け」と指示を出した前例がないのだ。 そもそも国内のヘイトスピーチの現状を深く調査する事すらしていない。

 という事は、自民党がヘイトスピーチの法規制と言われて、いの一番にやった事が「だって韓国だって日本に対してヘイスピしてるじゃ~ん! 今からその証拠集めるかんな~!」だったのである。

 これがどれだけ悪質、というか幼稚なすり替えかと言うと、日本の差別やヘイトクライム問題に対する対処の甘さを指摘していたのは韓国だけではない。日本の差別対策を外交カードとして使って来ていたのは、どちらかというと欧米諸国であろう。言い換えると、国際社会の総意であるという建て前で、国際会議の席で日本の対策の不備が指摘されて来たのだ。

 日本人としては、日本の孤立と大東亜戦争への道筋となった『人種的差別撤廃提案の否決』を決定付けたアメリカやイギリスに言わる筋合いはないと言いたいところだが、今現在の問題に対して昔話を持ち出しても意味はないので致し方ない。

 いま何より問題視せねばならないのは、今回のヘイトスピーチ問題は韓国に言われたからやっている訳ではないのに、何故か「韓国だってやっているんだから」を理由にし、おそらくまともな対策を取るつもりがないという腹づもりが露呈した点にある。

 自民党が韓国をやり玉に挙げた事でハッキリした点を挙げ、それぞれ推察してみよう。

[韓国をめくらましに使う]

 まずなぜ韓国なのかが理解できない。何かにつけて「韓国が~朝鮮が~」と騒ぎ立てるのはネットウヨクや一部のネットウヨク系団体(自称・行動保守団体)くらいのもので、日本が対抗せねばならない国々は他にいくらでもある。

 日本の領海内で絶賛サンゴ泥棒中の中国であるとか、ロシアであるとか、アメリカであるとか、どちらかといえばこれら大国の方が韓国などよりよほど恐ろしい。 悪い言い方をすると、韓国など日本にとってどうでもいい相手である。

 それら危険な大国を差し置いて、何かにつけて韓国をやり玉に挙げるという手法は、ネットウヨク特有の「世界には日本と朝鮮半島しかない」という狭すぎる世界観そのものだ。 さすがに自民党がそう考えているとは思えないので、これは単なるガス抜き目的であろう。他の案件をほったらかしにして、とりあえず韓国を叩いておけばバカな国民の目が逸れるだろうという計算だ。

[ヘイトスピーチ規制をしなくていい理由を真っ先に探す]

 韓国での反日ヘイトスピーチは、いまさら調べなくてもいくらでも出て来るだろう。となれば、それを受けて自民党はどういう判断を下すのであろうか?

 まず考えられるのは、韓国に対する外交カードとして使うパターンだ。これならばまだ韓国の対応次第で日本人にとって悪くない方向に進むかもしれないが、最もダメな選択肢は「韓国をダシに使って何もしない」や、もしくは「都合よくこねくり回し、そもそものヘイトスピーチ問題とは掛け離れた規制案にしてしまう」などである。

 児ポ法をはじめ、表現規制問題や風営法問題といった直近の規制問題を元に考えてみると、どうも自民党がやろうとしているのは、ヘイトスピーチ問題を都合よくこねくり回す方向ではなかろうか?

[国際社会に対する効果的なアピールなど考えてもいない]

 自民党が望む形でヘイトスピーチ対策が講じられたと仮定して、ではそれを国際社会が見た時になんと言って来るだろうか?

 おそらく今のままでは、弱者を守るどころか、より弱者を追い詰めるor封じ込む方向にしか進まないと予測されるが、そんな日本の「ヘイトスピーチ対策(笑)」を、国際社会が評価してくれるとは思えない。

 そうなれば、日本は相変わらず欧米諸国に便利な外交カードを握られたままで、なおかつ孤立を深める結果になり兼ねないのである。ヘイトスピーチの法規制とは、ある意味で「敵の武器を減らす」という目的もあるのだが、どうもそこまで賢い立ち回りは期待できそうにない。

◇ 結論 「現段階でのヘイトスピーチの法規制は諦めるべきである」

 この結論を読むと納得いかないという方もおられるだろうが、少し冷静に聞いていただきたい。与党がこんな調子なのに、下手に法規制を急いだらどのような結果になるか予想して欲しいのだ。

 日本の政治、主に国会でのやり取りは、常に陣取りゲームである。多数派に身を置かないと意見も通らないというのが基本だ。そして今回のように意見が割れる場合は、お互いちょっとずつ我慢して落とし所を見付けましょうという形になる。

 例えば児ポの場合など

・単純所持への罰則規定は認める

・その代わりマンガやアニメなどの、直接の被害者が不在の二次元コンテンツは含めない

 という内容で落ち着いてしまった。

 本来ならば単純所持うんぬん以前に、そもそもの児童ポルノの定義自体がおかしかったのだが、その部分にこだわると話が進まなくなってしまい、最悪の場合与党に強行される可能性すらあったため、上記のような中途半端な形で妥協するよりなかった。あれだけ大騒ぎして、戦って戦って戦い抜いた結果が、現在の児ポ法改正版なのである。

 これを踏まえた上で、ヘイトスピーチ規制法案が提出された場合に、最終的にどのような形になるか想像してみていただきたいのだ。

 これは私個人の意見でしかないが、自民党がここまでネトウヨ団体的な思考を前面に出してくるならば、今回は法規制を諦め、違う形でヘイトスピーチ対策を講じるべきである。下手に規制法を作ってしまうと、マジメにヘイトクライム対策を進めたい人々にとって悔やんでも悔やみ切れない結果になるだろう。

 現在はヘイトスピーチの法規制に向けた動きを自民党が主導している訳ではなく、野党が突き付けている図式なので、ここは一時撤退が賢い選択だと思われる。少なくとも自民党のヘイトスピーチに対する考え方はこれで解ったのだから、それだけでも成果はあったと考えるべきだろう。

 現状よりも先に話を進めたいのならば、まずは末端の国民に対して「ヘイトスピーチの何が問題なのか?」を周知させる事を優先すべきだ。 それをやった上でならば、今回のような自民党の暴走が明らかになった際により大きな批判の声が集められる。

 ところが、今はまだヘイトスピーチ・ヘイトクライムに対して興味のない国民が多すぎるため、児ポ法と同様の「何が目的なのかよく解らない法案」をゴリ押しされても対抗する方法がないのだ。

 ヘイトスピーチ規制法は、言葉や言動自体を違法化するという危険をはらんだ内容なので、国民の後押しがない状態で与党を相手に立ち回るのは無謀である。何かひとつでも自民党案を含める事になれば、そのひとつが致命的な欠陥となって国民を縛り付ける結果にもなろう。この件については焦りは厳禁である。

※この原稿は解散表明より前に書かれたものです

Written by 荒井禎雄



















今国会中に法案提出される「ヘイトスピーチ規制法」の危険性

2014年11月04日 ヘイトスピーチ 危険性 法案

http://n-knuckles.com/case/politics/news001778.html

 特定の人種や民族に対する憎悪表現、いわゆる "ヘイトスピーチ" に関して、超党派の議員連盟が法規制へ向けて動いている。現在はまだ試案の段階で、ひとまず『人種差別撤廃基本法案』という仮称が付けられているようだ。

 この議連には民主・共産・社民といった野党と公明党などの議員が参加しており、今国会中の法案提出を目指している。

 現状の試案には罰則が設けられていないようだが、特定の個人や属性(人種・民族など)に対する差別的言動を違法行為と認知させる事を目的としている。

 さて、この手の話題は過去に何度か取り上げたが、この "ヘイトスピーチ規制" には大きな落とし穴がある。それも差別者が得をするといった話ではなく、弱者がより酷い立場に追い込まれ兼ねないという欠陥だ。

 まず理想型から先に述べておくが、このヘイトスピーチ規制をまともな形、特に弊害のない形に整えるには、必要以上に拡大解釈される可能性を可能な限り潰す必要がある。これが第一だ。

 次に、法案の内容に触れる議員らが素人考えで暴走せぬよう各界の専門家(識者)をバランスよく集め、なおかつ彼らの判断に重みを持たせ、世界に通用する「差別とは○×である!」という定義付けを行う事も必須である。

 では、この2つが上手く行かないと、どういう結末が予測されるだろうか?

・拡大解釈

 これについては高市早苗の言動を取り上げれば事足りる。彼女は "ヘイトスピーチ規制" という考え方に対して「国会周辺でのデモに適用できるようにしよう」と口走ったのだ。

 これは自民党のヘイトスピーチ対策プロジェクトチーム(座長・平沢勝栄)の会合での発言で、憲法にある表現の自由は守るとした上で、「口汚く罵るような行為は誇りある日本人として恥ずかしい。人種差別的な言論は世界的に法規制の流れになっている」と始まったのに、何故か「仕事にならないから国会周辺でのデモ活動も一緒に規制しよう」という超展開をぶちかました。

 現在の日本の与党はこの有り様だという現実を踏まえた上で考えて欲しいのだが、ヘイトスピーチ規制法案が無事に議題に挙がって諸々通過したとしよう。ではその法案は今現在ヘイトスピーチの法規制に向けて活動している人々の意に沿った形になると思えるだろうか?

 私には到底そうは思えず、あれもこれもと拡大解釈できる非常に危険な形になってしまう予感がしてならない。 その前例が 「子供を虐待や性被害から守ろう、救おう」 として立ち上がったはずの "児童ポルノ法" である。これも散々東京ブレイキングニュースに記事を掲載させて頂いているので詳細は省くが、児ポ法は改正案で単純所持にも罰則が設けられたが、未だに「何をもって児ポとするか?」の定義付けがあやふやで、子供を守るどころか「ポルノか否か、わいせつか否か、マンガやアニメはうんぬん」といった点ばかりがフィーチャーされている。お陰で子供を守るor救うための具体案など何もなく、単なるわいせつ物の取り締まり法と化している。

 ヘイトスピーチ規制法もこのままでは児ポ法と同じ道を突き進む事が目に見えているが、そうなった場合は救うべき弱者を置いてきぼりにして、ただ単に耳障りな言葉を潰すだけの法に成り下がるだろう。

 最悪の予測としては、社会的弱者が追い詰められたあまりちょっと感情的に主張をしただけで「ヘイトスピーチだ!」とされてしまい、何故か弱者が取り締まられるというジョークにもならない事案が起きるかもしれない。強者による弱者の迫害や差別だけではなく、弱者もまた言葉を発せなくなるという事だ。

 これは言葉狩りと全く同じで、目障りな単語をメディアから消し去っても、人の悪意までは消せない。ではどうなるかというと、狩られた言葉を使う事なく、より陰湿な記号や合図といった形で差別やイジメが続けられるのだ。迫害・差別・イジメがより地下に潜ってしまって手の打ちようがなくなってしまう。

 果たしてこれを防ぐための細やかな法律文作りが今の政府に可能なのだろうか?

・定義付け

 上でも少し触れたが 「何をもってヘイトスピーチとするか?」の定義付けが狂えば、何の意味も持たないどころか、社会にとって悪影響しか及ぼさない悪法と化すおそれがある。

 例えば、反レイシズムを掲げ、ヘイトスピーチの法規制に向けて運動しているとある一派は

「オタクは迫害されて当然。それが嫌ならオタクをやめればいい。やめたくてもやめられない属性に対する攻撃だけが差別だ」

「レイシスト死ね! レイシストには何をしたって構わない!」

「ちなみにレイシストの定義はオレらが勝手に決める(キリッ」

 ......といった超理論をぶちまけて敵ばかり増やしているが、そんな暴論を社会が認めてくれる訳がない。彼らの言動も立派なヘイトスピーチである。

「相手は○×だから我々がいくら攻撃してもいい」という自分勝手なルールで暴力的な言動に及ぶ事がまさに差別だと思うのだが、その手の人間は「マジョリティによるマイノリティへの攻撃のみを差別とし、ヘイトスピーチ規制法の対象とする」 などという噴飯物のオレルールをひけらかすばかりだ。ヘイトスピーチの法規制に向けて運動している、特に目立つ場所にいる連中ですらコレなのだから、到底世間が納得するとは思えない。むしろ危機感を持たれて法案自体が潰されるのが関の山であろう。

 また、もし仮に多数派が少数派を非難しただけで差別だヘイトスピーチだとされる世の中になったとしたら、何が起きるか想像できるだろうか?

 私の鈍い頭で考えるに、まずヤクザがマイノリティ利権をかっさらって行くに違いない。私が昔取材したとある関西のアウトローは、暴力団員でS学会員でK同盟員で在日朝鮮人という数え役満状態で、それぞれの立場の名刺を見せてくれたが、その手の人間にとってはこれ以上なく強い武器になるだろう。自分を少数派の立場に置けば、ヘイトスピーチ規制法が守ってくれるのだから。

 彼らがそうした優位なポジションを利用して何をするか容易く想像できるのだが、今のところそうした悪用を防げるような「コレ!」という具体案にはお目にかかれていない。

 この辺りの不安を取り除いてくれ、なおかつ適切に守るべき対象を守れる法案を作ってくれる人物がいったいどこにいるのだろう?

 私には道端で警官に対して「オレが○×だからって差別するのか! うわー助けてくれー! 警察官にヘイトスピーチされたー!」と騒ぐヤクザ者が続出する光景しか頭に浮かばない。

 ヘイトスピーチを減らす最良の薬は、他人にウンコを投げ付けないと鬱憤晴らしも出来ないような追い詰められた国民を減らすことである。何でもかんでも規制すればいいという考え方をしている時点で、表面的にはヘイトスピーチがなくなったとしても、別の形で人の悪意が暴発するに決まっている。

Written by 荒井禎雄

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ヘイト・スピーチと法規制 師岡 康子

ヘイト・スピーチと法規制
国連人種差別撤廃委員会勧告の意義
師岡 康子 
http://www.alter-magazine.jp/index.php?%E3%83%98%E3%82%A4%E3%83%88%E3%82%B9%E3%83%94%E3%83%BC%E3%83%81%E3%81%A8%E6%B3%95%E8%A6%8F%E5%88%B6

                       

「ゴキブリチョンコを日本から叩き出せ~!」ヘイト・スピーチは拡大しつづけている。
2013年以降、インターネット上で判明しているだけでも、東京、大阪、京都、名古屋、札幌、福岡など全国各地のどこかでほぼ毎週末、年360件以上、差別デモ、差別街宣が行われている。(「のりこえねっと」調べ)。

ヘイト・スピーチは国際社会共通の問題だが、日本の問題は、人種差別撤廃条約及び自由権規約の締約国であってヘイト・スピーチを法規制する法的義務がありながら、規制法がなく、特に不特定多数の集団にむけられた場合の規制手段がなく、逆に表現の自由として保護されていることである。差別デモ、差別街宣のための道路使用は許可され、差別デモは、参加者の何倍もの数の警官によって守られ、カウンター側はプラカードを掲げることも抑止されたり、微罪で逮捕されている。現行法が恣意的に運用されているのである。

他方、ヘイト・スピーチは2013年にはじめて社会問題化し、差別街宣を人種差別と認めた京都朝鮮学校襲撃事件地裁・高裁判決jリーグによる差別に対する厳しい処分、2014年7月の国連自由権規約委員会によるヘイト・スピーチ法規制勧告もあり、国会が具体的な対策に動き出すに至った。2014年4月には自民党を除く超党派の「人種差別撤廃基本法を求める議員連盟」が、8月には自民党の、9月には公明党のヘイトスピーチ問題対策プロジェクトチームが発足した。

しかし、第一回自民党PTでは、国会前デモを規制対象として検討するとの発言が出た。ヘイト・スピーチとは民族、国籍などの属性におけるマイノリティの集団もしくは個人に対する、属性を理由とする差別煽動表現であり、国会前デモはいかなる意味でもヘイト・スピーチとは無関係である。

8月末に発表された、人種差別撤廃委員会の日本に対する勧告では、ヘイト・スピーチ規制の目的がマイノリティの権利を守ることであり、マイノリティの表現活動や不正義への抗議などの表現活動を規制する口実に使われてはならないとの原則を明示した。ヘイト・スピーチについてはこれまでの2001年、2010年の審査でも法規制の必要性は勧告されてきたが、ヘイト・スピーチ規制の目的と濫用防止については、今回の総括所見ではじめて指摘されたことであり、今回のヘイト・スピーチに関する勧告の最も重要な部分である。

自民党PTにおける国会デモ規制発言は、まさにヘイト・スピーチ規制を不正義への抗議などの表現規制の口実にするものであり、勧告に真っ向から反するものであり、許されない。 
 出発点でこのような過ちが是正されたことをむしろ活かして、今後は濫用に陥らないよう、勧告の求める原則に厳密に従った対策に取り組むべきである。勧告では、直接のヘイト・スピーチ規制の前提として、まず差別を違法とする包括的な人種差別禁止法の制定、そのための差別の実態調査を求めている。マイノリティの権利保障及び濫用防止のためにもそこから出発すべきだろう。 (弁護士)

注)この原稿は9条連ニュース238号より転載し著者が加筆したものです。

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あらためて今、「ヘイトスピーチとは何か」を考える  明戸 隆浩

あらためて今、「ヘイトスピーチとは何か」を考える
第131号(2014.11.20)

http://www.alter-magazine.jp/index.php?%E3%81%82%E3%82%89%E3%81%9F%E3%82%81%E3%81%A6%E4%BB%8A%E3%80%81%E3%80%8C%E3%83%98%E3%82%A4%E3%83%88%E3%82%B9%E3%83%94%E3%83%BC%E3%83%81%E3%81%A8%E3%81%AF%E4%BD%95%E3%81%8B%E3%80%8D%E3%82%92%E8%80%83%E3%81%88%E3%82%8B

明戸 隆浩

1.「ヘイトスピーチとは何か」再び
 筆者が訳者の一人としてエリック・ブライシュ『ヘイトスピーチ――表現の自由はどこまで認められるか』(明戸隆浩・池田和弘・河村賢・小宮友根・鶴見太郎・山本武秀訳、明石書店)を刊行したのは、今年2月のことだ。それから、およそ9カ月が過ぎたことになる。一般的な学術書の感覚では9カ月前というのは「ちょっと前」という感じになるわけだけれども、今回の翻訳について言えば、むしろずいぶん前のことのような気がする。そう思うのは、やはりこの間の「ヘイトスピーチ」をめぐる動きが、とても激しいものだったからだろう。

『ヘイトスピーチ』の「あとがき」にも書いたことだが、そもそもこの本を訳すにあたっては、2013年2月に始まった在特会などの排外主義団体に対する「カウンター」の動きに触発された部分が大きかった(実際筆者が翻訳を思い立ったのは、同じ2013年2月のことである)。その後間もなくして、マスメディアが在特会などの排外主義団体を報じる際に「ヘイトスピーチ」という言葉を頻繁に使うようになる。

また2013年10月には、在特会の行為を人種差別とした上で賠償金約1200万円などを求める判決が京都地裁で出された(2009年に在特会が起こした京都朝鮮学校襲撃事件に関する民事訴訟に対する判決で、今年7月に大阪高裁で出された二審でもほぼ同様の判決)。さらに今年7月には国連自由権規約委員会から、翌8月には国連人種差別撤廃委員会からそれぞれ日本に対して勧告があったが、そこではいずれもヘイトスピーチへの対処が求められた。こうした中でヘイトスピーチの問題に法的に対応しようという考え方も少しずつ広がり、現在は国会でも超党派の議員連盟によって人種差別撤廃基本法案の提出の準備が進められている。

筆者が『ヘイトスピーチ』の翻訳を思い立ったとき、もちろんここまでの展開を予測していたわけではない。けれども、今後ヘイトスピーチへの法的な対応をめぐって議論がなされるようになった際に、その土台となるような本を世の中に出しておきたかった、という気持ちだけは当初から明確にあったように思う。実際『ヘイトスピーチ』は、「ヘイトスピーチにかかわる主要国の法制度が一冊でざっくりわかる本」という形で、この間学術書としては比較的多くの読者に恵まれることになった。そしてそうしたニーズを満たすことは、これからもこの本の重要な役割であり続けるだろう。

しかしその一方で、今あらためてこの本の役割を考えるとき、「ヘイトスピーチにかかわる主要国の法制度が一冊でざっくりわかる本」とはまた違ったものを考えたいという気持ちが筆者にはある。それは一言で言うなら、「ヘイトスピーチとは何か」という問いに、もう少し厳密に、そしてある程度の多様性をもった形で答える際に、その手引きとなるという役割だ。『ヘイトスピーチ』の訳者解説にも書いたように、ヘイトスピーチは大まかに言えば「人種、民族、国籍、宗教、性別、性的指向など、個人では変更困難な属性に基づいて侮辱や中傷、扇動、脅迫などを行うこと」を指す。しかしこれはあくまでも最大公約数的な定義であって、実際のヘイトスピーチの定義はそれを作成する国や国際機関によって少しずつ違う。そうした違いを意識することは議論の初期の段階では必須ではないが、ある程度議論が進んだ段階では、むしろ重要な視点を提供するものになりうる。

こうしたことをふまえてここでは、「ヘイトスピーチとは何か」という問いをめぐって、国連の文書および主要国の法律を素材に、必ずしもそれに一言では答えない形で書いてみたい。初めてここでヘイトスピーチに関する議論に触れる読者はさまざまなヘイトスピーチの定義の共通性に、すでにある程度ヘイトスピーチについて知っている読者はむしろその間にある違いに、それぞれ注目して読んでいただければいいのではと思う。なお基本的にはここで扱っている議論は『ヘイトスピーチ』の内容に即したものなので、この文章だけでは物足りないという方は、ぜひ本自体を手に取ってもらえれば幸いだ。

2.ヘイトスピーチの定義(1)どのような理由に基づいて――国連の場合
 多くのヘイトスピーチの定義は、大まかに2つの部分、すなわち(1)どのような理由に基づいて、(2)どのようなことを行うのか、という形で整理できる。たとえば先ほど示した定義なら、「人種、民族、国籍、宗教、性別、性的指向など、個人では変更困難な属性に基づいて」が(1)、「侮辱や中傷、扇動、脅迫などを行うこと」が(2)に対応することになる。なおここで注意しなければならないのは、多くの文書や法律ではこのうち(1)の部分が「人種差別」の定義をふまえる形で示されているということだ。日本では「ヘイトスピーチ」という言葉が既存の用語系の中でまだきちんと位置づけられていない部分があるが、ヘイトスピーチというのは基本的に「(人種)差別」から派生した概念である。このことをふまえて、ここでは「人種差別」の定義とヘイトスピーチの定義の(1)の部分を併せて見ていくことにしたい。

最初に取り上げたいのは、国連の文書である。ヘイトスピーチにかかわる国連の文書は複数あるが、その中心となるのはやはり1965年に採択された国連人種差別撤廃条約だ(冒頭で触れた今年8月の国連人種差別撤廃委員会の勧告も、これに基づいて出されている)。

この条約の第1条では、人種差別は「人種、皮膚の色、世系又は民族的若しくは種族的出身に基づくあらゆる区別、排除、制限又は優先」(外務省訳)と定義されている。つまりここでは、「人種(race)」「皮膚の色(colour)」「世系(descent)」「民族的出身(national origin)」「種族的出身(ethnic origin)」に基づいた差別が、人種差別だとされているわけだ。

ここで訳語について少し補っておくと、「人種(race)」「皮膚の色(colour)」の2つはいいとして、おそらく「世系(descent)」という言葉にまず引っかかるのではないかと思う。これはおもに血縁関係によって規定されるような集団を指す言葉で、一般的な言葉としては「血統」のほうがわかりやすいように思うのだが、公的な文書ではなぜかこの「世系」という言葉が使われることが多い。また「民族的出身(national origin)」と「種族的出身(ethnic origin)」はセットで登場することが多い言葉で、前者はおもに出身国の違い、後者は国内のエスニックな出自の違いを指す(ちなみにethnicを「種族」と訳すのは古い慣習で、今はカタカナでそのまま示すことが多い)。いずれにしてもここで重要なのは、国連人種差別撤廃条約における「人種」の概念が、「血統(descent)」「出身国(national origin)」「エスニックな出自(ethnic origin)」などの違いを含む、かなり幅広いものだということだ(日本で「人種」と言ったときにおもに想定される「皮膚の色」は、そのうちの1つの要素でしかない)。

その上でヘイトスピーチの定義のうち(1)の部分だが、国連人種差別撤廃条約では、ヘイトスピーチにあたるものは第4条で次のように規定されている(なおそこではヘイトスピーチという言葉は直接的には用いられておらず、第4条が一般的にそのようにみなされるという形になっている。この点については後ほどあらためて触れる)。

「ある人種の優越性、あるいはある皮膚の色ないしエスニックな出自をもつ人々の集団の優越性を説く思想や理論に基づいて、いかなる形であれ人種的憎悪あるいは差別を助長したり正当化したりしようとするあらゆる…プロパガンダ」(『ヘイトスピーチ』P42。外務省訳を元に訳語を変更)。つまりここでは、先ほどの人種差別の際にも言及されていた「人種」「皮膚の色」「エスニックな出自」に基づく「差別の助長」が、ヘイトスピーチとして位置づけられている。細かく見れば違いもあるが(これについては後述)、基本的にはここでのヘイトスピーチの定義が先に見た人種差別の定義を踏襲したものだということが確認できるはずだ。

3.ヘイトスピーチの定義(1)どのような理由に基づいて――アメリカ・イギリス・フランスの場合
 次に、国連人種差別撤廃条約とほぼ同時期につくられた、アメリカとイギリスの法律について見てみよう。まずアメリカだが、アメリカは国連人種差別撤廃条約の採択の前年に、有名な1964年公民権法を成立させている。この法律の成立はアメリカ現代史的にあまりにも大きな出来事だったこともあって感覚的に他の法律と並列に扱いづらいところがあるが、実際には60年代の世界的な反人種差別の動きの一角をなすものだ。

この公民権法では第2編で公共の場での人種差別、第7編で雇用における人種差別が禁じられているが、たとえば第2編では人種差別が「人種、皮膚の色、宗教(religion)、出身国に基づく差別や隔離」と定義されており、これは国連人種差別撤廃条約とほぼ同じ定義である(なお第7編では「性(sex)」が加わる)。アメリカの人種差別というと黒人差別が想起されがちだし、実際1964年公民権法を動かしたのは圧倒的に黒人問題だったのだが、しかし少なくとも定義上は、ここでもかなり広い意味で人種差別が位置づけられている。

またイギリスでは、人種差別撤廃条約採択と同じ1965年にやはり人種差別禁止法として人種関係法がつくられている。その第1条では「皮膚の色、人種、エスニックな出自あるいは出身国に基づいた」差別を禁じているが、これも国連人種差別撤廃条約とほぼ同じ定義だ。さらにフランスでも少し遅れて1972年に人種差別禁止法ができるが(当時の司法大臣の名をとって「プレヴァン法」と呼ばれる)、そこでも「その出身(origine)またはそのエトニ(ethnie)、民族(nation)、人種もしくは特定の宗教への所属もしくは非所属を理由に」取引や雇用において差別を行うことが禁じられている(林瑞枝「フランスの反人種差別法」『法律時報』51巻2号P98)。いずれの国でも国連の場合と同様、狭義の人種や皮膚の色だけでなく、出身国やエスニックな出自、あるいは宗教を含めたかなり広い意味で「人種差別」という言葉が使われていることが確認できる。

その上でヘイトスピーチの定義のうち(1)の部分だが、イギリスの1965年人種関係法およびフランスの1972年人種差別禁止法では、人種差別とヘイトスピーチの定義の(1)の部分をまったく同じ文言で規定している。つまりイギリス人種関係法であれば「皮膚の色」「人種」「エスニックな出自」「出身国」、フランス人種差別禁止法であれば「出身(origine)」「エトニ(ethnie)」「民族(nation)」「人種」「宗教」を理由にしたものがヘイトスピーチとされているわけだ(ただし国連同様ここでも「ヘイトスピーチ」という言葉は直接的には用いられていない。これについては後述)。

なおよく知られているように、アメリカにはヘイトスピーチにあたるものを直接規制する法律はないが、「ヘイトクライム法」という形で人種差別に基づいた物理的暴力に対応する法律が制定されている。初めて連邦レベルでヘイトクライム法が制定されたのは1994年のことだが、そこではヘイトクライムが「被告人が、(実際のあるいは認識上の)人種、皮膚の色、宗教、出身国、エスニシティ(ethnicity)、性(gender)、障害(disability)、性的指向(sexual orientation)を理由として、意図的に被害者を(窃盗犯の場合は窃盗の対象を)選ぶような犯罪」と定義されている(なおこの定義は2009年のヘイトクライム法でも踏襲された)。公民権法第2編で言及されているのは「人種」「皮膚の色」「宗教」「出身国」だったが、これをもとに「エスニシティ」「性」「障害」「性的指向」が追加された形だ。

4.補論――「国籍」を理由とするヘイトスピーチをめぐって
 さてここで、一つ重要な補足をしておきたい。それは「国籍」の違いによる差別やヘイトスピーチについてだ。国籍の有無、言い換えれば「外国人」であることを理由とした差別やヘイトスピーチは日本でこうした問題を考える際にはとりわけ重要な問題となるが、実はこの点をめぐる国連および各国の対応はやや複雑である。

このことはたとえば、先に見た国連人種差別撤廃条約の定義の中で、「人種差別」の定義では登場していた「出身国national origin」という言葉が、ヘイトスピーチにかかわる第4条では消えていたということからも確認できる。またより明確な部分としては、同条約の第1条2項に「この条約は、締約国が市民と市民でない者との間に設ける区別、排除、制限又は優先については、適用しない」とあるが(ここでは「市民citizen」は国籍保持者という意味で用いられている)、これは外国人であることを理由とした差別は条約の対象外であるかのようにさえ読める箇所だ。

とはいえ実際には、この条項は「国籍による差別やヘイトスピーチは許される」ということを意味しているわけではもちろんない。それが示しているのは、あくまでも「国籍による差別」がこの条約でいう人種差別とまったく同じように扱われるわけではないということにすぎない。実際2004年に国連人種差別撤廃委員会が出した「市民でない者に対する差別に関する一般的勧告」では、国籍による差別のうち実際に許容されるのは政治参加など一部に限られるとした上で、それ以外の多くの点については人種差別と同様に扱われるべきことが示されている。その中にはヘイトスピーチにあたるものに関する項目もあり、そこではヘイトスピーチは「市民でない者に対する外国人排斥的態度および行動、とくに憎悪唱道および人種的暴力」という形で、先に見た「人種差別の助長」と同様に扱われている。したがって少なくとも2004年以降については、国籍に基づく差別やヘイトスピーチもまた、国連人種差別撤廃条約の対象に実質的に含まれることになる。

なおこうした傾向については、すでに言及した各国の状況を見ることでも確認できる。一番明確なのはフランスで、フランス人種差別禁止法では「民族(nation)」という要素によって外国人に対する差別やヘイトスピーチを当初から組み込んでいる。訳語が「民族」なので日本語だとややわかりにくいが、nationという言葉は基本的に「国」の違いを示す言葉であり、実際この法律の導入にあたっては明示的に外国人に対する差別やヘイトスピーチへの対処が意図されていたことが指摘されている(林瑞枝「フランスの反人種差別法」『法律時報』51巻2号P96)。

またイギリスの場合は、ヘイトスピーチに関する規定を人種関係法から1986年公共秩序法に移行した際に、第17条で「人種的憎悪」を「皮膚の色、人種、国籍(市民権の有無を含む)、エスニックな出自あるいは出身国によって定義された集団に対する憎悪」とし、「国籍(nationality)」および「市民権(citizenship)」にかかわる人種的憎悪も定義に含めている。これもまた、外国人に対するヘイトスピーチを明示的に法律の対象に含めることを意図した改定だと言える。

5.ヘイトスピーチの定義(2)どのようなことを行うのか
 以上見てきたように、人種差別およびそこから派生したヘイトスピーチの概念には、狭義の「人種」や「皮膚の色」だけでなく、「出身国」や「エスニックな出自」、さらには「宗教」や「国籍」までの幅広い要素が含まれる。

その上で最後に確認したいのは、そうした理由に基づいて(2)どのようなことを行うのがヘイトスピーチなのか、ということである。ここでまず確認しておかなければならないことは、(すでに何度か触れたように)「ヘイトスピーチ(hate speech)」という言葉それ自体は、文書や法律の中にほとんど登場しないということである。実際には、ヘイトスピーチにあたるものは人種差別の「扇動」や「助長」という形で規定されることが多い。「2」の冒頭でヘイトスピーチは基本的に「(人種)差別」から派生した概念だと書いたが、それはヘイトスピーチが理由となる要素を人種差別と共有しているからだけでなく、「(人種)差別の扇動や助長」が一般にヘイトスピーチと呼ばれるからでもある。この点を念頭に置いた上で、具体的な文書や法律を見ていこう。

まず国連人種差別撤廃条約だが、ヘイトスピーチの定義に該当するのはすでに引用した第4条の「ある人種の優越性、あるいはある皮膚の色ないしエスニックな出自をもつ人々の集団の優越性を説く思想や理論に基づいて、いかなる形であれ人種的憎悪あるいは差別を助長したり正当化したりしようとするあらゆる…プロパガンダ」という部分である。先ほどは前半部分に注目して議論したが、ここでポイントになるのは後半の「人種的憎悪あるいは差別を助長したり正当化したりしようとするあらゆる…プロパガンダ」というところだ。ここで焦点となっているのは、憎悪や差別を「助長する(promote)」こと、あるいは憎悪や差別を「正当化する(justify)」ことである。またヘイトスピーチに対して具体的な法規制を求める第4条a項では、「人種的優越又は憎悪に基づく思想の流布(dissemination)」あるいは「人種差別の扇動(incitement)」という形で、同様のことが記述されている。

また国連人種差別撤廃条約から1年遅れの1966年に採択された国際人権B規約(自由権規約)にも、その第20条2項で「差別、敵意又は暴力の扇動となる国民的、人種的又は宗教的憎悪の唱道」という形で、やはり「扇動」あるいは「唱道(advocacy)」という言葉を用いた規定がある。

この条文もまたヘイトスピーチについて規定した部分だとされているが、いずれの場合も差別や憎悪の「助長」「正当化」「扇動」「唱道」といった形で、「人種差別を世の中に広めること」への対処の必要性が示されていることが重要だ(なおヘイトスピーチを「憎悪表現」と訳すとたんなる罵詈雑言などもヘイトスピーチだと誤解されるからよくないという見方があり、基本的には筆者も賛成だが、それはあくまでもヘイトスピーチを「憎悪の表明」ととらえることによる誤解であり、本来の趣旨に沿って「憎悪の扇動」という形でとらえるなら、こうした誤解は生じにくいはずである)。

そして同様の規定は、これまで見てきた各国の法律でも確認できる。たとえばイギリスでは、1986年公共秩序法の第18条で「脅迫的な、口汚い若しくは侮辱的言語または態度を用い、または、脅迫的な、口汚い若しくは侮辱的な文書を示し、それによって人種的憎悪をかき立てようと意図し、または、あらゆる状況を考慮して、人種的憎悪がかき立てられる恐れがある場合」(師岡康子「イギリスにおける人種主義的ヘイト・スピーチ規制法」『神奈川大学法学研究所研究年報』30号P29)が犯罪とされている。

ここでは「かき立てる(stir up)」という言葉によって「助長」や「扇動」に当たる部分が示されているわけだが、基本的な発想は同じである。またフランスの場合も、1972年人種差別禁止法の第1条で「人または人の集団に関して、その出身またはそのエトニ、民族、人種もしくは特定の宗教への所属もしくは非所属を理由に…差別、憎悪または暴力を扇動した者」(林瑞枝「フランスの反人種差別法」『法律時報』51巻2号P97)を処罰するとしているが、ここで用いられているのも「扇動(provoqué)」という言葉だ。

なお主要国の中ではこれまで登場しなかったドイツだが、それはドイツでは伝統的に「(人種)差別」ということをふまえてヘイトスピーチにあたるものを法律で規制する、ということが行われてこなかったからである(なお2006年以降は「一般平等待遇法」という差別全般を禁じた法律の中に「人種」も含まれる形になっている)。ただヘイトスピーチ規制について見るなら、時系列的にはむしろドイツは他の主要国に先駆けてそうした条項を成立させている。1960年に成立した刑法130条、いわゆる「民衆扇動罪」がそれだ。この条項は1994年に改定されて現在に至っているが、そこでは「公共の平穏を乱すのに適した態様で、(1)住民の一部に対する憎悪をかきたて若しくはこれに対する暴力的ないし恣意的な措置を誘発する者、又は(2)住民の一部を罵倒し、悪意で軽蔑し若しくは中傷することにより、他人の人間の尊厳を攻撃する者」(櫻庭総『ドイツにおける民衆扇動罪と過去の克服』P128)が処罰されるとしている。他国のケースと違って人種差別と連動させた定義ではないので「どのような理由に基づいて」の部分はかなり異なるが、「どのようなことを行うのか」についてはこれまで見てきたものと基本的に共通している。

6.ヘイトスピーチにかかわる「知識の厚み」のために
 以上、ここで書いてきたことは、次の2点に集約される。ヘイトスピーチの定義のうち「(1)どのような理由に基づいて」の部分については、人種差別の定義のそれと基本的に共通している。ただしそこで言う人種差別は、狭義の人種だけでなく、国籍や民族、あるいは宗教も含んだ、広い意味での人種差別だ。また「(2)どのようなことを行うのか」についてだが、その核心にあるのは「差別の扇動」である。ヘイトスピーチは(人種)差別の扇動である、というのはそれ自体はごく簡単なテーゼだが、その背後には、ここで見てきたような膨大な法的文書の積み重ねがある。

そうした意味では、この文章を通してこの最後のエッセンスだけ理解するということ、これもまた読み方の一つである。ただあえて付け加えておきたいのは、ある対象を深く知る際には、その歴史的な厚みも含めて知る必要がある、ということだ。そうした意味では、もしこの文章から何か触発を受けたり、あるいは逆に疑問を感じたりした場合は、ぜひ「原典」を参照してみてほしい。

少し前までは情報アクセスの格差の問題もあったが、少なくともここで言及した国連や各国の法律については、現在そのほとんどをインターネット経由で入手することができる。なお筆者は現在ヘイトスピーチについて考えるために必要な文献やリンクをまとめたウェブサイトを準備しているが、そうしたサイトを利用すれば、より簡単にそうした情報にアクセスすることができるはずだ。

ヘイトスピーチという言葉が普及し、それに対する法的な対策の可能性も現実味を持ち始めた今、必要なのはそうした個々人の情報収集の積み重ねによって生まれる、社会全体の「知識の厚み」なのだと思う。どんな制度も、それを支える人々の知識の厚みなしには、本来の役割を適切に果たすことはできない。そしてヘイトスピーチにかかわる法制度についても、もちろんその例外ではない。
       (筆者は関東学院大学ほか非常勤講師/社会学・多文化)
注;参考書籍
   エリック・ブライシュ著・明戸隆浩他訳 明石書店刊
   『ヘイトスピーチ表現の自由はどこまで認められるのか』
   明戸隆浩著
『「NOヘイト」出版の製造者責任を考える』  







メールマガジン「オルタ」編集部
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ネットでヘイトスピーチを垂れ流し続ける中年ネトウヨ「ヨーゲン」(57歳)の哀しすぎる正体【後編】 (取材・文/安田浩一)

ネットでヘイトスピーチを垂れ流し続ける
中年ネトウヨ「ヨーゲン」(57歳)の哀しすぎる正体【後編】

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/41047
(取材・文/安田浩一)

決め手となった1枚の写真

今年1月5日。この日も私はいわき市内で聞き込みを続けていた。
だが、歩いても歩いても、彼の所在はわからない。人物像だけで住所を「当てる」ことは難しい。しかもその段階において男が犯罪者であるという確信を持っていたわけでもないので、通常の事件取材とは違い、聞き込みするにあたっても最低限のプライバシー配慮をせざるを得ない。捜索は困難を極めた。

途方に暮れていた時、一通のメールが私のスマホに届いた。ヨーゲン情報を集めていた、例の在日女性たちである。

メールには一枚の写真が添付されていた。ヨーゲンが不用意にネットへアップした自室の写真である。外の風景や家屋の外観が映っているわけでもない、ただの室内写真だ。こんな写真で何かわかるというのだろう。

呆れる私に対し、彼女はメールで次のように記してきた。

「窓枠に特徴があります。このタイプの窓枠は集合住宅に多く使われるものです。よって、ヨーゲンはアパートやマンションに住んでいる可能性が強いと思われます。この窓枠の形に注目して探してみてください」

目の付け所が、さすがに女性らしい。注意深く、そして繊細な視点だ。
私は窓枠の形に最大の注意を払い、市内の集合住宅を訪ねまわった。

数時間も歩き回った後、私は一軒の二階建てアパートの前で棒立ちになった。窓枠の形が、まさにメールに添付されていた写真のものと一緒だったのだ。

アパートの部屋をひとつひとつ確認してみる。ほどんどの部屋に表札はかかっていない。集合ポストにもネームプレートはなかった。だが、ある部屋の前で、私は再び足が止まった。

「NHKの集金、お断り」

そう記されたステッカーが貼られていたからである。

ヨーゲンは日ごろから、メディアに対する敵意を露骨にネットに書き込んでいた。なかでもNHKと朝日新聞は「左翼の牙城」だとして、常に攻撃の対象となっていた。

そこがヨーゲンの自宅であると100%の自信があったわけではない。だが、なぜか背中の筋肉が強張った。事件取材などで、重要な証言者にめぐりあったときの感覚と似ている。

私はとりあえずその場を離れ、近所の酒店で少しばかり高価な日本酒を購入した。私の目的は彼を恫喝するためでも、脅すためでもない。なぜにヘイトスピーチを繰り返すのか、それを聞いてみたかった。そしてできるならば、在日女性に対する攻撃をやめてもらえるよう頼むことにあった。だからせめて酒でも一緒に飲みながら話すことはできないかと思ったのだ。

酒を手にした私はアパートに戻り、ドアのインタホンを押した。
「はい」と応答したのは女性の声だった。彼の妻であろう。

私は「御主人はいらっしゃいますか」とだけ告げた。

「お待ちください」と返答があってからしばらくした後、男性の声が響いた。

「どなたですか?」

少し前にプロダクトキーの販売サイトに電話した際、応じた男の声と同じだった。

さて、どうしたものか。ここでヨーゲンであるかと訊ねたところで、否定されてしまえば終わりだ。私は「安田です」とだけ名乗って反応を待った。

少しの間、インタホンからは何の応答もなかった。いったいどこの安田なのかと考えているのか、あるいはスコープ越しに私の姿を確認しているのか。

もしも「どこの安田なのか」と問われた場合には、私は正直に答えるつもりでいた。
しかし、インタホンからは意外な反応が返ってきた。

「帰れ! なんで来たんだよ! 帰れ!」

怒声が響いた。彼は私を確認することもせず、突然に激昂したのである。
当たりだ。完全にヨーゲンだ。

面前では何も言えない男

しかしヨーゲンは私が来意を告げようとしてもそれを無視し、ひたすら「帰れ!」と怒鳴るだけだった。とりつくしまがないとはこのことだ。ヨーゲンは散々に怒鳴り散らした後、インタホンを切った。再び話しかけても何の応答もない。

しかたなく私は一度その場を離れ、近くの喫茶店に入った。私はヨーゲンのツイッターアカウントに向けてDMを送信した。

突然に訪問した非礼を詫び、あらためて取材を申し込んだのだ。
すると、これまた意外な返信が届いた。

「30分後に来てくれ」

あれだけ激昂しながら、今度は自宅まで来いというのだ。気が変わったのか、それとも何かの罠か、いずれにせよ会ってくれるというのだから、私にとっては悪い話ではない。

私は30分後に再訪した。
喫茶店から大通りを突っ切り、踏切を超えて細い路地を歩く。ヨーゲンの住むアパートが見えてきた。ここで、風景が少し前と違っていることに気が付く。

私の視界に飛び込んできたのは、アパート横の空き地に停められたパトカーだった。

状況は飲み込むことができた。ヨーゲンは警察に通報したのであろう。とはいえ、記者稼業をしていればこうしたことは珍しいものではない。ましてや週刊誌屋にとっては日常茶飯事だ。

私はその後の展開を予測しながらも、再びインタホンを押した。
ドアが開き、姿を見せたのは案の定、制服姿の警察官だった。
その際、玄関に立っているジャージ姿の男が見えた。初めて目にするヨーゲンである。

室内だというのに、なぜかヨーゲンはサングラスで顔を隠していた。私に顔を見られたくなかったに違いない。それにしても自室でサングラスとは、なんとも奇異な姿であった。
私はヨーゲンに話しかけようとしたが、警察官はそれを制し、私を室外に押し出した。

警察官によると「安田という男が脅しに来た」という通報があったという。
私は身分を明かし、目的は取材であることを説明した。警察官は「そうだったんですか」と驚いた表情を顔に浮かべ、「じゃあ、私どもがもう一度、彼に取材を受けるかどうか聞いてみます」とまで言ってくれるではないか。親切な警察官だった。

私は警察官と一緒に三度目のインタホンを押した。警察官が私に代わって「取材で来たようですよ」と説明してくれる。私も脅迫目的ではないと横から訴えた。しかしヨーゲンは「帰れ」「個人情報保護法違反だ」などと喚き散らすだけだった。結局、再びドアが開くことはなかった。

「無理みたいですね」と警察官も苦笑しながら、引き揚げたらどうかと促す。

仕方がない。相手が嫌だと言ってるのに敷地内に留まれば不退去罪だ。

私は後ろ髪をひかれる思いでアパートを後にし、その日のうちにいわきを離れた。

さて、その後──
間を置かずして彼の反撃が始まった。

「安田が襲撃に来た」「朝鮮人を引き連れて自宅まで襲いに来た」などと、妄想まみれの言葉をツイッターで書き連ねたのである。

私に電話してきたこともある。一方的に罵声を飛ばしたかと思えば、一転して、あなたも悪い人じゃない、などと口にすることもあった。

要するに彼は身元がバレたことで混乱していた。初めての経験に戸惑っていた。
私がときたま記事を発表している講談社の「g2」編集部に電話をし、担当編集者ばかりか社長を出せと詰め寄ったこともあった。

あるときには「私がネットで違法なビジネスをしているという噂が出ている。安田も取材しているようだが、そんな事実はまったくない。だから記事にするならば、私のビジネスについては一切触れないという誓約書を出せ」と編集者に迫ったこともあった。私はそのときにあらためて、彼が自らの商売に後ろめたさを感じていることを悟った。

いずれにせよ、ヨーゲンのこうした反応は予測できたことでもある。むしろ、それでよかった。少なくとも彼が私への敵意を募らせている間に関しては、在日に対するヘイトスピーチは抑制されていたからだ。いや、彼にとってはそれどころじゃなかったのかもしれないが。

一方、今回の件(ヨーゲン取材のあらまし)を私がツイッターに書き込むと、私に対する批判、非難も相次いだ。

「自宅を急襲した」「脅した」といったヨーゲンの書き込みを信じた者たちが、一斉に声をあげたのである。

「安田を許すな」「ひどいことをする」

そうした書き込みがネット上に氾濫した。

また、「匿名空間を破壊した」「個人情報を安田が暴露した」といった批判も少なくなかった。

ちなみに私はヨーゲンの本名も、正確な所在地もネットに書き込んだことはない。また、ヨーゲンの「被害者」を名乗る人々から彼の個人情報がほしいと何度も迫られたが、すべて丁重にお断りをしてきた。「仇討ち」の心情は当然理解できるが、それを煽ることが私の仕事ではないからだ。

とはいえ私が匿名であることを隠れ蓑としてヘイトスピーチに明け暮れる者を、現実社会に引きずり出したことは事実だ。しばらくの間、「安田許すまじ」の声はネット空間を飛び交った。

なかでも必死に安田批判の書き込みを重ねていたのは、ヨーゲンの取り巻きたちだった。

不毛だった「ニコ生対決」

「命を賭けてヨーゲンを守る」とまで豪語する女性は、イタリアのマフィアに私の殺害を依頼したかのようなツイートを書き込んだり、あるときは「オウム真理教の幹部が刺殺された事件を思い出せ」といった内容のメッセージを発することもあった。

余談ではあるが、私の殺害を示唆し、在日コリアンへの誹謗中傷を繰り返していたこの女性に関しても、所在を確認した上で私は自宅に直接足を運んでいる。

千葉県内に住む50代の女性だった。ひなびた漁師町で、彼女は夫と、年老いた父親との3人で暮らしていた。ネット上の彼女はときおり、都心での優雅で華やかな日常を記していたが、暮らしぶりからはそうした気配を見ることはできなかった。

玄関先で来意を告げると、彼女は私の顔を見るや否や「なんで、ここにいるのよ!」と素っ頓狂な声を発し、雨戸をぴしゃりと閉めた。そして室内から「警察に通報します!」と叫んだのち、二度と顔を見せなかった。このあたりの対応はヨーゲンと同じである。

その後、彼女はツイッターのアカウントに鍵をかけ、自らのツイートは公開していない。

話をヨーゲンに戻そう。彼もまた、周囲に煽られるように奇行に走った。

「安田対策」と称し、ネット通販で手錠や警棒型スタンガン、ボーガン、催眠ガススプレー、手錠などを購入し、その写真をネット上にアップするなど"武装"を整えたのである。

彼は次のような書き込みをしている。

「催眠ガススプレーはほんとうにゴキブリのように警察が来るまで地面でのたうちまわり動けなくなるらしいです。そのあとスタンガンで狙い撃ち、手錠、もし逃げたらボウガンを発射」

「平常心でできると思うな。やっぱ武器はいいわ」

いくら突然に取材をかけられたとはいえ、ここまでくると、まさに「平常」ではない。私も呆れるしかなかった。

それでも私はその後も幾度か取材を申し込んだが、ヨーゲンはそれを拒むばかりか、私への誹謗中傷をエスカレートさせていた。

そのうち、私がまったく関知していない別のグループが、そのころネット情報だけでヨーゲンの所在をつかみつつあった。それがツイッターなどで明らかになると、おそらくはヨーゲン周辺の人物がさらに新たな情報をネットに書き込むなどして、私の思惑を超えた形でヨーゲンも追い詰められていた。

それがネットの伝播力でもあり、また、怖いところでもあった。

こうした状況のなかで事態は思わぬ方向に動いていく。
追い詰められていたヨーゲンが突然、突飛な提案を私に振ってきたのである。

「スカイプで対決しよう。その模様をニコ生(ニコニコ生放送)で実況中継したい」

直接に私と向き合うのは嫌だが、スカイプであれば議論してもよいというのだ。しかも、実況中に顔出しするのは私だけで、ヨーゲン自身は声だけの出演にしたいなどと、なんとも身勝手な提案だった。

私は即座に断わった。そんなの取材じゃない。そもそもネット音痴の私はスカイプなど利用したことがないし設定の仕方もわからない。それに悪意あるコメントが流れるニコ生も好きじゃない。

だが、ヨーゲンは諦めなかった。提案を放置している私に対し、「安田は逃げている」「安田は臆病」などとツイッターに書き込んで挑発した。

結論から言えば、私は挑発に乗ってしまったことになる。「逃げている」と言われ続けることに我慢ならなかったのだ。そのあたり、私も「スルー力」が足りない。

ネットに疎い私は、すぐに知人に頼んでスカイプの設定をしてもらった。生まれて初めてニコ生のアカウントも取得した。私にとっては極めて難作業であった。

さらにヨーゲンは「双方に中立な司会者」を用意するよう注文をつけてきた。自分から提案をしておきながら、ニコ生のアカウント取得から司会者の選定まですべて私任せである。しかも司会者はヨーゲンが納得する人物でなければ許可しない、というメチャクチャな要求であった。

幸いなことに、私とヨーゲンのやりとりを見ていた人物から、司会役を引き受けたいとの申し出があった。その人物が保守的な思考の持ち主であることから、ヨーゲンも二つ返事でそれを受け入れた。

かくして1月19日の夜10時、「朝鮮人の手先である安田と愛国者ヨーゲンの対決」(ネットに書き込まれた文言 前編/後編)が相成ったのである。

このときの様子はいまでも動画サイトに残っているので、興味ある方はご覧いただきたい。

自分で記すのもなんだが、おそろしくレベルの低い「対決」であったことは間違いない。到底、議論と呼べるものではなかった。

しかたなく「ニコ生対決」に付き合った私は、どこか投げやりで、しかもぞんざいな態度でまくしたてるばかりであった。一方ヨーゲンはロジックも話芸もなく、自分から仕掛けたわりには、思春期の子供のように稚拙な罵倒を繰り返すばかりである。


復活してしまったヨーゲン

「今後、朝鮮人がウチを襲いに来たらどうするんだ」と私の取材を非難し、「朝鮮人の反日思想こそが問題」だと自らの正当性を訴える。私が少しでも反論しようものなら、「やめてくれ」とわめくだけだった。

やたら「朝鮮人」を連呼し、自身のヘイトスピーチは「反日に対する抵抗」なのだと主張するヨーゲンは、まさにネットの文言そのままの一本調子で何のひねりもない。

いま、あのときを振り返りながら、こうして書き起こしているだけで気恥ずかしくなる。いや、なんともバカバカしい。やはり、こんなのは取材じゃない。オーディエンスを意識している以上、私も好きなことが言えない。ヨーゲンの本名すら口にすることができないのだ。私はつくづく映像向きの記者ではないと実感した。

ただし唯一興味深く感じたのは、彼が在日コリアンを嫌悪することになったきっかけとして「生活保護問題」を挙げたことにある。

ヨーゲンは興奮した口調で次のように述べた。

「朝鮮人が生活保護を受給できていることが許せない。日本では生活保護が受給できないことを理由に、年間1万人もの人が自殺している。それは朝鮮人などが不当に生活保護を奪い取っているからだ。つまり60年間で60万の日本人が朝鮮人のせいで死んでいる。いま日本に住んでいる朝鮮人と同じ数の人間が、これまで命を奪われてきたことになる」

日頃から在特会などが主張していることでもある。実にメチャクチャなロジックではあるが、彼の憎悪が、そうした「奪われた感」に基づいたものであろうことは、ぼんやりと理解できた。結局、ネット上の真偽定まらぬ怪しげな言説に飛びつき、どうにか自我を保っているのだろう。

この「ニコ生対決」を終えてからも、ヨーゲンは懲りなかった。相変わらずネットで暴言、珍説をまき散らしていた。しかし"ニコ生効果"で必要以上に有名になりすぎたせいか、おかげでツイッターを運営する米ツイッター社にも「問題発言の多いユーザー」として認知されてしまったようだ。おそらく差別発言に対する同社への"通報"が相次いだのだろう。3月を過ぎたころには何度か「アカウント凍結処分」を受けている。

「ネトウヨ界の大物」を自称していたヨーゲンも、いつしか過去の人になりつつあった。
そしてある日突然、彼はツイッター上から消えてしまう。
彼の最後のツイートは6月17日である。
実はその日に彼は商標法違反で栃木県警に逮捕されたのであった。

裁判の過程においてヨーゲンは、多額の借金を抱えていることでプロダクトキーの販売を思いついたこと、それが犯罪だという認識が薄かったことなどを陳述した。

また、妻に対するDV(ドメスティック・バイオレンス)など、家庭内における様々な問題も露見することとなった。

朝鮮人を皆殺しにするとネットで吼えまくり、愛国者だとおだてられ、「大物ネトウヨ」を自称していた男も、法廷では虚勢を張ることもできず、叱責を受ける子どものようにうなだれているだけだった。

「もうネットに関連した商売はやらない。二種免許を取得して運転代行の仕事を始めたい」

憔悴しきった声でヨーゲンは更生を誓った。
哀れさをさらに誘ったのは、それまでヨーゲンを持ち上げ、同志だと豪語していた者たちが一人も法廷に姿を現さなかったことである。

冷たいものだ。「ネトウヨの連帯」など、その程度のものである。
ネットで踊り続けたヨーゲンに肩を差し出す者は誰もいなかったのだ。
そして10月15日、宇都宮地裁栃木支部の判決公判──。
同支部による判決は「懲役2年執行猶予4年、罰金100万円」というものだった。
今回が初犯であり、さらに更生を誓ったことが考慮され、執行猶予付きの判決となった。

その日、ヨーゲンは4か月ぶりの帰宅が許された。

量刑は妥当なところであろう。それでもなにか釈然としないものが残るのは、結局、彼のヘイトスピーチは何ら裁かれることはなく、しかも釈放された翌日から彼はツイッターを再開し、早くも私に対する罵倒を始めたためである。

まあ、私への罵倒程度ならばかまわない。しかし、彼の攻撃を受けた人々の傷は残ったままだ。なんら被害救済されることなく、ヨーゲンの復活に暗澹たる気持ちでいるに違いない。

取材の過程で、ヨーゲンを逮捕した栃木県警関係者から、私はこんな言葉を耳にした。

「容疑はすぐに認めたが、取り調べの最中にも極端に偏向した言説を口にするなどして担当者を困らせたらしい」

その様子が目に浮かぶ。取調室でも、ヨーゲンはヘイトスピーカーであり続けたのであろう。

ヨーゲンは確かに追い込まれた。今後、特定の人物に向けたヘイトスピーチが再開されれば、所在も本名も明らかとなったヨーゲンは即座に被告席に戻されることになろう。

だが、彼はおそらく変わっていない。ネットの自家中毒から覚めてはいない。
そしていまも、ネット上には無数のヨーゲンがいる。憎悪と差別と偏見を拡散する差別主義者が跳梁跋扈している。

そうした現実とどう向き合っていけばよいのか。このままでよいのか。ヘイトスピーチは裁かれないままであってよいのか。

差別を野放しにしている社会を変えるために何ができるか、私はいま、それを考えている。

<了>


安田浩一(やすだ・こういち)
ジャーナリスト/1964年静岡県生まれ。週刊誌、月刊誌記者などを経て2001年よりフリーに。著書に『ルポ 差別と貧困の外国人労働者』(光文社新書)、『外国人研修生殺人事件』(七つ森書館)ほか。主著『ネットと愛国』(講談社)で2012年度講談社ノンフィクション賞、JCJ(日本ジャーナリスト会議)賞を受賞。現在は2015年春の出版を目標に、『ネットと愛国』の続編を鋭意執筆中。

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「ヘイト本」出版業界の責任は

「ヘイト本」出版業界の責任は 佐久出身編集者ら本出版
11月18日(火)
http://www.shinmai.co.jp/news/20141118/KT141113FTI090003000.php

 中国、韓国を排撃するいわゆる「嫌中・嫌韓」の書籍の出版が相次いでいることに対し、出版人の立場で歯止めをかけようと、長野県佐久市出身で都内の出版社勤務の岩下結(ゆう)さん(34)らが「NOヘイト!出版の製造者責任を考える」(ころから刊)をこのほど出版した。7月に出版関係者が都内で開いたシンポジウムや書店員への意識調査から、他国や民族を公然とバッシングし、差別を助長しかねない言論が広がった背景を分析。出版業界の責任について問題提起した。

 岩下さんの呼び掛けで若手出版関係者が集まり、「ヘイトスピーチと排外主義に加担しない出版関係者の会」をつくって編さんした。7月のシンポで行われたフリー編集者加藤直樹さんの講演などを収録した。

 加藤さんは、東京・大久保で在日コリアンに向けられたヘイトスピーチ(憎悪表現)を目の当たりにし、「怒りが込み上げた」経験を紹介。朝鮮人虐殺が起きた1923(大正12)年の関東大震災直後と現在の時代状況を比較し、「反日」の書籍がほとんどないという韓国の大手書店の状況にも触れた。

 同書では、「嫌中・嫌韓」の書籍はヘイトスピーチに内容が共通するとして「ヘイト本」と指摘。書店員へのアンケートで、ヘイト本は2012~13年ごろから売り上げを伸ばしたとの回答が多かったとし、「反対意見の本と合わせて陳列しているが、新書関連はバランスが取れず『嫌韓嫌中』一色」と悩む書店員の声なども掲載した。

 出版業界関係者の議論や、各国の人種差別規制の現状も紹介している。

 岩下さんは取材に「東日本大震災で日本の技術力や社会制度へのプライドが失われ、自分たちを褒めてほしいという感情も生まれた」と指摘。ヘイト本が売れる背景を「自分たちを悪く言う相手は激しく排撃し、自信を取り戻したいという意識をうまくすくい取っているのではないか」と分析した。

 岩下さんは、出版社が出版点数を増やして一時的に利益を上げる「自転車操業」に陥っていることも、ヘイト本の出版が相次ぐ背景とみる。それを踏まえ、「出版に法規制はなじまない。売れるからといって、こうした本を出すことを出版人にためらわせるような雰囲気をつくりたい」と話した。

 「NOヘイト!出版の製造者責任を考える」は新書判で144ページ。972円。

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「人種差別撤廃法案」次期国会に提出先送り 民主・社民・生活

「人種差別撤廃法案」。
「20141118175103399.pdf」をダウンロード

11月18日、民主・社民・生活の3党共同で、参議院に提出を予定していたものですが、18日安倍首相の解散総選挙表明により、結局提出されなかったものです。
来年1月の国会に提出は持ち越されました。


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<社説>衆院解散へ アベノミクスの評価問え 琉球新報

<社説>衆院解散へ アベノミクスの評価問え2014年11月19日
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-234722-storytopic-11.html

 安倍晋三首相は消費税再増税を延期し、21日に衆院を解散すると発表した。衆院選日程は12月2日公示、14日投開票となる。
 首相が再増税を判断する材料とした7~9月期の実質国内総生産(GDP)成長率が、年率換算1・6%減で2四半期連続の減少だった。経済の落ち込みは深刻だ。
 本来なら総選挙より景気対策を最優先すべき局面だろう。衆院を解散し総選挙を実施する以上、安倍政権が進めてきたアベノミクスの評価が争点の一つだ。一方、沖縄から見れば、知事選で米軍普天間飛行場の辺野古移設に反対の意思表示をした民意を国政の場で問うことになる。

 アベノミクスは金融緩和、財政出動、成長戦略という3本の矢で構成される。
 第1の矢である金融緩和による円安で、大企業の業績を改善させたが、海外での現地生産を進めた日本企業の輸出は期待したほど伸びていない。むしろ、輸入原材料の値上がりが中小や零細企業を苦しめている。ガソリン価格の高騰は地域経済に打撃を与えている。
 食料品など輸入品や電気料金、日用品が値上がりして家計を圧迫している。4月に消費税率が8%に引き上げられたことによって、賃金増を上回るほど物価が上昇した。富裕層との格差は広がっている。増税の影響を下支えするため総額5・5兆円の財政出動をした。第2の矢の効果は限定的だ。
 9月の2人以上世帯の家計調査によると、1世帯当たりの消費支出は、物価変動を除いた実質で前年同月比5・6%減となり、消費増税後の4月以降、6カ月連続のマイナスだ。家計に余裕がなくなっている。日本経済は内需主導型でGDPの6割を消費が占める。消費が伸びなければ経済成長は期待できない。
 内閣府は9月の景気動向指数を発表し、数カ月前に景気が後退局面に入った可能性があることを示す「下方への局面変化」と評価している。
 経済停滞の原因の一つに第3の矢の成長戦略が進んでいないことが挙げられる。
 首相は18日の記者会見でデフレ脱却に向けた自らのアベノミクスの信任を問う考えを示した。しかし、経済政策がうまくいっていない責任は認めなかった。依然としてなぜ今解散するのか分かりにくい。衆院選は安倍政権の経済政策を正面から論争すべきだ。

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高裁も人種差別と初判断~京都朝鮮学校ヘイトスピーチ事件~ 京都支部 谷文彰

自由法曹団 団通信1497号(2014年8月11日)
http://www.jlaf.jp/tsushin/2014/1497.html#04

高裁も人種差別と初判断
~京都朝鮮学校ヘイトスピーチ事件~

京都支部  谷   文 彰

一 控訴審で初めて人種差別性を認定した大阪高裁
 本年七月八日、大阪高等裁判所第八民事部は、「在日特権を許さない市民の会」(通称、「在特会」)らによる控訴をすべて棄却する判決を下した。この判決は、昨年、京都地方裁判所が、在特会らによるヘイトスピーチに対して日本で初めて違法性と人種差別性を認定し、高額の損害賠償と学校周辺での街宣等の禁止を命ずる判決を下した事件の控訴審判決として下されたものである(地裁判決の概要は、平成二五年一一月一日付団通信一四六九号を参照されたい。なお、学校側は控訴していない。)。
 大阪高裁は単に在特会らの控訴を棄却しただけではない。内容としても、「人種差別」であることを明確に認め、子どもたちのいる場所で行われたことやインターネット上に動画をアップロードしたことといった事案の特殊性を適切に評価し、さらには、学校は「教育業務として在日朝鮮人の民族教育を行う利益を有する」と認定するなど、画期的だった京都地裁判決をさらに前進させる内容となっている。
 ヘイトスピーチを抑制し、人種差別を根絶し、何よりも子どもたちが安心して学ぶことのできる環境を護っていくために、今回の判決もまた、大きな意義を有していることは間違いない。
・大阪高裁判決の概要
 まず大阪高等裁判所は、在特会らの言動について、「本件示威活動における発言は…人種差別撤廃条約一条一項にいう『人種差別』に該当する」と認定した。高等裁判所レベルで、このように人種差別撤廃条約一条一項の「人種差別」に該当するとの判断がされたのは初めてのことである。
 その上で、人種差別行為を無形損害の算定にどのように考慮すべきかという点については、「私人間において一定の集団に属する者の全体に対する人種差別的な発言が行われた場合には…これによって生じた損害を加害者に賠償させることを通じて、人種差別を撤廃すべきものとする人種差別撤廃条約の趣旨を私人間においても実現すべきものである」、そのような「人種差別撤廃条約の趣旨は、当該行為の悪質性を基礎づけることになり、理不尽、不条理な不法行為による被害感情、精神的苦痛などの無形損害の大きさという観点から当然に考慮される」と述べる。そして、在特会らの「本件活動は、その全体を通じ、在日朝鮮人及びその子弟を教育対象とする被控訴人に対する社会的な偏見や差別意識を助長し増幅させる悪質な行為であることは明らかである」とし、さらに、インターネット上に動画がアップロードされたことによって「今後もその被害が拡散、再生産される可能性があること」や「児童・園児には当然のことながら何らの落ち度がないにもかかわらず、その民族的出自の故だけで、控訴人らの侮蔑的、卑俗的な攻撃にさらされたものであって、人種差別という不条理な行為によって被った精神的被害の程度は多大であった」ことなども考慮して、京都地裁の認定した無形損害額(合計一一〇〇万円)は正当であると判示した。被害の実情に真摯に目を向け、被害者に寄り添った丁寧な判断といえよう。
 さらに、学校側が最も重視していた民族教育事業については、「人格的利益の内容として、学校法人としての存在意義、適格性等の人格的価値について社会から受ける客観的評価である名誉を保持し、本件学校における教育業務として在日朝鮮人の民族教育を行う利益を有する」、「本件活動により、本件学校における教育事業が妨害され、本件学校の教育環境が損なわれただけでなく、我が国で在日朝鮮人の民族教育を行う社会環境も損なわれた」などとして、朝鮮学校の行っている民族教育が法的保護の下にあると明確に認めて、それが大きな影響を被ったことを慰謝料算定や差止めの成否を判断するにあたって重視した。民族教育事業が人格的利益の内容をなすとの判断も、初めてのことである。
 他方で、在特会らの、公益を図る目的があり、表現の自由の範囲内として違法とはならないとの主張に対しては、「本件学校における教育業務を妨害し、被控訴人の学校法人としての名誉を著しく損なうものであって、憲法一三条にいう『公共の福祉』に反しており、表現の自由の濫用であって、法的保護に値しない」と一蹴している。在特会らの本件でのヘイトスピーチ等が憲法秩序の下で許されない、憲法的価値を有しない行為であると認めたといえ、地裁判決と同様の立場に立っている。
・今後に向けて
 前回の報告の際、地裁判決が予想以上に画期的であったため代理人としては悩ましい部分もあるなどと述べたが、すべて杞憂に終わった。ヘイトスピーチによる被害は未だとどまることを知らず、国連もヘイトスピーチに対して適切な対応を取るように日本政府に対して求める中で、法曹関係者としても何らかの対応が必要なのではないか。裁判所には、もしかするとそうした問題意識があったのかもしれない。
 もちろん高裁判決はマスコミでも大きく報道され、ヘイトスピーチに強い警鐘を鳴らすものとして社説等でも高く評価されている。
学校関係者も、「希望の一歩となった」、「子どもたちの未来のために、裁判をしてよかった」、「朝鮮人として学び、朝鮮の言葉を話すということを、日本の人たちは守ってくれるのだと子どもらに伝えたい」と述べてくれた。あの日、卑劣な街宣にさらされた子どもたちも、「在日朝鮮人として誇りを持って生きていけます」、「これからは自分も学校をまもるためにがんばります」と話してくれている。「日本人」によって受けた傷を「日本の」裁判所に訴えることには、周りからは想像もできないような苦悩と葛藤があっただろう。その中で勇気を振り絞って立ち上がられたみなさんに、心から敬意を表したい。今回の判決も機に、深く傷つけられた子どもたちの心が少しでも癒されることを改めて願うばかりである。
 在特会側は早々に上告し、裁判はまだ続く。みなさまのこれまでのご支援・ご協力に感謝申し上げるとともに、より一層のご支援・ご協力を改めて心よりお願いするものである。

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ヘイトスピーチの違法性を初認定した京都朝鮮学校事件判決と我々の活動 京都支部  谷文彰

自由法曹団 団通信1469号(2013年11月1日)

ヘイトスピーチの違法性を初認定した京都朝鮮学校事件判決と我々の活動

京都支部  谷   文 彰

一 はじめに

 「ヘイトスピーチ」は、一九八〇年代にアメリカで使われるようになった比較的新しい言葉である。本来的には、人種・民族・性などの属性を理由として、同属性を有するマイノリティもしくは個人に対し、差別・憎悪・排除・暴力を扇動し、または侮辱する表現行為を指しており、ともすれば訳として用いられる「憎悪表現」では本質を見誤るおそれもある。自由人権規約や人種差別撤廃条約で用いられる「差別扇動」(incitement to discrimination)と理解する方が適切であろう。
 私は、こうしたヘイトスピーチに対して日本で初めて違法性と人種差別性を認定し、高額の損害賠償と学校周辺での街宣等の禁止を命じた判決(京都地判平成二五年一〇月七日)を担当した弁護団の一員である。自由法曹団員も多くが弁護団に名を連ねるが、とりわけ現在は北海道支部に移籍された元京都支部の畑地団員が、遠方であるにもかかわらず現在も実働として中心的に活躍しておられる。
 なお、ヘイトスピーチの問題はしばしば表現の自由との関係で論ぜられるが、このような点は訴訟とは無関係である(映像を一瞥すれば、表現の自由云々を論ずるレベルの話でないことは明らかであろう)ため、弁護団として何らかの共通見解を有するわけではない。本稿もこれを論ずることを目的とはせず、単に本判決を契機に議論が活発化する可能性があることを指摘するにとどめる。

二 朝鮮学校事件と京都地裁判決の概要

 事案の詳細は報道のとおりであるが、大要、二〇〇九年一二月、子どもらの在学中に「在日特権を許さない市民の会」らが京都朝鮮第一初級学校(当時)に押し寄せ、「スパイの子ども」「朝鮮人は人ではない」などと一時間にわたって拡声器を用いるなどして大音量で差別的街宣を行ったことに端を発する事件である。その様子は彼ら自身の手によって撮影され、インターネット上にアップロードされ、現在も新たな被害を生み出し続けている。
 これに対して京都地裁は、「人種差別行為による無形損害が発生した場合、人種差別撤廃条約二条一項及び六条により、加害者に対し支払を命ずる賠償額は、人種差別行為に対する効果的な保護及び救済措置となるような額を定めなければならない」とした上で、在特会らの言動は業務妨害かつ名誉棄損であると同時に「在日朝鮮人に対する差別意識を世間に訴える意図のもと、在日朝鮮人に対する差別的発言を織り交ぜてされたものであり…全体として人種差別撤廃条約一条一項所定の人種差別に該当するものというほかない」と判示し、表現行為であり許容される旨の在特会らの主張については、そのような言動が「『専ら公益を図る』目的でされたものとは到底認めることはできない」として一蹴し、「わが国の裁判所に対し、人種差別撤廃条約二条一項及び六条から、同条約の定めに適合する法の解釈適用が義務付けられる結果、裁判所が行う無形損害の金銭評価についても高額なものとならざるを得ない」として高額の損害賠償を認め、さらには今後も「同様の業務の妨害及び名誉棄損がされる具体的なおそれが認められる」として、大部分の者に対して朝鮮学校周辺での街宣行為等の禁止を命じる判決を下した。

三 日本におけるヘイトスピーチと今回の特徴

 日本におけるヘイトスピーチはインターネット上では相当以前から存在していたものと思われるが、そのようなネット上での表現をそのまま現実に持ち込んでいるところに大きな特徴があるといえる。「在日特権」など対象集団が何らかの特権・利益を享受しており、自分たちは被害者であると称して、被害を回復するなどと主張する。支持者と財政的支援を獲得するため、とにかく過激でインパクトのある言動を行い、自分たちの活動の様子を自ら録画し、インターネットを用いて流布する。掲げるテーマは単なる道具あるいは口実であって、それが真実であるかはとくに重要ではない。典型的な右翼とは違い一見して「普通の人」が多く、現実に何らかの不満を抱いており、その矛先を向けるために活動に参加している場合もある。インターネットの差別的言説を無批判に真実とみなし、他方で、それを否定する書籍やマスコミなどの情報には見向きもせず、むしろ後者のような情報自体が「朝鮮人」ら対象集団によって操作されたものであると主張する。
 とりわけ今回の事件の最大の特徴は、実際に授業が行われており子どもたちが学んでいる平日の学校で行われたという点である。子どもらは極度の恐怖から平静を失い、泣き出し、人格を深く傷つけられ、夜泣きや夜尿をするようになり、あるいは1人で登校することができなくなり、さらには朝鮮学校に通うことを嫌がるようになる子も出た。幼少期に大人によって刻みつけられた筆舌に尽くし難い心の傷は、今後子どもたちをどれだけ苛み続けるのであろうか。また、影響は教員や学校自体にも及び、退職を余儀なくされる者や学校への志望者の減少、地域との関係悪化など様々な悪影響が発生している。子どもらや学校関係者は、単に「ヘイトスピーチ」の一言で一括りにできないほどの深刻な被害を受けているのである。
 こうした被害を引き起こす彼らの主張や活動は私たちの常識から外れており、理解に苦しむものばかりであるが、現実に朝鮮学校ではそのような活動が行われ、現在も新大久保や鶴橋では継続しているのである。

四 今後に向けて

 今回の判決をほぼ全てのマスコミは当然の判断と受け止め、社説等も含め常識的な結論であると一様に報じた。今回の判決を機に、深く傷つけられた子どもたちの心が少しでも回復することを願うばかりである。
 しかし、在特会側は京都地裁の判決を不服とし、大阪高裁に控訴を行った。今後は舞台を控訴審に移した闘いが始まるが、京都地裁判決は私たちの予想以上に「画期的」であり、代理人としては悩ましい部分もある。人種差別撤廃条約が締約国の裁判所に対してその名宛人として直接に義務を負わせるものであるとしている点、同条約が民事法の解釈適用に直接的に影響し、不法行為における無形損害の認定において同条約の定めに適合するように賠償額を認定しなければならないとしている点、その賠償額は人種差別行為に対する効果的な保護及び救済措置となるような額でなければならず金銭評価において高額なものとならざるを得ないとしている点など、これまでの学説等では必ずしも一般的であったとはいえない判断を行っているためである。もちろん、ヘイトスピーチを日本社会から根絶し、子どもたちが安心して学ぶことのできる環境を護るため、私たちは控訴審でも全力を尽くす所存である。みなさまのより一層のご支援・ご協力を心よりお願いしたい。

五 終わりに

 一度下された判決は、往々にして独り歩きしがちである。私自身、法廷で「在特会らの街宣はけしからん」と述べたその足で某政党の街宣車に乗ってマイクを握ったこともあり、そこはかとない矛盾を感じないでもなかったが、今後、我々の勢力が街宣を行う相手方が「街宣禁止と高額の賠償を命じた判決もある」などと本判決に言及することがあるかもしれない。
 しかし、その映像と比べれば、違いは正に一目瞭然である。裁判官に事案が異なることを説明しさえすれば、本判決が私たちの活動の妨げになることはないと確信はしている。とはいえ、本判決の結論だけを見て私たちの活動を制限しようとする裁判官もいるであろう。その際はお声掛けをいただければ、出来る限りの協力をさせて頂くことを最後にお約束して、報告としたい。

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危険で恥ずべき時代に生きる私たち 有田 芳生

危険で恥ずべき時代に生きる私たち 国連委、人種差別に厳しい見解

有田 芳生(ありた・よしふ)/参議院議員

2014年11月14日

http://www.asahi.com/shimbun/aan/column/20141114.html

 国連人種差別撤廃委員会の日本審査が、スイスのジュネーブのパレ・ウィルソン(国連人権高等弁務官事務所が入っている建物)で行われたのは8月19日、20日。その傍聴を終えた私はポーランドのクラクフへ向かった。市の中心部から少し離れたところにシンドラー博物館がある。ユダヤ人約1200人をホロコーストから救った「シンドラーのリスト」で知られる人物の名前を冠した戦争博物館だ。ナチス・ドイツがポーランドに侵攻したのは1939年9月1日。第2次世界大戦の勃発として世界史に記録されている。


 当時、クラクフの中央広場にはナチス党のシンボルであるハーケンクロイツの垂れ幕があちこちに掲示された。レジスタンスの武器など、博物館の展示をたどっていると、あるポスターに眼がとまった。そこには「ユダヤ人はシラミだ」と書かれていた。ナチスが市電や公園に掲示した「ユダヤ人お断り」の看板もあった。ゲットーへの囲い込み、アウシュビッツなどでの大虐殺への出発点である。日本は、いま「この段階にある」――私はそう思った。他民族を排撃するヘイトスピーチ(差別煽動=せんどう=表現)だけではない。サッカー会場に掲げられ社会問題となった「Japanese Only」の垂れ幕などが頭をよぎった。

 人種差別撤廃委員会の日本審査がはじまる直前に、日本のNGOから委員たちに対して非公式のブリーフィングが行われた。日本で行われているヘイトスピーチを5分ほどにまとめた映像を委員たちが食い入るように見つめている姿は印象的だった。「朝鮮人はゴキブリだ」「鶴橋(大阪のコリアンが多く住む地区)大虐殺をやりますよ」などなど、そこには醜悪な差別の現場が映し出されていた。

 審査ではこの映像の感想をふくめ、多くの委員から日本政府に対する厳しい意見が語られた。いくつかの意見を紹介する。「憲法の枠内で人種差別撤廃条約を実施することだ」「ヘイトスピーチに対応することは表現の自由に抵触しない」(バスケス委員 米国)、「暴力の煽動は表現の自由ではなく暴力だ」「暴力の唱導は表現の自由とは区別できる」(ディアコヌ委員 ルーマニア)。「重大な人種差別はないというが、日本はそれほど明るい状況ではない」(ファン委員 中国)。デモの状況については「加害者に警察が付き添っているように見える」「ほとんどの国では逮捕、連行し、収監するはずだ」(ユエン委員 モーリシャス)という厳しい意見もあった。


「日本政府は現実無視」

 日本審査の結果を受けて、人種差別撤廃委員会は8月29日に「最終見解」を公表、「包括的な人種差別禁止法」の制定を求めた。日本の報道ではヘイトスピーチ問題に重点が置かれたが、審査は、実は多岐にわたっている。ヘイトスピーチ問題についで取り上げられたのは、朝鮮高校が授業料無償化から排除されている問題だった。さらに日本の先住民であるアイヌ民族や琉球・沖縄問題、部落問題、在日コリアン、移住者、難民などでも日本政府に対して厳しい勧告が行われたのである。日本政府の対応が遅れているというだけでない。ナチス・ドイツなど全体主義の時代経験をふまえ、戦後確立された国際人権基準から判断しても、日本の現状は危険だということである。委員の厳しい問いに対する日本政府の答弁を聞いていると、「現実の無視」という言葉が浮かんだ。日本審査は2001年と10年についで3度目だ。「私たちは満足のいく答えを聞くまで、同じ質問を繰り返さざるをえません」と語ったユエン委員の発言に、すべてがこめられていた。

 日本政府は勧告が出されても「馬耳東風」「馬の耳に念仏」。何事もなかったかのようである。わずかな動きといえば、政権与党である自民党と公明党に、それぞれヘイトスピーチ・プロジェクトチーム(PT)が作られたことだ。ただし現実からの要請に比べれば、まだ出発点に立った以上のものではない。自民党PTの最初の会議で、国会前のデモを規制するべきだという意見が出たのは象徴的だ。のちに撤回されたとはいえ、ヘイトスピーチの意味さえ理解されていない。国会では2013年3月から3度にわたってヘイトスピーチに抗議する集会が開かれ、さらに「ヘイトスピーチ研究会」が開催された。その延長で2014年4月には、超党派で「人種差別撤廃基本法を求める議員連盟」(小川敏夫会長)が結成された。日本が人種差別撤廃条約に加入したのは1995年。1965年に条約が国連で採択されてから30年後のことであった。それからさらに20年近く。日本政府は条約を国内で具体化することを怠ってきた。まさに人権後進国と指摘されても仕方ない状況が続いている。

 ヘイトスピーチは在特会などがハーケンクロイツ旗を掲げて街頭で行っているだけではない。ネット上ではさらに醜悪な差別と攻撃が個人をターゲットに匿名で行われている。日本社会は閉塞感(へいそくかん)を深めている。町場でも気に食わない相手に向かって「売国奴」「国賊」といった悪罵が投げつけられる。週刊誌までがそんな言葉を平然と使用する。まるで戦前や戦中の日本のような気配が広がっている。戦後70年になる日本でこれほどの悪気流が流れる時代はなかった。私たちは危険で恥ずべき時代に生きている。打開の道はどこにあるのか。差別に反対する行動には若い世代が増えている。とくに女性が敏感に政治に声を出しつつある。日本が国際人権基準に向かう道筋は、人間の尊厳を基本に置く社会を築く課題なのである。

      ◇

 ありた・よしふ 1952年京都生まれ。フリーのジャーナリストとして統一教会やオウム真理教事件などを追及した。2010年の参議院議員選挙(比例区、民主党)で初当選。

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不寛容と憎悪の連鎖=山田健太

Listening:<月いち!雑誌批評>不寛容と憎悪の連鎖=山田健太

2014年11月17日

 ちょうど四半世紀前、ベルリンの壁崩壊後のヨーロッパは、東欧からの大量移民を前に「不寛容」が大きな社会テーマとなり、法学者・宗教家・思想家・ジャーナリストが侃々諤々(かんかんがくがく)の議論をたたかわせ、当時、多くの出版物も刊行された。もちろんその後も、排斥主義は多くの国の主要テーマであり続けており、いま、日本で起きている憎悪のぶつかりあいもその一つと言えよう。ただし、現実を前に繰り広げられる議論は、少なくとも雑誌の世界では解決への糸口を見いだす方向でなされているようには思われない。

      

 とはいっても「世界」11月号は「ヘイトスピーチを許さない社会へ」を特集し、7人の論客が差別扇動の犯罪性を厳しく指摘している。部落解放同盟の機関誌「部落解放」11月号も「ヘイトスピーチと闘う」が巻頭特集だ。部落解放・人権研究所が刊行する「ヒューマンライツ」は既に2月号で「ヘイトスピーチをのりこえる」を特集し、差別禁止法の制定を求めている。これらは、在日コリアンを罵倒する街頭行動と、それを巡る判決や国連からの是正要求を受けてのものと言える。しかしこれらと、多くの雑誌が特集する「嫌韓憎中」との溝は埋まらないばかりか、ますます広がっているのではないか。

 こうした差別構造と政治状況をオーバーラップさせたものが、「週刊金曜日」8月29日号の特集「ヘイトの深層」で、副題「嫌韓・民族差別と歴史修正主義」にあるとおり、“愛国”市民運動を扱う。これと同じ流れをくむのが「サンデー毎日」11月23日号の「『ヘイトスピーチ神社』の過激暴言!」だ。これらとは全く異なるアプローチながら、日本社会の同質性を問うものとして、「SAPIO」6月号の特集「移民と在日外国人」があった。

 そうした中で、公共施設や自治体はより中立性に敏感となり、結果として表現の場の制約が続く結果を生んでいる。それを指摘するのが「月刊社会教育」11月号の「公共の仕事とは言論の舞台(アリーナ)を提供することである」だ。こうした社会全体を覆う不自由な状況が、憎悪の連鎖を生み続けている局面があるとするならば、さまざまな視点を持った雑誌群が社会に巣くう不寛容な局面をあぶり出すことで、日本社会が抱える「おかしさ」が浮き彫りになるのではなかろうか。=専修大教授・言論法


(関係者)

院内学習会 「国連自由権規約委員会・人種差別撤廃委員会の勧告を受けて

 

日時 1 119 (水) 正午~午後1

場所 参議院議員会館

主催 日本弁護士連合会

内容 パネリスト:有田芳生氏 (参議院議員 ・ジャ-ナリスト)

山田健太氏 (専修大学教授)

問い合わせ先 日本弁護士連合会企画部国際課

 



 

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ネットでヘイトスピーチを垂れ流し続ける中年ネトウヨ「ヨーゲン」(57歳)の哀しすぎる正体【前編】  安田浩一

ネットでヘイトスピーチを垂れ流し続ける
中年ネトウヨ「ヨーゲン」(57歳)の哀しすぎる正体【前編】

現代ノンフィクション

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/41046

(取材・文/安田浩一)

サイバー犯罪で逮捕されていた

朝鮮人など虐殺してやる──ネット空間でそう息巻いていた差別主義者の男は、両脇を二人の警察官に支えられて法廷に姿を見せた。

よれよれのジャージ姿だった。両手には手錠がはめられ、腰縄がされた状態である。肩口まで無造作に伸びきった髪は白いものが目立ち、まるで落ち武者のような印象を与えた。肌艶もなく、顔には吹き出物が目立つ。その疲れ切った表情と虚ろな目つきは57歳という年齢以上に老けて見えた。逮捕されてから三か月にも及ぶ勾留生活が、初老の域に差し掛かった男の生気を抜き取ってしまったようにも見える。

手錠を解かれた男は被告人席に座ると、傍聴席を見まわした。男の視線が最前列に座る私を捉える。その瞬間、「おっ」という感じで照れたような表情を顔に浮かべた後、彼はなぜか私に向けてちょこんと頭を下げた。私も合わせて軽く会釈する。

それが私たちにとって二度目の"対面"だった。
9月17日、宇都宮地裁栃木支部(栃木県栃木支部)。被告人の罪名は商標法違反、私電磁的記録不正作出、同供用である。

福島県いわき市に住む自称ホームページ製作業の男は、マイクロソフト社のソフト「オフィス」や「ウィンドウズ」の認証コード(プロダクトキー)を販売するサイトを開設していたが、その際、同社のロゴを無断でサイトに使用したことにより、6月16日、まずは商標法違反で逮捕された。

また、その後の調べにより、男が販売していたプロダクトキーは、すべて違法に入手したものであることも発覚する。

男はマイクロソフト社製のソフトをダウンロードできるIT技術者向け有料サービスに加入。転売禁止の契約を破り、入手したプロダクトキーを個人や法人に市価の約半額で販売し、約400万円の利益を得ていたことで7月4日に二度目の逮捕となった。

さらにテレビの有料放送を視聴できるB-CASカードの偽造に手を染めていることも取り調べの過程で判明する。

「摘発したのは栃木県警のサイバー犯罪対策室です。県警は今年に入ってから情報セキュリティーの研究者2人をアドバイザーとして迎え入れるなど、サイバー犯罪の摘発を強化しています。連日、サイバーパトロールが行われており、彼もその網に引っ掛かったというわけです」(地元記者)

男には多額の借金があり、その返済に行き詰まったことが犯罪のきっかけだったという。
特に世間の注目を集める事件でもなかった。各紙とも逮捕時は県警の発表文書を垂れ流すだけのベタ記事扱いで、その後のフォローは一切ない。

そして私の興味と関心も、事件そのものには向いていない。
私が知りたかったのは──来る日も来る日もネットで差別と憎悪をまき散らしていた、この男の暗い情念である。

ネット上において、男は「ヨーゲン」と名乗っていた。

私がヨーゲンを知ったのは2011年の冬である。
その頃、私はヘイトスピーチを用いてデモや街宣を繰り返す在特会(在日特権を許さない市民の会)を取材し、講談社のノンフィクション雑誌『g2』にルポを発表したばかりだった。当時はまだ在特会メンバーに直接取材した媒体はほとんどなく、主要メンバーの生い立ちにまで触れた私の記事には大きな反響があった。

もちろん、それは記事への評価、賞賛を意味するものではない。この場合における「反響」とは、ネット空間による非難、中傷、罵倒の類である。在特会メンバーの素顔をあぶり出し、さらに同会への批判を加えた私の記事は、いわゆるネトウヨの逆鱗に触れたのであった。

私に対する悪意に満ちた言葉がネットであふれた。
なかでも私のツイッターには、在特会を支持するネットユーザーからの抗議が大量に寄せられた。

国賊、売国奴、反日──。お定まりの悪罵に加えて、私の殺害を匂わせるようなツイートや、あるいは私の名前を騙り、アイコンをコピーし、ツイッターで「朝鮮人虐殺」を主張するような「なりすまし」まで登場する始末である。

そうした状況にあって、もっとも執拗に私を攻撃してきたのがヨーゲンだった。
彼は「朝鮮人の安田が書いた記事を信用するな」「安田を祖国に追い返せ」といった低レベルな書き込みを繰り返した。約3年の間にヨーゲンから私に振られたメンションの数は軽く1千回を超える。ほぼ毎日のように必ず、私に向けて悪罵を投げつけなければ気が済まないようであった。

むろん私に対してのみ醜態をさらすのであれば、たかが「ネットの暴走」として片づけることもできたはずだった。

問題は、彼がフダ付きのヘイトスピーカーだったことにある。ネットに疎い私は、実は自分自身がツイッターで攻撃を受けるまで、「ネトウヨ界の超有名人」であるヨーゲンの存在をまるで知らなかった。

最悪のネトウヨを探し出せ

自らのプロフィールに「朝鮮人虐殺」などと記すヨーゲンは、ツイッター上で在日コリアンのユーザーを発見しては、昼夜を問わずただひたすら差別と偏見に満ちた醜悪なメッセージを送りつけていたのである。

たとえば、次のようなツイートを彼は毎日のように書き込んでいた。

<在日は踏み潰されても気持ちの悪いヒゲだけ動いているゴキブリ>
<在日は虚言妄言の精神病。頑張っても糞食い人種は糞食い人種だ>
<不逞鮮人は日本から出ていけ><在日こそ人殺し。在日殺すぞ!>
<朝鮮民族を絶滅させよ!>

書き起こすだけで胸糞が悪くなる。しかもターゲットが在日コリアンの女性である場合には、さらに居丈高に、そして下劣なツイートを送り付けた。民族差別的な罵倒に、性差別が加わるのだ。容姿を貶め、ときに卑猥な言葉を交えて在日女性を罵った。おぞましい画像を送り付けられた在日女性も少なくない。しかも心無いネトウヨがそれを囃し立て、ヨーゲンを愛国者のごとく持ち上げるものだから、当人はますます図に乗るのだ。ヨーゲンは賞賛と扇動を燃料にネット上で"大暴れ"した。

ヨーゲンから受けた"被害"を警察に相談した人も少なくはない。だが、顔も名前も所在地もはっきりしないネット上の匿名アカウントに対し、警察は動こうとはしなかった。結局、被害者は泣き寝入りするしかなかったのである。

大阪府に住むフリーライターの李信恵さんもその一人だ。
李さんはこの8月、自らに向けられた在特会などのヘイトスピーチをめぐり、同会や保守系「まとめサイト」に対して損害賠償請求の訴訟を起こした。

実はそれに先立つ昨年初め、李さんはヨーゲンに対する刑事告訴を検討していた。
「ゴキブリ」「不逞朝鮮人」などと連日にわたってヨーゲンから読むに堪えないヘイトスピーチを送り付けられていた李さんは、地元の警察に"被害"を訴えたのである。しかし、警察の対応は冷淡だった。その頃はまだ、ヘイトスピーチがもたらす被害について、警察の認識が浅かったということもあろう。担当した警察官は李さんに同情しつつも、まるで単なる口げんかや口論で苦しんでいるかのように受け止め、これを事件として扱うことはなかった。

口論も議論も、対等な力関係のなかでおこなわれるのであれば問題ない。しかし、ヘイトスピーチは社会における力関係を利用して、マジョリティがマイノリティを一方的に傷つけるものである。こうした認識に欠ける警察には、往々にして深刻な被害の訴えが伝わらない。李さんもまた、法的救済を受ける機会もなく、その後もヨーゲンの下劣なヘイトを浴び続けることになった。

これに憤慨したのが、ネット上に存在する在日女性からなる小さなコミュニティだった。もともとはツイッターでK-POPやコスメなどの情報を交換していただけの、なんら政治色を持たない集まりである。

年齢も職業も異なる彼女たちは、それぞれ面識はなく、「在日女性」であることだけで緩やかにつながっていた。

しかしネット上にあふれるヘイトスピーチは、K-POPやコスメについて語るだけの彼女たちをも脅かしていた。ツイッターで韓国に触れると、脅迫じみたメッセージが寄せられる。韓国旅行の思い出を呟いただけで「日本に帰ってくるな」と見ず知らずの人間から罵倒される。そうした日常を、彼女たちもまた、ずっと耐えてきたのだ。そうするしかなかった。生きることを否定され、人間としての尊厳を否定されてもなお、彼女たちは屈辱に耐え続けた。

しかし、どんなに目をそむけても視界に飛び込んでくるヘイトスピーチ──なかでも李さんに向けられたヨーゲンの度重なる悪罵に対して、ついに彼女たちの忍耐も限界値を超えたのである。

「もともと私たちはツイートするたびに『(韓国に)帰れ』『ゴキブリ女』と差別的なメンションを受け続けてきました。しかしフォロワーだった同胞の男性たちでさえ、巻き込まれるのが嫌なのか、いつの間にか私たちのフォローをはずしていた。結局、味方なんていないのかと絶望的な気持ちにもなりました。ただ日常の些細な会話を交わしていただけの私たちも、ヘイトスピーチの前では一人ぼっちだったんです」とそのうちの一人は打ち明ける。

「だからこそ李さんに対する攻撃を他人事だと傍観できるわけがなかった。ライターとして発言を続ける李さんは、攻撃の対象となりやすい場所に立っていただけで集中砲火を受けていました。もし私と李さんが入れ替わったとしても同じ。ヨーゲンが発するヘイトは在日女性全体に向けられたものだと思いました。私たち在日女性全員への攻撃でもあるんです。だから、絶対に李さんを孤立させてはいけないと、皆で話しました」

もちろんヨーゲンだけがヘイトの使い手であったわけではない。しかし、彼は間違いなく差別を煽るネット右翼の象徴的な存在だった。実際、ヨーゲンには何千人ものフォロアーが付き(そのなかには保守派を自称する有名ジャーナリストや評論家もいた)、在日コリアンに向けられた醜悪なツイートは日々、拡散された。

彼女たちは公開の場であるツイッターから撤退。仲間内だけで情報交換できるLINEに足場を移して何度も議論を重ねた。

「ただ励ますだけでは意味がない。李さんとヨーゲンのツイッターのやり取りに割って入ったとしても、女性相手ではヘイトが勢いづくだけです。本質的にヨーゲンのヘイトを止めるにはどうしたらいいか、具体的な案を出し合いました。警察は動かないし、そもそも同胞の男性たちも見て見ぬふりをするばかりで頼りない。日ごろは『在日として戦え』などと威勢の良いことを言うわりには、李さんへのヘイトを放置させているのですから」

そこで行き着いた結論が「ヨーゲンを探し出すこと」だった。

「せめてネトウヨとして一番目立っているヨーゲンの所在をつかみ、ネットは決して匿名が担保されているわけではないのだと、ヘイトを繰り返しているヨーゲン、いや、ネトウヨ全体に突き付けたかった。何よりも、李さんに1人じゃないんだということを伝えたかった」

ネット上の痕跡から追い詰める

さて、ネット上のヘイトスピーチがやっかいなのは、匿名性が保たれているからである。悪質なヘイトの担い手たちが実名を明かしているケースは皆無に等しい。そればかりか年齢も住所も勤務先もわからない場合がほとんどだ。自分だけは物陰に隠れて他者を罵倒、攻撃する。実に卑怯極まりない。

ヨーゲンも例外ではなかった。
彼のツイッター上のプロフィール欄には、わずかに「北海道在住」とだけヒントらしきものが書き込まれているだけで、実際、それが事実どうかも確かめようがない。

実は私も彼の素性を暴くことができないかと、ツイートを丹念に読みこんだことがある。しかし、男性であること以外の属性はまるで把握できず、せいぜい「フェラーリを所有していた」「豪邸に住んでいる」といった真偽不明の断片的な情報しか得ることができなかった。

しかし、本気で「捜索」に当たる女性たちには特筆すべき才能があった。
誰もが皆、ネットの知識に長けていたことである。

ここで詳述するわけにはいかないが、彼女たちは持てる知識を総動員し、ヨーゲンに関するあらゆる情報をかき集めた。ツイッターはもちろんのこと、彼が書き込みをしたと思われる掲示板、保守系サイトなどを虱潰しにチェックし、その痕跡を追った。政治的な側面だけから調査したわけではない。趣味、嗜好、食生活に至るまで、いわばプロファイリングを重ねたのである。

例えば、ヨーゲンがネット上にアップした一枚の風景写真を発見すれば、そこに写り込んでいる樹木や建物、道路標識、商店の看板まで見逃さなかった。不鮮明な山の稜線まで拡大し、撮影場所の特定に務めた。また、彼がオーディオの愛好家だったことも把握し、マニアの集まるサイトを片端からチェック。その中に、ヨーゲンらしき人物が書き残した文章とIPアドレスがあった。ヨーゲンは数年前に、とあるネトウヨ観察ブログに管理人を罵倒するコメントを投稿したことがあり、その際にIPアドレスを迂闊にも残していた。この二つのIPアドレスが一致したのである。これは「捜索」するうえでの重要な端緒となった。

広大な砂浜で一粒の砂金を探し当てるかのごとく、気の遠くなるような作業だったという。

それぞれが育児の合間に、あるいは仕事を終えてから、ひたすらネット空間での捜索を続け、その日の「成果」をLINEの掲示板で報告しあう毎日が続いた。

そのうち徐々に、おおよその人物像と生活圏が浮かび上がった。そこへ疑わしき人物を次々と当てはめ、ふるいにかけ、最後に残ったのが福島県いわき市に住む一人の男性だった。捜索を開始してからすでに2か月を要していた。

もちろん、当該人物が本当にヨーゲンであるのかどうか、確定するには、まだ材料に乏しかった。その時点で判明していたのは男性の氏名と、「いわき市在住」ということ、そしてIT関係の仕事に従事している可能性が強いといったことである。多方面から得た情報で、この男性が「ネトウヨ的な思考」を抱えていることじたいは間違いなかったが、それだけで彼がヨーゲンであると決めつけるわけにはいかない。まだ"容疑者"の段階である。

結局、確定するためには詳細な住所を調べたうえで本人に問い質すしかない。しかし、仮に住所が判明し、直撃できたとしても、その人物がヨーゲンであることを否定すれば、それで終わりである。

そこで現地調査を依頼されたのが、私だった。彼女たちは知り合いのつてをたどって私とメールで連絡を取り、それまでの調査結果を報告すると同時に、ヨーゲンを探し出して欲しいと持ちかけたのである。

私としても望むところではあった。超有名ネトウヨであるヨーゲンは、ぜひとも取材してみたいひとりではあったのだ。

IPアドレスの開示請求など法的手続きを取らず、ただ自分たちの知恵と努力だけでヨーゲンに迫っている彼女たちの情熱に、私は激しく心を揺さぶられた。私も単なる傍観者でいたくなかった。

彼女たちから容疑者にまつわる資料がメールに添付されて送られてきたのは昨年秋のことだ。
氏名、年齢、ネット上の痕跡、ヨーゲンだと推察される理由が記された書面に加え、いわき市内の住宅地図もそこには添えられていた。地図上には容疑者と同じ苗字の家が、数十か所も蛍光ペンで塗りつぶされていた。

人物特定に必要なファクトとしては十分だ──と私は思った。

だが、調査は予想以上に難航した。
後にわかったことだが、この人物は友人関係も近所づきあいもほとんどなく、また、自宅から外に出ることもめったになかった。

そのせいで闇雲に聞き込みを重ねても、それらしき人物が浮かび上がってこない。たとえ彼の名前を知っている人がいたとしても、「ネトウヨのヘイトスピーカー」であることなど知っているわけがない。

おまけに、肝心の自宅がわからない。住宅地図を片手に同じ姓の家を訪ねてまわったが、ヨーゲンらしき人物を当てることができなかった。

いったい何度、東京といわきを往復したことだろうか。

そのうち、私も苛立ってきた。もしかしたら彼女たちが探し出した容疑者は、ヨーゲンとは別人物ではないかとも思うようになった。そもそも57歳という容疑者の年齢が、私が想像していたヨーゲンと重ならなかった。

福島・いわき市内の男を特定

ネット上のヨーゲンは、あまりに幼稚だった。知性や理性の欠片も見ることができず、あらんかぎりの罵倒語と卑猥な言葉を送り出すだけの人物である。社会経験をもたない20代前半、あるいは高校生くらいかもしれない、とまで私は考えていた。還暦を前にした大人が、まさか下劣な言葉の持ち主であるとは考えにくかったのだ。

事態が動いたのは昨年末のことだった。
いわき市内の飲み屋街で、バーやスナックを聞き込みしていた時だった。
たまたま知り合った酔客から興味深い話を耳にした。

「韓国人をやたら敵視する中年の男を見たことがあるんですよ」

彼によると、その男はあるスナックで、その場に居合わせた韓国人の女性客に向かって、「俺は韓国人が嫌いだ」「出ていけ」などと突っかかっていたという。しかも日頃から韓国や在日コリアンへの差別的な暴言が目立っていたらしく、客に迷惑がかかるといった理由で、いまはそのスナックを「出入り禁止」になっているというのだった。

さすがに肝心のスナック店主は「客の情報は漏らせない」と口が重たかったが、出入り客などからの聞き込みを重ねることで、その暴言男の名前が在日女性たちが割り出したものと一致した。年齢も50代後半、仕事はIT関連であることも判明。プロファイリングと合致する。さらに取材を進めると、その男の趣味や嗜好、性格、言動などが、彼女らが提供してくれたヨーゲン情報とすべて一致したのだ。

ヨーゲンであることは間違いない。そう確信した私は、この男の周辺に的を絞って関係者をまわった。取材するごとに、彼の人物像がさらに鮮明となった。

男は県内沿岸部で開業医の息子として生まれた。
地元の中学を卒業した後、彼は県内では名門として知られる高校に進学している。

「ちょっと風変わりなヤツでした」

そう振り返るのは同級生の一人だ。

「落ち着きがないというか、空気を読めないというか、突飛なことを口にしては周囲をシラケさせるようなところがありましたね。とはいえ問題児であったわけではありません。彼を苦手とする人が多かった、という程度です。音楽が好きで、ドラムをやっていたと記憶しています」

卒業後は周囲に「ミュージシャンになる」と言って、一度、地元を離れたという。ほとんどの同級生が大学へ進学するなかにあって、男の選んだ進路は学校でも珍しいものであった。

しかし、音楽の道で成功した形跡はない。
数年後、男は県内に戻り、地元私大の歯学部に入学した。

「おそらくは音楽では食えないことを悟り、開業医だった親の勧めで同じような道を選ぶことにしたのでしょう」(前出、同級生)

だが、それもうまくいかなかった。
もともと医師になることに積極的でなかったこともあり、男は大学を中退する。

その後、しばらくして男が始めたのは、インターネットビジネスだった。ネットが大衆化されたばかりの頃である。おそらく早い時期からコンピューターへの興味と関心を深めていたのだろう。

1996年、電気事業通信業者の認可を得て、いわき市内でプロバイダー業を開業した。地元の商店街などを回り、月額2千円でネット加入できるサービスを売り込んだ。

同年3月には地元の経済誌『財界ふくしま』で、男の事業が取り上げられたこともあった。「ネットで開く、世界への道」と題された記事において、同誌記者の問いに対し男は次のように述べている。

「難しがられていますけれど、インターネットは車の免許を取るより簡単ですよ」

「妥協なしで、安くて良いものを提供していく」

「ビジネスマンの名刺に電子メールのアドレスが書いてあるのは、もう珍しいことじゃないですよね。いまは講師に呼ばれることも多くて、インターネットの啓蒙活動しているようなもんです」

新しい情報ツールを売り込まんとする、男の並々ならぬ意欲は感じることができる。このビジネスの舞台が大都市であれば、そして彼にもう少しの才覚と資金があれば、ネット草創期という"時代の利"を生かして、あるいは彼もネット長者の道を歩んでいたかもしれない。

この時代、東北の小さな衛星都市では、彼の意気込みも「啓蒙活動」も、空回りせざるを得なかった。

「結局、うまくいかなかったんです」と話すのは、その頃の男を知る知人の一人だ。

「彼はよく嘆いていましたよ。『この街では誰もインターネットの可能性を理解していない。本当に遅れている』と」

ネット加入を勧めても、地元商店主たちはまだ、そこにどんなメリットがが生じるのか、どんな利益につながるのか、まるでわからなかった。どれだけ将来性を説いたところで、男は「啓蒙」することができなかったのである。

「市内の雑居ビルに事務所を構えていましたが、そこも家賃の滞納で追い出されてしまう始末でした。金には困っていたようですね」

他人の駐車スペースに無断で車を停めるなどして、近隣とのトラブルも絶えなかったという。

おそらくは事業の失敗が、彼の方向を誤らせたのであろう。ほどなくして男はプロダクトキーの違法販売に手を染めることになった。

昨年末にそのことを知った私は、客を装って、男がネット上に開設したプロダクトキーの販売サイトに電話したことがある。

ネットに詳しくない私は、彼の商品説明がさっぱり理解できない。何度も繰り返してシステムの概要を求める私に、男は「そんなこともわからないのか」と半分キレかかっていた。客の問い合わせに対してぞんざいな口調で応じる彼には、客商売は難しいだろうなあと思うしかなかった。

さて、男の"人となり"は理解できた。だが転居を何度か繰り返しているので、肝心の住所がわからない。昔からの知人はほとんどが男とは没交渉で、私が取材した人物の中に現住所を知る者はいなかった(あるいは知っていたとしても教えたくはなかったのだろう)。

<以下後編へつづく>


安田浩一(やすだ・こういち)
ジャーナリスト/1964年静岡県生まれ。週刊誌、月刊誌記者などを経て2001年よりフリーに。著書に『ルポ 差別と貧困の外国人労働者』(光文社新書)、『外国人研修生殺人事件』(七つ森書館)ほか。主著『ネットと愛国』(講談社)で2012年度講談社ノンフィクション賞、JCJ(日本ジャーナリスト会議)賞を受賞。現在は2015年春の出版を目標に、『ネットと愛国』の続編を鋭意執筆中。

* * *
安田浩一・著
『ネットと愛国 在特会の「闇」を追いかけて』

第三十四回講談社ノンフィクション賞受賞作、第四十四回大宅壮一ノンフィクション賞候補作品。
聞くに堪えないようなヘイトスピーチを駆使して集団街宣を行う、日本最大の「市民保守団体」、在特会(在日特権を許さない市民の会 会員数約1万人)。だが、取材に応じた個々のメンバーは、その大半がどことなく頼りなげで大人しい、ごく普通の、イマドキの若者たちだった・・・・・・。
「ゴキブリ在日を叩き出せ」と過激なスローガンを叫ぶネット右翼。彼らをそこまで駆り立てるものは? 大反響を呼んだルポの書籍化

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新知事に翁長氏 仲井真氏に約10万票差

新知事に翁長氏 仲井真氏に約10万票差
2014年11月17日 06:13

http://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=90865

 第12回知事選は16日投開票され、無所属の新人で前那覇市長の翁長雄志氏(64)が36万820票を獲得し、初当選を果たした。米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設が最大の争点となり、翁長氏は「辺野古新基地は絶対に造らせない」との立場を主張し、辺野古埋め立てを承認した現職の仲井真弘多氏(75)=自民、次世代推薦=を9万9744票差で破った。得票率は50%を超え、県民が辺野古移設に「反対」の民意を明確に突きつけた。投票率は64・13%で前回の60・88%を3・25ポイント上回った。

 翁長氏の当選で辺野古沖で進む国の移設工事の進捗(しんちょく)に影響を与えるのは必至だ。日米両政府が沖縄の民意にどう向き合うのか、今後の新県政との対応が焦点になる。

 自民出身の翁長氏が保守・革新の枠組みを超えて知事選に挑み新県政が誕生したことで、稲嶺恵一前知事から続く16年の自公体制の県政は崩壊。年内に想定される衆院総選挙にも大きな影響を与えそうだ。

 翁長氏は2013年1月に県議会や県内全41市町村長などが普天間の閉鎖・撤去、県内移設断念などを求めて政府に提出した「建白書」の実現を公約に掲げた。

 社民、社大、共産、生活、県議会会派県民ネットに加え、自民を離れた那覇市議会保守系会派の新風会や経済界有志が結集し運動を展開することで、従来の革新・中道・保守の政党支持層だけでなく無党派層にも支持を広げた。

 3選を目指した仲井真氏は普天間の危険性除去を最優先とし、返還を実現するために辺野古埋め立てを承認した立場を訴えたが、有権者への浸透は限定的となった。

 新人・無所属の元郵政民営化担当相の下地幹郎氏(53)は県民投票による普天間問題の決着を掲げたが支持に広がりを欠いた。新人・無所属の前民主県連代表の喜納昌吉氏(66)は承認の取り消しを主張したが、出遅れや組織的な運動で他候補に差をつけられた。

 当日有権者数は109万8337人(男性53万3786人、女性56万4551人)。

■埋め立て阻止へ権限行使 翁長雄志氏

 感無量。県民の皆さまに支えられた選挙だった。いっぺーにふぇーでーびる。県民の心に寄り添い、ぶれずに今回の公約を実行し、子や孫が故郷沖縄に誇りを持てるようにしたい。昨年末に現知事は辺野古埋め立てを承認したが、県民の考えは違うと国内外に知らせ、日米両政府、国連に訴える。埋め立て申請を厳しく審査し知事権限を行使する。県民の先頭に立ち、基地問題や経済に取り組みたい。

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ヘイトスピーチ法規制:「暴力」からの救済か、乱用への警戒か 毎日新聞

ヘイトスピーチ法規制:「暴力」からの救済か、乱用への警戒か

毎日新聞 2014年11月17日 東京朝刊

http://mainichi.jp/shimen/news/20141117ddm004040037000c.html


      

 民族的少数者や外国籍市民らマイノリティー(社会的少数派)への差別や憎悪をあおる「ヘイトスピーチ」を取り締まるための法規制導入が議論されている。各地の在日コリアン排斥デモに象徴される、言葉の暴力による深刻な被害への救済が急がれる一方で、民主主義の根幹である「表現の自由」とのバランスや表現規制への警戒から消極論も根強い。【小泉大士】

 ◇心身に深刻な被害

 10月に東京都内で開かれた「日本における人種差別を考えるシンポジウム」(自由人権協会主催)で、ヘイトスピーチを法律で規制する必要があるとの立場の師岡康子弁護士(大阪経済法科大アジア太平洋研究センター客員研究員)と、規制に慎重な立場の西土彰一郎・成城大教授(憲法)が討論を交わした。

 ヘイトスピーチの害悪として、師岡弁護士は「社会的、構造的に差別されているマイノリティーに、差別はその(人権や国籍などの)属性のせいだと烙印(らくいん)を押す。だから、自分に問題があるのではと感じ、自己否定、社会に対する絶望感、恐怖、心身の不調など深刻な被害をもたらす」と指摘。2009年12月〜10年3月に「在日特権を許さない市民の会」のメンバーらが、京都朝鮮第一初級学校(当時)周辺でヘイトスピーチを繰り返した事件で、被害児童がいまも心的外傷後ストレス障害(PTSD)に苦しんでいることや、教師が退職するなどして学校が移転を早めざるを得なかったことに触れた。

 人種差別撤廃条約は、締約国に対し、人種差別禁止法を要とする包括的な差別撤廃法制度の制定を求めている。師岡弁護士は「日本にはこのような法制度がまったくないと言っていい。特に不特定の集団に対するヘイトスピーチは違法ではなく、止められる法律がない」と問題点を挙げた。また、特定の個人らに向けられた場合、民事訴訟は可能だが、経済的、精神的な負担が大きく、「法廷内だけでなく、ネット上などでもさらなる攻撃を受け、2次被害を必ず伴う」と訴えた。

 一方、西土教授は、憲法学の観点からヘイトスピーチ規制を研究してきた小谷順子・静岡大教授らの学説を参考にしながら、規制導入に消極的な理由を説明した。

 まずヘイトスピーチ規制が憲法に規定された「表現の自由」の保障に違反するかについて▽民主主義過程論(民主主義の健全な維持には、とりわけ少数者が意見を発表する自由が保障される必要がある)▽思想の自由市場論(多様な意見や思想が発信されることで、過去の誤った常識が覆され真実が明らかになる)−−などに照らして考察。ヘイトスピーチは、権力者に対する異議申し立てではなく、また言論によって対抗すべきだという議論も成り立たないことなどから「表現の自由の保障の範囲外にある」とした。

 ◇少数派へ適用恐れ

 そのうえで、ヘイトスピーチについて「それでも規制すべきでない」と強調。主な理由として▽政府による恣意(しい)的な運用の恐れなど、表現内容の規制に対する警戒▽多様なヘイトスピーチを限定的に定義して、立法化を図るのは困難▽規制がマイノリティーに適用される恐れがあるなど副作用が大きい−−の3点を挙げた。将来的に規制する可能性までは否定しないものの、「その場合は憲法原理の選択をしなければならないことを自覚すべきだ」と述べ、憲法を含めた法体系に関わる問題との認識を示した。

 師岡弁護士は、西土教授が提示した規制に反対する理由に対し、「いかなる法律にも恣意的な立法や運用の恐れはあるが、それを防ぐのが法律家の役目だ」と反論。欧州の大半の国でヘイトスピーチ規制が実施されていることに触れ、「それらの国で表現規制の乱発につながっているのか。現実に起きている、マイノリティーの表現の自由と民主主義を破壊する問題を放置していいのか」と疑問を呈した。

 西土教授はこれに理解を示しながらも、官吏などへの中傷を取り締まりの対象とした戦前の讒謗(ざんぼう)律や官吏侮辱罪を例に挙げ、「(こうした法規制は)権力に対する批判を封じ込めるために使われてきたという歴史がある。『国家による自由』という美名の下で、国家に不都合な思想や考え方を規制するのではということに、敏感すぎるほど敏感でなくてはならないと考える」と語った。

 これまで賛成派と反対派が同席し、専門家が議論する場は少なかった。約4時間に及ぶシンポジウムの最後に、司会を務めた旗手明・自由人権協会理事は「国際人権法学者は処罰は当たり前、憲法学者は慎重にと考えてきた。距離のある平行線が続いてきたが、踏み込んで議論に加わろうという人が出てきた。こうした場が繰り返され、社会の中に一定のコンセンサスが生まれることが期待される」と議論を締めくくった。

 ◇「民主主義の防波堤崩す」 嫌中嫌韓本に編集者ら

 出版界ではここ数年、中国や韓国を一方的に非難する内容の「嫌中嫌韓本」の出版が相次ぎ、各地の書店でも目立つところに陳列されている。そうした出版物の製造、販売はヘイトスピーチへの加担になるのではないか−−。出版関係者やフリーライター、弁護士らが集まり、「出版の製造者責任」について話し合う集まりが10月22日、東京都内で開かれた。

 関東大震災後の朝鮮人虐殺を記録した「九月、東京の路上で」の著者でフリーライターの加藤直樹さんは、「『朝鮮人は殺せ』などという記述は犯罪としか言いようがない」と批判。嫌中嫌韓本の氾濫について「書店、出版者、書き手、購入者、誰に責任があるのか。(みんなが)こうした状況に慣れたらいけないという問題提起をしなければいけない」と訴えた。

 雑誌に嫌韓などの内容の記事が掲載される事情について、元在日韓国人3世のノンフィクションライター、朴順梨(パクスニ)さんは「ライターは依頼を受けて初めて仕事が成り立つ。自分の主張を書けないことも多い」と語った。

 ヘイトスピーチの法規制などについて研究する社会学者の明戸隆浩さんは「西欧は出版物における差別表現に対して厳しい規制がある」と紹介し、「日本では人種差別について野放し状態。ヘイトスピーチ規制の前に、人種差別禁止法の制定が必要だ」と指摘した。出版社員の岩下結さんも「『人種差別はいけない』という共通認識があれば、ある程度の自主規制がかけられると思う」と話した。

 神原元(はじめ)弁護士は「正しい情報を受け取ることが表現の自由だ。デマに、差別に、まみれた『ヘイト本』は、平和や人権といった民主主義の防波堤を崩している」と批判した。【斎川瞳】

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 ■ことば

 ◇ヘイトスピーチ

 特定の人種、民族、宗教への憎悪や差別をあおる言動の総称。数年前から、東京・新大久保や大阪・鶴橋で繰り返された在日コリアン排斥デモでは、参加者から差別意識をあおる言動が繰り返された。英仏独など刑事罰を科す国がある一方、日本や米国など表現の自由とのバランスの難しさから法規制に慎重な国もある。国連の人種差別撤廃委員会は8月、日本でのヘイトスピーチの広がりに懸念を表明。ヘイトスピーチを行った個人や団体に対し「捜査を行い、必要な場合には起訴すべきだ」と日本政府に勧告した。

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辺野古反対の翁長氏当選 仲井真氏3選阻む

辺野古反対の翁長氏当選 仲井真氏3選阻む 
政権、移設推進の姿勢 沖縄知事選

2014年11月17日05時00分

http://digital.asahi.com/articles/DA3S11459697.html?iref=comkiji_txt_end_s_kjid_DA3S11459697

 

 沖縄県知事選が16日、投開票され、前那覇市長の翁長雄志(おながたけし)氏(64)が現職の仲井真弘多(なかいまひろかず)氏(75)=自民、次世代推薦=ら3氏を破り、初当選を決めた。最大の争点だった米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の同県名護市辺野古への移設問題で、翁長氏は「移設阻止」を主張。翁長氏の得票率は50%を超え、県民が移設反対を明確に突きつける形となった。投票率は前回より3・25ポイント高い64・13%だった。▼2面=翁長氏、抵抗策探る、10面=社説、34・35面=「沖縄の誇り」浸透

 日米両政府が普天間返還に合意した1996年以降5回の知事選で、辺野古移設反対を掲げる候補の勝利は初めて。安倍政権は結果にかかわらず移設作業を進める姿勢だが、翁長氏は当選を決めた16日夜、「日本の民主主義のあり方が問われる」と政府に地元の民意をくむよう求めた。また、近くあるとされる衆院選について「安全保障の根幹に関わる(普天間移設の)問題も一つの判断材料にしてほしい」と述べた。

 翁長氏は、今後県の判断が求められる工事関連手続きがあった場合は「厳しくチェックする」と述べた。仲井真氏による昨年末の辺野古埋め立て承認については「過程を検証し、法的問題があれば承認を取り消せる」と強調。ただ政府は、承認の手続きに決定的な誤りがなければ、取り消しはできないとみており、翁長氏の対応は焦点になる。

 翁長氏は「沖縄の誇り」を掲げ、埋め立て承認に不満を持つ県民から支持を集めた。自民系地方議員の一部や県政野党など幅広い層に支えられ、沖縄の政治史に新たな局面を開いた。同日選の那覇市長選でも、翁長氏後継の前副市長が自民、公明が推す候補を破った。

 3選をめざした仲井真氏は、前回知事選では「辺野古移設反対」に踏み込むことは避けつつ「県外移設」を求める立場を取った。しかし今回は「辺野古移設が現実的だ」と強調した。政府とのパイプや失業率改善などの実績を挙げ、「流れを止めるな」と呼びかけたが、埋め立て承認を契機とした逆風を跳ね返せなかった。

 県民投票での移設問題解決を訴えた前衆院議員の下地幹郎(しもじみきお)氏(53)と、埋め立て承認取り消しを掲げた元参院議員の喜納昌吉(きなしょうきち)氏(66)は支持を広げられなかった。

 県選管によると、当日有権者数は109万8337人。(泗水康信)

     *

 当 翁長雄志 (1)無新       360,820

   仲井真弘多   無現〈自〉〈次〉 261,076

   下地幹郎    無新        69,447

   喜納昌吉    無新         7,821

                     (確定得票)

     *

 翁長雄志(おながたけし) 64歳

 [元]那覇市長・県市長会長・県議・自民党県幹事長・那覇市議▽法大

 ※〈 〉囲み政党は推薦・支持

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「“表現の自由”を守るためにもヘイトスピーチを規制しなければいけない」―参議院法務委員会・有田芳生議員質疑

【書き起こし】「“表現の自由”を守るためにもヘイトスピーチを規制しなければいけない」―参議院法務委員会・有田芳生議員質疑

http://blogos.com/article/98793/

法規制の必要も指摘されているヘイトスピーチ問題。11月11日に行われた参議院法務委員会で、民主党の有田芳生議員がこの問題を取り上げた。有田氏は今回、ネット上で匿名で行われる差別表現の問題についても言及した。

当該質疑を書き起こしでお伝えする。(※可読性を考慮して文章を一部整えています。また、文中に不適切な表現がございますが、当該質疑の趣旨を考慮してそのまま表記しています。)



ドイツでは逮捕されるような事体が日本ではまかり通っている
有田芳生議員(以下、有田):前回、ヘイトスピーチについて質問をさせて頂きました。さらにこの問題というのはこの数年間日本社会の大きな、あるいは政治問題ともなってきておりますので、新たな課題、例えばインターネット上で匿名でいかに差別の扇動が行われているのかという所に少し重点を絞って、質問通告の順番を替えますけれどもじっくりとお聞きをしたいという風に思います。

先般もお話しをさせて頂きましたけれど、今年の8月20、21日とスイスのジュネーブで国連の人種差別撤廃委員会の日本審査が行われました。実は日本からもNGOのメンバーがかなり現地に出かけまして傍聴致しました。私もその一人でしたけれども、人種差別撤廃委員会の日本審査が始まる直前に委員の方々とお話する機会がありました。

その時に日本から持っていった全国で繰り広げられているヘイトスピーチ、その現場について映像を上映しました。多くの委員の方々、非常に驚いておりました。「こんなことが日本で起きているのか」と。そういう声が上がりました。それは正式の人種差別撤廃委員会の日本審査の中でも何人もの委員の方からお話がありました。前々回でしたか共産党の仁比委員の方からも、ヘイトスピーチ問題の質問がありました。そこでどんな発言があるのかということで、例えば大阪の鶴橋では去年の二月に「南京大虐殺知ってるでしょ、ここから出て行かなければ鶴橋大虐殺をやりますよ」と。あるいは東京の新大久保では「ホロコーストをやるぞ」と「新大久保を更地にしてガス室を作るぞ」というようなことが叫ばれました。

実はその人種差別撤廃委員会の日本審査の直前に見て頂いた映像の中にも大阪の鶴橋の酷いヘイトスピーチの現状が表現されておりました。具体的に言いますと、こういうデモがありました。

「みなさんチョンコと言って差別じゃないですからね、あいつら人類じゃありませんから」と。そういう発言があってデモ行進が行われる。こんなことを、こういう公の場で言う事は憚られると思いながらも、しかしメディアなどがやはり自主規制をせざるを得ないような現状の下で、事実にやはり向き合っていかなければおけないと思いますので、もう少し紹介します。

昨年の鶴橋、昨年の3月24日に行われたデモではこんなことをさらに言っております。「糞チョンコどもを八つ裂きにして家を焼き払うぞ」「焼き払うぞ」というシュプレヒコールが重なる。「一匹残らずチョンコどもを追い込んでやるぞ」「追い込んでやるぞ」。「薄汚い朝鮮半島を焼き払え」「焼き払え」。まあ東京の新大久保の集会でも出発の時には「殺せ、殺、朝鮮人」、こんなことが白昼堂々とまかり通っているというのがこの数年間の日本社会でした。

さらに一点だけ付け加えておけば、今日皆様方にお手元に資料を配布させて頂きましたけれども、写真右側の下、これは11月9日ついこの間、南越谷で行われたデモ行進ですけれども、見ていただければ判りますようにナチスドイツの象徴であるハーケンクロイツ、これを纏った男達がデモ行進をやりました。これは今回初めてではありません。6月には千葉県の西船橋でもハーケンクロイツを使ったデモが行われました。

これはこの一年だけではありません、2012年位から大阪などでもこういうことが続いております。つまり国際社会から見れば「日本ってのは一体何なんだ」と、こんなことがドイツで行われれば即座に逮捕されるような事体が日本では堂々とまかり通っている。2020年東京オリンピック、パラリンピックを迎える国として、まあこれでいいのかと、特に海外からのメディアは厳しい目で見られております。

こうした事について、まず法務大臣にお伺いをしたいのですけれども、こういうデモ、集会というものが日本社会で続いていることについて、どのようにお考えになっているのか、これは人権問題を担当なさっている大臣としてもやはりご意見を伺いたいということ。さらには、こういうデモ・集会についての実態調査、それについて法務省のどういう部署で担当していらっしゃるのでしょうか、お聞きしたいと思います。

上川法務大臣(以下、上川):特定の人種、あるいは民族に対して先ほど委員がご指摘になりましたような、様々な暴力的な発言をしてきているということに対しては、まさに社会に対しての大変大きな課題・問題だという風に思っておりまして、極めて由々しきものだという風に理解しているところでございます。

どういう実態になっているのか、ということについての把握というのは、それに対してどう対応するかということを考える上でも大変大事な前提になるというふうに思っておりますので、そこにつきましても実態をどう把握するかということについて、担当の部局人権擁護機関が全国にもございますので、そうした所を通じてしっかりと把握をしていくと、そういうことが大変大事だと思っております。

有田:今大臣から、酷い発言という風に表現がありましたけれども、ヘイトスピーチというのは憎悪のスピーチですから発言という風にどうしても捉えられてしまうのですけれども、人種差別撤廃条約の元々の英文からいうとこれは憎悪表現というようなものではなくて、新聞などでも未だそういう使われ方がしておりますが、差別の扇動なんですよね。

ですから、ここは議論になりますからこれ以上はやめますけれども、つまり「言論表現の自由の範疇なのか」あるいはもっと暴力的な言葉そのものの暴力であると捉えるか、そういう問題もこれからも議論をしていかなければならないと思いますが、まずこの問題でしっかり立たなければいけない立場と私が考えているのは、やはり差別されている人たちがどのような苦しみを被っているか、そこを出発点にしなければいけないという風に思います。

そのことを前提にしながらもう一つ、今人権機関で調査をするとおっしゃって下さいましたけれど、実際にはこういう問題についての調査というのは進んでいるのでしょうか。あの現場からでも構いませんし、大臣からでも構いませんが。


岡村人権擁護局長:(以下、岡村)私ども法務省の人権擁護機関では、全国の法務局、地方法務局で人権相談を行っており、また被害者からのメールなどによる被害の申告も受け付けております。こういった申告などを受けて開始した、人権審判事件の調査を通じて現状を把握しているところでございます。

有田:被害者の方からメール、あるいは現場にこられて相談した時、それに対応してくださっているというお話なんですが、こういう差別の扇動行為というのは日本全国で、東京の新大久保だけではなく、この間は銀座の方でも行われました。

毎週のように行われている実態について、「被害が届かないと調査をしない」というのはやはり非常に問題だと思うんですよね。むしろこれだけ社会問題になっている訳ですから、率先して人権機関などが現場にも行ってその調査を進めるというのが、それが相応しいと思うのですがいかがでしょうか?

岡村:私どもでもできる限り実際に、ネット上ですでに載っているYouTubeなどの映像を見て確認しているところもありますが、なかなか全国すべてのネット上の、表現ないしは実際の街頭でのデモ行進などについて網羅的な調査は中々難しく行っておりません。

有田:そこをやはり前に進めなければ日本の人権問題改善にとってもやはり遅れている分野だという風に思うんですよね。今ネット上で全国各地の状況確認はなかなか難しいと仰いましたけれども、そうではなくてやはりあのかなりまとまって、自らの差別行為を在特会をはじめとする団体が今でも出してるんですよね。

もう一つ指摘をしておきたいのは、先ほど私は言葉で、大阪鶴橋の差別の実態というのをご紹介しましたけれども、映像だけでも実は残念ながら判らないんですよ。この委員会、前の委員の方々には私から国連でお配りしたような中身についてDVDをお渡ししました。前回、谷垣元法務大臣も見て下さいまして「そりゃ酷いもんだな」ということをこの場でもお答えいただきました。

だけど敢えて言えば、活字を読んでも中々判らない。残念ながら映像見ても判らないんですよ。これ現場に行けばどれほどおぞましい事が行われているかっていうのは、肌感覚で判る。在特会をはじめとする差別団体が、そういうさっきのような酷いことをやっている。それに抗議する人たちがどんどんどんどん増えて来た。2倍3倍4倍と増えて来ている現状があります。

さらには、やはりトラブルがあってはいけないので警察の方々が、非常に多く警備をしてくださっている。去年のピーク時でいえば、東京新大久保の6月、9月あたりというのはそういう差別をする人たち、それに反対する人たち、警備する警察官たち。おそらく1,000人近い人たちが白昼東京の新大久保から新宿あたりを、1,000人以上の人たちが熱気を持って動き回る訳ですよ。そこに通行人もいれば、買い物客もいる。或いは新大久保の場合には、在日コリアンの人たちが一杯いますから、目の前で攻撃がやってくる。だからそれはもう申し訳ないんだけれども皮膚感覚で感じて貰わなければ、どれほど酷いことが今日本で行われているかっていうのは、残念ながら人間の認識の限界がある。

しかし、それを何とかしていかなければ、繰り返しますけれども被害者の立場に立って差別をなくしていくという、これからの日本の新しい人権状況を作っていくということにはならないと思うんですよね。そのことを指摘して、じゃあそういった差別扇動の集会デモが行われていることについて警察庁にお尋ねしたいのですけれども、日常的な調査というものしているのでしょうか。

警察庁長官官房・塩川審議官:(以下、塩川)今、議員指摘の在特会につきましてはデモなどの活動に伴い違法行為を引き起こしており、警察は在特会について関心を持ち、情報収集を行っているところであります。

有田: もう一言お聞きしたいのですが、「関心を持って」というのはどういう関心なのですか?

塩川:今ご答弁させて頂いた通りでありますけれども、デモなどの活動に伴い違法行為を引き起こして、しばしば引き起こしておりますので、そういった点から関心を持っているということであります。   

匿名でネットで如何に酷いことが続いているか
有田:警察が、そういう差別行為に対して反対する人たちに私が近くで見ていても、これはちょっと取り締まる方向が違うんじゃないかと思う事は多々ありますので、それについてはまた改めて機会があればお聞きをしたいと言う風に思います。

今日私が特にこういうことを知って頂きたいし、これを何とかなくしていかなければならないということは、在特会などをはじめとする集団が路上で酷いヘイトスピーチをまきちらしているだけではなく、その背景に私達のこの社会で、匿名でネットで如何に酷いことが続いているか。そのことについての対策も考えていかなければいけないということで、ネット上のヘイトスピーチについてお話をお聞きしたいと言う風に思います。

今30代の在日朝鮮人の女性がいます。北陸地方に住んでいらっしゃいますけれども、今から2年前に子供さんが出来ました、妊娠をしました。まだまだ今に比べると牧歌的な状況がツイッターの世界でもありましたけれども、友人とツイッターでやりとりをやっておりました。そうするとそこに匿名で攻撃を仕掛けてくる人たちがどんどんどんどん増えてきた。

あの資料で皆様にお配りをしておりますけれども、右側の上、一部アカウントなどは消しましたけれども、ここに出ている写真もまったくこの人物のものではありません。読んで頂けますでしょうか。妊娠した在日朝鮮人の今30代の女性に対して匿名でこういう攻撃がなされました。

「はあ?てめえガキ産みやがるのかよ。塵増やすなよ婆」これお婆さんの婆ですね。「蛆蛆増殖しやがって害虫ども」うじゃうじゃのウジは蛆虫の蛆。「てめえごと2匹とも死ね、有害種族」。こういう事がもう当たり前のように今でも続いているんですよ。インターネット上ツイッターではこの書き込み今でも残っております。後に在特会ととても親しくてネット上でこういうことを繰り返して来た人物が別の問題で逮捕されましたけれども、今でもこのような同じような書き込みが続いております。

私はこの女性から話を聞きました、妊娠して安定期に入って友人と軽い気持ちでやりとりをしていたらこういう攻撃がなされてきた。これをきっかけに色々な人から同じような酷い攻撃が来た、誰だか判らない訳ですよね。精神的に大変な思いになって、ストレスがどんどんどんどん高まっていって一週間入院をされました。

その後無事赤ちゃんは産まれましたけれども、そういう被害を被っている女性がいる。彼女が言っていたのは「ツイッターの中でも私達は孤立しているんだ。一般社会でも差別がずっと続いてきて嫌な思いを小さい頃からやってきた。でマジョリティーで助けてくれる人はいなかった。見て見ぬふりばっかりだった」と。だからこういう攻撃をされるのも非常に辛かったし苦しかったけれども、孤立する方が辛かったと、今でも絡まれることがあるけれども、それに反対してくれる人たちが多くなってきたので、段々気分が楽になってきておりますと。そういう発言、感想を述べていらっしゃいました。

こういう事が今でもずっと続いているんですよね。これは単なる一例なんですよ。他に攻撃されたある在日コリアンの人なんかは「死という言葉が自分の頭の中から離れなかったことがある」。これは男性ですけれども、そういう人たちがこの日本社会で一杯いらっしゃる、そのことを私達、「このままでいいのか」「これじゃいけない」。そういう立場で物事を考えていかなければ行けないという風に思います。特に政治の責任としてこういうことをなくしていくこと、これは人種差別を無くすことだけではなく、やはり日本が共生社会としてしっかりとこれから立派な日本になって行くためにも必要なんだと思っております。

先にもう一点だけ指摘をさせて頂きます。今社会問題にもなり、多くの週刊誌・新聞などでも話題になっておりますけれども、朝日新聞の元記者で北海道の大学で今教鞭をとってらっしゃる方が多くのネット上、あるいは電話攻撃を受けて「大学に爆弾を仕掛けるぞ」というようなことまで起きました。これは警察庁、あとでお聞きをしたいと思っておりますが、その元朝日新聞の記者が攻撃されることも異常ですけれども、同時に家族、娘さんに対する攻撃というのは酷いものがあるんですよ。

上川大臣も二人の娘さんがいらっしゃると聞いておりますが、今17歳の女子高生がネット上で顔写真を晒されて、とんでもない差別表現がなされてる。例えば「お父さんは売国奴です。お母さんは密入国朝鮮人の売春婦です」「私はとても誇りに思います」「おい涙ふけよ」「娘は関係ないと言うなよ○○」ここで固有名詞が入っておりますけれども、「晒すことで抑止力が高まる」「こいつ死ねばいいのに」「このガキにもとたんの苦しみを与えないとな」「一族血を絶やすべき」「自殺するまで追い込め」というようなことが異常な程、今でもやられている。これは本当に異常な事体で17歳の少女がどれほど心を痛めているか。ご家族だって大変な思いをしている。これが今の日本の現状なんですよ。

これに対してどうしていいのか、どうしていけばいいのか、まず総務省にお聞きをしたいんですけれども、プロバイダー責任法でどういう対処ができるのか、あるいはどういう限界があるのか、まずそのことをお答え頂きたいと思います。

総務省・吉田総合通信基盤局電気通信事業部長:インターネット上に流通いたします、いわゆる各種の権利侵害の情報につきましては、今委員ご指摘のプロバイダー責任制限法によりまして、プロバイダーの責任範囲を明確化しているところでございます。

具体的には、ある情報がインターネット上に流通することにより、その個人の権利が不当に侵害されたと認めるに足りる相当の理由がある場合にはプロバイダー等が、そのような情報を削除したとしても損害賠償責任を免れることとされております。また名誉等の権利を侵害されたとされる方からプロバイダー等に対して、当該情報の削除の申し出があったような場合には、プロバイダー等が発信者に対しまして削除に同意するか否かを照会いたしまして7日以内に反論がない場合には、その情報を削除したとしても、プロバイダーは損害賠償責任を免れることとされております。これがプロバイダー責任制限法の概要でございます。

このような制度の下におきまして、実際にはプロバイダー等が権利侵害情報等の違法な情報の流通に対応するにあたりましては、例えば約款ですとか利用規約の上で、プライバシー侵害や名誉毀損等を禁止事項として定めまして、これに違反する場合には迅速に削除等の対応を行っているというのが一般的であるという風に承知をしております。

またさらにプロバイダー等の事業者団体におきましても個々のプロバイダー等のですね、そういう円滑な対応を、対応に資するようプロバイダー等と利用者との間で適用される、契約約款のモデル情報というものを作りまして、このような約款の普及に努めるとともに権利侵害への該当性への判断基準となりますガイドラインを策定しているという風に承知しております。

有田:だけどそれでは、先ほどのような書き込みってのはいまだ残っていることを含めて放置されている。それに対しては個人がプロバイダーに依頼をするというプロセスのことは今お話になりましたけれども、私はこの委員会が始まる前に、この17歳の女子高生、元新聞記者の娘さんについて今ネット上でどうなっているかを調べて来ました、相変わらず何にも変わっておりません。こういう事体に対してはどうしたらいいのですか、被害者は?

吉田:私どもと致しましては、現在のプロバイダー責任制限法と、その法制度の枠組みの元で、プロバイダー等の事業者が只今申し上げました約款、あるいは利用規約、ガイドライン等の元で、不適切な権利侵害等の情報につきましては、可能な限り迅速に削除等の対応がされることを期待をしているということでございます。


平成25年のネットを利用した名誉毀損の検挙数約120件
有田:期待しても変わってないんですよ。インターネットを皆さんご存知だと思いますけれど、こういう匿名の書き込みというのはどこの誰だかさっぱり判らない。しかも広範囲に渡っている訳ですよね。だからそういう状況の元で迅速かつ効果的な措置といっても、何にも迅速な効果生まれていないんですよ。

先ほどの在日朝鮮人の30代の女性についての書き込みは2012年から2年間ずっと放置されっ放しなんですよ。だから今お話になったことを踏まえてですね、やはりあのインターネット上の様々な問題も新たな段階にやはり進んでいかなければいけないという風に思うんですよね。

札幌の17歳の女子高生の場合、さきほど、本当一端だけお伝えしましたけれども、刑法230条の名誉毀損だけではなく、刑法231条の侮辱だけではなく、刑法222条の脅迫にあたるという風にこれは思います。で告発もなされることでしょうけれども、やはりそういった新しい問題に私達が立法府として、どのように新しい問題解決の道を考えていくか。そこが非常に大事だと思います。

さらに言えば個別の削除要求をしても、イタチごっこで、もう追いつかない現状なんですよね。それで精神的に17歳の女子高生だけではなく、多くの人たちが精神的に追い詰められていってしまうっていう、これが現状ですから、やはりあの新しい問題を前に進めて行かなければいけないと思います。ご存知のように名誉毀損や侮辱罪についても申告罪ですから、被害者自身が警察に行かなければならない、手続きをしなければいけない。そういうことをなかなか普通の人は大変ですから、そういう差別扇動行為がネット上で今でもずっと吹き荒れている以上、それに対して現行法に基づいて適正、迅速に削除する仕組みを作ることも大事ですけれども、後ほどお話しをしますけれども人種差別撤廃条約に基づく、新しい法規制というものも考えていかなければいけないだろうという風に思います。

警察庁にそこでお聞きをしたいのですけれど、先ほどのような、色んな差別扇動の匿名による書き込みがあった時に、現行法を用いて適正迅速にそれを削除していく仕組みっていうのは今あるんでしょうか? 或いはこれから何か検討されるということはありますでしょうか?

塩川:取締りという観点からのお答えになりますが、警察は在特会によるものも含めまして、ネット上での言動について個別の事案にはよりますが、今ご指摘のように刑法の名誉毀損罪や脅迫罪などが成立する場合には、法と証拠に基づき厳正に対処することとしております。

警察におけるインターネットを利用したここ数年の名誉毀損罪、脅迫罪の検挙件数でございますが、平成23年が名誉毀損約80件、脅迫も約80件。平成24年が名誉毀損約100件、脅迫が約160件。平成25年が昨年でございますが、名誉毀損約120件、脅迫約190件、こういった検挙件数となっているとこでございます。

有田:先ほどの北海道の17歳女子高生の場合は名誉毀損、侮辱あるいは脅迫にあたると私は判断しますけれども、警察庁としてはどのように理解されますか? 個別のことにはお答えできませんということでなくて、お答え頂きたいのですが。

塩川:正に個別具体のケースでございますので、ここではお答え差し控えさせて頂きます。

有田:あの朝鮮学校襲撃事件、京都地裁大阪高裁の判決が出ましたけれども、やはりあの新しい法規制というのを検討していかなければいけない段階に日本社会は入っているという風に私は思います。

これはあの後で時間があったらまたお聞きをしたいと風に思いますけれども。もう一度総務省にお聞きをしたいのですけれども、例えば最近社会問題になった脱法ドラッグの規制について、与野党を含めて議論が進んでおりますけれども、これは今の段階でもインターネット上の違法な情報への対応に関するガイドラインなどが変更されてますよね。その経過をちょっと教えてください。

吉田:先ほど申し上げましたように、事業者団体等ではですね、総務省も相談にあずかってございますけれども、いわゆるガイドライン、あるいはそのモデル的なその契約約款というものを作っておりまして、様々な社会的状況に応じて随時改定等を行っております。委員ご指摘の危険ドラック、脱法ドラッグ等につきましても、近時の社会的状況を踏まえまして、関連する情報は違法なものであって、これは禁止事項としてプロバイダー等において削除の対応が可能となるような形のですね、改定を事業者団体等に行っていると風に承知をしております。

有田:確認をしたいのですけど幾つかの団体で協議会を作って、そこに総務省もオブザーバーとして参加をされているという理解で宜しいですか?

吉田:委員ご指摘の通りでございます。

有田:そこで各団体との関係ですけれども、総務省がそこで指導的役割を果たすことはできるのでしょうか?

吉田:オブザーバーという立場でございます。また、インターネット上のその情報の流通に関しましては、いわゆる表現の自由の問題、それと議論になっている趣旨に添いますれば、いわゆる権利の侵害の問題、あるいは違法は情報の流通の問題、さまざまな問題がございます。色々慎重な対応を要する問題がございます。 そういう意味で言いますと総務省が場で指導的な役割というよりも、オブザーバーとして参加させていただいて、行政の立場から事業者団体、民間の事業者の方とも意見交換をさせていただきながらですね、より良い適切な対応が図られるように、そういう風に務めているということでございます。

有田:私は表現の自由を守るためにもヘイトスピーチを規制しなければいけないという立場ですけども、やはり具体的に被害者が苦しい思いをしている、自ら命を絶とうかと思うようなところまで追い込められる。あるいは妊婦さんが一週間入院せざるを得ないような匿名の広範囲の攻撃が行われる。やはりこの新しい課題に対して、脱法ドラッグの問題とは次元が違いますけれども、こういう問題についても、総務省でも積極的にイニシアチブをとって頂いて、新しい問題解決の道を探って頂きたいという風に思っております。

このヘイトスピーチのネット上の問題についてはもうここで終わりにしたいと思いますが、最後に上川大臣、先ほどお伝えしましたけれど2人の娘さんをお持ちのお母さんの立場としても、こういう事体に対してこのままではいけないと風に思われるでしょうけれども、どうお感じになりましたか?

上川:先程来、有田先生から実際に現場の中で、どんなに酷い状態にあるかということについては、文章とかあるいは映像等でも限界があるという、大変適切なご発言がございました。正に現場に行かないと判らないことというのは、沢山あるということでございまして、そういうことを踏まえた上での今日のご指摘であったと、そういう意味では色々な形で考えるということについての大変大きな示唆を頂いたと思っております。

もとより差別的言動が外国人の方をはじめとして、また在日の方も含めまして色んな形で他人の、他の人の人権を侵害するということについては、これはあってはいけない大変大きな問題だと思います。そして今17歳の高校生の娘さんのお話や、また同時に妊娠をしながら大変苦しい状況の中で、しかし見事に赤ちゃんが生まれてお子さんを育てるという今度は母親の立場で、というようなことを考えた時に、そういうことをそのままで置いてはいけないという思いでございます。

色々な人権の侵害案件がございますが、これまでいわゆるヘイトスピーチというところに焦点を当てて、このことについて向き合って来たかといえば、私はそれについては、新しい人権侵害ということの事態であると、まさに仰った通りだという風に思っております。

こうしたことを気にしながら、いわゆるこのヘイトスピーチについての実態がどうなっているのかということにつきましても、特に先ほど申し上げましたけれども、人権の擁護に関する法務省の中での様々な機関がございますし、また省庁との間の連携も含めまして実態の状況についての把握ということ、そして申告をされた事案がどのくらいヘイトスピーチに係る案件としてあるのかどうか、こういうことも含めてしっかりと取り組んでいくということについて指示をしたところでございますので、そういったことも踏まえまして適切に対応することができるように、しかも早急に対応することができるようにして参りたいと思っております。

※この後、有田議員は朝鮮学校の授業料などの問題についても質問を行っている。

発言者:有田芳生参議院議員(民主党)、上川陽子法務大臣、警察庁長官官房・塩川審議官、総務省・吉田総合通信基盤局電気通信事業部長、岡村人権擁護局長
出典:11月11日参議院法務委員会 -参議院インターネット審議中継


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憎悪表現規制で議論 憎悪表現規制で議論

憎悪表現規制で議論
https://www.komei.or.jp/news/detail/20141114_15476
公明新聞:2014年11月14日(金)付
党ヘイトスピーチ対策プロジェクトチーム

特定の民族や人種への差別をあおるヘイトスピーチ(憎悪表現)について、公明党ヘイトスピーチ問題対策プロジェクトチーム(PT、遠山清彦座長=衆院議員)は13日、衆院第2議員会館で会合を開き、西南学院大学の奈須祐治教授が憲法学から見たヘイトスピーチについて講演した。
講演で奈須教授は、憲法学におけるヘイトスピーチの議論には、(1)規制積極説(2)規制消極説(3)中間説―などがあることを説明。その上で、論点や諸外国の規制例を示し、規制のあり方などを語った。 講演後の意見交換では遠山座長らから、「著しく脅迫的な表現は規制すべきではないか」「表現の自由への配慮も大事になる」などの意見が出た。

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憎悪表現(ヘイト・スピーチ)の規制の合憲性をめぐる議論

2013.05.23 Thu

憎悪表現(ヘイト・スピーチ)の規制の合憲性をめぐる議論

小谷順子 / 憲法学

http://synodos.jp/society/4013       






   

20世紀の半ば以降、過激な人種差別思想の台頭に直面した国々は、これを深刻な事態として受け止めた。そして、こうした差別思想にもとづく憎悪表現を規制すべく、人種差別撤廃条約4条において、差別思想の喧伝を禁止する法律を制定するよう加盟国に義務づけた。


現在、イギリス、フランス、ドイツ、カナダなどでは、この条文を履行すべく憎悪表現を規制する法律を設けている。一方、アメリカは、表現の自由の保障を最大限に保障しようとする判例法を背景に、第4条に留保を付して表現規制を回避するかたちで条約本体に加入しており、現在も憎悪表現を規制する立法は行っていない。アメリカ同様、日本も同条に留保を付して加入しており、憎悪表現を規制する立法を行っていない。


過去10年ほどのあいだで、日本国内においても、インターネット上を中心に、自己とは異なる人種・民族集団に属する人々に対する憎悪や偏見の表現を、日常的かつ一般的に見聞きする機会が増えた。さらに、最近では、そのような憎悪や偏見の思想を宣伝する街頭デモも見られるようになっている。


このような、特定の人種・民族集団(およびその集団を構成する人々)に対する憎悪や偏見の表現(以下、単に憎悪表現と記す)の発信については、なんらかの方法で規制すべきだという意見が聞かれる一方で、憲法21条の保障する「表現の自由」の重要性に照らして規制すべきでないとする慎重な意見もある。はたして、憲法が「表現の自由」を保障している国家において、「憎悪表現の発信の自由」を規制することは許されるのだろうか。


本稿では、以下、まず憲法上の表現の自由の保障をめぐる従来の考え方を確認した上で、憎悪表現の規制をめぐる問題点を指摘していく。





「表現の自由」とは 


まず、「表現の自由」の重要性について確認しておく。表現の自由は、憲法の保障するさまざまな自由のなかでもっとも重要なもののひとつとして位置づけられているが、それは、表現の自由の保障が、個人の「自己実現」と社会全体の「自己統治」に不可欠だと考えられているからである。つまり、人間はだれしも自己の意見を形成し、それを他者に伝え、他者の意見にも触れて、さらに自己の意見を再形成していくという過程を通して、自由な人間としての人格を形成していく。このような個人の人間性の実現のための過程に着目した表現の自由の価値が「自己実現」である。


一方、健全な民主主義(ないし代表民主制)の実現のためには、たんに、人気投票(選挙)で代表者(国会議員)を選んだ上で、選ばれた代表者が国会で多数決で政策を決定しさえすればよいというものではなく、選挙から国会での意思決定に至るまでのあらゆる過程において、つねに、国政に関するあらゆる情報が社会全体にくまなく流通していて、だれもが自由に国政に関する自己の意見を主張することができる環境が整っている必要がある。なかでもとくに、政権に対する批判的見解を自由に述べることのできる環境が整っている必要がある。このように、社会全体の民主主義の過程に着目した表現の自由の価値が「自己統治」である。


さらに、「思想の自由市場」の重要性が唱えられることもある。経済の自由市場をなぞらえたこの考え方のもとでは、さまざまな思想や言論を「思想・言論の市場」のなかでの自由競争に委ねることで、真に価値のある思想や言論が勝ち残っていくという過程を重視し、「思想市場」に対する政府の介入は避けるべきであるとされる。





憎悪表現の規制をめぐる諸見解 


上記の「自己実現」と「自己統治」が、表現の自由の重要性を支える考え方である。このような考え方に照らすと、憎悪表現の規制には多くの難題がともなうことが分かる。


たとえば、歴史を振り返ると、政府や皇室を批判する表現や模範的な道徳観に反する表現などは、しばしば規制の対象とされてきた。そして、従来、個人の自由を重んじる憲法学者や弁護士たちは、このように政府が一定の内容の表現を「悪い表現」であると認定した上で規制すること(=表現内容にもとづく規制)を批判し、個人の表現の自由は最大限に確保されるべきであると主張し、表現の自由の保障の強化を主張してきた。


この文脈に沿って考えると、憎悪表現が一定の人々にとっていかに耳障りで不愉快であったとしても、また、憎悪表現の蔓延が共生社会の実現という政策遂行に不適切なものであったとしても、「不愉快、不適切だから規制する」という結論を導き出すことは許されないことになる。


さらに言えば、人種・民族的な憎悪表現は、たんに「さまざまな表現のうちのひとつ」であるにとどまらず、日本国の重要な政治課題である内政・外政に関する意見表明という一面も有していると言いうる場合がある。政治的な論点に関する表現の自由はもっとも手厚く保障されるべきであるとする「自己統治」の価値に照らすと、憎悪表現の「発信の自由」も手厚く保障されるべきであるということになる。


一方、憎悪表現の規制を肯定する論者たちは、憎悪表現が従来の規制対象とされてきた反政府・反道徳的な表現とは異なるのだという点を強調する。こうした論者は、たとえば、憎悪表現が被害者に与える精神的な苦痛や日常生活への支障などを防止することの必要性を指摘したり、憎悪表現の蔓延が社会の偏見や差別構造を増長させることの問題点などを強調したりして、規制の正当化を試みる。


また、憎悪表現の「発信」の自由を保障することがかえって表現の自由の保障の意義を損なう結果をもたらすことを指摘する(後述「アメリカの状況」の節を参照)。さらに、人種差別撤廃条約がその加入国に対して、人種的優越思想の流布や人種差別の扇動を禁止するための立法措置を求めていることにも言及し、憎悪表現規制が国際的な差別撤廃の動きに則したものであることも指摘する。


憎悪表現の規制は、弱者の人権保護や社会全体の利益のために設ける必要があるものなのだろうか。それとも、表現の自由を不当に制約するおそれのある危険なものなのだろうか。以下、まず、日本国内において想定しうる憎悪表現規制の手法を概観した上で、アメリカとカナダにおける憎悪表現規制をめぐる議論の展開に焦点を当てて、この問題についてさらに掘り下げて考えていきたい。



日本国内で想定しうる法規制の手法 


現在の日本社会でみられる過激な憎悪表現は、既存の法制度のなかで規制することが可能なのだろうか。また、諸外国の規制例を参照した場合、現在の日本で採りうる規制手法にはどのようなものがあるのだろうか。ここでは、既存の法令を憎悪表現に適用するパターンと、新規の法制度を設けて憎悪表現を規制するパターンの双方に言及しておく。


第一の手法は、刑事法規を使って憎悪表現を規制するというものである。イギリス、カナダ、ドイツ、フランスなどでは、この手法で規制を行っている。


日本の現行法の刑法関連規定のうち、憎悪表現に対して適用できそうなものとして、脅迫罪(刑法222条)、名誉毀損罪(刑法230条)、侮辱罪(刑法231条)などがあげられる。しかし、これらの規定は「○○人はみな犯罪者だから○○国へ帰れ」といったタイプの憎悪表現に対して適用するのは困難である。


これらの刑法規定を適用することのできる表現は、原則的には特定の個人に向けられた表現に限定されるのであって、不特定多数の人々の集合体である「○○人」という人種・民族的な集団に向けられた憎悪表現には適用されない。そのため、もしも日本において刑事法によって上記のような不特定多数に向けられた憎悪表現の規制を設けるのであれば、たとえば、脅迫罪、名誉毀損罪、侮辱罪等の概念を応用して人種・民族的な集団に対する名誉毀損や侮辱を規制対象にするといった新たな手法を採るか、憎悪表現の規制のための規定を新たに創設するという手法を採る必要がある。


ところで、刑事司法体系は、法律上に「罪」となる行為を明記した上で、その行為を行ったとされる者を裁判所に呼び出し、裁判所で審理を行った上で、「有罪」であれば「刑罰」を科すという構造を有している。したがって、もしも憎悪表現を規制する刑事法規を設けた場合、違反者(すなわち憎悪表現を発信した者)は裁判所で審理された上で、有罪と判断された場合は刑罰を科されることになる。


不適切な内容の表現を発信したことを理由として個人に罰を科すという手法は、表現の自由の保障への重大な脅威であり、本来、できるかぎり回避されるべき手法である。そのような脅威を緩和する方策であると言いうるのが、次にあげる第二の手法である。


第二の手法は、人権法を新たに制定して、人権法体系のもとで憎悪表現を規制するというパターンである。カナダやオーストラリアなどでは、この手法が用いられている。日本の民主党政権下で導入が模索された人権法(人権擁護法)もこの手法の一例である。


刑事司法体系と人権法体系とには大きな差異がある。刑事司法体系が上述のとおり「法に違反した者を、司法府(裁判所)が審理して、有罪ならば刑罰を科す」という構造であるのに対し、人権法体系は、「違反者を、行政府に設けられた独立の機関(人権委員会等)で審理した上で、違反が認定された場合は、被害者への救済策を講じる」、という構造をもつのが一般的である。


人権法体系が目標としているのは、違反者を罰することではなく、被害者を救済することである。つまり、人権法による憎悪表現規制は、うまく機能した場合、表現者を罰することなく被害者を救済することが可能となるという画期的なものなのである。


しかし、人権法による表現規制にも重大な難点がある。刑事司法体系のもとでは、厳格な構成要件を満たす表現行為のみが規制対象となるのに対し、人権法体系のもとでは、一般に、規制対象となる表現行為が幅広くなりがちである。さらに、刑事司法体系のもとでは、加害者とされる者(被疑者・被告人、ここでは憎悪表現の発信者)の権利を保障するための手厚い予防策が講じられているのが一般的であるのに対し、人権委員会のもとでは、そのような手厚い権利保護のための対策は設けられていないのが一般的である。


このように、表現発信者の権利の保護が万全ではない制度のなかで幅広い表現が規制対象となって、表現発信者が(犯罪としてではないとはいえ)社会的に責められることになる点において、表現の自由の保障への重大な脅威となりうる危険性がある。


第三の手法として、デモという表現手法による憎悪表現の伝播という場面に限定して考えると、たとえば都道府県の公安条例にもとづくデモの許可条件を厳格化することで、憎悪表現の伝播を抑制するという手法が考えられる。より具体的に言えば、たとえば、憎悪表現を宣伝するデモについては許可をしないという手法や、デモの許可の際にデモを行う場所や時間についての条件を付して、一定の場所でのデモを認めないという手法である。


この手法は、表現行為に対して直接刑罰を科すわけではなく、あくまでも「表現の機会を与えない」ということにすぎないゆえ、一見すると、表現の自由の保障のもとで何らの問題もない対応であるかのように思われるかもしれない。しかし、デモ行為は、これまで、効果的な意見伝達手段を持たない一般市民が自己の意見を世間に知らしめる手法として、表現の自由の保障を存分に受けるべきものだと考えられてきた表現形態なのであり、伝統的な理解では、デモで発信するメッセージの内容の不適切さを理由に不許可とすることは許されない。


第四に、憎悪表現の発信を民事上の不法行為として理解した上で、被害者に損害賠償請求の機会を与えるという手法もありうる。しかし、従来の理解のもとでは、不特定多数の人々で構成される民族・人種的な集団全般に対する攻撃発言を不法行為とみなす余地はあまりなく、この手法での対処は困難である。


このように、既存の法制度のもとでは、不特定多数で構成される集団に対する憎悪表現に対処することは困難である。そして、仮にそのような憎悪表現を規制するための新しい法律を制定したとしても、今度はそのような規制が表現の自由の保障に対する脅威となるおそれが拭えない。このような難点を念頭におきつつ、以下、諸外国が憎悪表現の蔓延という事態に直面してどのような対応策を選んできたのかを見ていきたい。ここでは、規制違憲派のアメリカと規制合憲派のカナダの2カ国を見ていく。




アメリカの状況 


日本でも近年耳にすることが増えた「ヘイト・スピーチ(hate speech)」という語は、アメリカから輸入された用語である。アメリカにおいて、「ヘイト・スピーチ」という用語が一般的に用いられるようになったのは1980年代後半以降である。


この時期、人種や性別をめぐる差別や偏見の解消のための効果的な対策が模索され、とくに大学のキャンパスにおける人種的・性的な嫌がらせ(ハラスメント)行為に対処するため、多くの大学が憎悪表現を含むハラスメント行為全般を規制する学則を採用するようになったことから、憎悪表現規制の合憲性及び妥当性をめぐる議論が一気に活発化した。そのような議論のなかで、「ヘイト・スピーチ」という用語が定着していったのである。


ヘイト・スピーチの規制をめぐる対立は、従来の表現規制をめぐる典型的なリベラル派と保守派との対立とは異なる様相を見せた。すなわち、従来繰り広げられてきたわいせつ表現、不道徳な表現、反国家的な表現の規制の合憲性をめぐる議論では、保守派が規制を認める姿勢を見せる一方で、リベラル派は一貫して表現規制を否定してきたのであるが、ヘイト・スピーチ規制をめぐる議論では、保守派(の一部)が規制に反対し、リベラル派(の一部)が規制に賛成するという構図を見せたのである。


とくに1980年以降のヘイト・スピーチ規制をめぐる議論は、有色人種や女性の積極登用を進めるアファーマティブ・アクション(積極的差別是正措置)やハラスメント防止対策を中心とした「政治的な正しさ(Political Correctness)」を追求する流れと相まって推進され、リベラル派と保守派とのあいだでの社会的・政治的な論争を激化させた。


さらに、そのような対立にとどまらず、リベラル派内部においても規制肯定派(マイノリティの自由と権利を重視)と規制否定派(個人の表現の自由を重視)とが対立する様相を見せ、「リベラル派の分断」(Owen Fiss, “Liberalism Divided” (1996))と呼ばれる状態を生み出した。


そのような論争のつづくなか、1992年、アメリカ連邦最高裁は、RAV判決(R. A. V. v. City of St. Paul, 505 U.S. 377 (1992))において、憎悪表現規制は違憲であると判断した。RAV事件の争点となったミネソタ州セントポール市の「偏見を動機とした犯罪に関する条例」は、ある者のなした表現行為が人種、肌の色、信条、宗教、性にもとづく怒り、不安、憤りをもたらし、それが「喧嘩言葉」を構成する程度に至った場合に刑罰を科すというものであった。


*)なお、「喧嘩言葉」とは「言葉自体が侵害を与え、あるいは平和の破壊を即座に引き起こす傾向にある」表現を指し、連邦最高裁の先例のなかで、わいせつや名誉毀損と並んで表現規制が許されるとされた表現領域である。


連邦最高裁は、当該条例が人種等の不人気な題材(disfavored topics)に関する表現のみを喧嘩言葉のなかから選び出して規制していることを指摘し、当該条例は表現の内容にもとづく規制であると述べた。そして、連邦最高裁は、市の主張する規制利益(=歴史的に差別の対象となってきた集団に属する人々の基本的人権を保障すること)の重要性を認めつつも、当該利益を達成するために表現内容にもとづく規制を課す必要性を否定し、同条例は違憲であると述べた。


RAV判決によって、全米において憎悪表現の規制は不可能となったと理解され(*)、それまで憎悪規制を設けていた自治体や大学は規制を廃止した。しかし、憎悪表現規制を違憲と判断した連邦最高裁のRAV判決に対しては、規制合憲説の論者からさまざまな反論が寄せられている。規制合憲派の主張は多岐にわたるが、まずは、合憲派の主張するところの「憎悪表現のもたらす害悪」を紹介したい。ここで紹介する害悪は、被害者個人に及ぶ害悪と、社会全般に及ぶ害悪とに大別できる。


*)2003年の連邦最高裁のブラック判決では、脅迫に該当する「十字架を燃やす行為」を規制する州法を合憲としている。十字架を燃やす行為は、白人優越主義集団KKKが黒人を威嚇・迫害するために用いた表現行為であり、アメリカにおいては今日でもとくに強烈な威嚇的・迫害的なメッセージを発するものとされる。さらに、連邦最高裁は、人種・宗教的な憎悪を動機とする「犯罪」を罰する際に刑を加重すること(憎悪犯罪刑罰加重規定、hate crime法)は合憲であると判断している。


第一に、憎悪表現が伝達するメッセージは、差別意識の残る米国社会において、その被害者に劣等感を植えつけ、精神面に重大な影響を与えるのみならず、自己表現の権利を行使することを躊躇させるなど、被害者の自由な行動を抑制する効果をもつと言われる。つまり、憎悪表現は、被害者の尊厳を傷つけるとともに、被害者の自律的な自己決定を妨げるものであると言われる。


さらに、憎悪表現は、被害者側の表現活動の自由を抑制する効果を生み出すと言われる。そのため、憎悪表現の被害者に「言論には言論で対抗せよ」という原則(=「対抗言論」の原則)を強いるのは不適当であると言われる。つまり、憎悪表現に関しては、表現発信者に対して被害者がまともに反論をすることができる可能性は低いのであり、現実には多くの被害者は沈黙を強いられ、表現発信の機会を奪われていると言うのである。


第二に、憎悪表現の発信は、被害者個人に被害をもたらすにとどまらず、社会全体の憲法上の理念を損なう結果をもたらすと言われる。まず、憎悪表現の「発信」の自由を保障することは、社会全体における表現の自由の保障そのものを後退、または縮小させることにつながると言われる。つまり、憎悪表現の発信の自由を保障することによって、将来的に憎悪思想の蔓延した社会が到来する可能性が指摘される。


先に述べたとおり、憎悪表現に関しては「対抗言論の原則」が想定している「(憎悪表現を受けた側からの)反論」が実際になされる可能性が低いため、その結果として、社会には憎悪表現(およびその思想)のみが流通することになり、憎悪表現に対する反論は流通しない。さらに、憎悪表現は、連鎖的に周囲の者を感化して憎悪表現の蔓延を促進させる可能性が高く、長期的には社会全体の人々の偏見や憎悪を増進することとなり、社会の理性のレベルを下げる傾向にある。


こうして憎悪や偏見の思想が社会に充満してしまうという段階に達してしまった場合、もはや憎悪表現に対する反論を発信しようにも、偏見や憎悪の思想を理性的に論破することはきわめて困難であるし、そもそも偏見や憎悪の対象者である被害者の意見は軽んじられる可能性も高い。そして、このように社会に憎悪表現が蔓延するということは、民主主義の過程に偏見や憎悪の思想が浸透するという事態をもたらすのみならず、公共の議論に被害者側の観点が登場しないという事態をもたらす。このような影響を考慮すると、憎悪表現に関しては、積極的に(善良なる)政府が介入をして規制を試みる必要があると主張される。


憎悪表現の害悪はこのように説明されるのであるが、もちろん、憎悪表現の害悪の重大さの程度は、個々の憎悪表現の内容、性質、状況、あるいは、その受け手の立場、性質、状況などによって異なる。そこで、規制合憲説は、規制可能な憎悪表現の範囲を厳格に確定することで、表現の自由の侵害を避けようと試みる。そして、厳格に定義された憎悪表現については、喧嘩言葉や脅迫など既存の原則のもとで、あるいは新規の規定を設けることで規制することが可能であると主張するのである。


もっとも、このような規制肯定派の見解に対して、規制否定派からは、それでもなお表現内容規制は避けるべきであるという主張がなされる。つまり、憎悪表現の害悪がいかにひどいものであろうとも、特定の内容の表現(つまり憎悪表現)を「悪い表現」であると政府が認定して、そのような表現の発信を禁止するということは、表現の自由の保障の中核にある表現内容規制の禁止という考え方に根本的に反するゆえ、許されないというのである。


このような指摘に対し、規制合憲派は次のような反論を展開する。まず、憎悪表現のもたらす害悪は、わいせつ表現や脅迫表現の害悪とは異なり、法的に認識されるようになってから間もないため、それを規制すべきか否かをめぐる社会のコンセンサスが得られないために、その規制が許容されないのだという主張がある。


また、憎悪表現の害悪は深刻かつ重大であるにもかかわらず、社会の多数派にはその害悪が及ばないがゆえに、わいせつ表現などのように多数派にも害悪が及びうるものと比較して、害悪の重大さが理解されにくいという指摘もある。この点につき、1960年代以降の国際社会では人種や宗教を原因とした憎悪にもとづく思想の流布や人種差別の煽動などを法的に規制すべきとする見解が主流であって、人種差別撤廃条約などでも差別表現の国内規制が義務化されているという主張もなされる。




カナダの状況 


カナダでは、1960年代に反ユダヤ主義や反黒人主義の動きが広がり、白人優越主義集団の活動が活発化したことが社会問題となった。そのようななか、連邦議会は、1970年に刑法典に憎悪表現(hate propaganda)を禁止する条項を設けた。


その後の改定を経た現行の連邦刑法は、肌の色、人種、宗教、性的志向などの指標によって識別される集団に対する憎悪を煽動する意見を公然と伝えることを禁止するとともに、プライベートな会話以外の場面で特定集団に対する憎悪を意図的に促進する意見を伝えることを禁止する。そして、免責条件として、(a)真実性の証明がある場合、(b)誠意をもって宗教上の題材に関する意見を述べた場合、(c)公共の利益のためになされた場合、(d)憎悪感情の除去を目的としていた場合という4つの場合を規定している。


カナダでは、刑事法に加えて人権法による憎悪表現規制も行っている。カナダの人権法は、人種、肌の色、宗教等の事由によるさまざまな形態の差別「行為」を禁止する法律であるが、その第13条において、電話や通信システムを利用して憎悪表現を発信することを禁止している。


カナダの連邦最高裁は、1990年の判決において、連邦刑法と連邦人権法の規制について、いずれも表現の自由に対する正当な制約であるがゆえに合憲であると判断している。連邦最高裁は、憎悪表現が個人や社会に与える強い害悪を認定し、さらに、その害悪の防止を必要とすることの重要性も認めた上で、そのような害悪を防止するという立法目的を肯定し、そのような害悪を防止するために表現規制という手段を採用することを肯定している。


もっとも、21世紀に入り、カナダにおける憎悪表現規制をめぐる状況に変化が生じている。2007年以降、イスラム教を批判する複数の表現物が憎悪表現であるとして人権委員会に申し立てられたことを契機に、とくに人権法にもとづく憎悪表現規制の廃止論が強く唱えられるようになったのである。そして、2012年6月、連邦議会下院は廃止法案を可決し、現在(2013年5月)、同法案は上院で審議中である。カナダの上院は公選制ではないがゆえに下院の法案を否決しない憲法習律が存在しており、今後、人権法13条の廃止案は上院でも可決される見込みである。





アメリカ、カナダの経験から学びうること 


カナダの連邦最高裁が、現実社会における差別構造や差別意識の存在を直視し、歴史上の反省点を振り返り、憲法や国際条約上の表現の自由や平等の価値を考慮しつつ、憎悪表現規制を合憲であると判断したことには一定の意義が認められるように思われる。そして、カナダが、刑法にもとづく厳格な構成要件にもとづく憎悪表現規制に加えて、人権法による調停機能や救済機能を特色とする人権委員会や人権審判所を通した憎悪表現規制を設けることについても、一定の意義があるように思われる。


しかし、規制を設けることには慎重さが必要である。慎重さが要求される理由についてはすでに述べてきたところであるが、ここではさらに3つの理由をあげておく。


第一に、表現の自由のもつ「社会の安全弁」としての機能(=何らかの事柄に不満をもつ者が、実力での破壊行為ではなくたんなる言論行為で鬱憤を晴らすという意味において、表現は社会の安全弁としての役割を果たしているという考え方)を強調する立場からは、憎悪表現を規制してしまうと、憎悪思想を抱く人々が鬱憤を晴らすための手段が閉ざされることとなり、その結果、憎悪感情にもとづく過激な犯罪行為の発生につながるおそれがあると指摘される。


第二に、社会的な弱者を守ることを目的として導入した憎悪表現規制であっても、弱者の言論を取り締まるために活用されてしまうおそれも指摘される。たとえば、憎悪表現にさらされた社会的弱者が発信する反論のなかに社会的強者を攻撃する憎悪表現が含まれていた場合に、当該弱者の言論を取り締まるために規制が用いられてしまうという構図である。第三に、合憲的な規制たりうるためにはごく限定的な一部の憎悪表現のみを対象とせざるえないことを踏まえると、ほんのわずかな効果のために表現の自由の保障全体を揺るがすような規制を設けることを正当化できないという指摘もある。


さらに、アメリカやカナダで見られる規制反対論のなかには、伝統的に表現の自由の保障を重視してきた論者による反対論に加えて、政治的な対立を背景にした反対論があることにも留意しておく必要がある。たとえば、アメリカの連邦最高裁は憎悪表現規制を違憲と判断しているが、同最高裁が憎悪表現の生み出す害悪を認めつつもなお規制を許さないという考え方をとった背景には、「Political Correctness(政治的妥当性)」を追求する動きに対する保守派判事の反発感があったと言われることがある。


また、近年のカナダにおける人権法の憎悪表現規制廃止の動きは、保守派のなかで規制反対の声が強まった結果、保守党政権の主導で進められているのである。憎悪表現をめぐるこのような政治的な対立構造を目の当たりにすると、そもそも表現内容規制が許されないとされる理由、すなわち表現内容規制には政府による恣意的な表現規制の危険性がつきまとうという指摘が現実味をもつようになり、憎悪表現への法的対処の困難さが浮き彫りになる。


憎悪表現の広まりに対して国家として何をすべきなのか。何ができるのか。本稿でみてきた憎悪表現規制をめぐるアメリカとカナダの対応の経緯は、われわれにもさまざまな示唆を与えていると思われる。








現代アメリカの司法と憲法-理論的対話の試み

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ISBN-10 : 4860310985

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小谷順子(こたに・じゅんこ)

憲法学

1972年東京都生まれ。静岡大学人文社会科学部教授。慶應義塾大学大学院法学研究科後期博士課程修了。編書に、『現代アメリカの司法と憲法‐理論的対話の試み』(尚学社)、『地域に学ぶ憲法演習』(日本評論社)、共著に、『表現の自由Ⅰ‐状況へ』(尚学社)など。

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ヘイト・スピーチ規制論について――言論の自由と反人種主義との相克


2013.07.24 Wed

ヘイト・スピーチ規制論について――言論の自由と反人種主義との相克

桧垣伸次 / 憲法学

http://synodos.jp/society/5010       






   

近年、日本でもヘイト・スピーチという言葉がしばしば聞かれるようになり、ヘイト・スピーチを規制するか否かについての議論がなされている。


ヘイト・スピーチという言葉は、1980年代のアメリカで使われるようになったものである(*1)が、その捉え方自体が多様であるため、定義は論者によって異なる(そのためか、議論が錯綜していることもある)。本稿では、さしあたり、「人種、民族、宗教、性別等にもとづく憎悪及び差別を正当化もしくは助長する表現」と定義する(*2)。


(*1)それ以前では、1920~1930年代は人種嫌悪(race hate)、1940年代は集団的名誉毀損(group libel)などと呼ばれていた。

(*2)本稿では、人種差別的ヘイト・スピーチについてのみ検討する。


現在のところ、日本ではヘイト・スピーチを規制する法は存在しない。名誉毀損罪(刑法230条)や侮辱罪(刑法231条)が適用できる事例もあるが、表現の対象が、人種、民族などの不特定多数の者である場合、名誉毀損罪や侮辱罪は適用できない(*3)。


(*3)「在日特権を許さない市民の会(「在特会」)が、京都朝鮮第一初級学校に押しかけ、拡声器を用いて「北朝鮮のスパイ養成機関、朝鮮学校を日本から叩き出せ」、「ろくでなしの朝鮮学校を日本から叩き出せ。なめとったらあかんぞ。叩き出せ」、「日本から出て行け。何が子供じゃ、こんなもん、お前、スパイの子供やないか」「約束というものは人間同士がするものなんですよ。人間と朝鮮人では約束は成立しません」などと公然と同学校を侮辱し、サッカーゴールを倒すなどした事例では、威力業務妨害罪、侮辱罪等が適用された。最判平成24年2月23日判例集未登載。


また、あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約(人種差別撤廃条約)4条が人種にもとづく差別の煽動を禁止し、処罰することを義務づけているが、日本は、条約加入に際し、4条について、言論の自由などに抵触しない限度で履行する旨の留保を付している(ただし、ヘイト・スピーチ規制に積極的な国を含む多くの国も、本条につき留保あるいは解釈宣言を付して対応している)。


なお、2002年には、人権擁護法案が、第154回国会に提出され、三会期連続で審議されたが成立せず、翌年廃案となった。同法案は、特定の個人に対する差別的な表現や、不特定の集団に対する差別を助長する表現などを規制する条項が含まれていた(3条1項2号、同条2項)。その後も、2005年に、人権侵害救済法案が第162回国会に提出されるなど、差別的表現の規制が検討されたが、いまだ成立には至っていない。


ヘイト・スピーチの害悪としては、主として、(1)犠牲者に身体的、精神的害悪を与える、(2)思想の自由市場の機能を歪めさせる、(3)平等保護の要請に反する、(4)人間の尊厳を侵害するなどが主張される。また、ヘイト・スピーチは、犠牲者だけではなく、社会全体に対しても害悪を与え、それにより、人種主義(レイシズム)の永続化に寄与するともいわれる。


しかし、ヘイト・スピーチを規制することは、表現の自由という極めて重要な権利を規制することとなる。


主権者である国民が代表(議員)を選ぶ際に、賢明な判断を下すためには、公の問題についてのあらゆる情報を持っていなければならず、それらの情報は、公の問題について自由に議論することができなければ存在しえないため、表現の自由は、民主国家においてとりわけ重要な権利であるとされる(A. Meiklejohn)。


このように、ヘイト・スピーチを規制するか否かという問題は、人種主義の害悪の抑圧と自由の保障という、二つの重要な価値のバランスをどのようにとるのかという問題である。言い換えれば、人種主義者にどれだけ自由を認めるのかという問題であり、この問題は、リベラルな民主国家にとって深刻なジレンマとなっている。


本稿では、ヘイト・スピーチ規制論をめぐる諸外国の動向を概観し、日本がこの問題にどのように対処すべきかにつき議論するための素材を提供しようとするものである、なお、ヘイト・スピーチをめぐる憲法上の議論、とくに表現の自由との関連については、小谷教授の論稿(http://synodos.jp/society/4013)を参照されたい。





二つの方向性――ヨーロッパとアメリカ 


ヘイト・スピーチに対する法的規制について、しばしば、「規制に消極的なアメリカ合衆国」と「規制に積極的なヨーロッパ諸国(ドイツ、フランス、イギリス等)」が対比される。


「政府は、その思想自体が攻撃的あるいは不快であるからという理由だけで思想を禁止するべきではない」(Texas v. Johnson, 491 U.S. 397, 414 (1989)) という原則を固持しているとされるアメリカに対し、ヨーロッパ諸国では、平等、人間の尊厳、個人の名誉などの他の憲法的価値も民主的価値をゆうするために、それらの権利を攻撃的な言論から保護することは、言論の規制の民主的正当化事由となるとされる。


ヨーロッパ諸国をみてみると、公共秩序法(イギリス)や人種差別法(フランス)、あるいは刑法(ドイツ、スイスなど)に、ヘイト・スピーチを規制する条項をおいている。また、ロシアでは、憲法29条2項で「社会的地位、人種、民族または宗教に対する憎悪および敵意を刺激する宣伝又は煽動は、これを禁止する。社会的地位、人種、民族、宗教または言語の優越についての宣伝は、これを禁止する」として、ヘイト・スピーチを禁止している。


現在では、ヨーロッパの多くの国で人種主義的な言論を規制する法が制定され、ヨーロッパ人権裁判所も、人種あるいは宗教に関する煽動的な言論については、この傾向を支持している。EUもこの傾向を強化し、2008年には、加盟国に対し、人種等にもとづく憎悪あるいは暴力を煽動するような言論を違法化するよう求めた。


アメリカでは、ヘイト・スピーチを規制する連邦法はない。州法により、特定の者に対する脅迫等にあたるヘイト・スピーチを規制することは合憲とされる。しかしながら、不特定の者に向けられたヘイト・スピーチの規制は、表現内容規制にあたるとして、その合憲性は厳格に審査され、1992年のR.A.V.判決(R.A.V. v. City of St. Paul, Minnesota, 505 U.S. 377(1992))では、ヘイト・スピーチの一類型である十字架を燃やす行為(*4)を規制する条例が、内容にもとづいて特定の言論を差別的に扱っているとして違憲とされた。


(*4)十字架を燃やす行為(cross burning)は、もともとは、クー・クラックス・クラン(KKK)の儀式に使われてきた行為であり、白人プロテスタント優越主義というイデオロギー的メッセージを伝達するものである。また、十字架を燃やす行為は、アフリカ系アメリカ人など対する脅迫の手段としても使われ、特定の者に対してなされた場合、その対象者が暴力の標的であるとのメッセージを伝達するものであるともいわれる。


また、1965年に採択された人種差別撤廃条約についても、イギリス、ドイツ、ロシア(当時はソ連)は1969年、カナダは1970年、フランスは1971年、イタリアは1976年と、比較的早期に批准したのに対し、アメリカが批准したのは1994年であった。


このように、ヘイト・スピーチに対するヨーロッパ諸国とアメリカの対応は対照的ともいえる(*5)。しかしながら、ヨーロッパ諸国とアメリカが対照的な対応をするようになったのは、必然的なものではない。以下で述べるように、アメリカでも、ヨーロッパと同様の方向に進む可能性があったと指摘されている。それでは、アメリカとヨーロッパとは袂を分かったのはなぜか。この点、Eric Bleichは歴史的文脈の相違を指摘する(*6)。


(*5)例えば、イギリスでは、炎に包まれた世界貿易センタービルの写真などに「イスラム教徒はイギリスから出ていけ」、「イギリス人を守れ」などの言葉を重ね合わせたポスターを自宅の窓に貼った行為が、公共秩序法第5条違反とされたが、アメリカではこのような行為の規制は違憲となるであろう。Norwood v. DPP [2003] EQHC 1564 (Admin).


(*6)以下の記述は、主としてERIC BLEICH, THE FREEDOM TO BE RACIST?:HOW THE UNITED STATES AND EUROPE STRUGGLE TO PRESERVE FREEDOM AND COMBAT RACISM (Oxford University Press 2011)に依拠している。




2013.07.24 Wed

ヘイト・スピーチ規制論について――言論の自由と反人種主義との相克

桧垣伸次 / 憲法学

ヨーロッパとアメリカの歴史的文脈 


■ヨーロッパ


ヨーロッパ諸国では、ワイマール共和国がファシズム国家に変化していくのを目の当たりにした1930年代以来、人種主義的な言論の規制を議論するようになった。第二次世界大戦後には、非ナチス化を目指したドイツやオーストリアが、ナチスのレトリックや象徴を禁止するようになった。


それ以外の国家が、人種主義的な言論の規制に乗り出すのは、1960年代中葉から1970年代にかけてであった。この時期には、反ユダヤ主義的な言論や反移民的な言論が吹き荒れていた(なお、このような反ユダヤ主義は、人種差別撤廃条約の採択のきっかけともなった)。1990年代には、排外主義の波が押し寄せ、各国は徐々に規制を強化していった。


このような歴史的経緯により、ヨーロッパ諸国は人種主義的な言論を規制する法を発展させ、近年では、違反を繰り返す者に対しては、より厳しい罰を科すようになっている。


ただし、多くのヨーロッパ諸国は、単に不快なだけである人種主義的な言論の規制には消極的である。多くの法の内容は過剰に見えるが、実際には、限界事例においては適用しないことも多い。また、適用されるとしても、懲役刑ではなく、たいていは罰金刑や執行猶予にとどまる。これには1つの例外がある。それが、ホロコーストの否定に対する規制である(*7)。


(*7)なお、ホロコーストにもとづく人種主義には、ホロコーストという出来事を、(1)露骨に是認する、賞賛する、あるいは正当化するもの、(2)矮小化するもの、(3)否定するもの、といった3つの類型がある。


1980年代以降、ホロコーストの否定を禁止する法は徐々に範囲を広げ、「私は、ホロコーストはなかったと信じている」と述べただけで刑罰を科される。罰金等にとどまることの多い人種主義的言論禁止法とは異なり、ホロコーストの否定を禁止する法の場合は懲役を科すこともある。このようなホロコーストの否定への対応が、「規制に積極的なヨーロッパ」という印象を強くしているとの指摘もある。




■アメリカ


アメリカでは、言論の自由が厚く保護されているといわれるが、建国以来、市民が言論の自由を享受してきたわけではない。むしろ、集団的名誉毀損法を合憲とした1952年のボハネ判決(Beauharnais v. Illiois, 343 U.S. 250 (1952))にみられるように、1940年代から50年代の合衆国最高裁判所の判決は、アメリカが、ヨーロッパと同様の、言論規制的な方向へ進む可能性があったことを示している。


アメリカがヨーロッパとは異なる方向に進んだのは、1960年代から70年代にかけてのことである。この時期になると、公民権運動やベトナム反戦運動などにおいて、民族的マイノリティなどが現状に挑戦するための最大限の自由を欲するようになった。それゆえ、多くの集団は、人種主義的言論を規制する法は、彼らの表現の自由を制約しうるものと考え、政府に対し、人種主義的言論を規制する法の制定を求めなかった。そして、合衆国最高裁判所も、公民権運動の時代を通じて、アメリカの核心的な価値としての言論の自由を定着させていった。


こうして、例外はあるものの、概して表現の自由はアメリカの法制度に深く浸透した。このように、アメリカが言論保護的なアプローチをとるようになったのは、決して必然ではなく、アメリカ社会の選択によるものだった。アメリカは、1960年代に言論の自由の保護と人種主義的な言論との戦いとの間のバランスをとることを求められたヨーロッパとは「異なる挑戦」を受けた、「異なる国」だったのである。


このような歴史的な文脈により、ヨーロッパ諸国とアメリカは異なるアプローチを採るようになったと指摘される。もちろん、歴史的文脈がすべてではないが、ヨーロッパとアメリカの軌跡を把握するために重要な要素となるであろう。





むすび 


以上みてきたように、ヘイト・スピーチ規制については、アメリカとヨーロッパとの対比がしばしば指摘される。アメリカでは、人種差別行為には厳しい規制を課しているのに対し、人種主義的な言説も言論の自由として保護されるため、その特殊性あるいは例外性がしばしば指摘される。


このような違いは、歴史的文脈によるものであると指摘される。すなわち、ヨーロッパでは、ナチスや反ユダヤ主義に対応するために、ヘイト・スピーチなどの過激な言論を規制するようになり、アメリカでは、公民権運動やベトナム反戦運動などでの「反対者」の自由を保護するために、過激な言論をも保護するようになったのである。


ヨーロッパでは、人種主義に対応するためにも言論の規制が必要されたのに対し、アメリカでは、人種的平等を達成するために、言論の自由が必要とされたのである。


そうであるならば、日本がどのようなアプローチを採るべきか。この点は、日本における歴史的文脈に着目し、慎重に検討する必要がある。仮にヨーロッパ的なアプローチを採るとしても、言論に対する過度な規制にならないよう、規制範囲を厳格に限定しなければならず、立法化のハードルは非常に高い。


なお、ヘイト・スピーチの規制が憲法上可能か否かという問題と、規制の政策的適否は別の問題であることにも留意すべきである。ヘイト・スピーチ規制法の効果や影響などを、日本の現状等を踏まえて慎重に考慮する必要がある。今後のさらなる議論が期待される。


サムネイル:「20130317_0021」Kurashita Yuki

http://www.flickr.com/photos/94208774@N08/8566674533/




















人権保障の現在

著者/訳者:吉田 仁美

出版社:ナカニシヤ出版( 2013-06 )

定価:¥ 3,672

Amazon価格:¥ 3,672

単行本 ( 305 ページ )

ISBN-10 : 4779507782

ISBN-13 : 9784779507786



桧垣伸次(ひがき・しんじ)

憲法学

1982年広島県生まれ。福岡大学法学部講師。同志社大学大学院法学研究科博士課程(後期)退学。専門は憲法学。共著に『人権保障の現在』(ナカニシヤ出版)。


 

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ヘイトスピーチとこれに対する「カウンター」について 弁護士 神原 元

『法と民主主義』2014年2・3月号(第486号)
http://www.mklo.org/public_html/mklo/html/archives/110.html

ヘイトスピーチとこれに対する「カウンター」について        
弁護士 神原 元

1 はじめに

「ドイツ東部ドレスデン(Dresden)で同市の大半が廃墟と化した第2次世界大戦中の連合軍爆撃から65周年を迎えた13日、極右ネオナチが計画していたデモ行進を市民グループらが「人間の鎖」を作り自力で阻止した。この日、追悼集会を企画したネオナチ団体6400人あまりがノイシュタット(Neustadt)駅前に集結。数人が演説を行った後、デモ行進に向かおうとしたが、市民団体メンバーら1万2000人の「人間の鎖」に行く手を阻まれた。」【2010年02月15日 AFP】

 ドイツ・ドレスデンにおけるネオナチに対する市民の抗議活動を伝えるAFPの報道。以前であれば格段の注意を払わなかった記事だが、今となっては身近に感じる記事である。2013年2月9日以降、私が日本版ネオナチである「在特会」に対する市民による抗議活動(以下、現場での語法に従い「カウンター」と呼ぶ)に参加しているからだ。

 本稿は、2013年2月以降、新大久保を中心に展開された「ヘイトスピーチに対するカウンター運動」を主に私の体験に基づいて素描し、「ヘイトスピーチにどう向き合うべきか」という論議の参考にしていただくことを目的とする。

2 「2013年カウンター」の始まり

 始まりはTwitterだった。首都圏反原発連合のリーダーの一人として有名な野間易通氏(著作「金曜官邸前抗議」「在日特権の虚構」)は、2013年1月、Twitter上で「2月9日に在特会が新大久保でデモをやる。抗議をしよう」という趣旨のツイートを行った。この呼びかけに応じた市民が後に「しばき隊」と呼ばれる市民であり、2013年カウンターの主役たちであった。

 在特会の正式名称は、「在日特権を許さない市民の会」(会長は桜井誠)。日本国内に居住する在日韓国・朝鮮人の「在日特権」に反対する等と称し、周辺団体とともに「行動する保守」と称するグループを形成して、急成長を遂げていた。

 在特会ら「行動する保守」グループは、やがて首都圏屈指のコリアンタウン、新大久保に狙いを定めて活動を開始した。2012年8月には、新大久保の韓流料理店街である「イケメン通り」に桜井誠とその仲間が出没し、「日本人なら韓国人の店で買い物なんかするな」と叫びながら店の営業を妨害して回る映像がYouTubeに残されている。彼らのいう「お散歩」(その実態は韓国店に対する嫌がらせと営業妨害)だ。本格的なデモは、翌2013年1月12日に行われた「韓流にトドメを!反日無罪の韓国を叩きつぶせ国民大行進in新大久保」デモが最初だ。朝鮮人を叩き出せ」「締め殺せ」と叫びながら歩くデモ隊。Twitter上では主にK-POPファンの女子高生を中心に、一斉に非難が上がったという。

 その在特会が再び新大久保でデモを行うという。既に金曜官邸前抗議で実績をあげていた野間氏は、「しばき隊結成の機は熟した」とみたのだろう。ただし、当初、しばき隊の目的は、デモの後に行われる「お散歩」を阻止することとされた。

 2月9日午後。大久保公園を出て職安通りをわたるデモ隊を、私はドン・キホーテ新宿店の前で見た。そのときの衝撃は忘れられない。「よい韓国人も、悪い韓国人もみんな殺せ」「朝鮮人、首つれ、毒のめ、飛び降りろ」等と書かれたプラカード。「こ~ろせ、殺せ、朝鮮人」というシュプレヒコール。呆気にとられた私はすぐ近くにいた警官に抗議した。「営業妨害じゃないか、すぐ止めさせろ」。警官は無表情でこう答えた。「許可を得ているので違法じゃありません。邪魔しないでください」。デモ隊は明治通りを曲がり、韓流店がもっとも密集する大久保通に入る。そこで、デモ隊のヘイトスピーチはさらにボルテージを上げる。通行人らも、呆然とデモを眺めるしかなかった。

 デモが終わった4時過ぎ、在特会のメンバーは、「イケメン通り」を目指して職安通りを東に向かった。新宿職業安定所前付近で、しばき隊が立ちふさがり、彼らの行く手を塞ぐ。両者が揉みあいになり、警官隊が介入して両者に解散を命じた。在特会による「お散歩」は阻止され、しばき隊は最初の成果をあげた。

3 多様化する「カウンター行動」

 在特会ら「行動する保守」は、さらに新大久保を狙うデモを継続した。これに対し、2月17日のデモでは、沿道に立って、デモ隊に向けて「仲良くしようぜ」等と書かれたプラカードを掲げ、直接抗議する人々が現れた。社会人学生の木野寿樹さんが呼びかけた「プラカ隊」だ。2月17日の時点では、プラカ隊は、まだ少人数で静かに抗議する集団に過ぎなかった。ところが、その人数は徐々に増え始め、3月17日のデモでは、人数でデモ隊を圧倒するようになる。これをデモ側が嘲笑する。怒ったカウンター市民が「帰れ、帰れ」とコールして返す。デモ隊のヘイトスピーチは徐々に「帰れ」コールにかき消されるようになっていった。

カウンター行動も徐々に多様化、多彩化するようになっていった。もっともすばらしかったのは3月31日のカウンター行動だった。ある市民は、「(韓国と)仲良くしようぜ」「排外主義くたばれ」「差別はやめろ」等と書いたプラカードを持って沿道に立ち、差別デモ隊に抗議した(前記「プラカ隊」)。ある市民は、「憎悪の連鎖は何も生まない」等と書かれた横断幕を掲げて差別デモ隊に抗議した(通称「ダンマク隊」)。ある市民は、沿道で、「差別主義者は帰れ」「在特会帰れ」等と、差別デモ隊に抗議の声をあげた。ある市民は、差別デモのコースを変更させ、新大久保を差別デモから守るために署名運動を始めた(通称「署名隊」)。ある市民は、沿道の店舗に向けて「これから差別デモが通過します。」等と書いたプラカードを見せて歩き、沿道の店で働く朝鮮・韓国籍の店員らに対し、差別は日本人の総意ではないこと、多くの市民が人種差別に反対していることをアピールした。ある市民は、「好きです。新大久保」等と書かれた風船を通行人に配り、差別デモのために殺伐とした街の雰囲気を少しでも柔らかなものにしようとした。ある市民は、ゲイパレードのような恰好で、差別デモ隊の前で踊りを踊り、デモ隊をからかった。さらに、ある市民は、「なかよくしようぜ」のプラカードを貼った車を差別デモ隊の後に走らせ、明るい音楽を流しながら、スピーカーで「人種差別はいけません。人と人は国籍に拘わらず仲良く生活するべきです。」などとアピールした。新大久保通りのオーロラ・ビジョンには、ちょうどデモが通りに差し掛かるタイミングで、ヘイトスピーチを批判する識者の映像が流された。

まさにカウンターの勝利であった。デモ隊の2倍、3倍の人数の人々がデモ隊を包囲し、「帰れ」を唱和した。デモ隊のヘイトスピーチはカウンターの声にかき消され、うわずったデモ隊のシュプレヒコールは、聞いていて哀れなほどであった。
常にカウンターの現場に足を運んで下さっていた、有田芳生議員は、その著作(「ヘイトスピーチとたたかう!」)に次のようなエピソードを書いておられる。

「ある女性は、在特会のデモが通り過ぎたあと、びっくりしている通行人に『お口直ししてください』と言って小さな袋を手渡しています。(中略)袋には『仲良くしようぜクッキー』と書いてあり、包み紙にはこんなメッセージが印刷してあります。『隣人を嫌う悲しい人たちに負けず、国籍・文化の違いを超えて仲良くできますように、祈りをこめて』。中を開けると、可愛いらしい形のクッキーが2つ並んでいます。ひとつはさくら、もうひとつは、韓国の国花であるむくげの花びらです。」
ここにカウンターの本質がある。カウンターには、組織やリーダーの指導があるわけではない。カウンターは「差別は許せない」という市民のそれぞれの思い、マイノリティに対する共感と、それぞれの創意工夫が集まって成立したものである。そこには、国境を越えた市民の連帯に向けた熱い想いがある。

4 動き出す世論と当惑する在特会、そして「東京大行進」へ

 カウンターの盛り上がりを受け、在特会に対する批判の世論も動き始めた。
 この問題に最初に鋭く反応し機敏に行動したのは、参議院議員有田芳生氏であった。有田氏は、3月14日に、参議院会館講堂で「排外・人種侮蔑デモに抗議する国会集会」を開催した。
 マスコミも反応を始めた。3月16日、朝日新聞は、石橋英昭記者の署名入りで「『殺せ』連呼 デモ横行」という記事を掲載した。東京新聞は、3月29日付けで「ヘイトスピーチ 白昼堂々」とする佐藤圭記者の記事を掲載、毎日新聞も3月18日夕刊に「デモ目立つ過激言動『殺せ』『叩き出せ』」を掲載した。同新聞ではこの問題での連載も始まった。

 我々弁護士も動いた。3月26日、私は、有田議員や「署名隊」の金展克氏とともに6000名を超える署名を携え東京都公安委員会を訪れて、デモコースの変更を訴えた。同29日、梓澤和幸弁護士の呼びかけで11人の弁護士が結集し、警視庁への申し入れと人権救済の申し立てを行った。申し入れ及び申立の趣旨は、「在特会のデモに対し、警視庁は、行政警察権限を行使して、法益侵害を予防せよ」というものであった。この申し入れの様子は、同日夕方、NHKが首都圏ニュースで放映した。在特会を批判する、最初のテレビ報道であった(NHKは5月31日に「ヘイトスピーチ」に関する特集番組を放映している)。

やがて、在特会は、デモの告知に「殺せ等のコールは不用です」と記載せざるを得なくなっていった。デモ参加者は目に見えて減っていった。彼らの怒りはカウンターに向かっていった。「朝鮮人を殺せ」に替わって「しばき隊を殺せ」「野間を殺せ」というコールが始まった。愚かな彼らにとって、怒りの矛先は誰に向けてもいいのである。

 6月16日、デモ隊とカウンター側は両者の衝突でそれぞれ4名の逮捕者を出した。デモ隊の逮捕者のうち2名はデモ中にカウンターに暴力を振るったというもので、とりわけ悪質であった。これに対して150名以上の弁護士が代理人となり、在特会デモ参加者に対して刑事告訴を行った(私は、カウンター関係者の刑事弁護に奔走することになる)。

 6月30日、デモ隊は、警察の指導でデモコースの変更を余儀なくされた。それでも、カウンターは容赦しなかった。デモの出発点である大久保公園周辺に「人間の鎖」を作り、デモの出発を阻止しようとした。デモの通過は阻止できなかったが、デモ隊の動揺は明らかであった。

 7月7日、予定された在特会のデモが突然中止になった。理由は定かでないものの運動団体であれば、事前に告知されたデモの中止は致命的なはずだ。ここにも在特会の動揺が手にとるように分かる。

そして、2013年カウンターの集大成ともいうべき行動が大阪と東京で行われた。一つは、7月14日に大阪で行われた「OSAKA AGAINST RACISM 仲よくしようぜパレード」と9月22日に東京で行われた「差別撤廃 東京大行進」である。後者は50年前に行われたキング牧師の演説「I Have A Dream」で有名な「ワシントン大行進」にあやかり、約3000人の市民を集めてヘイトスピーチ反対を訴えるデモとして行われた。その実行委員代表団は、10月21日に「人種差別撤廃条約の誠実な履行」を求める署名を日本政府に提出した。

東京都庁前では、毎週月曜日、東京都に対してヘイトスピーチへの実効的な措置を求めて街頭宣伝を行う「反差別東京アクション」も始まった。

カウンター行動は、単なる「デモへの抗議」を超えて、新たな高みへと飛翔しつつある。

5 カウンター行動の意義とは

 ここまで素描してきた「カウンター行動」の意義はどこにあるのか、まとめたい。
第1に、カウンターは、ヘイトスピーチの被害を低下させ、被害者の痛みを軽減する役割を有する。カウンターの声によってヘイトスピーチがかき消された状況については既述した。カウンターの存在によって在特会の怒りはカウンターに向けられ、結果として被害者に向けられる憎悪の量は減少した。カウンターの存在は、結果として、在日の人々が孤立することを防ぎ、マジョリティーである日本人とマイノリティである在日との連帯のたたかいを可能にしたのである。

 第2に、カウンターは、差別デモの広がりを防ぎ、萎縮させ、縮小させる効果を生んだ。「帰れ」の罵声を浴びながらデモに参加するのは勇気のいることである。差別デモの参加者が伸び悩んだこと、「殺せ」などの発言にブレーキがかかったことも既述のとおりだ。

 第3に、カウンターは、ヘイトスピーチ問題の本質を世論に訴え、啓蒙する役割を果たした。マスコミがヘイトスピーチについて批判的に取り上げ始めたのもカウンターの盛り上がりがあったからである。

第4に、日本人の良心的な声を世界に向けて発信し、国際連帯の気分を醸成する効果である。在特会によるヘイトスピーチは海外のメディアでもくり返し取り上げ、とりわけ隣国・韓国のメディアは特派員を新大久保に派遣して取材を行ったが、韓国メディアは差別デモと同時にカウンターの存在をも取材するのが常であった。私自身、何度も韓国メディアの取材に応じている。

 第5に、カウンターには、新しい政治参加のモデルを提供し、民主主義を豊かにした点にも意義がある。日本社会は、これまで、人種差別に直接抗議するという経験をもたなかった。カウンターは、新しい政治参加のモデルを提供し、これまで政治に関心がなかった層も巻き込んで、民主主義の新しい地平を切り開いたのである。

6 ヘイトスピーチ規制に寄せて

 「法と民主主義」1月号は、ヘイトスピーチの法的規制について多数の論考が寄せられた。本稿に記載した、カウンター活動は、法的規制とはいかなる関係に立つのか。
 結論から言えば、カウンターは法的規制のオルタナティブではないし、法的規制はカウンターのオルタナティブではない。仮にヘイトスピーチ規制が法的に行われてもカウンターの必要は否定されない。

 冒頭に掲げたドイツ・ドレスデンの出来事を見ればそのことは明らかだ。ヘイトスピーチを極めて厳しく取り締まっているドイツでも、ネオナチは根絶されていないのだ。同じく法的規制のあるイギリスにも、古く1977年8月13日、ロンドンのルイシャム地区で、極右グループの差別デモを市民が集まり阻止した歴史がある。2月頃、知人がカナダ大使館の高官の前で在特会デモを話題にすると、「日本にはカウンターデモがないのか?」と聞かれたという。今まで日本になかったのは、差別デモではない。これに対する「カウンター」の存在だったのである。

 法規制があってもカウンターが必要なのは何故か。端的に言えば、法律で人の心は変えられないからである。差別思想を法規制で根絶やしにはできないのである。差別デモは法規制の網の目をかいくぐり、形式的に「合法的な」デモとして組織されるだろう。在特会はすでに「拉致被害者を帰せデモ」だの、「通名制度反対デモ」だの、見せかけの政策要求を掲げてデモを行っている。そのような「デモ」を完全に排除する法律の制定は不可能だ。だから仮にヘイトスピーチの法規制が成立したとしても、カウンターのたたかいは続くだろう。

 そうであるならば、弁護士の役割も明確だ。差別団体と既存の法律をフルに活用してたたかうとともに、カウンターの「戦士」たちとの連帯を続けるのである。途は遠い。しかし、民衆のためにたたかう弁護士の仕事に終わりはない。

以上

(法と民主主義 2014年2・3月号(第486号)掲載)




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法務省人権擁護局 11/11 啓発・ヘイトスピーチ

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柳川市が市教委課長処分 自衛権行使反対署名取りまとめを依頼

柳川市が市教委課長処分 自衛権行使反対署名取りまとめを依頼 [福岡県]
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/f_chikugo/article/117674
2014年10月01日(最終更新 2014年10月01日 00時06分)

 柳川市は30日、市内の小中学校の校長に対し、集団的自衛権の行使容認に反対する署名の取りまとめを依頼したことは地方公務員法に抵触するとして、市教育委員会教育部の男性課長(56)を減給1カ月(10分の1)の懲戒処分にしたと発表した。処分は同日付。

 市教委によると課長は、民間団体が安倍晋三首相に宛てて実施していた行使容認反対の署名運動に賛同。今年7月2、3日に休暇を取って小中学校24校を訪れ、各校長に署名の取りまとめを依頼した。

 市は特定の内閣に反対する目的で積極的に署名活動に関わったとみて、地方公務員法が定める政治的行為の制限に違反すると判断した。また、教育長と教育部長には監督責任があり、署名協力に応じた校長24人は中立性が求められる教育現場の公務員として軽率な行為だったとして、それぞれ文書訓告処分とした。

=2014/10/01付 西日本新聞朝刊=

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なめ猫♪(近藤将勝)
http://genyosya.blog16.fc2.com/blog-entry-2221.html

この間に柳川市の問題が動きました。集団的自衛権の反対署名活動を教唆した柳川市教育委員会の人権・同和教育室長が減給1ヶ月で処分され、教育長や教育部長も文書訓告処分となりました。

身内に甘い体質の教育委員会は、当初は口頭注意をしたと言い逃れをしていました。教育の中立性に反する行動をしながら、処罰もないのでは示しがつきません。文部科学省が是正に乗りだし、福岡県教育委員会を通じて指導をしていました。

具体的には文部科学省の初等中等教育局企画課が、福岡県教育委員会教職員課の人事管理主事と柳川市教育長に出頭を命じ、県教委が出先の南筑後教育事務所と連携しながら、柳川市を指導したということです。

平成26年9月11日(木)に教育正常化推進ネットワークでは、私や東京から駆けつけた業務統括部長など執行部で柳川市役所を訪問。ある特定の問題に­ついて市教委幹部が柳川市内の小中学校の校長らに署名活動を行わせた問題について申し­入れしました。この動画音声はやり取りの一部始終です。後半の動画は柳川市教委がある三橋庁舎前での街頭活動の様子です。


9月11日の我々の申し入れにはまともな回答を行わず、不誠実な姿勢でしたが、一定の是正が図られたことにはなります。ただし、部落解放同盟の圧力の介在など問題の根深さの追及は不徹底のままで幕引きが図られました。

それについては、山口県に本部を置く日本時事評論が大きく新聞で取り上げています。

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また、処分については地元紙西日本新聞はじめ産経・読売・朝日も含め各紙が報じています。まだまだ福岡県は教育の偏向など問題が多いです。近日から、県立高校の偏向人権教育をシリーズで紹介していきます。しっかり是正していくまで尽力してまいります。

http://www.nishinippon.co.jp/nnp/f_chikugo/article/117674

 柳川市は30日、市内の小中学校の校長に対し、集団的自衛権の行使容認に反対する署名の取りまとめを依頼したことは地方公務員法に抵触するとして、市教育委員会教育部の男性課長(56)を減給1カ月(10分の1)の懲戒処分にしたと発表した。処分は同日付。

 市教委によると課長は、民間団体が安倍晋三首相に宛てて実施していた行使容認反対の署名運動に賛同。今年7月2、3日に休暇を取って小中学校24校を訪れ、各校長に署名の取りまとめを依頼した。

 市は特定の内閣に反対する目的で積極的に署名活動に関わったとみて、地方公務員法が定める政治的行為の制限に違反すると判断した。また、教育長と教育部長には監督責任があり、署名協力に応じた校長24人は中立性が求められる教育現場の公務員として軽率な行為だったとして、それぞれ文書訓告処分とした。



http://genyosya.blog16.fc2.com/blog-entry-2227.html
宝島が報じた部落解放同盟のメンバーが暴力団幹部という事実
2014年10月30日 (木)
ブログの読者から、発売中の宝島12月号で、近藤さんの地元の解放同盟の話が出てるよという情報があり、さっそく見てみました。

なんと部落解放同盟筑後地区協議会のメンバーが、指定暴力団道仁会の幹部だったという記事が出ています。

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あなたの発言が法律で禁止されるかも?ヘイトスピーチについて 山田太郎参・みんな

あなたの発言が法律で禁止されるかも?ヘイトスピーチについて(前編) 
http://blogos.com/article/97805/
山田太郎参・みんな/

■ヘイトスピーチ問題

日本でも最近聞かれるようになったヘイトスピーチという言葉。皆さんは御存知でしょうか。ヘイトスピーチとは、英語で「hate speech」、つまり憎悪的な発言や表現を指します。政界では、自民党の議員が中心となり、ヘイトスピーチの法規制を進めようとしています。

今回はこのヘイトスピーチについて、前編では「ヘイトスピーチについての解説」
後編では「ヘイトスピーチに関する私の見解」をご紹介致します。

■ヘイトスピーチとヘイトクライム

「ヘイトスピーチ」とは、持って生まれたものや変えられないもの(性別や国籍など先天的なもの)や、宗教や思想などの属性を有する集団に対して、「憎悪的・侮辱的・差別的」な表現をすることです。ヘイトスピーチの対象には、「性別」「職業」といったものから、「人種や皮膚の色」「宗教」「国籍」「民族」といったものまで様々あります。

一般的に、対象がより先天的で、集団が小さいものになるほど「より悪い」ヘイトスピーチになると私は考えています。私が少し気にしている「体型」などもヘイトスピーチの対象になりえますが、自分の摂生でコントロールできるものなので「より悪い」ヘイトスピーチとは言えないと思います。

上記のヘイトスピーチが「表現」であるのに対して、より直接的に器物を損壊したり、危害を加えたりなど「犯罪行為」になったものが「ヘイトクライム」と呼ばれます。

■法が規制するヘイトスピーチ

ヘイトクライムの場合は犯罪行為ですので、当然現行法で規制されます(器物損壊罪・外国国章損壊罪など)。ヘイトスピーチの場合でも、特定の個人や法人に対するものであれば、その利益を守るためにある程度の法律が確立しており、現行法での規制の対象となります(侮辱罪・名誉棄損罪など)。

逆に、特定の個人や法人ではなく、特定の「属性」(国籍や宗教など)に対するヘイトスピーチというのは、「社会秩序」的な側面が強く、現行では規制する法律はありません。(在特会による街宣活動など)
※在特会(在日特権を許さない市民の会)とは、在日中国・韓国・朝鮮人が所有しているとされる「在日特権」を無くし、普通の外国人と同等の待遇に戻すことを綱領として設立された市民団体。

■ヘイトスピーチの論点

ヘイトスピーチを考える上で重要な事がいくつかあります。例えば「社会法益(社会秩序の維持)」と「個人法益(自由社会の重視)」のどちらを重視するのか。受動的に受け取る情報なのか、能動的に受け取る情報なのか。(電車で目にするような広告から閉鎖的な掲示板など、どこからどこまでが対象になるのか)

デモや街宣パレードなどの「行為」そのものを禁止するのか、そのデモで行うスピーチなどの「内容」を禁止するのか。などです。

法律でヘイトスピーチを規制する場合、このような論点を明確にし、明文化する必要があります。

■海外のヘイトスピーチ問題

ヘイトスピーチの問題は日本だけではなく、むしろ海外の方が盛んに議論されています。
ドイツやフランスなどには「大陸法」と呼ばれる、ヘイトスピーチに対する厳しい法律が存在し、年間数百件単位でこの法律が適用される事例があります。これは、背景にユダヤ人差別などの問題があるためです。(例として、ドイツではホロコースト=ナチス・ドイツによるユダヤ人迫害の事実を否定することが、法律で禁止されています)

一方で、同じヨーロッパでもイギリスは少し慎重な姿勢を取っており、該当する法律はありますが、年間の適用は数件となっています。

逆にアメリカでは、表現の自由がアメリカ合衆国憲法修正条項で規定されているため、どのような表現を行っても法律での規制というものはありません。その代わりに、社会的な制裁をもって秩序を維持するという仕組みになっています。

海外では元々存在している民族問題や宗教問題、9.11の同時多発テロに端を発するイスラムへの嫌悪感など、日本よりもヘイトスピーチの問題にナーバスになっているのが現状です。

ここまでヘイトスピーチ問題の概要をお伝えしてきました。ドイツやフランスのように日本でヘイトスピーチの法規制が進んだ場合、どのような社会になるでしょうか。逆にアメリカのように全く法規制しない場合はどうなるでしょうか。




あなたの発言が法律で禁止されるかも?ヘイトスピーチについて(後編) 
http://blogos.com/article/98453/

■ヘイトスピーチについてのアンケート

私の考えをお伝えする前に、私の番組(「山田太郎のさんちゃんねる」ニコニコ生放送で毎週放送中http://taroyamada.jp/nico)で行った、ヘイトスピーチに関するアンケート結果をご紹介します。

アンケートの内容は、ヘイトスピーチについて、以下の三択で集計しました。
「1.法律で厳しく規制すべきだ」
「2.法規制までしなくても無くすべきだ」
「3.法規制以前に許容範囲だ」

前回アンケート結果
結果は、法規制を望む声は少数で、法規制せずに無くしたい考えの方と、全く問題ないと考える方と半々というところでしょうか。少なくとも、私の番組を視聴されている方は、法規制には反対が多数のようです。

■私の考えるヘイトスピーチ

ヘイトスピーチに関する私の考えを申し上げますと、ヘイトスピーチを法規制することは「慎重に考えるべき」と考えています。

決してヘイトスピーチ自体を容認するわけではありません。しかし、今行われているデモや発言を、全て「法律」で規制するということになると、どうなるでしょうか。

もちろんヘイトスピーチによって傷ついたり、不快な思いをされる方は実際にいます。それを減らしていく必要はあるでしょう。しかし、そのような社会秩序的な側面を、全て法律でもって規制するというのは、慎重に考えていくべきです。

表現や発言というのは、本来人間が持っている自然な行為であり、ある程度の自由さが保証されているからこそ、様々な文化が形成されてきました。

ヘイトスピーチのように、判断や分別が非常に複雑な問題に関して、法律で規制する事になった場合、「表現の自由」についても同じように規制の影響を受けることになるでしょう。

例えば父親が年頃の娘に対して「早く結婚しろ」と発言した場合、これが「女性」や「未婚」という「属性」に対して差別的な発言をしたと判断されれば、法規制の対象である「ヘイトスピーチ」ということになってしまうかもしれません。(これはかなり大げさな例で、上記発言を全面的に許容するわけではないですが、何もかもを法規制する場合、こういう可能性があるということになります)

ヘイトスピーチの問題が深刻化し、ヘイトスピーチが全てヘイトクライムに直結してしまうような、社会的混乱が起きているような状況であれば、法律での規制が必要かもしれませんが、現在の日本はそのような状況でしょうか。

何もかもを法で厳しく規制しなければ、日本人は秩序を守れないのでしょうか。

私はそうは思いません。その前に社会秩序を維持できるような仕組みを考え、そういった事を抑止できる環境を作っていくことが重要だと考えます。(これは「表現の自由」を守る活動全てに言えることです)

ヘイトスピーチ問題に関しては、様々な議論があります。とても難しい問題であることは間違いありません。

法律や権力で押さえつけなくても、私達一人一人が、社会秩序をより良く、自然に維持していくことが出来る、そのような社会を作るために、私はこれからも尽力していきたいと思います。

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「ヘイトスピーチ規制法」の危険性 荒井禎雄

今国会中に法案提出される「ヘイトスピーチ規制法」の危険性

2014年11月04日 ヘイトスピーチ 危険性 法案
http://n-knuckles.com/case/politics/news001778.html

 特定の人種や民族に対する憎悪表現、いわゆる "ヘイトスピーチ" に関して、超党派の議員連盟が法規制へ向けて動いている。現在はまだ試案の段階で、ひとまず『人種差別撤廃基本法案』という仮称が付けられているようだ。

 この議連には民主・共産・社民といった野党と公明党などの議員が参加しており、今国会中の法案提出を目指している。

 現状の試案には罰則が設けられていないようだが、特定の個人や属性(人種・民族など)に対する差別的言動を違法行為と認知させる事を目的としている。

 さて、この手の話題は過去に何度か取り上げたが、この "ヘイトスピーチ規制" には大きな落とし穴がある。それも差別者が得をするといった話ではなく、弱者がより酷い立場に追い込まれ兼ねないという欠陥だ。

 まず理想型から先に述べておくが、このヘイトスピーチ規制をまともな形、特に弊害のない形に整えるには、必要以上に拡大解釈される可能性を可能な限り潰す必要がある。これが第一だ。

 次に、法案の内容に触れる議員らが素人考えで暴走せぬよう各界の専門家(識者)をバランスよく集め、なおかつ彼らの判断に重みを持たせ、世界に通用する「差別とは○×である!」という定義付けを行う事も必須である。

 では、この2つが上手く行かないと、どういう結末が予測されるだろうか?

・拡大解釈

 これについては高市早苗の言動を取り上げれば事足りる。彼女は "ヘイトスピーチ規制" という考え方に対して「国会周辺でのデモに適用できるようにしよう」と口走ったのだ。

 これは自民党のヘイトスピーチ対策プロジェクトチーム(座長・平沢勝栄)の会合での発言で、憲法にある表現の自由は守るとした上で、「口汚く罵るような行為は誇りある日本人として恥ずかしい。人種差別的な言論は世界的に法規制の流れになっている」と始まったのに、何故か「仕事にならないから国会周辺でのデモ活動も一緒に規制しよう」という超展開をぶちかました。

 現在の日本の与党はこの有り様だという現実を踏まえた上で考えて欲しいのだが、ヘイトスピーチ規制法案が無事に議題に挙がって諸々通過したとしよう。ではその法案は今現在ヘイトスピーチの法規制に向けて活動している人々の意に沿った形になると思えるだろうか?

 私には到底そうは思えず、あれもこれもと拡大解釈できる非常に危険な形になってしまう予感がしてならない。 その前例が 「子供を虐待や性被害から守ろう、救おう」 として立ち上がったはずの "児童ポルノ法" である。これも散々東京ブレイキングニュースに記事を掲載させて頂いているので詳細は省くが、児ポ法は改正案で単純所持にも罰則が設けられたが、未だに「何をもって児ポとするか?」の定義付けがあやふやで、子供を守るどころか「ポルノか否か、わいせつか否か、マンガやアニメはうんぬん」といった点ばかりがフィーチャーされている。お陰で子供を守るor救うための具体案など何もなく、単なるわいせつ物の取り締まり法と化している。

 ヘイトスピーチ規制法もこのままでは児ポ法と同じ道を突き進む事が目に見えているが、そうなった場合は救うべき弱者を置いてきぼりにして、ただ単に耳障りな言葉を潰すだけの法に成り下がるだろう。

 最悪の予測としては、社会的弱者が追い詰められたあまりちょっと感情的に主張をしただけで「ヘイトスピーチだ!」とされてしまい、何故か弱者が取り締まられるというジョークにもならない事案が起きるかもしれない。強者による弱者の迫害や差別だけではなく、弱者もまた言葉を発せなくなるという事だ。

 これは言葉狩りと全く同じで、目障りな単語をメディアから消し去っても、人の悪意までは消せない。ではどうなるかというと、狩られた言葉を使う事なく、より陰湿な記号や合図といった形で差別やイジメが続けられるのだ。迫害・差別・イジメがより地下に潜ってしまって手の打ちようがなくなってしまう。

 果たしてこれを防ぐための細やかな法律文作りが今の政府に可能なのだろうか?

・定義付け

 上でも少し触れたが 「何をもってヘイトスピーチとするか?」の定義付けが狂えば、何の意味も持たないどころか、社会にとって悪影響しか及ぼさない悪法と化すおそれがある。

 例えば、反レイシズムを掲げ、ヘイトスピーチの法規制に向けて運動しているとある一派は

「オタクは迫害されて当然。それが嫌ならオタクをやめればいい。やめたくてもやめられない属性に対する攻撃だけが差別だ」

「レイシスト死ね! レイシストには何をしたって構わない!」

「ちなみにレイシストの定義はオレらが勝手に決める(キリッ」

 ......といった超理論をぶちまけて敵ばかり増やしているが、そんな暴論を社会が認めてくれる訳がない。彼らの言動も立派なヘイトスピーチである。

「相手は○×だから我々がいくら攻撃してもいい」という自分勝手なルールで暴力的な言動に及ぶ事がまさに差別だと思うのだが、その手の人間は「マジョリティによるマイノリティへの攻撃のみを差別とし、ヘイトスピーチ規制法の対象とする」 などという噴飯物のオレルールをひけらかすばかりだ。ヘイトスピーチの法規制に向けて運動している、特に目立つ場所にいる連中ですらコレなのだから、到底世間が納得するとは思えない。むしろ危機感を持たれて法案自体が潰されるのが関の山であろう。

 また、もし仮に多数派が少数派を非難しただけで差別だヘイトスピーチだとされる世の中になったとしたら、何が起きるか想像できるだろうか?

 私の鈍い頭で考えるに、まずヤクザがマイノリティ利権をかっさらって行くに違いない。私が昔取材したとある関西のアウトローは、暴力団員でS学会員でK同盟員で在日朝鮮人という数え役満状態で、それぞれの立場の名刺を見せてくれたが、その手の人間にとってはこれ以上なく強い武器になるだろう。自分を少数派の立場に置けば、ヘイトスピーチ規制法が守ってくれるのだから。

 彼らがそうした優位なポジションを利用して何をするか容易く想像できるのだが、今のところそうした悪用を防げるような「コレ!」という具体案にはお目にかかれていない。

 この辺りの不安を取り除いてくれ、なおかつ適切に守るべき対象を守れる法案を作ってくれる人物がいったいどこにいるのだろう?

 私には道端で警官に対して「オレが○×だからって差別するのか! うわー助けてくれー! 警察官にヘイトスピーチされたー!」と騒ぐヤクザ者が続出する光景しか頭に浮かばない。

 ヘイトスピーチを減らす最良の薬は、他人にウンコを投げ付けないと鬱憤晴らしも出来ないような追い詰められた国民を減らすことである。何でもかんでも規制すればいいという考え方をしている時点で、表面的にはヘイトスピーチがなくなったとしても、別の形で人の悪意が暴発するに決まっている。

Written by 荒井禎雄

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ヘイトスピーチを規制する法案を国会で成立させることが課題 有田芳生

有田 芳生
(2014/11/8)
https://www.facebook.com/yosihifu.arita?fref=ts

 ヘイトスピーチを規制する法案を国会で成立させることが課題になっています。どういう経過があったのかを備忘録としてざっと記録しておきます。
2013年の3月、5月、11月に国会で在特会などのヘイトスピーチに反対する集会を開きました。その延長で「ヘイトスピーチ研究会」が結成され、前田朗さんに講演していただきました。2回目の講師は師岡康子さんでした。そこで法案を作ることを目的に「議連」を作ろうという意見が議員から出たのです。
超党派の「人種差別撤廃基本法を求める議員連盟」が結成されたのは2014年4月23日。会長には元法務大臣の小川敏夫さんにお願いしました。与党である公明党にも依頼し、参議院議員が議連に参加してくれました。そこで合意されたのは、役員で素案を作り、議論を進めるということでした。
差別問題を国際的視野で研究してきた専門家にまず「たたき台」を作ってもらい、参議院法制局と協議を進めました。
その経過のなかで小川会長がみずから「素案」を書くことになりました。それをもとに専門家グループ、法制局との協議が何度も行われてきました。
その結果できたのが「人種等を理由とする差別の撤廃のための施策に関する法律案(仮称)骨格試案【未定稿】」です。10月には2日、21日、27日と議連の総会が行われ、小川会長からあらましこういう提案がありました。「これは最終的な法案ではなく、これで議連案にしようというものではありません。各党が持ち帰って、この試案を検討していただきたいと思います。それぞれの党の判断でよりよいものを作り、可能な政党で共同提出できればと思います」。
なんども強調されたのは、「この案を認めてほしいというものではありません」ということでした。
「骨格試案【未定稿】」は議連を離れ、それぞれの政党の判断にゆだねられることになったのです。民主党はすぐにネクスト内閣で法案登録され、法務部門会議で法案審査が行われました。私が報告し、衆参の法務委員会に所属する議員に了承されました。さらにネクスト内閣に回り、正式に議員立法として承認されました。
そこからは政党間の交渉になります。
民主党は臨時国会で法案を提出し、成立をめざすと決定しました。幹事長会談や野党の政策責任者会談で民主党から提案があったと報道されたとおりです。民主党で了承された法案に他党が乗ってほしいというものではまったくありません。維新の党からもよりよい法案にするような提案もあるようです。みんなの党からも法案について問い合わせがありました。社民党の福島瑞穂さんも改善提案があるとご本人から聞いています。民主党でも専門家グループの意見を入れる方向で検討を進めています。
なぜ臨時国会なのでしょうか。それは差別の煽動と闘う現場からの強い要請です。差別され、それに怒り、耐えている人たちの熱望があります。法案の向こうにはひとりひとりの生身の人間がいるのです。私には多くの「顔」が浮かんできます。与党が賛成しなければ法案は成立しません。自民党や公明党にも働きかけているところです。ぎりぎりまで法案を研ぎ澄ましたうえで国会に提出することは、立法府で仕事をする国会議員の歴史的責任なのです。

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政治に逆流する排外主義 橋下市長・在特会会長の会談から見えたもの 徳島大学准教授・樋口直人

政治に逆流する排外主義 橋下市長・在特会会長の会談から見えたもの 徳島大学准教授・樋口直人

THE PAGE 11月7日(金)10時0分配信

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20141107-00000006-wordleaf-pol

 排外主義ってなんだ?――この言葉にピンと来ない人でも、10月20日に橋下徹・大阪市長と桜井誠・在日特権を許さない市民の会(在特会)会長が机越しに怒鳴り合ったシーンは記憶にあるのではないか。だが、あの珍奇な光景の本質は「会談」そのものではなく、翌日の記者会見にある。そこで橋下市長は、在日コリアンの在留資格である「特別永住」を廃止し、一般の外国人と同じ「永住」に一本化する必要があると述べた。この発言は何を意味するのか、在特会を調査した者として解説していきたい。

排外主義運動の担い手たち

 家に引きこもってネットにかじりつき、中国、韓国を攻撃することで、不遇をかこつ自らの境遇に対する不満を爆発させるネット右翼。昨年の流行語大賞トップテンにも入った「ヘイトスピーチ」をまき散らすのも、そうした「異常な人たち」の行動にしかみえない――筆者も当初そう思っていたが、実際に調査して各国の研究結果と付き合わせていくと、「下層の鬱憤晴らし」という見方は間違いであると結論づけざるをえなかった。

 今年、私が公刊した『日本型排外主義』(名古屋大学出版会)で述べたように、排外主義運動の担い手は、年齢・職業・学歴的にさまざまで、活動家層ではむしろ大卒のホワイトカラーや自営業者が多い。社会的属性でいえば、男性比率が高いこと、独身者が多いのが目立つ程度である。将来への不安や生活への不満を軸に結集したとも言い難い。

 では何が共通点なのか。筆者の調査では、政治的に保守層である点ではおおむね一致がみられた。保守といっても、右翼的な教育を受けた者から、自民党に任せておけば安心という者、平等とか人権とか平和って胡散臭いという「左翼嫌い」まで一定の幅がある。だが、左派的な価値に懐疑的な「保守層」が担い手となった運動というのが、筆者が見聞きした限りの結論となる。

極右政治家に呼応する排外主義運動

 では、なぜ保守層が外国人排斥を訴えるようになるのか。この問いに答えるには、運動の担い手より政治、特に排外主義運動に影響を与えている極右の変化を見た方がよい。「極右」とは、ナショナリズムと排外主義に対して「保守」より強硬な主張をする者を指す。日本ならば、2012年に東京都による尖閣諸島の買い上げを訴えた石原慎太郎氏を最高顧問に据える次世代の党が、典型的な極右となる。

 冷戦時、自民党内の極右政治家にとっての敵は圧倒的にソ連だった。冷戦後には、中国、北朝鮮、韓国という近隣諸国が極右の標的となった。東アジアには、歴史や領土問題のような解決困難な課題が山積している。ナショナリズムに訴える極右政治家は、拉致、尖閣、「慰安婦」といった問題での強硬発言により存在をアピールし、支持を調達する。

 在特会の活動家だったJは、「田母神がやっぱりこう、自分が目覚めるきっかけだった」という。元航空幕僚長だった田母神俊雄氏は、今年2月の都知事選で60万票を獲得した。在特会も、彼のような政治家に呼応したことで勢力を伸ばしたわけであり、「本体」たる極右政治家の主張を街頭で垂れ流す「影」のようなものでしかない。


橋下発言の意味――政治へと逆流する排外主義

 冒頭で紹介した橋下氏の発言「特別永住を廃止すべき」は、「影」たる在特会の主張が「本体」に逆流したことを示す。在特会は、特別永住資格、朝鮮学校補助金交付、生活保護優遇、通名制度を「在日特権」とするが、これは意図的に各種制度の理解をねじ曲げた虚構にすぎない。だが橋下市長は、「特別永住」という資格に対して疑問を投げかけた。その根拠は「特別扱いは差別を生む」からだという(注1)。

 特別永住は植民地時代に日本国民だった者に適用される在留資格で、歴史的経緯から他の外国人とは異なる法律が適用されているにすぎない(注2)。橋下市長は、これを「特別扱い」と呼ぶことで、在特会の主張に呼応した。いかに極右政治家といえども、これまで特別永住資格の見直しを主張した者はいなかった。橋下市長は、日本の政治家で初めて在特会の主張を後押ししたわけで、それが橋下-桜井会談の本質ということになる。

(注1)『朝日新聞』2014年10月21日付(http://digital.asahi.com/articles/ASGBP3RLBGBPPTIL00C.html)
(注2)金明秀「特別永住資格は『在日特権』か」『シノドス』2014年10月22日(http://synodos.jp/politics/11245)

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樋口直人(ひぐち なおと) 徳島大学准教授、社会学。著書に『日本型排外主義』(名古屋大学出版会)、『日本のエスニック・ビジネス』(世界思想社)、『国境を越える』(青弓社)、『顔の見えない定住化』(名古屋大学出版会)などがある。

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朝日新聞(社説)ヘイト対策 市民は動く。政治は?

朝日新聞(社説)ヘイト対策 市民は動く。政治は?

2014年11月7日05時00分
http://digital.asahi.com/articles/DA3S11442585.html?_requesturl=articles%2FDA3S11442585.html&iref=comkiji_txt_end_s_kjid_DA3S11442585

 

 「ヘイトスピーチは世界にいらない」。3連休の中日、東京・新宿の街にコールが響いた。

 特定の人種や民族への憎悪をあおるヘイトスピーチに反対し、差別の撤廃を求める「東京大行進」。昨年に続き2回目の開催で、約2800人(主催者)が参加した。先導する車から流れ出る音楽にあわせて参加者が身体を揺らし、ラッパーがマイクを握る。「こんなでっけえビルが建っても、スマートフォンだiPhoneだ持っていても、差別がある世の中は貧困ってことなんだよ。マインド豊かにいこうぜ!」

 スーツ、和服、かわいくアレンジされたチマ・チョゴリ。飛び入りで加わる人。笑顔で隊列にピースサインを送る外国人。沿道に手を振り、沿道から手が振り返される。国籍や性別といった枠を超え「一緒に生きよう」のメッセージが広がった。

 昨年、「殺せ」「レイプしろ」などと過激化するヘイトスピーチに対し、政治もメディアも有効な手立てを見いだせずにいた時、市民社会から自発的に、ヘイトスピーチ団体と直接相対し、抗議する動きが生まれ、育った。参加者は感慨深げに語った。「国会でヘイトスピーチが議論されるなんて、1年前には考えられなかった。抗議の声をあげてきた成果だ」

 民主党は、人種等を理由とする不当な差別的行為を禁止する法案の骨格をまとめた。各党に呼びかけ、今国会に提出する方針だ。罰則は設けず、国や地方自治体がヘイトスピーチなどの差別をなくすための施策を講じる根拠法として位置づける。

 自民党も「ヘイトスピーチ対策等に関する検討プロジェクトチーム」が検討を進めている。だが、その議論は前提がずれているのではないか。先日の会合では、韓国の対日ヘイトスピーチの実態や、規制の検討状況を調査するよう、関係省庁に求めたという。

 「日本でヘイトがいろいろ行われているのは、韓国の中での(日本に対する)ヘイトが厳しいからだという声もある」「(韓国が)自分のことを棚にあげて日本にだけ言うのは、誰が考えても理屈に合わない」とは、座長の平沢勝栄氏の弁だ。政権与党から漏れてやまないこの種の発言が結果的に、ヘイトスピーチをする側に一定の正当性を与え、国際社会の疑念を招いてしまうことに思いが至らないのだろうか。

 いま政治に求められるのは、「ヘイトスピーチは許さない」と一息で言い切ること。その姿勢を国内外に示すことである。













ヘイトスピーチ、自民PT初会合

2014年8月29日05時00分
http://digital.asahi.com/articles/DA3S11322299.html?iref=comkiji_txt_end_s_kjid_DA3S11322299

 在日韓国・朝鮮人らを対象にしたヘイトスピーチ(差別的憎悪表現)をめぐり、自民党は28日、「ヘイトスピーチ対策等に関する検討プロジェクトチーム(PT)」の初会合を開いた。法規制を含めた防止策を検討した。

 PTは、安倍晋三首相が党に検討を求めたのを受けて設置した。座長の平沢勝栄衆院議員は「実態を調べた上で、現行法で対応できるのか、新規立法を含めた対応が必要なのかを検討したい」と述べた。

 一方、PTでは、国会周辺で行われている街宣活動についても、議論。国会周辺で拡声機を使う活動は静穏保持法で規制されているが、検挙されるケースはほとんどなかったという。

 高市早苗政調会長は街宣活動について「党本部にいると、何時間も仕事にならない状況が続くことがある」と指摘。PTでは「反原発のデモなどは規制の対象にならないのか」との意見も出た。

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ヘイトスピーチ規制は重要 共産党・小池副委員長 11/7 赤旗

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「ヘイトスピーチ」規制 民主が独自法案

「ヘイトスピーチ」規制 民主が独自法案
11月6日 4時07分

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20141106/k10015981081000.html

民主党は、「ヘイトスピーチ」と呼ばれる民族差別的な言動を繰り返す街宣活動を規制する独自の法案をまとめ、ほかの野党にも賛同を呼びかけたうえで、今の国会に提出する方針を固めました。

ヘイトスピーチを巡っては、ことし8月、国連の人種差別撤廃委員会が、日本政府に法律で規制するよう勧告し、地方議会などからも、国に、規制や対策を求める動きが出ています。
こうしたなか、民主党は、人権擁護の姿勢を強く打ち出すべきだとして、ヘイトスピーチなどを規制する独自の法案を取りまとめました。
この法案には罰則規定はありませんが、民族の違いなどを理由にした侮辱や嫌がらせなどの差別的な言動を禁止し、国に差別を防止するための基本方針を定めることを義務づけています。
また、国と地方自治体が差別に関わるトラブルを防止するため、相談体制の整備や啓発活動などに努めるほか、国が差別の実態を把握するための全国調査を行うことも求めています。
民主党は、維新の党などほかの野党にも賛同を呼びかけたうえで、今の国会に法案を提出する方針で、政府・与党側に先駆けた動きによって、安倍政権に規制に向けた早急な対応を迫る考えです。




ヘイトスピーチ規制で共闘

2014年11月5日(水)20時1分配信 共同通信

http://news.nifty.com/cs/domestic/governmentdetail/kyodo-2014110501001652/1.htm

 民主党は5日、維新の党との政策責任者による定例協議で、ヘイトスピーチ(憎悪表現)と呼ばれる人種差別的な街宣活動の規制に向けてまとめた法案の骨子案を説明した。両党は法案の共同提出を視野に協議を加速する方針で一致した。

 民主党案は、ヘイトスピーチを想定し「人種等を理由とする不当な行為」を禁止。ただ、罰則は設けない。実態を調査する審議会を内閣府に設置し、首相に意見、勧告できるとした。国や地方自治体には差別防止策の実施を求める。

 ヘイトスピーチは、維新の党共同代表の橋下徹大阪市長が対策を検討する意向を示しており、両党の共闘関係を強める狙いがある。




ヘイトスピーチ法案で協力要請=民主
2014年11月5日(水)18時37分配信 時事通信

http://news.nifty.com/cs/domestic/governmentdetail/jiji-2014110500795/1.htm

 民主党の福山哲郎政調会長は5日、維新の党の片山虎之助国会議員団政調会長、みんなの党の中西健治政調会長と国会内で個別に会談し、特定の人種や民族への差別をあおるヘイトスピーチ(憎悪表現)を規制する法案の国会提出に向け、協力を要請した。
 ヘイトスピーチの規制法案をめぐっては超党派議連(会長・小川敏夫元法相)が「人種などを理由に公然と不当な差別的言動をしてはならない」と定める試案を作成しており、民主党はこれを基にした法案提出を目指している。罰則は設けず、福山氏は「表現の自由にも配慮している」と説明した。片山、中西両氏はそれぞれ党内で検討する意向を示した。 





韓国での対日ヘイトスピーチ調査へ 自民プロジェクトチーム

2014年11月6日(木)13時22分配信 J-CASTニュース

http://news.nifty.com/cs/headline/detail/jcast-220214/1.htm

   自民党の「ヘイトスピーチ対策等に関する検討プロジェクトチーム」(平沢勝栄座長)は2014年11月4日の会合で、韓国での日本に対するヘイトスピーチの実態調査を関係省庁に求めたと、毎日新聞が報じた。

   同プロジェクトチームは、在日韓国・朝鮮人に対するヘイトスピーチの対策を検討するために設置され、2014年8月28日に初会合を開いた。







ヘイトスピーチ:韓国での実態など調査求める 自民党PT

毎日新聞 2014年11月04日 20時34分
http://mainichi.jp/select/news/20141105k0000m010081000c.html

 自民党の「ヘイトスピーチ対策等に関する検討プロジェクトチーム」(平沢勝栄座長)は4日、韓国での対日ヘイトスピーチの実態や韓国政府による規制の検討状況を調査するよう関係省庁に求めた。韓国政府に対日ヘイトスピーチ対策を促す狙いとみられ、平沢氏は会合後、「(韓国側が)自分のことを棚に上げて日本にだけ(批判を)言うのは理屈に合わない」と記者団に語った。















ヘイトスピーチ:「国内法の制定、一番の解決法」 元国連人種差別撤廃委員、ソーンベリー氏講演 /大阪

毎日新聞 2014年10月31日 地方版

http://mainichi.jp/area/osaka/news/20141031ddlk27040427000c.html

 特定の人種や民族への差別をあおるヘイトスピーチの問題について、今年1月まで国連人種差別撤廃委員会の委員を務めたパトリック・ソーンベリー氏が来日し、大阪市中央区で講演した。委員会は8月、日本政府に対し、ヘイトスピーチへの適切な対処を勧告している。ソーンベリー氏は「問題の解決には、包括的な人種差別禁止法の制定が必要だ」と述べた。【遠藤孝康】

      

 ソーンベリー氏は委員会が昨年8月に採択した人種主義的ヘイトスピーチに関する一般的勧告の起草に関わった。この日は「世界はヘイトスピーチと闘う」と題して講演した。

 ソーンベリー氏はまず、1965年に採択された人種差別撤廃条約と昨年8月の勧告の内容を解説。ヘイトスピーチの定義として「人間の尊厳や平等を否定し、特定の集団の社会的評価をおとしめる表現」とし、「人の気分を害する発言と人の尊厳を傷つける発言は正確に区別する必要がある」と指摘した。

 日本は95年に条約に加盟したが、差別思想の流布や扇動などを禁止する法整備を求めた4条は表現の自由を理由に批准を留保している。ソーンベリー氏は「条約5条は表現の自由を保護されるべき権利としている。4条でも、この点を十分に考慮するよう求めており、表現の自由を無視しているわけではない」と述べた。さらに「ヘイトスピーチへの規制が正当な抗議や権利行使の制限に使われている例がある」とし、「規制は正確にされる必要があり、社会への不満や反対の表明を抑える口実に使われてはならない」とした。

 また、「ヘイトスピーチか自由な表現かの判断は国際人権基準を周知した司法機関が行うべき」と指摘し、「日本のように裁判所が国際人権基準を援用するのが難しい国では、人種差別を禁止する国内法の制定が一番の方法だ」と述べた。

 そして、「ヘイトスピーチの禁止を単に表現の自由の制限と考えるべきではない。ヘイトスピーチは、被害者から自由な表現を奪う恐れがあるものだ」と強調した。

 約150人の参加者からは「ヘイトスピーチへの有効な対処法はあるか」「法規制にリスクはないのか」などと質問が相次いだ。










ヘイトスピーチ:規制と救済検討−−大阪市審議会部会 /大阪

毎日新聞 2014年10月04日 地方版
http://mainichi.jp/area/osaka/news/20141004ddlk27040434000c.html

 特定の民族などへの憎悪や差別をあおる「ヘイトスピーチ」を巡り、大阪市は3日、市の対応について、市人権施策推進審議会の部会の第1回会合を開いた。来年2月に橋下徹市長へ答申するとしている。

      

 会合は非公開。市によると、年内にヘイトスピーチの発信側、被害側双方から聞き取りなどを予定している。対策については、発信者への規制措置と、被害者への救済方法を柱に、方法を検討する。


http://www.city.osaka.lg.jp/shimin/page/0000007141.html
第1回「憎悪表現(ヘイトスピーチ)」に対する大阪市としてとるべき方策検討部会配布資料

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ヘイトスピーチ規制について

 

 

基調報告「第10回島根集会の課題と地域人権運動の提起」(一部)

全国人権連事務局長 新井直樹



第4 私人間への国家の介入が及ぼす影響について

2013年10月7日に朝鮮学校の周辺で街宣活動し、ヘイトスピーチ、憎悪表現と呼ばれる差別的な発言を繰り返して授業を妨害したとして、学校法人京都朝鮮学園が「在日特権を許さない市民の会」(在特会)などを訴えた訴訟の判決で、京都地裁は、学校の半径200メートル以内での街宣禁止と約1200万円の賠償を命じました。(高裁も同様)

 裁判長は、街宣などを「在日朝鮮人への差別意識を世間に訴える意図があり、日本も批准する人種差別撤廃条約で禁止した人種差別に当たり、違法だ」と指摘。「示威活動によって児童らを怖がらせ、通常の授業を困難にし、平穏な教育事業をする環境を損ない、名誉を毀損した」として、不法行為に当たるとの判断を示しました。これは極めて妥当な判決です。

1,部落問題に係わる「差別の法規制」について(「地対協意見具申」1986年)

-4 差別行為の法規制問題-(以下引用)

差別行為は、もちろん不当であり、悪質な差別行為を新たな法律で規制しようという考え方も心情論としては理解できないわけではないが、政策論、法律論としては、次のような問題点があり、差別行為に対する新たな法規制の導入には賛成し難い。

1)~(3)略

4)結婚や就職に際しての差別行為を処罰することについては、憲法上保障されている婚姻、営業等の自由との整合性が確保されなければならない。結婚差別については、それを直接処罰することは、相手方に対して意に反する婚姻を強制することにもなりかねず、憲法に抵触する疑いも強いと考えられる。また、就職差別を直接処罰することについては、現行労働法体系は、企業に対して採用時における契約の自由を認めており、求職者の採否は、企業がそのものの全人格を総合的に判断して決めるものなので、採用拒否が同和関係者に対する差別だけによるものと断定して法を適用することは、極めて困難と考えられる。

5)差別投書、落書き、差別発言等は、現刑法の名誉毀損で十分対処することができる。対処することができないもの、例えば、特定の者を対象としない単なる悪罵、放言までを一般的に規制する合理的理由はない。特に悪質なものを規制するとしても、その線引きを明確にすることは著しく困難である。

6)立法上必要とされる「部落」、「同和地区」、「差別」等の用語については、行政法規において定義することは可能であると考えられるが、刑事法規に必要とされる厳密な定義を行うことは難しく、明確な構成要件を組み立てることは極めて困難である。

 このように、部落問題にかかわる法規制については極めて妥当な議論が行われていた

2,差別の法規制の問題

 

差別を煽る不当な言論表現を含む行為は、その影響や被害の実態からも、もとより許されるものではありません。

国連自由権人権委員会や人種差別撤廃委員会がこの夏に日本政府へ示した「見解」が、これらヘイトスピーチの規制を打ち出したこと等の動向を捉え「人種的差別撤廃法」等の法制定を呼びかける人たちがいます。

やはり言論は言論で対抗することが原則です。

憎悪犯罪の規制と正当な言論表現の擁護に関わる問題は、より慎重であるべきです。

正当なデモでさえ規制の網をかけようとする自民党の動向もあり、現状では新規立法についての検討も視野に、現行法などでの規制を先ず検討すべきです。

私たちは人権擁護法案、人権救済法案、人権委員会設置法案でも一貫して言論表現の自由の擁護、真の被害者救済の立場をとってきました。今後もこの立場を貫きたいと考えています。

 秘密保護法など、国民の知る権利を奪い、国家が情報を都合の良いように操作し扱う、憲法を無視した法の具体化に対して断固反対の立場で運動を進めてゆくものです。

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ヘイトスピーチ規制へ法案=今国会提出目指す―超党派議連

ヘイトスピーチ規制へ法案=今国会提出目指す―超党派議連

http://getnews.jp/archives/692693

2014.11.02 14:16

 特定の人種や民族への差別をあおるヘイトスピーチ(憎悪表現)の規制に向け、超党派の議員連盟(会長・小川敏夫元法相)がまとめた「人種差別撤廃基本法案」(仮称)の試案が2日、分かった。各党に協力を呼び掛け、今国会中の法案提出を目指す。

 議連には、民主、維新、共産、社民の各野党と公明党が所属。「在日特権を許さない市民の会(在特会)」による街宣活動が社会問題化したのを受け、今春から法案を検討してきた。

 試案は「人種などの属性を理由に公然と不当な差別的言動をしてはならない」と明記。罰則はないが、「ヘイトスピーチを違法行為とはっきりさせることで、社会的に差別を許さない空気をつくる」(議連関係者)狙いだ。 

[時事通信社]

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「差別を許すな」、在日コリアンへのヘイトスピーチ反対デモ 新宿

014.11.2 16:24更新

「差別を許すな」、在日コリアンへのヘイトスピーチ反対デモ 新宿

http://www.sankei.com/life/news/141102/lif1411020042-n1.html

 在日コリアンに対するヘイトスピーチに反対する市民グループらが2日、東京・新宿でデモ行進し、約2千人が「差別を許すな」などと声を張り上げた。

 昨年9月に続き2回目。参加者は「NO HATE」「自国を誇るために他国をおとしめる必要はない」と書いたプラカードを掲げ、繁華街を行進。都庁前では行政による対策の必要性をアピールした。

 一連の問題を追ってきたジャーナリスト安田浩一さんがマイクを握り「ヘイトスピーチは言葉の暴力ではなく、暴力そのものだ」と訴えた。

 参加した東京都町田市の男性会社員(53)は「この1年でヘイトスピーチの問題がだいぶ認識され、法規制を検討する動きもある。この流れを後押しするために声を上げ続けたい」と話した。

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ヘイトスピーチ考える集会 法的規制めぐり議論 神戸

2014/11/1 21:28
http://www.kobe-np.co.jp/news/shakai/201411/0007469186.shtml

ヘイトスピーチ考える集会 法的規制めぐり議論 神戸

 ヘイトスピーチ(憎悪表現)と呼ばれる人種差別的な街宣活動について考える集会が1日、神戸・三宮の神戸国際会館であった。在日韓国・朝鮮人や議員、市民ら約130人が参加し、問題の解決に向けた方策を考えた。

 在日本大韓民国民団(民団)兵庫県地方本部などの主催。

 国連人種差別撤廃委員会は8月、差別をあおる行為に関与した個人・団体を捜査、起訴するよう勧告した。民団代表団の一員として同委への陳情活動に参加した徐史晃さんは、実際の映像を委員に提示したことを報告。「非常に衝撃だったようだ」と述べた。

 フリーライターで、「在日特権を許さない市民の会」(在特会)などを相手に、2件の損害賠償訴訟を起こしている李信恵さんは、ヘイトスピーチを取材した際、「殺されると感じた」と恐怖を吐露した。

 日本にはヘイトスピーチを規制する法律はない。公明党ヘイトスピーチ問題対策プロジェクトチームの中野洋昌衆院議員(兵庫8区)は、「表現の自由」の制限を懸念する意見もあることを指摘。「党として方向性を議論しており、対応について早急に結論を出したい」とした。

 民団兵庫県地方本部の車得龍団長は「各方面との協調が重要だ。こうした集会は、市民の理解を進め、議会や国に働きかけるためにも、継続して開きたい」と話した。

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