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ネットでヘイトスピーチを垂れ流し続ける中年ネトウヨ「ヨーゲン」(57歳)の哀しすぎる正体【前編】  安田浩一

ネットでヘイトスピーチを垂れ流し続ける
中年ネトウヨ「ヨーゲン」(57歳)の哀しすぎる正体【前編】

現代ノンフィクション

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/41046

(取材・文/安田浩一)

サイバー犯罪で逮捕されていた

朝鮮人など虐殺してやる──ネット空間でそう息巻いていた差別主義者の男は、両脇を二人の警察官に支えられて法廷に姿を見せた。

よれよれのジャージ姿だった。両手には手錠がはめられ、腰縄がされた状態である。肩口まで無造作に伸びきった髪は白いものが目立ち、まるで落ち武者のような印象を与えた。肌艶もなく、顔には吹き出物が目立つ。その疲れ切った表情と虚ろな目つきは57歳という年齢以上に老けて見えた。逮捕されてから三か月にも及ぶ勾留生活が、初老の域に差し掛かった男の生気を抜き取ってしまったようにも見える。

手錠を解かれた男は被告人席に座ると、傍聴席を見まわした。男の視線が最前列に座る私を捉える。その瞬間、「おっ」という感じで照れたような表情を顔に浮かべた後、彼はなぜか私に向けてちょこんと頭を下げた。私も合わせて軽く会釈する。

それが私たちにとって二度目の"対面"だった。
9月17日、宇都宮地裁栃木支部(栃木県栃木支部)。被告人の罪名は商標法違反、私電磁的記録不正作出、同供用である。

福島県いわき市に住む自称ホームページ製作業の男は、マイクロソフト社のソフト「オフィス」や「ウィンドウズ」の認証コード(プロダクトキー)を販売するサイトを開設していたが、その際、同社のロゴを無断でサイトに使用したことにより、6月16日、まずは商標法違反で逮捕された。

また、その後の調べにより、男が販売していたプロダクトキーは、すべて違法に入手したものであることも発覚する。

男はマイクロソフト社製のソフトをダウンロードできるIT技術者向け有料サービスに加入。転売禁止の契約を破り、入手したプロダクトキーを個人や法人に市価の約半額で販売し、約400万円の利益を得ていたことで7月4日に二度目の逮捕となった。

さらにテレビの有料放送を視聴できるB-CASカードの偽造に手を染めていることも取り調べの過程で判明する。

「摘発したのは栃木県警のサイバー犯罪対策室です。県警は今年に入ってから情報セキュリティーの研究者2人をアドバイザーとして迎え入れるなど、サイバー犯罪の摘発を強化しています。連日、サイバーパトロールが行われており、彼もその網に引っ掛かったというわけです」(地元記者)

男には多額の借金があり、その返済に行き詰まったことが犯罪のきっかけだったという。
特に世間の注目を集める事件でもなかった。各紙とも逮捕時は県警の発表文書を垂れ流すだけのベタ記事扱いで、その後のフォローは一切ない。

そして私の興味と関心も、事件そのものには向いていない。
私が知りたかったのは──来る日も来る日もネットで差別と憎悪をまき散らしていた、この男の暗い情念である。

ネット上において、男は「ヨーゲン」と名乗っていた。

私がヨーゲンを知ったのは2011年の冬である。
その頃、私はヘイトスピーチを用いてデモや街宣を繰り返す在特会(在日特権を許さない市民の会)を取材し、講談社のノンフィクション雑誌『g2』にルポを発表したばかりだった。当時はまだ在特会メンバーに直接取材した媒体はほとんどなく、主要メンバーの生い立ちにまで触れた私の記事には大きな反響があった。

もちろん、それは記事への評価、賞賛を意味するものではない。この場合における「反響」とは、ネット空間による非難、中傷、罵倒の類である。在特会メンバーの素顔をあぶり出し、さらに同会への批判を加えた私の記事は、いわゆるネトウヨの逆鱗に触れたのであった。

私に対する悪意に満ちた言葉がネットであふれた。
なかでも私のツイッターには、在特会を支持するネットユーザーからの抗議が大量に寄せられた。

国賊、売国奴、反日──。お定まりの悪罵に加えて、私の殺害を匂わせるようなツイートや、あるいは私の名前を騙り、アイコンをコピーし、ツイッターで「朝鮮人虐殺」を主張するような「なりすまし」まで登場する始末である。

そうした状況にあって、もっとも執拗に私を攻撃してきたのがヨーゲンだった。
彼は「朝鮮人の安田が書いた記事を信用するな」「安田を祖国に追い返せ」といった低レベルな書き込みを繰り返した。約3年の間にヨーゲンから私に振られたメンションの数は軽く1千回を超える。ほぼ毎日のように必ず、私に向けて悪罵を投げつけなければ気が済まないようであった。

むろん私に対してのみ醜態をさらすのであれば、たかが「ネットの暴走」として片づけることもできたはずだった。

問題は、彼がフダ付きのヘイトスピーカーだったことにある。ネットに疎い私は、実は自分自身がツイッターで攻撃を受けるまで、「ネトウヨ界の超有名人」であるヨーゲンの存在をまるで知らなかった。

最悪のネトウヨを探し出せ

自らのプロフィールに「朝鮮人虐殺」などと記すヨーゲンは、ツイッター上で在日コリアンのユーザーを発見しては、昼夜を問わずただひたすら差別と偏見に満ちた醜悪なメッセージを送りつけていたのである。

たとえば、次のようなツイートを彼は毎日のように書き込んでいた。

<在日は踏み潰されても気持ちの悪いヒゲだけ動いているゴキブリ>
<在日は虚言妄言の精神病。頑張っても糞食い人種は糞食い人種だ>
<不逞鮮人は日本から出ていけ><在日こそ人殺し。在日殺すぞ!>
<朝鮮民族を絶滅させよ!>

書き起こすだけで胸糞が悪くなる。しかもターゲットが在日コリアンの女性である場合には、さらに居丈高に、そして下劣なツイートを送り付けた。民族差別的な罵倒に、性差別が加わるのだ。容姿を貶め、ときに卑猥な言葉を交えて在日女性を罵った。おぞましい画像を送り付けられた在日女性も少なくない。しかも心無いネトウヨがそれを囃し立て、ヨーゲンを愛国者のごとく持ち上げるものだから、当人はますます図に乗るのだ。ヨーゲンは賞賛と扇動を燃料にネット上で"大暴れ"した。

ヨーゲンから受けた"被害"を警察に相談した人も少なくはない。だが、顔も名前も所在地もはっきりしないネット上の匿名アカウントに対し、警察は動こうとはしなかった。結局、被害者は泣き寝入りするしかなかったのである。

大阪府に住むフリーライターの李信恵さんもその一人だ。
李さんはこの8月、自らに向けられた在特会などのヘイトスピーチをめぐり、同会や保守系「まとめサイト」に対して損害賠償請求の訴訟を起こした。

実はそれに先立つ昨年初め、李さんはヨーゲンに対する刑事告訴を検討していた。
「ゴキブリ」「不逞朝鮮人」などと連日にわたってヨーゲンから読むに堪えないヘイトスピーチを送り付けられていた李さんは、地元の警察に"被害"を訴えたのである。しかし、警察の対応は冷淡だった。その頃はまだ、ヘイトスピーチがもたらす被害について、警察の認識が浅かったということもあろう。担当した警察官は李さんに同情しつつも、まるで単なる口げんかや口論で苦しんでいるかのように受け止め、これを事件として扱うことはなかった。

口論も議論も、対等な力関係のなかでおこなわれるのであれば問題ない。しかし、ヘイトスピーチは社会における力関係を利用して、マジョリティがマイノリティを一方的に傷つけるものである。こうした認識に欠ける警察には、往々にして深刻な被害の訴えが伝わらない。李さんもまた、法的救済を受ける機会もなく、その後もヨーゲンの下劣なヘイトを浴び続けることになった。

これに憤慨したのが、ネット上に存在する在日女性からなる小さなコミュニティだった。もともとはツイッターでK-POPやコスメなどの情報を交換していただけの、なんら政治色を持たない集まりである。

年齢も職業も異なる彼女たちは、それぞれ面識はなく、「在日女性」であることだけで緩やかにつながっていた。

しかしネット上にあふれるヘイトスピーチは、K-POPやコスメについて語るだけの彼女たちをも脅かしていた。ツイッターで韓国に触れると、脅迫じみたメッセージが寄せられる。韓国旅行の思い出を呟いただけで「日本に帰ってくるな」と見ず知らずの人間から罵倒される。そうした日常を、彼女たちもまた、ずっと耐えてきたのだ。そうするしかなかった。生きることを否定され、人間としての尊厳を否定されてもなお、彼女たちは屈辱に耐え続けた。

しかし、どんなに目をそむけても視界に飛び込んでくるヘイトスピーチ──なかでも李さんに向けられたヨーゲンの度重なる悪罵に対して、ついに彼女たちの忍耐も限界値を超えたのである。

「もともと私たちはツイートするたびに『(韓国に)帰れ』『ゴキブリ女』と差別的なメンションを受け続けてきました。しかしフォロワーだった同胞の男性たちでさえ、巻き込まれるのが嫌なのか、いつの間にか私たちのフォローをはずしていた。結局、味方なんていないのかと絶望的な気持ちにもなりました。ただ日常の些細な会話を交わしていただけの私たちも、ヘイトスピーチの前では一人ぼっちだったんです」とそのうちの一人は打ち明ける。

「だからこそ李さんに対する攻撃を他人事だと傍観できるわけがなかった。ライターとして発言を続ける李さんは、攻撃の対象となりやすい場所に立っていただけで集中砲火を受けていました。もし私と李さんが入れ替わったとしても同じ。ヨーゲンが発するヘイトは在日女性全体に向けられたものだと思いました。私たち在日女性全員への攻撃でもあるんです。だから、絶対に李さんを孤立させてはいけないと、皆で話しました」

もちろんヨーゲンだけがヘイトの使い手であったわけではない。しかし、彼は間違いなく差別を煽るネット右翼の象徴的な存在だった。実際、ヨーゲンには何千人ものフォロアーが付き(そのなかには保守派を自称する有名ジャーナリストや評論家もいた)、在日コリアンに向けられた醜悪なツイートは日々、拡散された。

彼女たちは公開の場であるツイッターから撤退。仲間内だけで情報交換できるLINEに足場を移して何度も議論を重ねた。

「ただ励ますだけでは意味がない。李さんとヨーゲンのツイッターのやり取りに割って入ったとしても、女性相手ではヘイトが勢いづくだけです。本質的にヨーゲンのヘイトを止めるにはどうしたらいいか、具体的な案を出し合いました。警察は動かないし、そもそも同胞の男性たちも見て見ぬふりをするばかりで頼りない。日ごろは『在日として戦え』などと威勢の良いことを言うわりには、李さんへのヘイトを放置させているのですから」

そこで行き着いた結論が「ヨーゲンを探し出すこと」だった。

「せめてネトウヨとして一番目立っているヨーゲンの所在をつかみ、ネットは決して匿名が担保されているわけではないのだと、ヘイトを繰り返しているヨーゲン、いや、ネトウヨ全体に突き付けたかった。何よりも、李さんに1人じゃないんだということを伝えたかった」

ネット上の痕跡から追い詰める

さて、ネット上のヘイトスピーチがやっかいなのは、匿名性が保たれているからである。悪質なヘイトの担い手たちが実名を明かしているケースは皆無に等しい。そればかりか年齢も住所も勤務先もわからない場合がほとんどだ。自分だけは物陰に隠れて他者を罵倒、攻撃する。実に卑怯極まりない。

ヨーゲンも例外ではなかった。
彼のツイッター上のプロフィール欄には、わずかに「北海道在住」とだけヒントらしきものが書き込まれているだけで、実際、それが事実どうかも確かめようがない。

実は私も彼の素性を暴くことができないかと、ツイートを丹念に読みこんだことがある。しかし、男性であること以外の属性はまるで把握できず、せいぜい「フェラーリを所有していた」「豪邸に住んでいる」といった真偽不明の断片的な情報しか得ることができなかった。

しかし、本気で「捜索」に当たる女性たちには特筆すべき才能があった。
誰もが皆、ネットの知識に長けていたことである。

ここで詳述するわけにはいかないが、彼女たちは持てる知識を総動員し、ヨーゲンに関するあらゆる情報をかき集めた。ツイッターはもちろんのこと、彼が書き込みをしたと思われる掲示板、保守系サイトなどを虱潰しにチェックし、その痕跡を追った。政治的な側面だけから調査したわけではない。趣味、嗜好、食生活に至るまで、いわばプロファイリングを重ねたのである。

例えば、ヨーゲンがネット上にアップした一枚の風景写真を発見すれば、そこに写り込んでいる樹木や建物、道路標識、商店の看板まで見逃さなかった。不鮮明な山の稜線まで拡大し、撮影場所の特定に務めた。また、彼がオーディオの愛好家だったことも把握し、マニアの集まるサイトを片端からチェック。その中に、ヨーゲンらしき人物が書き残した文章とIPアドレスがあった。ヨーゲンは数年前に、とあるネトウヨ観察ブログに管理人を罵倒するコメントを投稿したことがあり、その際にIPアドレスを迂闊にも残していた。この二つのIPアドレスが一致したのである。これは「捜索」するうえでの重要な端緒となった。

広大な砂浜で一粒の砂金を探し当てるかのごとく、気の遠くなるような作業だったという。

それぞれが育児の合間に、あるいは仕事を終えてから、ひたすらネット空間での捜索を続け、その日の「成果」をLINEの掲示板で報告しあう毎日が続いた。

そのうち徐々に、おおよその人物像と生活圏が浮かび上がった。そこへ疑わしき人物を次々と当てはめ、ふるいにかけ、最後に残ったのが福島県いわき市に住む一人の男性だった。捜索を開始してからすでに2か月を要していた。

もちろん、当該人物が本当にヨーゲンであるのかどうか、確定するには、まだ材料に乏しかった。その時点で判明していたのは男性の氏名と、「いわき市在住」ということ、そしてIT関係の仕事に従事している可能性が強いといったことである。多方面から得た情報で、この男性が「ネトウヨ的な思考」を抱えていることじたいは間違いなかったが、それだけで彼がヨーゲンであると決めつけるわけにはいかない。まだ"容疑者"の段階である。

結局、確定するためには詳細な住所を調べたうえで本人に問い質すしかない。しかし、仮に住所が判明し、直撃できたとしても、その人物がヨーゲンであることを否定すれば、それで終わりである。

そこで現地調査を依頼されたのが、私だった。彼女たちは知り合いのつてをたどって私とメールで連絡を取り、それまでの調査結果を報告すると同時に、ヨーゲンを探し出して欲しいと持ちかけたのである。

私としても望むところではあった。超有名ネトウヨであるヨーゲンは、ぜひとも取材してみたいひとりではあったのだ。

IPアドレスの開示請求など法的手続きを取らず、ただ自分たちの知恵と努力だけでヨーゲンに迫っている彼女たちの情熱に、私は激しく心を揺さぶられた。私も単なる傍観者でいたくなかった。

彼女たちから容疑者にまつわる資料がメールに添付されて送られてきたのは昨年秋のことだ。
氏名、年齢、ネット上の痕跡、ヨーゲンだと推察される理由が記された書面に加え、いわき市内の住宅地図もそこには添えられていた。地図上には容疑者と同じ苗字の家が、数十か所も蛍光ペンで塗りつぶされていた。

人物特定に必要なファクトとしては十分だ──と私は思った。

だが、調査は予想以上に難航した。
後にわかったことだが、この人物は友人関係も近所づきあいもほとんどなく、また、自宅から外に出ることもめったになかった。

そのせいで闇雲に聞き込みを重ねても、それらしき人物が浮かび上がってこない。たとえ彼の名前を知っている人がいたとしても、「ネトウヨのヘイトスピーカー」であることなど知っているわけがない。

おまけに、肝心の自宅がわからない。住宅地図を片手に同じ姓の家を訪ねてまわったが、ヨーゲンらしき人物を当てることができなかった。

いったい何度、東京といわきを往復したことだろうか。

そのうち、私も苛立ってきた。もしかしたら彼女たちが探し出した容疑者は、ヨーゲンとは別人物ではないかとも思うようになった。そもそも57歳という容疑者の年齢が、私が想像していたヨーゲンと重ならなかった。

福島・いわき市内の男を特定

ネット上のヨーゲンは、あまりに幼稚だった。知性や理性の欠片も見ることができず、あらんかぎりの罵倒語と卑猥な言葉を送り出すだけの人物である。社会経験をもたない20代前半、あるいは高校生くらいかもしれない、とまで私は考えていた。還暦を前にした大人が、まさか下劣な言葉の持ち主であるとは考えにくかったのだ。

事態が動いたのは昨年末のことだった。
いわき市内の飲み屋街で、バーやスナックを聞き込みしていた時だった。
たまたま知り合った酔客から興味深い話を耳にした。

「韓国人をやたら敵視する中年の男を見たことがあるんですよ」

彼によると、その男はあるスナックで、その場に居合わせた韓国人の女性客に向かって、「俺は韓国人が嫌いだ」「出ていけ」などと突っかかっていたという。しかも日頃から韓国や在日コリアンへの差別的な暴言が目立っていたらしく、客に迷惑がかかるといった理由で、いまはそのスナックを「出入り禁止」になっているというのだった。

さすがに肝心のスナック店主は「客の情報は漏らせない」と口が重たかったが、出入り客などからの聞き込みを重ねることで、その暴言男の名前が在日女性たちが割り出したものと一致した。年齢も50代後半、仕事はIT関連であることも判明。プロファイリングと合致する。さらに取材を進めると、その男の趣味や嗜好、性格、言動などが、彼女らが提供してくれたヨーゲン情報とすべて一致したのだ。

ヨーゲンであることは間違いない。そう確信した私は、この男の周辺に的を絞って関係者をまわった。取材するごとに、彼の人物像がさらに鮮明となった。

男は県内沿岸部で開業医の息子として生まれた。
地元の中学を卒業した後、彼は県内では名門として知られる高校に進学している。

「ちょっと風変わりなヤツでした」

そう振り返るのは同級生の一人だ。

「落ち着きがないというか、空気を読めないというか、突飛なことを口にしては周囲をシラケさせるようなところがありましたね。とはいえ問題児であったわけではありません。彼を苦手とする人が多かった、という程度です。音楽が好きで、ドラムをやっていたと記憶しています」

卒業後は周囲に「ミュージシャンになる」と言って、一度、地元を離れたという。ほとんどの同級生が大学へ進学するなかにあって、男の選んだ進路は学校でも珍しいものであった。

しかし、音楽の道で成功した形跡はない。
数年後、男は県内に戻り、地元私大の歯学部に入学した。

「おそらくは音楽では食えないことを悟り、開業医だった親の勧めで同じような道を選ぶことにしたのでしょう」(前出、同級生)

だが、それもうまくいかなかった。
もともと医師になることに積極的でなかったこともあり、男は大学を中退する。

その後、しばらくして男が始めたのは、インターネットビジネスだった。ネットが大衆化されたばかりの頃である。おそらく早い時期からコンピューターへの興味と関心を深めていたのだろう。

1996年、電気事業通信業者の認可を得て、いわき市内でプロバイダー業を開業した。地元の商店街などを回り、月額2千円でネット加入できるサービスを売り込んだ。

同年3月には地元の経済誌『財界ふくしま』で、男の事業が取り上げられたこともあった。「ネットで開く、世界への道」と題された記事において、同誌記者の問いに対し男は次のように述べている。

「難しがられていますけれど、インターネットは車の免許を取るより簡単ですよ」

「妥協なしで、安くて良いものを提供していく」

「ビジネスマンの名刺に電子メールのアドレスが書いてあるのは、もう珍しいことじゃないですよね。いまは講師に呼ばれることも多くて、インターネットの啓蒙活動しているようなもんです」

新しい情報ツールを売り込まんとする、男の並々ならぬ意欲は感じることができる。このビジネスの舞台が大都市であれば、そして彼にもう少しの才覚と資金があれば、ネット草創期という"時代の利"を生かして、あるいは彼もネット長者の道を歩んでいたかもしれない。

この時代、東北の小さな衛星都市では、彼の意気込みも「啓蒙活動」も、空回りせざるを得なかった。

「結局、うまくいかなかったんです」と話すのは、その頃の男を知る知人の一人だ。

「彼はよく嘆いていましたよ。『この街では誰もインターネットの可能性を理解していない。本当に遅れている』と」

ネット加入を勧めても、地元商店主たちはまだ、そこにどんなメリットがが生じるのか、どんな利益につながるのか、まるでわからなかった。どれだけ将来性を説いたところで、男は「啓蒙」することができなかったのである。

「市内の雑居ビルに事務所を構えていましたが、そこも家賃の滞納で追い出されてしまう始末でした。金には困っていたようですね」

他人の駐車スペースに無断で車を停めるなどして、近隣とのトラブルも絶えなかったという。

おそらくは事業の失敗が、彼の方向を誤らせたのであろう。ほどなくして男はプロダクトキーの違法販売に手を染めることになった。

昨年末にそのことを知った私は、客を装って、男がネット上に開設したプロダクトキーの販売サイトに電話したことがある。

ネットに詳しくない私は、彼の商品説明がさっぱり理解できない。何度も繰り返してシステムの概要を求める私に、男は「そんなこともわからないのか」と半分キレかかっていた。客の問い合わせに対してぞんざいな口調で応じる彼には、客商売は難しいだろうなあと思うしかなかった。

さて、男の"人となり"は理解できた。だが転居を何度か繰り返しているので、肝心の住所がわからない。昔からの知人はほとんどが男とは没交渉で、私が取材した人物の中に現住所を知る者はいなかった(あるいは知っていたとしても教えたくはなかったのだろう)。

<以下後編へつづく>


安田浩一(やすだ・こういち)
ジャーナリスト/1964年静岡県生まれ。週刊誌、月刊誌記者などを経て2001年よりフリーに。著書に『ルポ 差別と貧困の外国人労働者』(光文社新書)、『外国人研修生殺人事件』(七つ森書館)ほか。主著『ネットと愛国』(講談社)で2012年度講談社ノンフィクション賞、JCJ(日本ジャーナリスト会議)賞を受賞。現在は2015年春の出版を目標に、『ネットと愛国』の続編を鋭意執筆中。

* * *
安田浩一・著
『ネットと愛国 在特会の「闇」を追いかけて』

第三十四回講談社ノンフィクション賞受賞作、第四十四回大宅壮一ノンフィクション賞候補作品。
聞くに堪えないようなヘイトスピーチを駆使して集団街宣を行う、日本最大の「市民保守団体」、在特会(在日特権を許さない市民の会 会員数約1万人)。だが、取材に応じた個々のメンバーは、その大半がどことなく頼りなげで大人しい、ごく普通の、イマドキの若者たちだった・・・・・・。
「ゴキブリ在日を叩き出せ」と過激なスローガンを叫ぶネット右翼。彼らをそこまで駆り立てるものは? 大反響を呼んだルポの書籍化

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