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ヘイトスピーチに関する質疑について

ヘイトスピーチに関する質疑について
http://www.moj.go.jp/hisho/kouhou/hisho08_00557.html
平成26年8月15日(金)
【記者】
 ヘイトスピーチに関する法整備を議員立法で作ろうという動きが自民党の中でありますけれども,法務省としてこれをどのようにお考えでしょうか。
【谷垣大臣】
 これは2020年の東京オリンピック・パラリンピックを考えると,やはりこういうことが横行しているのは問題ではないかということで,東京都知事の舛添氏が総理に何とか手を打ってほしいと要請されたようです。それで,そういう指示が政調会長に下り,政務調査会で勉強会が開かれていると承知しています。当然,我々もそういう政務調査会の議論には全力を挙げて協力をしていかなければならないと思っています。1回目の勉強会の様子を伺いましても,どこに議論の焦点を当てていくのかというのは実はなかなか容易ではないというか,相当論点をきちんと整理する必要があると思います。ですから,前回は今の日本の取締法規の状況であるとか,その実際の運用の問題などが主な議論になったようですけれども,今後の方向性についてはもう少し議論を詰めないといけないのかもしれません。我々も十分情報を集めて協力をしたいと思います。


http://diamond.jp/articles/print/58621
【第36回】 2014年9月4日 田岡俊次 [軍事ジャーナリスト]
国連が「ヘイトスピーチ」の法的規制を勧告
どうすれば「言論の自由」と両立するか

国連人種差別撤廃委員会は、日本政府に対しヘイトスピーチ(憎悪表現)に、法的規制を勧告する最終見解を発表した。ヘイトスピーチは日本の安全保障、国益にも有害だ。だが、法律はひとたびつくられると、その立法趣旨と違う目的に利用されることもある。「ヘイトスピーチの禁止」と「言論の自由の確保」を両立させるために、どのような条文の法案を作るのかを考えてみたい。

難しい言論の自由との兼ね合い

 国連人種差別撤廃委員会は8月29日、日本政府に対しヘイトスピーチ(憎悪表現)に毅然と対処し、法的規制を行うよう勧告する最終見解を発表した。自民党はその前日の28日「ヘイトスピーチ対策等に関する検討プロジェクトチーム」(座長・平沢勝栄政調会長代理)の初会合を開き、法整備を含む防止策の検討を始めた。

だがこの会合では国会周辺で大音量のスピーカーを使うなどの街頭宣伝活動の規制にも議論が及んだため、「原発反対活動などの規制にも使われるのでは」との疑問が出ており、「ヘイトスピーチの禁止」と「言論の自由の確保」を両立させるために、どのような条文の法案を作るのか注目される。

 日本が1995年12月に加入した人種差別撤廃条約はその第4条で「人種的優越又は憎悪に基づく思想の流布、人種差別の煽動、暴力行為、それに対する資金援助」などを法律で処罰すべき犯罪であることを宣言することを締結国に求めている。だが日本政府は加入に際し「日本国憲法の下における集会、結社、及び表現の自由、その他の権利と抵触しない限度においてこれらの規定に基づく義務を履行する」と第4条については留保している。

 とは言え、東京・新大久保や大阪・鶴橋などで「韓国は敵、よって殺せ」といったプラカードを掲げ、「出て来い、殺すぞ」と叫ぶデモ行進が行われていることに対しては、安倍首相は2013年5月に参議院で「他国人々を誹謗中傷する言動は極めて残念」と述べ、谷垣法相(当時)も「品格のある国家、という方向に真っ向から反する」と語った。国連で人種差別として論じられ、規制法制定の勧告を受けるような愚劣な行為が日本の品位をおとしめることは言うまでもない。

 それだけでなく、ヘイトスピーチは日本の安全保障、国益にも有害だ。安全保障の要諦の一つは出来る限り敵を作らないことにある。敵対関係になりかねない国をなるべく中立に近付け、できれば味方にし、友好国や中立的な国とはより親交を深めることが大事で、豊臣秀吉、徳川家康は「調略」(政治工作)にたけていたし、「天下布武」を呼号した織田信長の勢力圏の拡大も、詳しく見れば「調略」によることが少くない。

日本人は優秀だから排斥された

 戦前の日本で反米感情が生じた最初の契機は、アメリカ西海岸での日本人移民に対するヘイトスピーチだった。カリフォルニア州など米本土への集団移民は1890年に始まったが、当時のアメリカでは人種差別が横行し、1870年の移民・帰化法は「自由なる白人およびアフリカ人」のみを帰化可能、とし中国人の移民は1882年から禁止していた。そこに低賃金で誠実に働く日本人移民が流入すると、下層の白人労働者からは「賃金切り下
げを招く」などの反感が強く、1893年、サンフランシスコ市教育委員会は日本人の公立学校入学を拒否した。このときは珍田捨巳領事の奔走で市教委は決定を取り消したが、排日を叫ぶヘイトスピーチは止まなかった。

 米本土(主として西岸)の日本人移民は1900年には1万人に達し、1904年~05年の日露戦争で日本が白人大国ロシアに完勝すると、太平洋岸では日本の脅威が喧伝されて、1905年サンフランシスコでThe Japanese and Korean Exclusion League(日本人、韓国人排斥連盟)が結成され、他の都市、州にも拡がった。この組織は今日の日本の「在日特権を許さない市民の会」(在特会)に似た点があった。翌1906年サンフランシスコ教委はその声に押されて、全ての公立学校から日本人学童(93人)を隔離し、中国人などと同東洋人学校へ通わせる決定をした。日本は米国に対し、原則として相手国民に自国民と同等の待遇を与えることを定めた「日米通商航海条約」に違反すると抗議し、米国政府もサンフランシスコ市の教委の決定を批判したが、同市は「地方自治」を楯に抵抗し、セオドア・ルーズヴェルト大統領は日本との武力衝突を懸念して、太平洋の米軍艦を全て本国の港に引き揚げさせたほど緊張が高まった。

 翌1907年にこの学童隔離措置は撤回されたが、代わりに1908年の日米紳士協定で労働者のアメリカへの移民を日本が禁止、ハワイから米本土への移住も米大統領令で禁止となった。1913年にはカリフォルニア州で「外国人土地法」が成立、「帰化不能外国人」(白人、アフリカ人以外の者)の土地所有が禁止された。こうした移民制限は日本人だけを対象としたものではなく、1924年の移民法改正は東欧、南欧からの移民も制限し、アジアからの移民は全面禁止としたが、当時のアジアからの移民の大部分は日本人だったから、実質的には排斥法だった。日本人の農業、漁業の技術水準が高く、特にイタリア系の漁民やアイルランド系の農民らに嫉視されていたことが背景にあったようだ。親日的だったセオドア・ルーズヴェルト大統領は「日本人は劣等だからではなく、優秀だから排斥されている」と語ったこともある。

日米戦争の遠因となった米国の人種差別

 日露戦争の勝利で世界の大国に列し、誇りが高まっていた日本では、米国人の差別的言動と、それに迎合する米国の政策に対する憤りが高まり、さらに米国、カナダ、オーストラリア等が英国に対し日英同盟を解消するよう働きかけ、英国がそれに応じたことは、日本がドイツに接近し、第2次世界大戦で対米戦に向う遠因となった。昭和天皇は1990年に文藝春秋で公表された独白録(敗戦直後の1946年に側近に語った談話の記録)で「加州移民拒否の如きは日本国民を憤慨させるに十分なものである。かかる国民的憤慨を背景として、一度軍が立ち上がった時にこれを抑えることは容易な業ではない」と述べた。1911年11月、20歳で摂政になって以来、おそらく最も真剣かつ継続的に情勢を見つめて来た経験者である昭和天皇の言は、概して親米的だった日本人が反米に転じた契機が排日活動であったことの重要証言と言えよう。

 もし米国が日本人の排斥を行わず、移民を積極的に受け入れて米国の発展に活用していれば、友好関係は増進し、日露戦争後の満州の開発や、中国市場の門戸解放などでも日米の協力関係が成立し、第2次世界大戦でも第1次世界大戦と同様に日本が英米側に組みした可能性は十分あったのでは、と惜しまれる。

 日本は第1次世界大戦後、1920年に設立された国際連盟の常任理事国4ヵ国(英、仏、日、伊)の一つとなり、それに先立つ連立規約の制定に当たっては人種差別撤廃を明記すべきだ、と提案した。だが、他の主要戦勝国はこれを受け入れなかった。英国のおそらく最も高名な史家、A・J・P・ティラーは初版が1963年に出版された著書『第1次世界大戦』で「日本は悪意を持って(maliciously)連盟規約に人種平等の原則を書き込もうとした」と書いている。「人種平等」は当時の白人にとり、実に不都合な論だったろうから、興隆する日本
が人種差別を公然と行っていた米国等と連携することは結局は困難だったか、とも考える。だが、第2次世界大戦後になっても英国の比較的公平な史家が日本の人種差別の撤廃の提案を“malicious”(悪意がある)と書いているのは驚きだ。

ドイツではどのように規制しているか

 人種、民族、宗教などによる差別や排斥、その煽動などに相手が屈して融和的になることはまず期待できない。相手も敵意を募らせ、ヘイトスピーチや抗議活動を激化させ、双方で敵対感情が高まるのは当然だ。近隣国との国民感情の対立がエスカレートすると、双方の政府もそれに押されがちとなって非妥協的な姿勢、政策を取らざるを得なくなる。

 大衆に心地よい強硬論を唱える政治家が自国、隣国で政権を握れば安全保障上危険な状況になる。その場合こちらが軍備を強化しても、相手も対抗して強化し、軍備競争に入り込むのが普通だ。金ばかり掛かって安全性は一向に高まらないばかりか、双方の破壊力が強まるから、危険はかえって大きくなる。相手が大国でなくても、他の大国と連携して対抗しようとする可能性は高い。ヘイトスピーチや人種、民族差別による対立が起きれば、他の諸国も同情してくれないから、孤立する結果となる。また経済関係でも国民感情の対立を煽ることは国益上有害無益であることは言うまでもない。

 これらの利害を考えれば、日本が国連に勧告されるまでもなく、ヘイトスピーチを防止する策を考えるのは当然だが、表現の自由との兼ね合いはなかなか難しい問題だ。法律は一旦できると当初言われた目的と異なる方向に使われる場合がある。刑法208条の3「凶器準備集合罪」はその例で、本来は暴力団が抗争のため凶器を持って集まることを禁ずる趣旨、と国会などで説明し、1958年に刑法に追加されたが、現実にはデモ隊が棒やプラカードを持つことを取り締まるのに使われることが多かった。

 ドイツ刑法130条の「民衆扇動罪」は「公の平穏を害しうるような方法で①民族的、人種的、宗教的または人種要素による特定のグループまたは住民の一部やそれに属する個人に対する憎悪をかき立て、もしくはこれに対する暴力的又は不当な措置を呼びかけた者、②上記の住民の一部あるいは個人を罵倒し、又は悪意を持って侮辱もしくは中傷することにより他人の尊厳を害した者」に対し3ヵ月以上5年以下の自由刑にするとしている。また、それらの行為を煽る文書を流布、提示、作成、輸出入したり、電気通信設備で流布した者は3ヵ月以下の自由刑または罰金に処す、となっている。仮にこれと同様な法律が日本で施行されたとしても、民族、人種、宗教とは無関係な、原発反対運動の規制には使えないだろうが、宗教団体や民族団体への批判は「公の平穏を害しうる」とか「憎悪をかき立てた」と見なされない方法で行うことが必要になるだろう。

 一方、他国の行動や自国の政策などに対する意見の表明は自由なはずで、拉致問題の解決や核実験の停止を求めたり、外国人に地方議会への参政権を認めることに対する賛否の表明などは「公の平穏を害しうる方法」ではなく、また「住民の一部や個人を罵倒、侮辱する」ような行為でなければ可能、と思われる。日本国憲法は「一切の表現の自由」を保証しているが、全く野放しではなく、名誉棄損や侮辱、脅迫、虚偽の風説流布による信用毀損、業務妨害などは罰する事が刑法で定められている。これらの行為は特定の個人や企業、施設に対して行われた場合しか処罰できず、○○人といった莫とした対象に対する脅迫、侮辱などには適用できないが、それを少し手直しし、「正当な理由がないのに、人種、民族を根拠に公然と人またはその集団を侮辱した者」といった条項を追加することでも対応可能か、と考える。

 ただ、これも条文の書き方によっては「○○県人はケチだ」とか「○○省の役人は無能だ」とネットに書くだけでも、「特定の集団を侮辱した」とされることになりかねないから、副作用の弊害がないか、法案の条文を詳しく検討する必要があるだろう。また日本でヘイトスピーチ規制の法律が作られれば、他国に対しても同様な措置を勧めることも考えてよいだろう。ヘイトスピーチはその国の利害の観点上百害あって一利もないからだ。

「社会的制裁」は恣意的になる

 ドイツ、イギリス、フランス、北欧諸国ではヘイトスピーチに対する法的規制があるのに対し、アメリカは1791年の憲法修正第1条で言論の自由を制限する法律を禁じているため、連邦法でのヘイトスピーチ規制はないが、人種対立の激しかったイリノイ州の州法でこれを規制したことについて、連邦最高裁判所が1952年に「正当な理由がなかったとは言えない」として合憲判決を出したことがある。「アメリカでは法律がなくても差別的言動に対しては厳しい批判が起こり社会的制裁を受ける」と言われるが、その対象はもっぱら黒人、ユダヤ人、同性愛者などに関するもので、日米経済摩擦が激しかった1980年代末から90年代初期には「Nuke Japan」(日本に核攻撃を)とのステッカーをバンパーに貼った車が走り回っていた。

 9・11テロ事件後にはイスラム教徒に対する監視や差別的表現は当然視されたし、2003年のイラク戦争に反対したフランスへの罵倒が流行するなど、そのときどきの世論によるだけに「社会的制裁」は恣意的にならざるをえない。ユダヤ系アメリカ人は510万人余で全人口の1.7%程度だが、政治家はイスラエルを批判すると“Anti-Semitism”(反ユダヤ主義)の烙印を押されて選挙で不利になることを恐れ、米国議会はガザ住民2100人余を殺した今回のイスラエルによる攻撃を上下院両院とも満場一致で支持する決議をしている。「社会的制裁」はそれ自身がヘイトスピーチ化する危険をはらんでいると言えよう。

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