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「少女はなぜ逃げなかったか」

ネットと世間に流れる「少女はなぜ逃げなかったか」に答える:岡山小6少女誘拐監禁事件被害者保護のために

碓井 真史 | 社会心理学者/新潟青陵大学大学院教授/スクールカウンセラー
2014年7月21日 20時22分   

http://bylines.news.yahoo.co.jp/usuimafumi/20140721-00037585/

■岡山小6少女誘拐監禁事件

被害者の少女は無事に保護されました。

岡山県で小学5年の女の子が行方不明になった事件で、藤原武容疑者(49)が監禁の疑いで逮捕されました。~捜査員が窓ガラスを割って突入。すると、部屋で布団の上に寝た状態でテレビを見ていた女の子と、脇のベッドに座っている容疑者を発見。捜査員が女の子の名前を問い掛けると、女の子は「はい」と答えたということです。
出典:岡山小5女児監禁 事件解決までの経緯を詳しく解説 テレビ朝日系(ANN) 7月21日
発見時の様子は、「布団の上に寝た状態でテレビを見ていた」と報道されています。

この報道を受け、「少女はなぜ逃げなかったのか」という疑問が出ているようです。ネット上でそんな発言をしている人は、悪気は全くないと思いますが、監禁被害者に対するこのような発想は、被害者と家族をさらに苦しめるでしょう。

■誘拐時の状況

藤原容疑者は、容疑を認めたうえで、犯行の動機について、「少女に興味があり、自分好みの女の子に育てたかった」と供述していることが新たにわかった。~女の子を「自分の妻です」と紹介し、言い逃れをしようとしたという。~女の子を連れ出した際は、刃物のようなものを突きつけて脅し、連れ出した~
出典:岡山・女子小5生監禁 逮捕の49歳男「少女に興味があった」 フジテレビ系(FNN) 7月21日
犯行動機は、営利誘拐等ではありませんでしたが、非常に自己中心的な動機です。そして、刃物で脅して少女を誘拐しています。

大人でも、どうでしょうか。突然、自分よりずっと大きくて力のある人が目の前に表れて、刃物で脅す。どんなに大きな恐怖と不安でしょうか。

この相手の言いなりになるしかないでしょう。現実に、刃物で刺されることの恐怖もあるでしょう。さらに一般的に言って、子どものなどの場合は、大きな相手に強く言われてしまうと、逆らえないことがあります。ヘビの前のカエルのような状態です。

車に無理矢理乗せられ、知らない家に連れて行かれる。これは、死の恐怖です。どれほど怖かったでしょう。

■監禁時の様子

営利誘拐であれば、ロープで縛って監禁するとった方法が取られるでしょう。犯人は、最初から短期の監禁しか考えていませんし、被害者に嫌われても問題はありません。

しかし、今回のような長期監禁を考える犯人は違います。今回の事件の詳細はまだ不明であり、一般論ではありますが、長期監禁事件の犯人は、被害者にやさしくします。

彼らは、力づくで監禁するだけでは満足しないのです。犯人としては、被害者と仲良くしたい、相手がすすんで自分と一緒にいるようにしたい(そう思いたい)と願っています。だから、相手が指示に従っている限りは、やさしくするのです。

ただし、その優しさは、決して本当の意味での相手への愛ではありません。とても自己中心的な思いの中での、相手へのサービスです。

それは、大きな組織による監禁、洗脳、マインドコントロールなどの場合も同様です。相手に言うことを聞かせるためには、恐怖や激しい罰だけではなく、優しさを与えます。それが、相手を支配する有効な方法です。

おそらく今回の事件でも、犯人は被害者にお菓子を与えたり、テレビを見せたりしていたのでしょう。

■なぜ逃げられなかったのか

そのように鉄の鎖で縛られているのではないなら、「なぜ逃げられなかったのか」という疑問を持つ人がいます。被害者の方に何か問題があったのかと想像する人さえいるでしょう。

しかしそれは、とんでもない誤解です。

一般的に言って、被害者少女は「逃げなかった」のではなく「逃げられなかった」のです。

刃物を突きつけられ、力づくで誘拐監禁され、閉じ込められている。逃げようとしてひどい目に合ったり、逃げようとすればひどい目に合わせるぞ脅されたりするでしょう。そして、言うことを来ている限りは、縛られず、食事も与えられる。

そんな状況で、アクションドラマの主人公のように逃げ出すことなどできるでしょうか。体がロープで縛られなくても、心がロープで縛られて、人は逃げられなくなるのです。

もしも被害者少女が、取り乱し、大騒ぎをしていたらどうでしょうか。これまでも多くの犯罪で起きてしまったことですが、「騒がれたので殺した」ということが起きていたかもしれません。

静かに指示に従ったのは、生き残るための必死の努力とも言えるでしょう。

■被害者保護のために

ある女性から以前メールをもらいました。

「子どもの頃、犯罪被害にあった。どうしようもなくて、男の言いなりになってしまった。その時、なぜ言いなりになったのか、なぜ逃げなかったのかと責められて辛かった。大きな事件報道で、また「なぜ逃げなかったのか」という声が上がっていて、とても悲しい。」

今回の事件の詳細はわかりません。ただ、被害者に非は全くありません。被害者も、家族も、地域の人も、事件解決のために最大限の努力をしてきたことでしょう。

事件の全貌を明らかにし、正しい裁判を行うことは大切です。同時に、被害者保護は何よりも大切です。私たちの発言が、心ならずも被害者を責めることがないように、被害者保護につながるような発言をしてきたいと思います。

私たちみんなで、しっかり子どもを守りましょう。

→この記事を書いた理由について:「ネット上で、憶測、可能性、一般論を語るなら:岡山小6誘拐監禁事件から考える被害者保護」(7/22アップ)

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碓井 真史
社会心理学者/新潟青陵大学大学院教授/スクールカウンセラー

東京墨田区下町生まれ。幼稚園中退。日本大学大学院博士後期課程修了。博士(心理学)。新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科教授。スクールカウンセラー。テレビ新潟番組審議委員。好物はもんじゃ。HP『こころの散歩道』は総アクセス数5千万。著書:『あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からのいのちのメッセージ』『誰でもいいから殺したかった:追い詰められた青少年の心理』。監修:『よくわかる人間関係の心理学』など。

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