« 最高裁、婚外子の相続差別は違憲 | トップページ | 秘密保全法案―基本的人権侵害の悪法 »

人権派弁護士の転落

人権派弁護士の転落(きょうも傍聴席にいます)

http://digital.asahi.com/articles/TKY201309050265.html?ref=comkiji_txt_end_kjid_TKY201309050265

 人権派として知られたベテラン弁護士が今、被告に立場を変え、福岡地裁の法廷に立っている。
連載「きょうも傍聴席にいます。」
 弁護人「弁護士になる時、どういう弁護士になろうと?」。
 被告「被害者の立場に立った弁護士になろうと思っていました」。
 北九州市の島内正人被告(67)=弁護士資格喪失。市内の女性の成年後見人を務める男性の「成年後見監督人」だったが、その女性の現金4400万円をだまし取ったとされる詐欺罪と、さらに別の依頼人の男女3人の約1370万円を流用したという業務上横領罪に問われている。
 被告人質問によると、弁護士人生は次のように始まった。
 司法試験に合格し、福岡市で過ごした司法修習のとき、水俣病問題と取り組む弁護士に出会った。現地への視察や、患者からの聞き取りをした。
 国内最大の食品公害とされるカネミ油症事件の調査にもかかわった。
 1972年に弁護士になるとすぐに、カネミ油症被害者の弁護団に入った。長崎の五島列島や北九州、山口の患者の元へ足を運んだ。
 「カネミ油症は、PCB(ポリ塩化ビフェニール)が食用油に混入し……」
 被告人質問で、当時のことを弁護人から聞かれると、とうとうと弁舌をふるった。
 同じ事務所で働いていた先輩弁護士が今年5月、証人として出廷した。「きちょうめんな性格。熱心だった」
 8月には、妻も証言した。「忙しくて大変だったみたいです。でも、『金のためにやっているわけじゃない』と言っていました」
 周囲からの信頼は厚かった。福岡県弁護士会の副会長などを歴任した後、2004年度には九州・沖縄各県の弁護士会でつくる九州弁護士会連合会(九弁連)の理事長に就いた。
 「みんなが一致してふさわしいと決めた」。先輩弁護士は口にした。
 だが、これが転落の引き金になる。
 理事長の仕事は忙しかった。弁護士が都市部に集中する弁護士過疎などの問題に精力的に取り組んだ。しかし、その分、本業の弁護士としての仕事に、手が回らなくなった。
 個人事務所の経営は行き詰まった。前年度まで1千万円を超えていた所得が、04年度は600万円台に落ち込んだ。
 徐々に、依頼者から預かった金に、手をつけるようになった。
 事務所経費の穴埋めに、預かり金を使う。その穴埋めに、別の人からの預かり金を充てる……。負の連鎖は止まらなかった。
 被告「何とかなるだろうと安易な気持ちがあった」。
 10年にがんが発覚したことも追い打ちをかけた。治療の影響で、仕事がほとんどできなくなった。
 そして福岡県弁護士会の市民窓口に、苦情が寄せられるようになる。弁護士会は調査を開始。昨年10月25日、弁護士会は記者会見を開き、発表した。
 島内弁護士が4400万円をだまし取っていた――。
 「まさか島内先生が……」。被告を知る弁護士の間で強い衝撃が走った。
 翌26日朝。島内被告は、自宅に届いた朝刊で、自身の不祥事の記事を見た。その日は、長崎市である九弁連の定期大会に参加して、在職40周年の表彰を受ける予定の日だった。
 5日後、逮捕された。
 弁護人「なぜ、友人にも相談しなかったのか」。
 被告「自分の恥を明らかにしたくなかった。プライド、自負心以外の何物でもない」。
 先輩弁護士は証人尋問で、悔しさをにじませながら言った。
 「この馬鹿たれが。なんでこんなことを。なぜ、もっと早く相談しなかったのか、腹立たしい」
 福岡拘置所から病院に通いながら、今もがんの治療を続けている。頭髪は治療の影響で抜け落ちた。
 それでも、法廷では弁護士の質問にはっきりと、力強い声で答え続けている。
 ただ、生まれたばかりの孫に話が及んだとき、一瞬だけ取り乱した。
 「ひーっ」。声にならない声を上げ、天を仰いだ。
 被告「被害者に対して、大変申し訳ない気持ちは変わりません」。
 裁判は、10月に結審する予定だ。

|

« 最高裁、婚外子の相続差別は違憲 | トップページ | 秘密保全法案―基本的人権侵害の悪法 »

つれずれ」カテゴリの記事