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近江絹糸争議 回顧本 /滋賀

近江絹糸争議:いま記す「人権争議」前史 60年前の過酷労働や弾圧、彦根工場元労組支部長・朝倉さんが回顧本 /滋賀

毎日新聞 2013年02月04日 地方版
http://mainichi.jp/area/shiga/news/20130204ddlk25040197000c.html

 100余日にわたるストライキを貫徹するなど日本の労働運動史に大きな足跡を刻んだ近江絹糸(現オーミケンシ)の労働争議。若き従業員たちが労働条件の改善などを求めてストライキに突入するまでの、ほとんど記録が残されていない5年間の潜行活動を明らかにした回顧本「近江絹糸『人権争議』はなぜ起きたか」が「当時の熱気が浮かび上がる」と話題を呼んでいる。【松井圀夫】

 ■極秘裏の準備

 筆者は同社彦根工場の初代労働組合支部長として活動した元県議・彦根市議の朝倉克己さん(78)=彦根市城町2。

 朝倉さんは鳥取県倉吉市出身。1950年3月に近江絹糸発祥の地、彦根工場に集団就職で入社した。ところが、過酷な労働条件に加え、寮では入寮者の手紙の開封、信仰の自由や社外との接触、男女交際などの制限や禁止など「格子なき牢獄」ともいわれた前近代的な環境に違和感を覚えたという。そんな中で会社側の姿勢に疑問や不満を募らせた働く仲間とともに人権や労働条件の改善を目指す活動を極秘裏に進め、当時あった「御用組合」に代わる新労働組合結成の機会を待った。

 ■小説のモデルに

 54年6月2日、大阪本社での新労働組合結成とスト決起に続き、彦根工場でも同7日にストに突入。当時19歳で労組彦根支部長だった朝倉さんらは8時間労働の確立など22項目の要求を掲げ、106日間に及ぶ闘争の末、会社側が労組の要求を受け入れた。回顧本では朝倉さんが当時の記憶をたどりスト突入までを克明につづっている。

 四六判、182ページ。(1)近江絹糸労働争議とは(2)急成長の裏に潜む過酷な生産高競争(3)旧い時代を引きずる社内規律(4)昭和二十六年 通学妨害と圧死事件(5)昭和二十七年 御用組合改革への第一歩(6)昭和二十八年 多難を極める改革への道(7)昭和二十九年 改革の時期(とき)−−の7章で構成。この中で厳しい労働条件や寄宿舎の規律などとともに「近くの定時制高校の受験や通学時に残業や行事への参加を命じたり尾行するなどの妨害があった」ことなども記録している。

 「人権争議」とも呼ばれた活動は、三島由紀夫の長編小説「絹と明察」のモデルにもなり、朝倉さんは三島さんの取材を受けた。朝倉さんはあとがきで、「彦根工場入社以来5年間、改革をめざし、新組合の立ち上げへと取り組み、旧体制の圧制下でいかに経営側の弾圧と監視の目をくぐり抜け、決起に至ったかを記録することは、当時新組合結成の責任者だった私の使命」と書いている。

 ■続編も構想

 出版から4カ月。当時労働運動に参加したり工場で働いたりした人のほか、争議を知らない若者らからも「労働争議そのものをもっと深く知りたい」などの声が朝倉さんや出版社に寄せられているという。

 朝倉さんは「労働組合は何をしたのか、労働界に残した足跡や社会貢献などを軸に続編の構想を練り始めている」といい、同組合結成から60年になる来年6月ごろをめどに出版準備をしている。

 回顧本は定価1680円(税込み)。問い合わせはサンライズ出版(0749・22・0627)。

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