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「部落解放運動幹部でヤクザ」飛鳥会事件・小西邦彦の人間力『ピストルと荊冠』

  「部落解放運動幹部でヤクザ」飛鳥会事件・小西邦彦の人間力『ピストルと荊冠』

http://woman.infoseek.co.jp/news/entertainment/cyzo_20130104_397021

   2006年、同和対策事業の裏をかき、業務上横領と詐欺を繰り返していた男・小西邦彦が逮捕された。「飛鳥会事件」と呼ばれ、広く報道されたこの事件、何よりもスキャンダラスだったのは、部落解放同盟の支部長でありながら、暴力団構成員として裏社会と密接に関わってきた小西の経歴だった。ジャーナリスト・角岡伸彦が記した『ピストルと荊冠』(講談社)は、2007年にその生涯を閉じた小西の一生を描いたルポタージュだ。

 大阪府高槻市の被差別部落に生まれ育った少年は、刑務所への出入りを繰り返し、山口組系金田組の組員となる。その後、暴力団との関係を保ちながら、請われるままに大阪・東淀川区の部落解放同盟飛鳥支部の支部長に就任した。

 本来、被差別部落における差別をなくすために行われてきた同和対策。1970年代にその盛り上がりはピークを迎え、行政も予算を注ぎ込んだ。そして、その予算を利用し、小西は徹底的に金を儲けた。支部長としての立場を利用して政財界に絶大な影響力を築き上げ、巨万の富を得ながら夜の街で散財を続ける“飛鳥のドン”。「横綱・千代の富士を蹴り上げた」「月の飲み代は1000万円」など、小西の伝説は枚挙にいとまがない。犯罪歴だけでも、支部長の立場を利用した脱税の斡旋、横領、着服、違法金融や無届けスナックの経営……。著者も「小西を逮捕するには、罪状に困らなかった」というほどに悪行三昧を繰り返した。

 だが、悪人としての側面は、小西のほんの一面でしかない。

 そもそも「人の役に立て」という母親の教えを守り、解放運動に身を投じた小西。慈善事業にも積極的で、社会福祉法人「ともしび福祉会」を設立し、地域のために貢献した。子どもと老人には甘く、大勢の子どもを引き連れて水族館に行ったり、老人たちと慰安旅行を楽しんだ。もちろん、それらの金はすべて小西が支払ったものだ。金に困っている知り合いがいれば、ポンと数十万円の金を渡してしまった。短気な激情家で、すぐ暴力に及ぶ人柄ながら、その人間性に惚れ込んだ人々は多い。

 「同和対策の利権を吸い尽くしたヤクザ」と「慈善事業家」、一体どちらが本当の小西邦彦の姿なのだろうか? 著者は、その人柄をこう評価する。

「人間は単純に『善人』と『悪人』に二分されるわけではない。(中略)ただ、小西の場合、双方の『量』と『質』が尋常ではなかった」

 また本書には、メディアにおいてタブー視されている同和対策批判も盛り込まれている。

 飛鳥会事件を「エセ同和行為」として切り捨てようとする部落解放同盟。結果的にその立場を利用して罪を犯してきたものの、小西は40年にわたって、支部長として運動を続けてきた。また、空疎な報道批判を繰り返す同盟に対し「被害者、被差別者を前面に押し立てた報道批判は、真面目な同盟員や差別の助長・再生産にしか依拠できない部落解放運動の空洞化を如実に示していた」と苦言を呈し、「被害者意識ばかりを言いつのる運動団体は、もはや百害あって一利なしではないか」と、その存在意義を問う。著者もまた、被差別部落に生まれ育った一人だ。

 行政の事なかれ主義と、部落問題という“触らぬ神”の間の子として育った小西邦彦という怪物は、大阪の街を我が物顔で闊歩した。部落解放運動も下火となり、彼のような人間は、もう二度と出てくることはないだろう。しかし、その特殊な状況が生み出した人間くさい魅力には、どこか惹かれてしまうものがある。

(文=萩原雄太[かもめマシーン])

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