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危うい「教訓」 週刊朝日・橋本市長問題

危うい「教訓」 週刊朝日・橋本市長問題を考える
(東京新聞「こちら特報部」10月25日)

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 週刊朝日が橋下徹大阪市長を取り上げた連載を中止した問題で、同誌は編集長名でおわびを掲載した。誤りを「同和地区を特定するなど」と説明したが、地名を書いたことが問題なのか。一方で、識者の間では政治家は主張や政策で評価されるべきで、出自に触れるべきではないといった論調も散見する。しかし、それは言論の自主規制につながらないか。「教訓」の危うさを探った。 (荒井六貴、上田千秋)



 「同和地区を特定するなど極めて不適切な記述を複数掲載して…」
 ノンフィクション作家の佐野真一氏と編集部が取材して掲載した「緊急連載 ハシシタ 奴の本性」の連載中止決定の理由について、週刊朝日は十一月二日号で、おわびの文章にそう載せた。

 疑問がある。「同和地区(部落)を特定する」ことが誤りか。そうした技術的な問題なのか。
 というのも、被差別部落の地名は部落解放運動関連の出版物にも記されている。例えば、狭山事件についてはどうか。

 一九六三年に女子高生が誘拐されて殺され、犯人を取り逃がした警察が被差別部落に見込み捜査を集中、住民の石川一雄さん(再審請求中)を犯人とした事件だ。この事件を扱った数多くの著作にも、地名は不可欠な要素として登場する。

 部落解放同盟中央本部でマスコミの差別表現の問題に取り組んできた「にんげん出版」(東京)代表の小林健治さんは「単純に地名を記したことが問題なのではない。逆に必要性や合理性があれば、部落の地名を特定することに問題はない。差別を許さないためにはむしろ、タブーはダメだ」と語る。つまり、週刊朝日の「おわび」は誤りの要点を理解したものではないとみる。
 小林さんは被差別部落の地名を掲載する基準について「記載する狙いに部落に対する侮辱の意味を込めた差別性があるかどうかという点こそが大切だ」と説明する。

 「今回の連載で問題と思えるのは、橋下さんをおとしめるという目的に沿って、部落の地名を記したということだ。被差別部落を侮辱視することが前提になっている」
 週刊朝日はおわびの中で「タイトルも適切ではない」としている。
 小林さんは「ここで言う『タイトル』とは『ハシシタ』と記述したことだと思う。おわびに適切でない理由の記述がないため、単に名前を正確に記載しなかったことが間違いだったようにも受け取れる」と話す。

 「だとすれば、部落問題の中で名前の持つ意味の大きさを自覚していない。明治時代、支配層が被差別部落出身者に名前をつける際、巧妙に名前で出身者と分かるようにしてきた歴史がある」
 七〇年代以降、就職や結婚で被差別部落出身者を排除するため、部落の名前や住所などを一覧にした「部落地名総鑑」がたびたび地下出版され、糾弾されてきた。

 小林さんは「週刊朝日の報道はこの総鑑と似ている」と指摘する。
 「政治家のみならず、芸能界やスポーツ界にも被差別部落の出身者はいる。それを明らかにできないのは今の社会に差別が厳然とあるからだ」
 もう一つ重要な論点は政治家の出自に触れることについての是非だ。
 「政治家は主張や政策で判断されるべきで、出自を取り上げる必要は全くない」という意見も少なからずある。

 だが、作家の宮崎学さんはこうした見方に異を唱える。「公人である政治家の出自、血脈を取材して発表することは当然のことだ」と言い切る。
 宮崎さんは二〇〇六年、「安倍晋三の敬愛する祖父岸信介」を著した。当時、首相だった安倍晋三氏の思考の背景には、祖父で元首相の故岸信介氏の影響があるとみた。

「政治家の思想は父や祖父との間で連続性、類似性がある。それを書かないのは逆に不自然だ」
 報道機関は有力政治家について、生まれ育った環境を含めて取材し、記事にする。例えば、麻生太郎元首相は福岡県で絶大な力を誇る財閥出身、鳩山由紀夫元首相の実家も名門中の名門の政治家一家で、彼らが打ち出す政策、発言は育った生活環境と無縁ではない。

 橋下氏も有力政治家として取材対象となることは避けがたいが、今回の連載で宮崎さんが問題視するのは、前出の小林さんと同様、部落を揶揄(やゆ)したようなタイトルと、「部落イコール悪」と読み取れるような部分が随所に出てくる点だ。

 「今回の場合、橋下氏の政治理念に出自が影響しているということが、連載の一回目からは読み取れない。父親や本人が部落出身であることと政治理念の結びつきがみえない。だから、橋下氏批判と血脈を結び付けた今回の記事はおかしい」

 著書「近代の奈落」の中で、自身の父親が部落出身者であることを明かしている宮崎さんは「肌の色で分かる人種差別と違い、部落差別は長年にわたって言葉で伝えられてきた。だからこそ、表現する時は気を付けなければいけない」と話す。 宮崎さんは橋下氏についての本を執筆するため、すでに取材を始めているという。「ツイッターなどを分析しているが、橋下氏が部落問題をそう勉強をしているようには思えない。行政のトップとして、それでは通らないし、週刊朝日もしかり。両者とも問題の本質を理解をしないままにやりとりしているようだ」

 ただ、今回の連載中止がメディア全体に余波を
広げることは必至だ。
 「週刊朝日も一回で連載を打ち切るくらいならば、最初からやらなければよかった。今回の件を受けて、今後、ものすごい勢いでマスコミの自粛が加速するだろう」

◆関連事業予算は削減傾向

 橋下氏は十八日の会見で、今回の自らの抗議と部落解放運動とは別という見解を示している。実際、大阪市長に就任して以降、同市の関連事業予算は削減傾向にある。
 今年七月にまとめた「市政改革プラン」では、かつて部落解放運動の拠点にもなった旧人権文化センターなど十施設を来年度いっぱいで全廃する方針を打ち出した。施設はいずれも同和対策事業特別措置法に基づいて造られ、〇一年度に同和対策事業が終了して以降は「市民交流センター」に衣替えしていた。

 橋下氏が「展示内容が暗く、子どもが夢を持てない」と語った大阪人権博物館への補助金も来年度以降、打ち切られる。同施設は部落やアイヌ民族、水俣病などの人権侵害問題に触れている。
 被差別部落関係者の一人は「『本人さえ頑張れば何とでもなる』『金がないんだから仕方ない』というのが橋下さんの理屈だが、横並びに何でも切っていくやり方はどうなのか」と話している。

<デスクメモ> 新聞、出版業界周辺には「部落問題は触れると“事故”のもと」という暗黙の忌避感覚がありがちだ。姿勢自体も誤りだが活字がどうあれ、いまやインターネット上には差別書き込みが絶えない。だから、お茶を濁すような“自粛”こそ避けねばならない。差別を正面から学び、論じ合う好機としたい。(牧)

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