人権救済法案 事を急がずに議論深めよ 西日本新聞
人権救済法案 事を急がずに議論深めよ
2012年10月4日 10:41カテゴリー:コラム> 社説
=2012/10/04付 西日本新聞朝刊=
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/327384
なぜ、そんなに急ぐのか、違和感を覚える。さまざまな人権侵害を受けた人を救済するため、新たに「人権委員会」を設置する法案を政府が閣議決定した。
政府与党は先の通常国会終盤、いったん閣議決定と法案提出を見送っていた。ところが、国会閉会後の先月19日になって閣議決定した。藤村修官房長官は「政府として人権擁護問題に積極的に取り組む姿勢を明確に示す必要があった」と言うが、果たしてそうか。理解に苦しむ。
不当な差別や増える虐待、公権力による人権侵害など、多様な人権侵害から人々を救済する仕組みをつくることには、国民の間に大きな異論はなかろう。
しかし、最初の法案が自民党政権下の2002年に提出されて以降、10年たっていまだに法制化に至っていない。
なぜか。当初は法案が報道機関による活動も規制対象にしたためだった。メディア規制は取材や表現の自由を制限し、結果として国民の「知る権利」を損ないかねないという反対論が噴出した。救済機関の調査に強制権を持たせ、拒めば罰則を科す内容にも批判が強かった。
結局は廃案となったものの、その後、民主党も人権救済機関の創設を政権公約に掲げて政権交代を果たし、昨年12月には法案概要の発表にこぎ着けていた。
新法案では、人権委員会は国会の同意を得て首相が任命した委員長と委員4人で構成し、調査で人権侵害と認めれば告発や調停など救済措置を取る。地方の業務は法務局や地方法務局を活用する。人権委から実務を委嘱される人権擁護委員は「地方参政権を持つ人」と限定し、外国人が就くことを排除した。
旧法案にあったメディア規制条項はなくなった。調査は同意に基づく任意とし、拒否した場合の罰則も設けていない。
それでも、なお疑問は残る。
人権委員会は公正取引委員会と同様、政府から独立した権限を持つ「三条委員会」と位置付けるが、旧法案通り法務省の外局として設置するという。
もともとこの問題は、国連規約人権委員会が1998年、刑務所や入国管理施設などでの公務員による人権侵害を指摘し、独立した救済機関の設置を日本政府に勧告したのが、発端の一つだった。
指摘された刑務所など人権侵害の申し立てが少なくない組織を所管するのが法務省である。その外局で、果たして政府の影響を絶った判断ができるのか。
公権力による人権侵害の監視・調査機能そのものに疑問符が付いているのに、法の狙いが達成できるとは思えない。
救済すべき「人権侵害」の範囲が法案では不明確で「拡大解釈の余地がある」という懸念も根強い。そうなれば、表現の自由を制約する恐れもある。
こうした疑念は与野党内でくすぶり、成立の見通しは立っていないのだ。それならなおのこと、事を急ぐ必要はあるまい。あらためて丁寧に国民の声を聴き、議論を深めるのが先ではないか。
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