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要点筆記は野次、罵声は無視して作成~筑紫野市

要点筆記は野次、罵声は無視して作成~筑紫野市の解放同盟との糾弾集会の交渉記録公開される
2010年11月25日 (木)

なめ猫♪
http://genyosya.blog16.fc2.com/blog-entry-1912.html

大阪の根屋雅光大兄よりメールでお知らせ頂きました。

10月に我々3名が傍聴参加した筑紫野市行政と部落解放同盟筑紫地区協議会のいわゆる学習会の要点筆記が公開されたとの事です。

明日にでも情報公開請求を行いますが、作成者の筑紫野市人権政策課に確認したところ、課長は人権擁護委員の研修で広島に行っており月曜日まで不在であると言う。とりあえず請求を行う旨伝えてあります。

また要点筆記録は、同盟側のフロアからの野次、罵声は一切無視したと言う。正確な記録とはいえない代物である。






永岡隣保館での学習会は、行政側からすると「昔より楽だった」とそういうことを議員にも説明していたようですが、それが行政機関の認識なのです。直接面会した副市長も、総務部長らも同様の事を述べてはいた。

逆に言えば昔はもっとひどかった。いわゆる特別法時代までは無法状態といってよい有様であったとも認めた事になる。

この筑紫野市の地は、部落解放の父と呼ばれ広く慕われ、敬愛されたという松本治一郎とともに、全国の部落解放運動を牽引した上杉佐一郎氏が住んでおられたことも知られている。上杉氏がいま我々と対峙する立場にある反差別国際運動の創立者でもある。

同対法制定の際に、松本治一郎氏は、あくまで利権腐敗がはこびかねない特別対策には反対したという有名なエピソードが有る。その松本治一郎に涙して絶対に利権が生じない様頑張りますからと、説得に当たったのが上杉佐一郎であった。松本治一郎は法の制定を前に亡くなったが、現在の部落解放同盟の有り様を天から視られて如何に思われるのだろうか。

学習会には上杉佐一郎氏の甥っ子にあたる森岡修氏(部落解放同盟筑紫地区協議会顧問)も出席し、熱弁をふるっておいででした。

週刊ポストで「糾弾」という立花町差別はがき自作自演事件を取り上げて連載しています。
自由同和会など不快感を持つ人も少なくない様ですが、今年4月からサピオの編集長が異動して来たここ最近の同紙の記事を見ると、政治的には保守色の強いのですが、どうしたわけかこの連載では、糾弾は自己変革だとか教育だとか差別への救済措置だと言う内容が掲載されています。

特定団体の代弁するための体験談と主張が載るのは立花町の事件で信用失墜しかかった解放同盟王国、福岡県をなんとしても護りたい、そして人権侵害救済法案に反対する保守層を取り込むことも含めた巻き返しの動きだと分析しています。

週刊ポスト編集部にもこの連載はいずれ単行本として出版するのでしょうが、特定団体の代弁を行う内容を無批判に掲載し続けるのは、ジャーナリズムの批判精神を欠いている。部落解放同盟の糾弾で自殺に追い込まれた広島や福岡の小郡市の校長先生等が無念だ、商業誌とはいえ保守色の強い編集方針であると信頼を置いていたのに、残念というほかありませんとのご意見はお伝えしました。

筑紫野市の公開された内容に着いて根屋大兄がまとめられた「筑紫野市「部落学習会」に思う」という内容を以下に転載させていただきます。

それから、筑紫野市民の方にもいろいろなお考えの方がおられるようです。私は八女市の人権同和教育課係長の不適切発言対応から、まずは我が地元でと正常化の旗を掲げて取り組んできました。関係者の処分も行われ広く知られる様になりました。厳しいかもしれませんが、不正常を黙って見過ごす事はできませんでした。

願わくば筑紫野市民の皆様も地元で立ち上がる事を願います。

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