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千枝は同和地区出身だ。  毎日新聞連載

ルポ2010
http://mainichi.jp/kansai/reportage2010/news/20100610ddn041040009000c.html

弥栄のきずな/1 141周年、祇園の中学校
卒業の日、涙を流す生徒に声をかける田中(左)。「ほんまにつらくなってどうしようもなくなる前に連絡しといでや」=京都市東山区の市立弥栄中 で3月12日、望月亮一撮影
卒業の日、涙を流す生徒に声をかける田中(左)。「ほんまにつらくなってどうしようもなくなる前に連絡しといでや」=京都市東山区の市立弥栄中で3月12日、望月亮一撮影

 <Best Friend>
 ◇荒れる心に「ぬくもり」

 古びた校舎のあちこちで、友達を呼ぶ声が響く。卒業式直前、生徒たちは、担任教師が黒板につづった最後のメッセージを前に記念撮影し、互いのアルバムに寄せ書きし合った。先生に贈る色紙はいくつもの「ありがとう」で埋まった。はじける笑顔に別れの涙が入り交じる--。外国人観光客や芸舞妓(げいまいこ)が行き交う京都・祇園町。八坂神社の目と鼻の先にある京都市立弥栄(やさか)中学校(東山区、81人)の3年生31人が今春、学び舎(や)を巣立った。

 同校には、同和地区や児童養護施設で育つなど、複雑な社会背景や家庭環境を抱えた生徒が多い。そんな生徒たちを支えてきたのが、人権教育を通した「仲間づくり」だ。部落差別や在日韓国・朝鮮人問題など、身近な人権問題をテーマに劇を演じ、授業や発表会では自分の言葉で思いを語る。互いの弱さや苦しみを認め、支え合うことで「Best Friend」を目指してきた。

 今年、創立141周年を迎えた同校だが、来春には周辺校と統合。「弥栄」の名前と共に、伝統の人権劇や発表の場も消える。

 3月12日、校門前での長い記念撮影が終わっても、からっぽになった校舎に相沢千枝(15)=3年、仮名=はいた。3年間、担任だった田中美歩(29)に手紙を渡すためだ。卒業式が始まる前、教室のカーテンに隠れて一気に書き上げた。

 「田中へ」。千枝は親愛の情を込めて田中のことをいつもこう呼ぶ。ディズニーのキャラクター入りのピンクの便せん3枚には、千枝の気持ちが詰まっていた。

 「毎日のように泣いてたけど、やっと卒業やな。授業もでえへん、すぐ人や物にあたっていろんな事きずつけてきて田中を困らせたし、悲しませた思う。毎日一緒にいてくれて、暴れたときも田中が一番に千枝を抱きしめてくれたな。田中はずっと千枝の担任やと思ってる。田中みたいな先生に出会えてほんまよかった。田中のことぜったい忘れへん」

 千枝は同和地区出身だ。小学5年の時、母が脳梗塞(こうそく)で倒れ、半身不随になった。車椅子で生活できるまで回復したが、言葉は不自由だ。父は仕事を辞め、介護と家事、子育てを一手に引き受けてきた。家では暗い顔も涙も見せないという千枝にとって、田中はただ一人の甘えられる存在だった。荒れた時期もあった千枝を、弥栄の「ぬくもり」が変えた。

      ◇

 人権劇など独特の教育を通して、弥栄中の生徒たちは何を感じ、どう変わったのか。この春の卒業生に、昨秋から卒業までのほぼ半年にわたって密着した。(敬称略。学年、肩書などは3月末現在)=つづく

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 ◇京都市立弥栄中学校

 学制発布(1872年)の3年前、京都の町衆の手で作られた日本最初の学区制小学校「番組小学校」に始まる。初代校長は、祇園の老舗茶屋「一力亭」の9代目当主。1980年代後半~90年代前半は、荒れた学校として知られた。96年から、身近な人権問題をテーマに人権劇に取り組む。来春、弥栄を含む2中学5小学校が統合。開睛(かいせい)小中学校(小中一貫校)として新たなスタートを切る。

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毎日新聞 2010年6月10日 大阪朝刊

http://search.mainichi.jp/result?p=%EF%BC%A2%EF%BD%85%EF%BD%93%EF%BD%94%E3%80%80%EF%BC%A6%EF%BD%92%EF%BD%89%EF%BD%85%EF%BD%8E%EF%BD%84&st=s&st=s&sr=n

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