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MOさんのご指摘のとおりです。 若者に不安しか与えない番組 誰のためにNHKは番組を作ったのか 中立公正ではないです。

2008年7月15日 
民主と人権 第50号

6月29日 NHK総合放映
 「ルーツを見つめて」を見て

 憲法のもと、思想・信条・結婚・居住の自由が保障されている。特別法も失効して6年が経過、個人情報保護がうたわれている今日なぜ地区名(日之出)を出す必要があるのか。
 映像のなかで、日之出地区の共同墓地を写しだし、墓地にまで「垣根」があるとナレーション、NHKは部落差別がまだ深刻で根深く残っていると強調したいのか。映像のなかで、名前と職業を明らかにしている3名の青年、25才(介護施設職員)、29才(大学職員)、35才(大学講師)は高校や大学を卒業し安定した職業についている。今、問題になっている「貧困と格差」にはふれない、同和=部落=差別という描き方をしているとしか感じられない。
 NHKは、今日の地域の変化・現状、部落問題解決の到達点を素直に見るべきではないか。差別を言うのなら、大阪における「府同促・地区協」方式(解同「窓口一本化」)のもと、解同と行政によって、「ゆりかごから墓場まで」あらゆる同和施策から排除され、差別されても部落問題解決のため、明るく前向きに生きている多くの人たちの声・姿も放映する責任があると思う。
 今の時代、別に思い切って飛び越えなくても、ルーツにこだわらなくても、普通に生活すればいいと思うけれど。(H・F)

       

 2008年7月2日
NHK    殿

     全国地域人権運動総連合
         議長  丹波正史

「その時歴史が動いた 〜全国水平社・差別との闘い〜」の放映についての再度の申し入れ
 貴職におかれましては、国民の真実を知る権利にこたえる公共放送として日夜ご奮闘のことと存じます。
 さて、5月2日付けの「『その時歴史が動いた〜全国水平社・差別との闘い〜』の放映についての申し入れ」に対して、貴職より5月14日付けでご返答をいただいたところでありますが、私どもの意味していることが十分組み入れられない内容になっていますので、改めて申し入れをいたします。誠意ある対応を要請します。

 なお、前回の申し入れをした項目を再度表示し、その内容をさらに詳しく表示する、という形式で申し入れします。

1、 番組全体は、水平社結成当時を再現させる映像や特定の個人、スタジオゲストの証言や評価を交えて、厳しかった部落差別の一面を強調し、現在もなお引き続いている、という流れに終始している。

 水平社宣言、高松裁判の映像の後、再びスタジオでのトークになります。そこで、松平氏が秋定氏に、「実際の差別についていえば、変わってない面もあるんですね」と問いかけ、秋定氏は「端的な例では、地名総鑑の例がある、それを利用して就職差別、結婚差別をいまだにやっている。・・差別は生きている・・・」と応えています。水平社時代の差別の厳しさをいろいろな角度から示した映像を示した直後に続くトークで、「変わってない」「なお差別は生きている」が柱となるトーク内容では、視聴者の多くは、なお厳しい差別が引き続き今日も戦前と同じように現存する、と理解するのが自然です。それでは、水平社の運動から出発した解放運動の成果と、今日の部落問題解決の到達点を無視することにつながらないでしょうか。
 5月14日の貴社から回答では、「被差別部落に住む人々からの聞き取り、研究者等からの取材」を経たうえでの放送、といわれています。その認識を示された「協力者」の方々は、特定の見解をもつ方に偏重されていませんか、という思いがこの番組を見たとき以上に増幅します。

2、 穢多、非人の呼称を用いながら、江戸時代と明治で問題は大きな変化はなかったかのごとく描いている。そして部落問題の捉え方についてその職業に重きを置き、あたかも部落問題が職業を起源とする差別の問題であるかのごとく理解される説明となっている。また、穢れを忌避する「社会的習慣」が問題の最大の要因であるかのごとく描かれている。

 番組の冒頭部分、穢多、非人について、「江戸時代、社会から特別視された、動物の皮をなめし、・・・、牢屋の番人など特定の職業を生業にしてきた彼らは決められた土地に住まわせられ、穢れたものとして・・・。後の被差別部落民に・・・」などと説明されていきます。しかし、部落住民につながる多くの賤民のなかには、確かに斃牛馬処理の役目をおわされていたとしても日常的にはいわゆる百姓を仕事・生業としていた人々が占める地域も多数存在しており、先の説明は史実を正確にしたものともいえない上に、職業を起源としたように誤解を招きます。
 また、松平氏が「解放令は部落の人々に何をもたらしたのか」と聞き、秋定氏が「法律的、行政的な差別はなくなったが、習慣上、社会では差別が持続していたのでそんなに変化はなかった」と応えています。このゲストの話を前提にして番組を進行させています。そして、番組では、「穢れたもの、血が汚れている」などとの表現も幾度かされます。穢多、非人の説明の場面をはじめ、戦前の女教師の場面も夫からの離縁の理由を「血がけがれるから」、戦後の広島の女性の結婚問題でもそれを阻害したのは「血がにごれるからな」と表現しています。
これら一連の流れを捉えて、部落問題に限ってみれば「穢れを忌避する「社会的習慣」が問題の最大の要因であるかのごとく」描いていると指摘しているのです。
5月14日の貴社から回答では、この指摘にたいして、「どこから引いてこられたのかわからない」といわれていますが、番組全体を通して捉えた場合、そう指摘されて当然の流れになっています。
また、松平氏が「解放令は部落の人々に何をもたらしたのか」と聞き、秋定氏が「法律的、行政的な差別はなくなったが、習慣上、社会では差別が持続していたのでそんなに変化はなかった」と応えていることにかかわってですが、法律上平等とされたことは大きな変化をうみだす背景となります。例えば、後の水平社創立につながるように各地で平等を求める諸運動が展開されるようになります。また、映像でも示されたように、高松裁判の誤りを団結して闘うその根幹ともなっていきます。その高松裁判の場合、差別裁判を取り消せ!さもなくば解放令を取り消せ!というスローガンがありました。
近代部落史資料集成 第二巻(三一書房、編者、原田伴彦、上杉聡)によれば、「賤民制廃止を受け村内に氏神の勧請を歎願」(明治5年一月、兵庫・滝野組森村)、「賤民制廃止により一村独立を豊岡県に歎願」(明治6年10月、養父村)など、解放令をよりどころに平等の取扱いを求める動きがありました。
封建時代から近代社会に移行するなかで、差別は許されないものであるという認識に部落住民を変化させることにつながってくるのです。番組は、その観点がまったく欠落したものに陥っています。

3、番組は、半封建制の残滓であるという部落問題の属性について正確な言及をせず、「差別」全体に無理やり連関させ、近代社会の「能力」による差別などと混同させてしまう内容となっている。それは、国民の「心」、「習慣」などの改変を呼びかけるもので、道徳的教訓にのみに陥る傾向を持っている。

番組は冒頭、「人種、国籍、民族、性別、職業」による差別が今日もあるとしながら、とりあげるのがその範疇にない部落問題となり、全国水平社、西光万吉に焦点が当てられます。そして、松平氏と秋定氏のトークで、「地名総鑑」の話題の後に、秋定氏は「さらに現在の差別はひろがっていて、職業の能力が加わってきます、近代社会は人間をそういうもので判断・・・、水平社宣言の精神はいきています」と続きます。これでは、部落差別の解消を念願した水平社運動の根本が薄められ、「差別」一般論に埋没してしまいます。差別問題にはそれぞれ固有の属性と性格があり、解決のありようも違ってくるものです。しかし番組は、「人間を尊敬する」ということを全面に押し出そうとする意図で、折角水平社運動を素材にしておりながら、その運動の成果さえも示されないものになってしまっています。
「2、」にかかわるところでも指摘しましたが、秋定氏のいう「習慣上、社会では差別が持続していたのでそんなに変化はなかった」という流れと、「差別はひろまっている」、「人間は尊敬されるもの」ということを結びつけて考えるならば、習慣を変えさせ、「人間賛歌」を唱えるなかで差別問題は解決するがごとくに受け止められるのではないでしょうか。そしてそれは問題の原因を権力ではなく、私人間にのみに求める結果になってしまいます。

4、 水平社の運動が、今日の日本国憲法の精神にいかに反映されてきたか、今日の人権確立にどういうかたちで結びついてきたのか、などが明確にされていない。その一方で、「地名総鑑」を現在も広範な被害をもたらしている問題として取り上げ、また50年前に差別を受けたという広島の女性を登場させてあたかも部落問題がいまなお深刻な問題であるかのごとく描き出している。
 
 水平社運動は人権確立に向けた多くの教訓を生み出してきたことは周知の通りです。そして、その取り組みは、「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」とする14条や97条の「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである」などに反映されてきました。これらへの言及が一切ありません。
5月14日の貴社から回答では、今回の番組の趣旨ではない、といわれます。普遍的な成果さえも示そうとしないからこそ、「あたかも部落問題がいまなお深刻な問題であるかのごとく描き出している」という批判に連動してきます。
「歴史が動いた」とする番組であれば、例えば、部落問題による障壁を乗り越えてきた事例などをとりあげることのほうが、それこそ水平社の精神が生きていることに共感を生み出すものになったのでは、と指摘しておきます。

5、 総じてこの間のNHKの部落問題の取り上げ方は、解決にむけて大きく前進した状況を正しく国民に知らせることを放棄し、問題や課題の背景に部落問題解決に逆行する「解同」の糾弾路線や「解同」言いなりの特別な対策と予算を継続する行政・教育のもたらす「逆差別」にあることも指摘しないなど、公正中立、真実の報道にほど遠い実態にある。かかる姿勢を全面的に見直すことを強く求めるものである。

 NHK大阪は、クローズアップ現代、岐路に立つ同和行政、地域発ルーツを見つめる若者たち・大阪などを放映してきましたが、私どもが取材をうけたこともありますが、映像はなかったり、1分程度であったりでした。新放送ガイドライン(NHK2006年)では、「意見が対立する問題を取り扱う場合には、原則として個々のニュースや番組の中で双方の意見を伝える」「裁判や論争になっている問題については、できるだけ多角的に問題点を明らかにするとともに、それぞれの立場を公平・公正に扱う」とあります。貴殿等と部落問題に対する見解を異にする研究者や運動団体の立場を公平・公正に扱っていないので、抗議の申し入れを行っているものです。話し合いは論点がかみ合わないから文書のやりとりを行いたい、というのは、非常に無責任な態度です。
 これらの番組は、関係住民にとりわけ若い世代に、国民を差別者と被差別者に対立して描くなどして差別への不安を煽るなど、まったく弊害でしかありません。

以上、改めて、この指摘したことにかかわって懇談をすることも含め、誠意ある対応を申し入れます。

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