« 奈良市 問題先送りで課題山積み | トップページ | 鳥取条例議事録 同和問題など »

部落解放運動の目的は? いま進めている「運動」との関係は? 自己の利益が中心ではないか。

「週刊ポスト」
http://www.h7.dion.ne.jp/~k-fujita/
藤田敬一ホームページ

「週刊ポスト」(07/7/6)の特集「部落差別とニッポン─俺にもいわせろ大論争」に、わたしのコメント(「マイナスイメージの記憶と伝承の連鎖」を断ち切ってこその再生)が載りました。

 被差別部落をめぐる実態は大きく変わり、教育と啓発が進められている。にもかかわらず05年の大阪府の府民人権(意識)調査では5割を超える人が被差別部落の人々を「怖い」と思っているという。そのマイナスイメージが沈殿していて、飛鳥会事件などが起きると攪拌されて広がり、「マイナスイメージの記憶と伝承の連鎖」となっていく。これまでの部落問題の解決は国の責務だといわれてきたが、その行政責任論に基づく同和対策が、実際に同和問題の解決につながるかどうかを検証しなかった。かつて私も「当事者でないのに何がわかるか!」といわれたが、それでは最初から議論が成り立たない。部落解放運動85年が「マイナスイメージの記憶と伝承の連鎖」を断ち切ることができなかったことを踏まえて、自分の周りから人と人との関係を人間らしいものに変えていく努力をするしかない。そうしない限り部落(解放)運動の再生はできないと思っている。
 もちろん、「俺にもいわせろ」と圧力をかけたわけではありませんよ。編集部から「話が聞きたい」と電話があったのです。JR岐阜駅構内の喫茶店で1時間半の取材を受けたのが6/19の夕方。講演先の高山グリーンホテルにファクスで届いたコメント原稿にそそくさと目を通しOKの電話を入れたのが6/21の午後。そんなこともあって「部落問題」と「同和問題」が混在し、「部落解放運動」が「部落運動」となるなど校正ミスが生じました。またアンカー(最終稿執筆者)の判断で「部落民」が「当事者」に替えられているのには苦笑。顔写真のキャプションが“「差別意識は何も変わっていない」(藤田敬一)”となっているのにはがっくり。わたしなら「マイナスイメージは何も変わっていない」とするんですがね。「写真がよくない」という批評も聞こえてきますが、「実物で勝負!」がわたしの信条。アッハッハ。そんなこんなで不満なコメントではありますが、「部落解放運動はマイナスイメ-ジの記憶と伝承の連鎖を断ち切ることができなかった」という核心部分が載っただけでよしとすべきでしょう。

 それにしても“大論争”とは大仰な見出しです。中味は放言特集で、論争にもなっていない。これを「羊頭狗肉」と言う。田原総一朗、井沢元彦、島田裕巳ほかの面々のコメントには言いたいことが山ほどある。とりわけ部落解放・人権研究所所長友永健三さんのコメントには怒りすら覚える。「小西さんの事件はやはり個人犯罪とはいえないでしょう。そういう人を支部長として長い間、置いていて、彼が借りているマンションで4代目山口組の竹中正久氏が殺害されたり、飛鳥会の事務所にピストルが撃ち込まれたこともありました。となると、普通は解放同盟の支部長としていかがなものかと問題になるわけで、その時に手を打っておくべきだったと私は思っています」とある。編集部がまとめたものであるにしろ、友永さんはゲラ(校正原稿)に目を通しているはずだから、コメントにはそれなりの責任がある。部落解放・人権研究所と言えば、部落解放同盟中央本部や大阪府連と一体の組織です。その所長が他人事のように批評している。「知りながら、気づきながら、何もできなかった自分」を語るべきなのに。友永さんのコメントには誠実さが感じられない。しかも飛鳥会事件は小西邦彦被告の「個人犯罪ではない」と言うにいたっては、明らかに大阪府連の見解と食い違っている。どうも部落解放同盟の中枢部は混乱しているようです。混乱しながらの「総点検と改革」では、前途は暗いなあ。(07/6/30記)




ふじた けいいち
一九三九年、京都市生まれ。元岐阜大学教授。月刊誌『こぺる』編集人。学生時代、京都や大阪の被差別部落に出かけて部落問題を学ぶ。中国近代史の研究と教育に携わりつつ、部落問題解決のための取り組みに関わった。現在は、小学校一年生から九六歳の人にまで「よく生き合おう」と語りかける講演活動で各地を飛びまわっている。著書・共著に『同和はこわい考』『「部落民」とは何か』、私家版『「同和はこわい考」の十年』などがある。

|

« 奈良市 問題先送りで課題山積み | トップページ | 鳥取条例議事録 同和問題など »

つれずれ」カテゴリの記事