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鳥取条例議事録 同和問題など

http://www.pref.tottori.jp/jinken/jorei-kyusai_minaosi.html
第12回人権救済条例見直し検討委員会議事録

1 日時等

(1)開催日時 平成19年4月27日(金)午前10時から正午まで

(2)開催場所 鳥取県庁第22会議室(鳥取市東町)

(3)出席者名 永山会長、相澤委員、朝倉委員、大田原委員、國歳委員、田村委員、長井委員、中村委員、樋口委員、安田委員部落解放同盟鳥取県連合会、鳥取県同和教育推進協議会長島と鳥取を結ぶ会、鳥取大学大学院教授藤井輝明さん瀧山総務部長、柴田総務部次長、磯田人権局長、安田人権推進課長

(4)議事 
 ア 人権救済制度(同和問題、疾病のある方などの人権問題)の状況について
 イ 次回の開催等について

(5)その他 ア 公開又は非公開の別 公開
       イ 傍聴者数約15人

2議事

(1)人権救済制度(同和問題、疾病のある方などの人権問題)の状況について

○(会長)出席者から人権救済条例の必要性の有無、その理由を実際の事例を挙げて説明願いたい。

○部落問題に関わる差別事象は全国的に続発しており、県内においても差別事象が相次いでいる。犯人不明のハガキや投書、インターネットによる差別書き込みも増えており、解決困難な事案は多い。運動団体として被害者からの相談に応じ事実確認を行い対策を講じているが、被害者は被差別部落出身であることが明かになることをおそれており、運動団体ではなく公的機関に解決してほしいと望んでいる。条例が施行されれば数多くの未解決事案が解決されると期待している。また、この条例は過料や公表などの問題点ばかりが指摘されているが、本来の趣旨は差別の再発防止と被害者の救済、加害者に対し理解を求め人権意識の高揚を図ることである。この条例の趣旨を踏まえ早期に施行してほしい。

○県同和教育推進協議会は同和問題に関する相談・救済機関ではなく同和教育を推進する組織である。毎年開催する全県民対象の部落解放・人権確立の研究集会の中に人権問題を特別に討議する分科会があり、本日この委員会に提出している事例は過去の分科会で取り上げられた事例である。県が2005年に行った同和地区の実態調査では、過去に被差別部落出身を理由として差別を受けたことのある人が全体の29%、そのうち5年以内に差別を受けた人が23%であり、そのときの対応は「黙って我慢した」が49%、「身近な人に相談した」が30%である。差別事案が多数発生するにもかかわらずなぜ相談・救済機関が利用されないのかをよく考える必要がある。同和問題に関しては教育、啓発に力を入れる必要があり、条例で人権救済委員会が設けられれば当事者にとって力強い味方となる。条例に様々な問題点があるのは承知しているが、被差別の立場に立って検討をされ早期に条例を施行してほしい。

○ハンセン病元患者にとってこの条例は待ち望んでいたもの。当事者は黙って耐え声も出せずに亡くなった人が多い。

ハンセン病元患者への支援活動の中で、声を出したくても出せないことを知り、差別の強さに圧倒された。我々の活動に対し“そんなことをしているとあなたが差別される”とか、“あの家はハンセン病の蔓(※つる:血筋の比喩)だから結婚してはいけない”といったことを耳にする。平成15年には熊本県黒川温泉のホテルで元ハンセン病患者に対する宿泊拒否事件があった。国による隔離政策で当事者は強制的に療養所へ連れて行かれ、残された家族は周囲から差別されそこに住めなくなり何処かへ移る。しかし定職に就けないなどの理由で転居を繰り返す。ハンセン病元患者の子は、自分が患者の子どもということを誰にも言うなと言われ育っている。ハンセン病と同和問題との違いは、ハンセン病は家族が故郷に住み続けることができない、定職に就けない、職場で噂され仕事を辞めざるを得ないということである。ハンセン病以外の病気では当事者が集まって手を取り合い活動することができるが、ハンセン病に関しては本人は施設で隔離され、家族は身を潜め、親戚も表に出ようとしない。これがハンセン病の怖さである。ハンセン病に対する差別をなくす運動は長く続ける必要がある。差別はすぐにはなくならない。

○自分は海綿状血管腫という皮膚の下の血管の壁が盛り上がってくる病気で外見上病気であることがわかる。ハンセン病の場合の人権侵害はもっと深刻だが容貌という点で共通点がある。病気、疾患はたくさんあり、行政はそういう人々の声をくみ取ってほしい。県が条例をつくり救済に取り組もうとする姿勢は高く評価するが、条例制定には十分な議論が必要。人間の血を通わせる条例をとするためには、当事者の声を反映することが必要であり、そのプロセスを大事にしてほしい。疾病に関しては本日の出席者以外に多くの病気があり当事者がいることを強調しておきたい。

○疾病に関しては当事者だけでなく家族もいるし疾病が既に完治している人の問題もあるので「疾病のある方の人権問題」ではなく「疾病に関わる人権問題」であると感じる。

○私人間における人権侵害について行政の委員会が介入し過料、公表といった手段を用い救済を行うことがこの条例の基本的な枠組みである。しかし、出席者の方々が提起されている問題は、まず第一に行政の施策の問題であると感じる。ハンセン病の問題は行政の施策で行われた人権侵害に国民が続いてしまったもの。まずは行政がその姿勢を正すべき問題である。出席者の方々は条例に期待されているが、条例が行政による人権侵害に対して機能するか疑問。

○熊本の菊池恵楓園で自治会長の方などから“鳥取県の条例はどうなったのか。 ”“あの条例は我々にとってとても大事なもの”“人権救済条例があれば自分たちも声を出すことができた。声を出すこともできず隔離された”という話を聞いた。黒川温泉の宿泊拒否は宿泊者が集団であったため人権問題として取り上げられた。しかし、現在でもあるレストランや旅館での利用拒否に対し、被害者1人、2人だけでは声を上げても受け入れられない。そういった場合に人権救済条例が必要だと思う。

○端的に言えば差別禁止の条例が必要ということであろうか。

○自身も賤称語を用い名指しされた差別投書の被害にあった。もう一人障害のある者も名指しされていた。初めは大変ショックを受け、犯人が誰かわからないという恐怖を感じた。またこの差別は自身だけにとどまらず家族にも影響が出た。妻は怖くて郵便受けを見られない、受話器も取れないといった状態であったし、子どもに対しても何かされるのではないかと不安になる状態であった。名指しされた障害者も同様な恐怖を感じていた。現在事案から5年以上経つが、妻は今でも朝起きられない、発熱するなど精神的な影響が続いている。警察へ相談したが、警察は指紋を採取することが精一杯で「犯罪性がない」とされ、それ以上介入できないということであった。法務局へ相談したら名誉毀損で訴えることはできるということであったが、相手が不明のため訴えなかった。自分は運動に関わっていたため警察や司法へ相談し、また運動として世の中に明らかにしていくことができたが、相談したいがどこへ行っていいかわからない人が多くいる。条例で救済委員会ができれば気軽に相談できるし、不安の解消につながる。

○差出人の分からない投書による事例のほか県同和教育推進協議会から提出された事例に匿名の電話による差別というものがあるが、これらに対して人権救済条例で本当に救済できるのか。救済するためにはどのようにすればいいと考えるのか出席者の方に聞きたい。例えば事実確認のために捜査機関を作ってほしいなど、具体的な考えがあって条例を望んでいるのかどうかを聞きたい。闇金融の被害に関してこれは完全に犯罪であると思われる電話や手紙もあるが、警察も完全に取り締まれていない。警察が解決できていないものを一体どうすれば条例で解決できるのか、司法に携わる弁護士も良い案が浮かばない。

○(会長)捜査権限も能力もない人権救済委員会に何を期待されるのかということだが出席者の方はいかがであろうか。

○加害者がわからない人権侵害の事案は警察も扱えない。今の法律で認められている権限以上の権限を人権救済委員会が持つとなると条例は国の法体系、条例制定権の限界に違反することになる。ハンセン病に関する人権侵害においてはらい予防法による措置に対し国家賠償による救済が行われた。これは立法そのものが不法行為であるという判断であった。しかし、こうした国の行為に対して発言できるような条例、救済委員会は限界を超えるものであり、過度に期待すべきでない。

○被害者は加害者の捜査を人権救済条例に求めているのではなく、差別された被害者を支援してくれることを期待している。

○人権救済条例は被害者をケアする条例ではない。

○加害者を特定することは現行の人権救済条例ではできないが、事実を確認したい、話を聞いてほしい、そのために相談機関が必要だということだと思う。そのときに、加害者が不明のものは相談を受けられないとするのか、そうではなく相談を受け話しを聞くのかという問題だと思う。被害者は加害者を特定して裁くことを望んでいるのではないと思う。運動体は加害者が特定できない場合であっても関係機関等を相手に改善要望、糾弾等を行っているが、この条例で行うのは無理と思う。しかし被害者の声を聞いてほしいという意見については、これまで行政が行ってこなかったものであり傾聴すべきと思う。県同和教育推進協議会から提出された事例に小学校内での事例や結婚における差別がある。これらを条例で救うことができるのか考えるべきであると思う。

○学校内における差別事例については、条例の手続きによると人権救済委員会が子どもあるいは担当教員を呼び出し調査、勧告を行うことになるが、学校内での差別事例は教員も努力をした上での問題であって、それでも教育現場へ介入した方がいいという考えであろうか。

○差別にはいろいろな形がある。確かに加害者が不明なものもあるし教育現場での差別もある。条例で加害者を見つけるために捜査権を持つことはできないということや教育現場での条例による救済は不適当であるということだけを理由に条例は不必要だと結論づけるのではなく、実際に被害に遭い困っている人をどう救済するのかということを考えながら検討してほしい。条例があるというだけで啓発効果は大きい。条例に求めるのは被害者へのケアや加害者への説示により本人自らが反省することである。部落差別が存在するのは生活実態に地区と地区外の格差があるためであり、格差により差別意識が存在し、また差別意識が存在する以上格差はなくならない。人権救済委員会が差別事象を通じてなぜ差別がなくならないかを考え、格差是正は行政の責任だということを気づかせることが大事である。ハンセン病に対しては私も過去は大変な偏見を持っていた。しかし療養所を訪問し、当事者からこの病気は感染力が弱く、完治した人からは感染しないと言われ握手をした。そのときは本当に感染しないだろうかと多少の不安があったが、実際に感染していない。このように実体験を通じて差別意識は解消される。運動団体も差別を無くするために活動しているが、被害者の救済のためには人権救済委員会が相談を受けてほしい。その場合、警察権力を超えるものはできないとしても、悪質な事案に対しては過料、公表といった手続は必要である。実際に用いなくても一定の強制力になる。人権侵害はたとえそれが 1人だけの問題であっても放置できないと思う。条例ができないという前提で議論するのではなく、できることを議論してほしい。

○司法ではなく準司法的な機関に求められるのは簡易・迅速に行うことである。問題はそのために罰則を科すことも含め行政が救済を行うべきかどうかということであるが、はたしてその救済が本当に被害者にとっての救済になるのか疑問を感じる。被害者が行政に求めているのは準司法的な救済ではなく、別のもののように感じる。条例と期待との間にギャップを感じる。

○加害者が不明な場合には、教育、啓発によって社会全体として人権意識を高めていくことしか方法がない。また、学校現場で起きたものについては子どもの将来のことを考えて慎重に対応しなければならない。被害者は被害に遭ったときどうすべきか悩んでいる。そのときに相談できるところがあればよい。法務局や弁護士会も人権相談を行っているが相談する人は少ない。理由の 1つに周知されていないということもあり、条例ができれば人権救済委員会に相談すればよいということが県民に周知される。委員は条例では何もできないといわれるが、条例ができるだけであっても被害にあった場合に相談ができることが皆に周知される。

○法務局でも人権相談を行っているが、そこでは加害者がわからないものは対応できない。これらの既存の相談と人権救済条例の相談とのどこに違いがあるのか。被害者は相談窓口を知らないから相談しないのではなく、相談しても解決しないことがわかっているから相談しないのではなかろうか。

○相談というのは実態である。相談解決を積み上げていくことを通して、人権基準を積み上げてきた歴史があるし、これからもそうでなければならない。これは人権問題に取り組んでいる者たちの責務である。行政などでさまざまな相談窓口があるが横の連携がない。実態を把握し何をするべきかを考えるためにも人権救済条例は必要だと考える。

○法務局、県弁護士会ともに加害者に対し勧告をしているが、勧告には法的な拘束力がない。しかし、様々な機関がこれは人権侵害だという判断を積み重ねていく努力は必要。1ヶ所が判断したら終わりではなく継続的な実践が必要である。

○人権侵害を起こしやすいのは国家、行政である。自分はじん肺訴訟に関わってきたが、司法は国の責任を判示したが国は認めようとしない。国が政策としてやったものは仕方がないという考えがある。この事実からも一番問題なのは国家、行政による人権侵害である。人権救済委員会には行政からの独立と政策提言能力が必要だと思う。この条例は公権力からの侵害の救済という面では全く役に立たないのみならず逆に人権侵害が発生するおそれがあると考えられ、マスコミ、弁護士会は反対した。条例を廃止するか手直しで済むのかという点は委員の間でも現在議論が分かれるところである。らい予防法における国家賠償の事例のように国が過ちを認めるのは稀である。政策提言の問題についてこの条例は役立つと思われるか。国の施策に対し提言していくことは有効と思われるか。

○(会長)この検討委員会では根本的には人権救済条例が役に立つのかどうかの見直しを行っている。

○相談を解決できない相談機関であっても必要な理由として実態把握を挙げられたが、相談だけで終わってよいのか。もしくは実態把握を積み重ね啓発、政策提言にまでつなげることを期待するのか。また専門家ではない委員に相談することになることはそれでよいのか。

○この条例には第16条に相談の規定があるが、相談に応じた後にどうするのかが規定されていない。
○相談といっても相談機関である自治体は公権力である。公権力に対して人権侵害の有無の判断を委ねる
ことは効果もあるが危険も大きい。
人権救済委員会は被害者に寄り添うべきか、そのような機関を行政が作れるのか、また、他機関を紹介するとした場合どういう機関までなら紹介できるのか、よく検討する必要がある。

○救済という言葉が広く捉えられ期待が大きくなっている現状がある。話を聞くだけでもケアになるかもしれないが、この条例は被害者のケアに関しては何の規定もない。被害者のケアを人権救済委員会に求めるのであれば新たに条項を追加する必要があるが、具体的にどのようなものを期待されるのか。

○行政から独立している機関が相談を受けあっせんや助言をする必要があるが、その方法を充分に練らなければいけない。

○療養所で生活している人たちと話をすると、自分たちには相談する場所がないのでその場所が必要であると言われる。しかし相談はできても解決できないのでは被害者は困る。相談を受けたあとどのように救済していくのかを救済委員会は考えていただきたい。ハンセン病に関しては問題が風化する懸念があり、行政は風化させないよう啓発に努めてほしい。6月に啓発週間がありパネル展などしているが、それだけの活動では不十分だと思う。啓発活動をしても集まってくる人はいつも同じ人達で固定化してしまっている。すそ野が広がっていかない。

○人権侵害、差別について、相手に話し合いの気持ちがある場合には人権救済委員会に取り上げられるまでもなく当事者間で話し合いをしてよいが、相手が開き直り話し合いにも応じないような場合には人権救済委員会が取り扱うということが必要。

○加害者の明らかな場合の例で結婚や就職の差別が救済されていない理由は、救済機関がないからではなく差別禁止法がないからではないか。法律があれば民事訴訟で争える。そういう解決が必要だと考えるのであれば条例の救済機関を求めるのではなく差別禁止法を求めるべきではないか。

○鳥取県には人権尊重の社会づくり条例があるが、これはただの組織法であって具体的な差別禁止のための手法を有していない。差別禁止についての議論がされないまま人権救済条例ができたことが問題。

○人権救済条例を作っても機能しないし既存の相談機関があるのだからそれでいいではないかということだろうがそうではない。人権救済条例には加害者への説示の規定がある。加害者への啓発は既存の機関でもできるといわれるが、人権擁護委員、民生委員などは部落差別という問題になると相談を受けつけてくれない。取り上げるのは部落解放同盟しかないが、被害者は自分の出身を明らかにすることになるため相談はしても相手方への啓発などの対応は望まない。加害者にも話をすれば心を入れ替えて反省する人はいる。まずは人権救済条例を施行し、条例の不備が明らかになれば手直しをして強化する、行き過ぎがあれば見直しをするという対応ができるのではないか。

○この見直し検討委員会は意見を聞きながら検討をしているのであって、決して条例を否定してかかっているわけではない。

○この委員会は、どうすればこの条例が機能するものとなるのかを検討しているところである。

○今日の出席者は日々差別と向き合っている。今ある人権救済条例は基本条例として、個別事例については別にきめ細かい個別の差別禁止条例をつくってはどうか。

○(会長)条例の見直しには選択肢があり、どうしていけばよいかを検討しているところ

○この条例は人権救済の条例として広く報道されその名称から期待が膨らんでいったが、その中身については詳細に検討しなければ期待に添うことができないので現在見直しの検討を行っている。相談窓口の充実の必要性をいわれるが、その際に相談機関は被害者に寄り添うようにするのか。個別の事例により求められる対応は違い、事例によって例えばカウンセリング能力といった専門性が必要だが、きちんと対応できる専門家はいるのか。1人の専門家では無理であれば何人が必要なのか。相談窓口において個別救済について準司法的に判断するのであれば窓口にも法律の専門家が必要となる。また相手
が話し合いに応じない場合に強制的に連れてきて話し合うのか。それとも和やかな方法で行うのか。制裁手段はどうするのか。これらをどうするかで救済委員会に求められるものは違ってくる。しかし、すべての期待、要望に対し救済機関が対応することは無理。そこで被害者は何をもって救済されたと感じるのかということを知りたい。


○先ほどの発言にあった問題点をひとつひとつ検討していくことが必要である。委員を増やし、難しい事案があればその分野の専門家を招いて勉強をすればよい。委員がこれは難しいからできないということでは被害を受けている人たちは報われない。そういう人たちの思いをくみ取ってほしい。そういうことであればわれわれも喜んで検討に協力したい。

○委員会だけで対応するのではなくいろいろな団体とネットワークを作っていかないと機能しない。

○人権に関わる機関はたくさんあればあるほどよく、これ以上必要はないということはない。この条例の救済機関ができればさらによくなる。相談する人には話を聞いてもらうだけで満足する人もいるし満足できない人もいる。満足できない人にとっては公的機関へ相談しても対応してくれないことは問題。

○求める救済は個人によって違うと思うが、差別をした相手が差別をしたことを認めてもらいたい。司法で争って慰謝料の支払いを受けても相手が差別を認めたかどうかはわからない。相手が差別したことを認め、謝罪してくれることが一番望まれるものである。そのためにも教育、啓発が重要になってくる。

○出席者が望んでいる救済が被害の回復ではなく加害者からの謝罪ということであれば、それは加害者とされる人を呼び出し考えを変えさせるということであって、極端に言えば思想を変えさせることになり、思想信条の自由に反している。危険な発想と捉えられる。それはたとえ司法であってもしてはいけないことである。となれば最初から相手が和解に応じるか、そうでない場合であっても和やかな説得の場を設けることしか方法はなくなるわけでありそれが限界といえるが、現実には困難ではないか。

○無理矢理に謝罪させることを望んでいるのではなく、可能な限り啓発、説示ということを望んでいる。啓発、説示であれば他に機関があるかもしれないが、それでも人権救済条例で行うことに意義がある。国に差別禁止の法律はない。地方にできることに意義がある。

○(会長)内心の自由は法律、条例で変えさせることはできない。それを説示でどこまで踏み込むことができるのか検討が必要である。

○現行の救済制度が徹底されることは必要だが、人権救済の新たな取り組みは幅広く市町村単位でも進めてほしい。また策定に当たっては県民にヒアリングを実施してもらいたい。委員会の独立性の問題があるが取り組みは進めてもらいたい。

(2)次回の開催等について次のとおり開催することが決定された。
 ア 日程等 平成19年5月31日(木)
       午後1時30分から3時30分まで県庁第22会議室

(※後に5月31日(木)午後2時30分から4時30分までに訂正された。)
 イ 検討内容人権救済制度の状況について(子どもの人権問題について)

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