行政が啓発の対象とすべきものではない
「清め塩、死者を冒涜」
京都・宮津市の“啓発”に市民反発
京都府宮津市が全戸配布する広報誌などで「葬式での清め塩は故人の尊厳を冒涜 (ぼうとく)することにならないでしょうか」などと廃止を呼びかけたところ、市民から「行政が口出しすべきことなのか」と苦情が出ている。「清め塩をすることは死者をけがれた存在とみなしている」というのが市側の言い分だが、宗教とかかわる葬式への “介入”に「政教分離に触れるのでは」と指摘する専門家も。塩論争はさらに波紋を呼びそうだ。
同市教委は平成16年、市民の意識調査で「葬式には清め塩を出す」とした人が56・6%に 上ったことが「意外に多かった」(市教委)として、“啓発が必要”と判断。昨年6月から 市広報誌(毎月約8600部発行)に「人権の小窓」というコーナーを設け、「今まで親しんできた人を、亡くなった途端に、けがれた存在とみなすのは人間の尊厳を冒涜することにならないでしょうか」と否定的な見解を示した。
さらに、市内の僧侶や葬儀関係者に意見を聴いたうえで、ほぼ同じ内容のチラシを作り、昨年秋に全戸配布。火葬申告に市役所を訪れた市民に慣習を廃止するようアドバイスも始めた。申告の際に配られる専用チラシでは「清め塩の風習をなくしましょう」と、廃止を呼びかけている。
市民から市役所に抗議の電話も。同市内の男性は「日本人に受け継がれてきた風習で、市役所が口出しすることではないと思う」と批判している。
同市教委は、「市民に因習にとらわれない生活を勧めたい。廃止を強制しているのではなく、あくまで再考のきっかけとなれば」と説明している。
清め塩の慣習は、死を「穢(けが)れ」とする神道で、それを払う一つの形として中世ごろに生まれたといわれる。その後、宗教的要素は弱まり、習俗として広く行われてきた。
日本大学教授(憲法学)の百地(ももち)章さんの話 「そもそも葬式は宗教と密接にかかわる。民間の葬式のやり方に市が積極的に介入するのは、政教分離に抵触する疑いがあるのではないか」
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