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また朝日新聞か

人権擁護法案 今国会提出見送り 中日新聞
  自民内で反対根強く

 政府は四日、差別や虐待など人権侵害への救済措置を定める「人権擁護法案」について、今国会への提出を見送る方針を固めた。同法案に対し、自民党内では「人権侵害の定義があいまい」などと反対論が根強く、提出は時期尚早と判断した。政府関係者が明らかにした。
担当の杉浦正健法相は昨秋の就任時「(提出するなら)通らないとだめだ」と、成立の見通しがない状況では提出しない方針を明言した。
  〇六年度予算案は二日に衆院を通過したことで年度内成立が確実になったものの、行政改革推進法案や医療制度改革関連法案、教育基本法改正案などの重要法案が山積しており、こうした法案の成立を優先させるべきだと判断した。

  朝日新聞は【社説】2006年03月05日(日曜日)付で「 人権条例 生かすための知恵を」を掲載した。
 基本的な内容を抜粋すると次のとおり。

 私たちは社説で、条例の制定を基本的に評価したうえで、条例が乱用されたり、行政機関が対象外になったりする問題点を修正すべきだと主張してきた。

 差別や虐待などに苦しんでいる人を裁判よりも素早く救済できる仕組みがほしい。それにこたえるのが、条例に基づいて県がつくる人権侵害救済推進委員会だ。
 
 学校でみんなの前で同級生から被差別部落の出身であると言われた。在日外国人であることを理由に賃貸住宅への入居を断られた。こんなことが鳥取県でも起きている。

 国会では人権擁護法の成立のめどが立っていない。だからこそ、それぞれの地域で人権侵害をなくしていこうという条例は大きな意味がある。

 人権侵害に苦しむ人たちを幅広く救済するうえで、県民が納得できる仕組みは何か。全国初の人権条例を生かすために県と議会は知恵を出し合ってほしい。

「条例を廃止せよ」という声まで届いた。

 このように朝日新聞の主張は「一貫」して推進派の意見を代弁しているだけで、法案や条例に反対する意見をまったく軽視・愚弄している。
 事例としての学校内での「発言」は、学校内で教育的に教師が指導して解決すべき問題であり、「差別事象」として教育委員会や「解同」などに通報して、「研修・啓発」の強化へ広げるべき問題でも、「条例」の対象となる性格のものではない。
 当の児童・生徒の双方に重大なトラウマを残すのみで、人間的交流に大いなる障害を作り出すだけだからだ。
 そもそも「児童」の「発言」は、なぜ起きるのか。
 鳥取では、「部落民宣言」「立場宣言」なるプライバシーの暴露が公的に強制させられてきた経緯があり、中学校区段階で「強制研修」が組まれているもとで、児童は学校で教えられた言葉を使用したにすぎず、「差別的」「侮蔑的」意図をもっているとは断定できない。
 朝日新聞は児童生徒のどのような意図かわからない「発言」まで「条例」の対象にして権力的威圧を誰に加えようというのか。
 子どもの権利憲章に反する事態を学校に及ぼすもので、到底認められない。
 
 「簡易」「迅速」な調整は、現在の人権侵犯処理規定のもとでも実現できる。人権擁護委員体制を意図的に無視し、その充実を意見せず、司法的救済との溝にのみ、「部落差別」の観点から着目する意見である。
 しかし、在日外国人に対する「差別的な事案」に関する判例はいくつも事例が積み重なってきており、司法的救済に関する裁判以外の手立ても整備されてきている。
 こうしたおりに、一部の例をもって、鳥取条例を評価する、その意図そのものが理解できない。
 「解同」が開いた「差別シンポ」で示された事例は、その多くが、電話・落書きなどの類であり、「深刻な人権侵害」とはとてもいえない。
 匿名性ゆえにできることで、不当な内容であれば、電話の応対者が「答えられません」ときっぱりと拒絶し、電話を切ることで済むもの。それを社会問題化することは、謀略・愉快犯などの意図に乗ずることになるだけ。
 個別「虐待」問題の解決は、個別法に則り、その体制的充実をはかりながら行えばよい。
 政府法案が、虐待問題をとりあげて、部落差別の禁止を「諸言動」に関わって行おうとした、その意図が明白になっている状況下で、同様の口実を使うとは何事か、といいたいところだ。

 「解同」が6月条例施行の署名運動をはじめた、そのタイミングにあわせて、朝日は社説を通じて援護射撃を行っているものだが、議会の大勢が知事提案を真摯に受け止めているもと、公正報道に反する朝日のやり方は卑劣極まりない。

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