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2006年2月に作成された記事

「差別的発言」を罰する要件とは

人種差別撤廃委員会の日本政府報告審査に関する最終見解に対する日本政府の意見の提出

http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jinshu/iken.html


(2)例えば英国の1986年の公共秩序法第18条第5項には、「人種的憎悪を扇動する意志があったことが証明されなかった者は、その言葉、行動、筆記物が脅迫的、虐待的、侮辱的であるとの意識がなくかつそれに気づかなかった場合には、本条の下の犯罪として有罪にはならない。」と規定している。


(3)また、「人種主義とメディア」に関する共同声明(意見と表現の自由に関する国連特別報告者、メディアの自由に関するOSCE(欧州安保協力機構)代表及び表現の自由に関するOAS(米州機構)特別報告者による共同声明)の中でも、差別的な発言に関する法律は、「何人も、差別、敵意ないし暴力を扇動する意図をもって行ったことが証明されなければ、差別的発言(hate speech)のために罰するべきではない。」とされている。

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委託事業のみ直しも必要

市公社事業の駐車場管理、同一団体に発注
「利益供与」閉鎖へ

http://osaka.yomiuri.co.jp/tokusyu/kaikaku/oc60224a.htm
(読売新聞 関西発)

 大阪市の外郭団体「大阪市開発公社」が淀川区の市有地に整備した西中島駐車場の管理業務を、毎年同じ団体に随意契約で委託していたことがわかった。
 一定額を公社に納入させ、残りは団体側の収入になる契約。
 駐車場はJR新大阪駅の利用に便利で、2002年度から3年間の料金収入は計2億2800万円にのぼるが、納入額は5900万円にとどまっている。市は「競争性のない契約方法で、特定団体に対する利益供与と見られかねず、市民の理解が得られない」として、3月末で契約を打ち切り、駐車場を閉鎖することを決めた。

 市と公社によると、駐車場は、新御堂筋(国道)の高架下の市有地3679平方メートル。
 開業した1974年以来、旧同和対策事業特別措置法の対象地域の福祉増進などを目的に設立された財団法人「飛鳥会」に管理委託していた。駐車場従業員は約20人で、昨年度は4万4340台が利用。

 公社の資料によると、毎年の公社への納入額は、料金収入の2~3割程度で、昨年度は、料金収入7155万円に対し、納入額は1822万円だった。

 納入額の内訳は、公社の取り分にあたる利益配分金、管理棟の設備使用料、公社が市に支払う道路占用料など。利益配分金は開業当初の80万円から徐々に引き上げられ、95年には800万円になったが、公社は「算出の根拠は特にない」としている。

 市によると、この駐車場事業は、国や自治体が行う同和対策に対する財政上の特別措置の根拠となる、地対財特法(時限立法)に基づく事業ではないが、「事実上の雇用対策事業と位置づけてきた」としている。

 同法が02年3月に失効したのに伴い、市では、同和対策事業や関連する事業の見直しが行われたが、駐車場事業については「市の直営事業ではなく、公社の事業」として、従来通り随意契約が更新されてきた。

 しかし昨年2月には、市監査委員が「長期間、同一の委託先と随意契約を行っているが、競争性が確保されるよう契約方法を検討すべき」と指摘。

 市は一連の市政改革の中で、市有財産の有効活用を求められており「漫然と契約を続けてきたが不透明との指摘もある」として、見直しを決定。飛鳥会側に文書で通知した。市は今後、駐車場跡地の有効利用を検討するとしている。

 飛鳥会は読売新聞の取材に対し、「市の同和事業の中で業務を委託され、監査も毎年受けている。問題点があるなら公社に聞いてほしい」としている。

(06年02月24日  読売新聞)



飛鳥地区の歩みと、今後の課題

http://www3.ocn.ne.jp/~asuka123/asukatiku-ayumi.htm

部落解放同盟飛鳥支部

http://www3.ocn.ne.jp/~asuka123/asukashibu.htm

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「差別事象が発生」対策の抜本的整理が必要

平成18年度当初予算(案)について
http://www.pref.tottori.jp/soumubu/zaiseika/H18/h18tousyo/h18tousyo1.html

平成18年2月定例県議会付議案
http://www.pref.tottori.jp/soumubu/zaiseika/H18/h18tousyo/pdf/h18fugian.pdf
議案第37号
鳥取県人権侵害救済推進及び手続に関する条例等の停止に関する条例の設定について(人権推進課)
鳥取県人権侵害救済推進及び手続に関する条例について、人権条例に関する懇談会における意見等を踏まえ、県内で発生している人権侵害の事実等の調査確認、適切な人権救済の方法の検討等による内容の見直しに伴う改正その他の所要の措置を講じる必要があるため、当該条例及び関係条例の施行を、別に条例で定める日までの間、停止しようとするものである。[公布施行]

県民の声を取り入れた事業
http://www.pref.tottori.jp/soumubu/zaiseika/H18/h18tousyo/pdf/h18kenminiken.pdf
 地域改善対策の特別措置法が失効しましたが、今なお差別事象が発生しており、人権問題解決に向けた取組みとして、人権教育推進員の補助制度を継続してほしい。
人権教育課
(→人権教育課、地域自立戦略課)
人権教育推進員補助金制度は市町村交付金で引き続き対応します。
○人権尊重のまちづくり推進支援事業(継続)
○市町村交付金(組替)

平成1 8 年度当初予算における重点事業
http://www.pref.tottori.jp/soumubu/zaiseika/H18/h18tousyo/pdf/h18tousyoyosanan%20jyuutenjigyou.pdf

4 地域を支え家族を大切に

 県民の生活や活動の基盤である地域をみんなで支える取組を進めるため、市町村やNPO等が行う地域活性化に向けた活動に対して支援する。
 また、障害者、高齢者、子ども、DV被害者等を取り巻くさまざまな課題を克服するため、相談支援体制の充実や支援者・相談員の養成、支援基盤の整備などに取り組むなど、人と家族を大切にするきめ細かな施策を推進する。

(新)人権救済条例見直し事業費
(新)人権教育実践事業

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労組・政党からもヒヤリングを

鳥取県男女共同参画推進員への申出2件に対する審査結果について
 [勧告]・[意見公表]

http://db.pref.tottori.jp/Press2.nsf/f67bc3aadbed7adc4925677c0003f099/0b713025484f133849257118001cb604?OpenDocument

提 供 日:   2006/02/23 (木)

提 供 課:   男女共同参画センター 

Ⅰ DVに関わる子どもに配慮しない学校一斉公開についての苦情の申出

  審査結果:一部勧告、一部棄却

Ⅱ 新聞投書への対応に関する苦情の申出

  審査結果:一部意見公表、一部棄却

○ 鳥取県男女共同参画推進員名簿(あいうえお順)     
氏   名    職  業          住所
足立 珠希(あだち たまき) 弁護士  米子市
小谷 次雄(こだに つぐお) 公民館長  倉吉市
坂口 清太郎(さかぐち せいたろう) 会社役員  米子市
福嶋 栄子(ふくしま えいこ) 家庭裁判所調停委員  鳥取市 
(任期:平成17年4月1日~平成19年3月31日) 

男女共同参画推進の御意見番!鳥取県初のオンブズパーソン!
男女共同参画推進員制度をご利用ください。

http://www.pref.tottori.jp/yorinsai/suishinin/suishinin-top.htm

問2 どんな仕事をするのですか?
答え

 推進員は、男女共同参画推進条例(平成13年4月施行)により設置された第三者機関で、県民の方の県の施策に対する苦情や、県への苦情申し出に対する対応への不服について、申し出に基づきその内容を調査・検討し、第三者の立場から県に改善、是正を求めます。

鳥取県男女共同参画推進条例
(平成12年12月26日公布 平成12年鳥取県条例第83号)

http://www.pref.tottori.jp/danjyo/siryo/zyourei6.htm

第3章 男女共同参画を阻害する行為の制限
(性別による権利侵害の禁止)

第20条 何人も、いかなる場所においても、性別による差別的取扱いをしてはならない。
2 何人も、いかなる場所においても、セクシュアル・ハラスメントを行ってはならない。
3 何人も、いかなる場所においても、配偶者等に対して身体的又は精神的な苦痛を与える暴力的行為を行ってはならない。
(性別による権利侵害があった場合の措置)
第21条 知事は、前条の規定に違反する行為があったと認めるときは、当該行為をした者 に対し、差別的取扱いの是正その他の措置を講ずるよう指導し、又は勧告することがで きる。
2 知事は、職場において前条第2項の規定に違反する行為があったと認めるときは、事 業者に対し、当該行為を防止するために必要な措置を講ずるよう指導し、又は勧告する ことができる。
3 知事は、前条の規定に違反する行為があったと認めるときは、当該行為の被害者を救 済するために必要な措置を講ずるよう努めなければならない。
(公衆に表示する情報に係る制限)
第22条 何人も、公衆に表示する情報において、性別による固定的な役割分担又は異性に対する暴力を助長し、又は連想させる表現及び過度の性的な表現を行わないように努め なければならない。
   

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焦点は人事

「期限が焦点」と議長

  連絡会が議会に署名提出

  しんぶん赤旗 2006年2月25日

http://www.jcptori.jp/modules/news/article.php?storyid=119

 鳥取県労連、鳥取医療生協、日本共産党鳥取県委員会など13団体が参加する鳥取県人権条例の改廃を求める連絡会の代表11人は県議会初日の二十四日、前田宏県議会議長に「人権条例の改廃を求める」11576人分の陳情署名を提出しました。

※ 会派信は「現行のまま施行すべきだ」、清風も無期限に難色、期限が焦点になっているだけに予断を許さない状況。「期限をきるな」「条例は廃止せよ」の世論をいっそう盛り上げることが必要。(鳥取民報記者)

人権救済条例:施行停止の条例案を提案 

  表現の自由を侵すなどと批判を浴びた鳥取県人権救済条例について、同県の片山善博知事は24日開会の定例県議会に、条例の6月施行を無期限停止する条例案を提案した。自民党など主要会派が賛成しており、可決される見通し。

 同条例は昨年の9月定例県議会で可決されたが、県弁護士会が条例の運営にあたる県人権救済委員への弁護士派遣を拒否。片山知事は当初、条例見直しに消極的だったが、「法曹の協力を得られなければ空振りに終わる」と抜本的に見直す意向を示していた。

 また、片山知事は「(条例の前提となる)県内の人権侵害事例を調べる必要がある」として、弁護士や学識経験者による見直し検討委員会の運営費260万円を06年度当初予算案に計上した。毎日新聞 2月24日

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2ヶ月で1万人を超す条例批判の声・鳥取

「連絡会」NEWSによれば
ー署名1万筆を超えるー


22日の朝の段階では10083筆に到達。
24日に県議会議長に提出。

議会は期限を切るな
http://www.jcptori.jp/modules/news/article.php?storyid=116

人権条例で連絡会が県と議会に提案

しんぶん赤旗 2006年2月22日

 鳥取県労連、鳥取医療生協、日本共産党鳥取県委員会など13団体が参加する「鳥取県人権条例」の改廃を求める連絡会の村口徳康県人権連準備会世話人や日本共産党の市谷とも子県書記長(県議候補)ら代表11人は21日、県庁で記者会見をし、同条例の改廃を求める陳情署名が20日現在、九千四百人(22日に1万人突破)から寄せられており、定例県議会開会の24日には1万人を超える署名を提出すると発表しました。

※ 議会では期限付きかどうかが焦点になる。連絡会に応対した滝山総務部長は「そもそも、問題の性格上、期間を設定してやるべきものではない。だらだらせずに迅速にやることが肝要」と述べた。しかし、障害者、女性、子ども(同一スタイルの強要、給食時間が実質20分、見せしめ的なあつかい、成績が悪い子=劣等生、自己主張する子=反抗的のレッテル張り、など学校現場では人権侵害が普通に行われている)への差別、警察・教育委員会・行政機関における人権侵害など立法事実を掘り起こすことから始めれば、閉鎖的な行政機関だけに相当時間がかかると思われる。(鳥取民報記者)

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鳥取県議会の議論を見守る

http://www.jcptori.jp/modules/news/article.php?storyid=115

2006年2月21日

鳥取県議会議長
前田 宏 様

   
「鳥取県人権条例」の改廃を求める連絡会

「鳥取県人権条例」の廃止を求めると同時に、2月県議会知事提案を受け止め、「施行延期」と「検討委員会」の目的達成のための力を尽くされることを求めます

(文面略)

1、県議会として、立法事実の検証がされていなかったということを反映した知事提案を真摯に受け止めること。

2、「検討委員会」の目的である、県内の人権侵害の実態調査、人権救済の方法の検討がしっかりと行えるようにするため、以下の点を実施すること。

①検討にあたっては、県議会から期限をきることがないようにすること。

②「検討委員会」の構成は、公平・中立性を確保し、法律的・専門的な判断が保障されるようにすること。

③人権侵害の調査・検討は、私人間の問題だけでなく、行政機関や、雇用・労働関係によるものなどをきちんと反映させること。

④「検討委員会」の会議や議事録を公表すること。

(知事宛のもあります。)

「日本海新聞」2月21日 18:28更新

人権条例廃止を求める文書提出
「鳥取県人権条例の改廃を求める連絡会」(船井昭一代表世話人)は21日、県庁で片山善博知事と前田宏県議会議長あてに条例の廃止を求める文書を提出した。同会は共産党を含む県内の13市民団体で構成。昨年12月24日から条例改廃を求める署名活動に取り組んでおり、現在9400人の署名を集めている。

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地方における人権救済に関する研究会

大阪府人権協会

2005/02  ニュースNO17より

地方における人権救済機関に関する研究

地方における人権救済に関する研究会

目 的
 地方における人権侵害による被害を適正かつ迅速に救済・予防するため、地方における人権救済機関のあり方等について、専門的な見地から幅広く研究する。

構 成
  部落解放同盟大阪府連合会

  財団法人大阪府人権協会

  社団法人部落解放・人権研究所

  大阪府人権室

まとめ~抜粋~

    しかしながら、相談で解決できないものや相談者の意思により相談を打ち切っているものについては、公平・中立的及び専門的な立場から当事者間を調整する第三者機関が必要であり、その第三者機関には課題解決のため、あっせん・調停・勧告などの実動的な救済機能が必要である。

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大阪の不正を糾す民権連

民主主義と人権を守る府民連合
http://www.eonet.ne.jp/~sumiyoi/

機関誌「民主と人権」 第21号
2006,2,15

市民にあたたかい公正・公平な行政の確立を求める要求書
   大阪市長 關 淳一 様
二〇〇六年一月二六日 民主主義と人権を守る府民連合
                           委 員 長            東    延
            大阪市協議会会長  坂 東  勝

 市民の暮らし・営業はかつてなく深刻です。市民の暮らしを守ることは自治体の責務です。しかし、先頃発表された市政改革マニフェストは、市民・職員にだけ際限なく痛みを押しつけるものです。
 また、同和問題については、平成十四年の特別措置の終了にともない基本的に解決したといえます。残された課題は、これまで行われてきた一般との逆差別を生み出す行き過ぎた同和行政、特殊化した啓発の是正をはじめ、同和厚遇を改めることです。とりわけ、昨今、マスコミなどで取り上げられている芦原病院への補助金、貸付金は百数十億円にも上り、貸付金については返済もされないという乱脈ぶりです。塩楽荘運営(年間約三億円)の補助金や住宅管理(年間約九千八百万円)にかかわる人権協会への委託契約はあまりにも多額で不透明です。また、同和建設協会所属の業者への優先発注の問題は一部局だけではなく、住宅建設や福祉施設、道路建設などすべての事業を同建協会員が独占受注しています。
 さらに、三年前から議会でもたびたび取り上げられているふれあい人権住宅(旧同和住宅)は平成十七年三月現在、約一五〇〇戸(貸し付け停止一四一三戸、空き家一〇八戸)が放置されています。いま、一般市営住宅への入居希望者は募集戸数の何倍にもなっており、これを一般開放することは市民の切実な願いです。とくに住宅入居の問題は、平成十四年三月議会の付帯決議で公正で適正な運営を図るよう厳しく求められている問題であり、議会決議の遵守からいってもいつまでも放置することは許されません。
 關市長は、これらの問題を早急に解決し、公正・公平な行政を確立をされるよう要請すると同時に、以下の要求を提出します。
 誠意ある対応と回答を求めます。
     記

一、自治体の責任を放棄し、市民・職員に際限なく痛みを押しつける市政改革マニフェストの具体化案を撤回し、市民にあたたかい市政を推進すること。
①ゴミの島(夢洲)への海底トンネル工事(総工費三千億円)、新人工島の埋め立て工事(総工費三千億円)などムダな巨大事業をストップし、市民の暮らし・福祉にまわすこと。
②MDC(OCAT)をはじめ、第三セクターの破綻処理に市民の税金を使わないこと。
③児童の誘拐殺人事件が多発する中、放課後の生活の安全を確保するためにも児童館は廃止しないこと。児童生き生き放課後事業の有料化はしないこと。
 生活保護世帯の上下水道料金、市営交通費の減免制度を維持すること。
④重度障害者の給付金など廃止しないこと。
⑤高齢者の敬老優待パス・上下水道料金の減免を維持すること。
⑥粗大ゴミ・家庭ゴミの収集を有料化しないこと。
⑦高校生の奨学費の給付制を維持すること。
⑧市内すべての中学校で学校給食を実施すること。
⑨保育所の民営化は子どもたちの健やかな成長を妨げます。民営化を止めるとともに保育料の値上げをやめること。

二、特別行政を完全に廃止すること。
①市営住宅の適正な管理、芦原病院の見直し、共同浴場の自主経営、未利用地、駐車場の厳正な管理運営、事業の収束など、平成十四年三月議会で採択された付帯決議を遵守すること。
②塩楽荘の運営補助金をはじめ人権協会への補助金を廃止すること。
③人権文化センターの夜間警備など人権協会への不透明な委託契約を見直すこと。
④住宅管理は、人権協会の介入を排し、市が責任を負って管理すること。そのためにも管理運営に関わる人権協会への委託契約を止めること。
⑤地区内に設置された駐車場の駐車可能件数と実際の使用件数及び使用料を地区別に明らかにするとともに、人権協会からの徴収額を明らかにし適正な金額に改めること。
⑥芦原病院への貸付金を返済させること。
⑦地区内のすべての公共事業の同建協会員優先発注を止め、厳選な入札制度に改めること。
⑧ふれあい人権住宅の一般公募を一日も早く実施すること。
⑨人権文化センター内にある解放同盟支部事務所を撤去させること。
⑩一般対策の名による特別対策をすべて廃止すること。
⑪同和関係団体への補助金を廃止すること。

三、行政による「人権教育・啓発」を行わないこと。
① 部落問題解決とはいかなる状況を作り出すことか、そのために行政の果たすべき役割を明らかにすること。
②行政の価値観を市民に押しつける「教育・啓発」を行わないこと。
③「確認・糾弾」行為、エセ同和行為を社会的に排除すること。
④同和・人権問題の認識をゆがめる「教育必携 人権教育推進編」「自己実現をめざす子どもを育てるために」「人権教育を進めるためにー学校園における人権教育推進のための事例集ー」の三文書の配布を行わないこと。  

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鳥取の廃止署名 全力で

日本共産党鳥取県委員会が先の県党会議で「人権条例廃止」を決議(以下)したので紹介します。

http://www.jcptori.jp/modules/news/article.php?storyid=104

日本共産党鳥取県委員会 県党会議《特別決議》

  命がけで自由と民主主義を守るためにたたかってきた日本共産党の真価を発揮し、「鳥取県人権条例」の廃止をめざし奮闘しよう

「鳥取県人権条例」の廃止を求めるたたかいは、いま、重要な局面をむかえています。弁護士会など法律家の批判や県内外からの多くの批判、議論は、人権条例が「致命的な欠陥」をもっていることを浮き彫りにしました。

条例は、差別や人権侵害というあいまいな規定で、県民の間での日常のあらゆる会話を罰則付きで規制し、行政機関が人権侵害する恐れがあり、県民同士の自由な交流を阻害することになります。これでは、人権救済にも差別の解消にも逆行することになりかねません。

また、県が弁護士や学者などの意見を聞いた「懇話会」では、条例を制定して救済しなければならない人権侵害の事実が存在しないことが明らかになりました。

懇話会では、部落差別に限定するという意見がありましたが、規制すべき事実は結婚差別の外には示されませんでした。しかし「婚姻は両性の合意」によるものであって、行政機関が強制することは憲法違反の人権侵害です。

この間の議論で明らかになったのは、条例制定の根拠となる事実が存在せず、条例の規定は言論・表現の自由を侵害し、憲法に違反する内容であるという、条例として「致命的な欠陥」をもったものだということです。制定当初は「運用」で問題は解決するとしていた片山知事が、「抜本的見直し」が必要との立場に変わったゆえんです。この間の議論からでてくる結論は、人権条例は廃止すべきだということです。

しかし、まだ県議会も知事も「見直し」の域を出ていません。県議会の会派「信」や「住民連合」は六月一日の条例施行を主張しています。二月二十四日開会の二月県議会にむかう期間は、その一日一日が、人権条例廃止の流れを強めるのか、それとも見直しで存続を許すのか、激しいせめぎあいとなってきます。

廃止をめざすたたかいの新たな段階をむかえ、県党は「人権条例の改廃を求める連絡会」が提起している「一万人署名」の成功のため奮闘することが求められています。

「第二十四回党大会決定」は、「総選挙後に生まれた新しい政党状況の中で『改革競争』と称して暴走を競い合うという状況が生まれている」ことを指摘し、その中でわが党が「確かな野党」として責任を果たすことが重要であるとのべています。「人権条例」が県議会各会派の悪政の競い合いを背景に成立した事態は、大会決定の分析が示す通りとなっています。

鳥取県党は、県内の政党のなかで人権条例制定に反対した唯一つの政党です。わが党がこのたたかいの先頭にたてるのは、八十三年の歴史の中で民主主義擁護を何より大切にし、差別解消に逆行する部落解放同盟の確認・糾弾や行政との癒着に正面から対決してきた党だからです。

ビラ弾圧事件など正当な政治活動、市民活動への弾圧事件が頻発しているもとで、言論・表現の自由を抑圧する人権条例を廃止させることは、鳥取県党がはたすべき国民的な責務です。自由と民主主義の擁護を現在と未来の旗印としている日本共産党の真価を発揮し、第二十四回党大会決定の実践として、「鳥取県人権条例」廃止をめざすたたかいに全力を尽くすことを、県党のすべての支部、党員のみなさんによびかけます。



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鳥取条例の単なるやり直しでは意味がな

                                                      2006年2月14日

鳥取県議会議長

 前田 宏 殿

                                                   全国地域人権運動総連合

                                                        議 長  石岡克美

「鳥取県人権救済条例」の施行延期と

知事部局提案事項の充実を求めます

 前略

 鳥取県・片山善博知事は2月1日、鳥取県人権侵害救済推進及び手続に関する条例(「人権救済条例」)の無期限で施行を延期する条例案と、学識経験者など13人による「条例見直し検討委員会」を設けるための予算措置を議会側に説明しました。

  片山知事の提起は、昨年10月に全国で初めて「人権救済条例」が可決されて以降、県内外から以前にも増して危惧や批判など、改廃を求める運動が高まりをみせたことの反映であり、真摯な対応と評価できます。

 特に、条文の規定や制定の根拠等に曖昧性が見られることに係わって、県内外のマスコミや弁護士会、「人権条例に関する懇話会」等からも、言論表現や報道の自由を侵害し、真に必要な人権侵害救済が軽視され、新たな人権侵害が生じかねないと批判が起こったのは当然と考えます。

 私ども全国人権連は、政府において求められる新たな人権侵害救済機関は、「人権委員会」は国連パリ原則にのっとって政府(行政)から独立した機関とし、委員の人選、運営、予算の面でも独立性が担保できるようにする、人権救済の強制調査の対象は、憲法上の基本的人権及び国際人権条約で規定されている権利の侵害、すなわち国家・行政権力や社会的権力(大企業など)による人権侵害に限定し、報道や国民の表現活動を規制したり、私人間の領域に立ち入るものとはしない、新たな立法行為に対して人権アセスメントを導入し、法律による人権への影響を事前にチェックする機能も持たせる、ことが最低要件と考え、政府案の廃案運動を全国的に展開してきました。

一方、地方段階の人権救済制度は、埼玉県や兵庫県に男女共同参画の苦情処理機関が設置され、和解、勧告、提言など迅速な対応が行われています。こうした個別人権課題に限定した苦情処理機関であれば憲法上の疑義を生じることはありません。子どもや障害者などの権利を擁護する条例等も実施されており、鳥取県においてもこれらの積極面や教訓を生かすことが重要と考えます。

今後、県議会内で知事部局提案案件の議論が行われますが、長年にわたり旧身分に係わる障壁を解消し自由な社会的交流の実現をめざし、また民主主義や憲法の人権条項を暮らしに根付かせるために様々な人権課題にも取り組んできた立場から、標題に係わり次の諸点を要請いたします。

1、知事部局提案を真摯に受け止めていただき、「検討委員会」人選の公平・中立性の確保、「検討委員会」委員の公募枠の設定、「検討委員会」会議や議事録の公開、ヒヤリング団体・個人の公募や意見募集などを議会決議するなどして、県内外の信頼と期待に応えて下さい。

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京都市の同和対策の姿勢

京都市2005年11月定例市会

日本共産党・井坂博文議員の代表質問(質問と答弁の大要)

2005.11.21
http://web.kyoto-inet.or.jp/org/cpgkyoto/shikai/2005/0511sikai/051121isaka-situmon.htm#0006

本市の同和行政・人権行政について 

 質問の最後に本市の同和行政・人権行政に関してお聞きします。 
国の人権擁護法案はさすがの小泉暴走内閣も先の特別国会において提出できず、先送りとなりました。本来人権救済機関とは、公権力などによる人権侵害に対し、政府から独立し、裁判所とは別に救済機関をつくって迅速・的確に対処することが目的であります。しかし、〇三年に提案された人権擁護法案は、報道による過剰取材やプライバシー侵害への対処を口実に、政治家の疑惑の追及など取材・報道の自由、国民の知る権利が奪われること。「人権」や「差別」についての明確な規定なしに「差別言動へ対処する」として、国民の表現の自由を侵害する危険がある、など国民の強い反対で廃案になりました。その後、政府・与党は法案の再提出を検討していましたが、一部手直しをしただけで危険な本質はまったく変わっておりません。日本共産党は法案そのものに断固反対であることをあらためて表明いたします。
 さて、鳥取県が全国に先駆けて「人権救済条例」を制定しましたが、専門家や弁護士会から「人権救済の名の下で人権侵害が行われる」「憲法違反の恐れすらある」と厳しい批判を受け、マスコミからも「拙速であり、他の自治体は、こんな動きに追従すべきでない」と指摘されています。従って、本市においては独自条例など制定しないように強く求めておきます。
 つぎに同和関連人権研修への市職員派遣に関してお聞きします。内外の強い批判をうけて、京都市集会、きたけん集会など市内研修について、総務局職員研修所が人数を各局に割り振り、局が参加費負担するという従来の仕組みを廃止し、今年度から「適正に対処する」という九月市会での副市長答弁がありました。ところが文字通りの自主的参加になると思いきや、先月開催された「きたけん集会」では、文化市民局の人権文化部が「仕事の業務の一環」としてとりまとめ、市職員二三八人が参加し、参加費用も公費負担されていたことが発覚しました。これのどこが「適正な対処」なのですか。窓口を変えただけで派遣の中身はまったく変わっていないではありませんか。このような同和関連人権研修における「参加費補助・動員型」の職員派遣はきっぱりとやめるべきであります。いかがですか。
 最後に、同和奨学金と自立促進援助金にかんしてお聞きします。奨学金はいよいよ来年度がその期限切れとなります。現在係争中の裁判においても京都地裁判決は、返還を求めない本市の奨学金制度そのものを、厳しく断罪しました。長引く不況のなかで進学をあきらめざるを得ない家庭が増えているなか、これ以上の逆差別、特別施策を続けることはあってはならないことであります。同和奨学金は期限切れを待つまでもなく来年度予算に計上しないこと、自立促進援助金については制度そのものを廃止し、卒業後の所得に応じて公正に返還を請求するよう強く求めます。その上で、昨年答弁された「貸付をうける奨学生のうち高校・大学を卒業する生徒については制度を説明して返還を求める」との方針について、どう実行されたのですか。経過報告を求めます。
 以上で、私の第一質問を終わります。

<柴田文化市民局長>
 市会の指摘で見直しをおこなったところである。集会は「人権尊重のまちづくり」をテーマとし、調査・研究の場として今年度から人権行政担当職員が参加したが、今後参加のありかたを引き続き検討していく。奨学金は同和問題解決へ残された課題の一つ。経過措置として18年の新規貸与者が卒業する21年まで継続する。自立促進援助金は16年3月に改定。援助金支給基準を満たさない者からは返還を受ける。

【第二質問】
 同和行政はきっぱりとやめよ。市民生活の実態を見ず要望に応えようとしない市長の姿勢がはっきりした。民主府政の会「府民アンケート」に2万5千通の返事が返ってきている。11月の「三位一体改革」への評価では、全国の知事アンケートで、長野・高知・鳥取の知事が「評価できない」と答えているのに、京都府知事は「自治体の裁量が広がった」と肯定的だ。生活保護費の国庫負担率引き下げの動きで地方が猛反発しているのに、市長は「自治体の裁量が広がる」と答える知事と何を協調するのか。これでは府市共犯であり財政破綻をすることは明らかだ。

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「解同」の「確認・糾弾」合法論は誤り

「弓矢人権裁判」12月公判に弓矢弁護団が提出した意見書より
横田耕一氏の「違憲性批判」意見に対して


第7 乙ロ118~120に対する反論

 1 横田意見書(乙ロ第118号証)に対する反論

 (1) 横田意見書は、「法務省通知(甲第78号証)」の中の「確認・糾弾会への出席についての相談を受けた場合は言うまでもなく、相談を受けない場合にも必要に応じて、『確認・糾弾会には出席すべきでない』と指導する(同5頁)」ことは、明らかに集会の自由に対する公権力による許されない介入であり、違憲であると主張(10頁)するので反論する。

     因みに、横田意見書は、「法務省通知」中、確認・糾弾会には「出席する必要はない」と指導することは容認しているものである。

   1) 確認・糾弾会は、被糾弾者に対して、糾弾学習会への出席を事実上強制し、被糾弾者の人権や人格を踏みにじり、被糾弾者が解同の言い分を受け入れて、被糾弾者の意識又は考え方を変革するまで、強要を続ける場であり、明らかに被糾弾者の思想・信条の自由、内心の自由の侵害が行われる違法な集会である。

      すなわち、確認・糾弾会は、解同がその差別事件糾弾闘争方針に則り、数百人の解同同盟員が参加して被糾弾者を取り囲み、組織として、被糾弾者の人間変革(意識や考え方を変革)を強要する場であり、その追及(強要)を通じて関係者、行政機関などに、この事件を通じて解同の主張する差別の本質と解同が要求する当面解決をせまらねばならない課題を深く理解させる(押しつける)場であり(乙ロ27・247頁)、被糾弾者が解同の求めるような人間変革を完了するまで、また関係者や行政機関が、解同の要求する課題の実行を約束するまでエンドレスに続け、そして被糾弾者が糾弾会に出席しない場合は、糾弾要綱を社会に公表し、行政指導を行わせたりして、被糾弾者に対する批判の世論をまきおこすなかで、社会的責任をとらせるものである(乙ロ27・248頁)。

      被糾弾者の意識変革を強要する行為が、思想・信条の自由、内心の自由に反することは、人事異動や命令研修の目的が差別文書を認めるという意識変革にあって、人事異動や命令研修の本来的目的も存せず、解同矢田支部の要求に応じて行ったことが、思想・信条の自由、内心の自由を侵す違法な行為との判決(矢田民事事件、昭54・10・30大阪地裁判決、判時963号119頁、昭55・12・16大阪高裁判決)からも明らかである。

      法務省は、違法な確認・糾弾会には「出席する必要はない」にとどめず、このような確認・糾弾会には、少なくとも公務員には、行政の中立性、主体性をまもる立場から、「確認・糾弾会には出席すべきでない」と指導して通知したものである(甲第78号証)。

憲法の人権保障規定を順守し、行政の中立性、主体性を守るために、「確認・糾弾会には出席すべきではない」との指導を発したのは、何ら憲法21条に保障する集会の自由に抵触するものではない。 

   2) 横田意見書は、解同の行う確認・糾弾会の実体をみずに、確認・糾弾会を単に「差別問題解消のため被差別者や被差別集団が私的に差別者と被差別者とが向き合う機会」と考えるから、法務省通知を違憲と主張しているにすぎない。

      「法務省通知」は、解同が行う確認・糾弾会自体を否認したものではなく、あくまで、解同の意向にそった被糾弾者の意識変革が完了するまで続ける違法な確認・糾弾会に「出席すべきでない」と通知を発したものである。

(2) 横田意見書は、「糾弾学習会への出席要請がある程度は道徳的強制の要素をもつことはありえよう」とも主張する(5頁)。

    確認・糾弾会への出席要請が道徳的強制の要素をもつとは、いかなる意味なのか、全く趣旨不明である。道徳に強制の要素は存在しない。

(3) 横田意見書は、「一般国民以上に部落差別解消が義務づけられている公的機関(例えば県教委)が、糾弾学習会といった差別意識認識・解消の場に対して好意的であっても不思議ではないし、その結果として糾弾学習会の開催に一定の関与(出席要請の伝達、職員の出席)を行っても法的には許容範囲内にあると言える(もちろん積極的に出席を強要したり、法的に出席義務があることを伝えたりすることは憲法20条、21条等に違反する)。」とも主張する(5頁)。

    しかし、解同の行う違法な確認・糾弾会は、同和問題の解決にとって著しい阻害要因となっており、それ自体、被糾弾者の思想・信条の自由、内心の自由を侵す違法なものとされているのであるから何ゆえ公的機関が好意的でなければならないのか。

    公的機関(例えば県教委)が部落差別解消義務を負うているものではない。公的機関は部落問題の解決の課題を担っているものである。

    県教委も公的機関の一つとして、部落問題の解決の課題を担っているからといって違法な確認・糾弾会に対し、「好意的」であるべき理由はない。課題を担っていることと具体的施策とは、別個の問題である(加須市長選挙無効請求事件、東京高裁昭51・2・25判決、806号・25頁)。

    また、なぜ、解同の行う違法な確認・糾弾会の開催への出席要請の伝達や、職員の出席をさせなければならないのか。これは、違法行為の幇助にあたるもので、法の執行を行う公務員として許されないものである。

    なお、宗教の自由を保障した憲法20条に違反するとの主張は、全く趣旨が不明である。

(4) 横田意見書は、「裁判所はこれまで、積極的に糾弾学習会を肯定したとまでは言えないまでも、糾弾学習会が違法なものであるとは決してしていないのである。」とも主張する(6頁)。

    横田意見書があげる大阪高裁昭和56年3月10日、同昭和63年3月29日の判決は、被告人らが、糾弾権の行使として正当行為にあたるとか、可罰的違法性を欠くとの主張に対し、被告人らの行為はいずれも違法であるとした判決である。「糾弾学習会が違法なものであるとは決してしていない」とは判決のどの部分を指していうのであろうか。

 (5) 横田意見書は、「少なくとも部落差別問題にあっては、行政(司法・立法も)は被差別者ではないことはもとより、中立的第三者でもなく、むしろ差別者の側(とりわけその主たる責任者)であることは、これまでの歴史を振り返る中で公的にも確認されてきたところである。したがって、部落差別問題で『行政の(差別者と被差別者の間での)中立性』を語るのは筋違いである(5頁)。」とか、「差別問題には、中立的立場はなく、多数者や国家機関(裁判所を含む)は、主観的認識はともかく、差別する側にあることを三思すべきである(10頁)。」と主張する。

     確かに行政が差別をしたことはあるが、むしろ、それは解同との連携の下に行った窓口一本化行政等では、解同が求める行政をしたため、被差別部落の中に新しい差別を生み出し、それが、「本件児童は、差別をなくすことを目的とする行政の名の下にいわれない差別を受けるというまことに遺憾な結果となっている(貴船保育所入所措置解除処分取消請求事件福岡地裁昭52・12・23判決、判時898号48頁)として」行政の公正・平等の立場から処分の取消がなされている。

     まさに、本件の如く解同が差別を生み出す行政を強要したからに外ならない。斯様な例は枚挙にいとまがない。行政で求められているのは、正しく公正、平等な行政であり、行政の中立性である。

     なお、これらの主張は、差別について極めて特異な主張であるが、社会を差別者側と被差別者側とみたり、行政・司法・立法機関を差別する側とみることにより、部落問題の解決ができるのであろうか。その解決の道筋を明らかにされたい。

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片山知事と杉根県議

2005.12.13 :
平成17年11月定例会速報版(12/13 一般質問)

◯22番(杉根修君)
 さて次に、人権救済条例についてであります。
 人権侵害に関する公的機関による相談、救済の多くは国民が求めています。公的な人権救済の仕組みをつくり上げることが、県民の多くの願いでもあります。
 さて、鳥取県には、鳥取県とかかわり合いになると人権侵害に加担することになる、人権を踏みつける条例のあるところには行かない、韓国、北朝鮮に対して文句を言えなくなる、知事と県議会議員と一部の人たちによる悪質な裏取引があった、鳥取県民を日本の特別国民と言っていいようなものだ、特定外国人と県議会議員の利権を守る条例だ、人権暴力団の巣窟になる、知事や県議会議員のほとんどが無能で無知で売国奴だったことは知っていた、北朝鮮と解同のかかわりがあることを知事は知っておる、鳥取県はますます過疎化が進行する、日本人が日本で差別される、ふざけるな、と県に対してのファクス、メール、電話の一部の内容であります。唖然とせざるを得ません。正当な真正面からの議論ではなく、これがマスコミ等の報道によっての国民の反応であります。まことに恐ろしい。無理解な日本人の人権感覚の低さと、社会の差別構造と、確信犯的なものを見るような気がいたしました。県外から組織的に行われていると思われるものや、人権侵害的な内容が多く含まれています。県民の代表が県民の願いを条例制定で県政に反映させる行為なのに、地方自治の制度趣旨に反する反対抗議には理解できません。
 基本的人権の尊重は、憲法の原理であり、憲法に抵触すると指摘するならば、他方でその問題と同様に、現実の人権侵害をも除去すべく努力するのが憲法に対する誠実な態度ではなかろうか。県民の代表から成る議会において、正当な手続を経て県民の願いが条例化されたにもかかわらず、その運用に適正を図るための作業に法曹が協力しないというのは、法治国家日本における法律専門職のあり方として甚だ疑問に思うのであります。一部の条項に問題を見出して、悪用の事例を想定したり、それがために人権救済の制度は一切設けてはならないという考え方や、針小棒大的な問題指摘によって論点をすりかえるのではなく、よりよい救済制度をつくり上げるために協力すべきではないかと思うのであります。
 本条例の審査は長期にわたったもので、すなわち知事案、会派「信」案、県民に対するパブリックコメント、3度にわたる継続審査に対する決定に際しても、審議未了、廃案の主張はなく、この間も議員の中には、真摯な審議をせず、この期に及んで反対と異論を唱える態度は極めて遺憾であり、議員活動の態度として好ましくないと思うのであります。議員は評論家ではありません。問題の緊急性は政治家として理解できないのでしょうか。
 条例施行後問題があった場合は、手直しする点は議会も執行機関も同一の認識を共有しているのであります。委員会活動を適正ならしめるのは、議会の役割であります。運用の円滑を図るよう期待するのが適切な態度ではないのでしょうか。
 私は、その思いの一端を申し上げました。知事の所見を伺うものであります。
 第1回目の質問を終わります。

◯知事(片山善博君)
 いわゆる人権救済条例についての杉根議員の御見解が何点か述べられたと思います。
 最初に、目を覆うばかりといいますか、唖然とするような誹謗と中傷のメールなり、寄せられたということはもう事実でありまして、私もその一端を県民室などに届きましたものの中から見せてもらったのですけれども、何ともひどいものだという感想を持ちました。先ほど杉根議員は、悪質な、悪質なといいますか、国民の反応と、こうおっしゃいましたけれども、正確に言いますと、やはり国民の中の一部の反応でありまして、国民の多くの皆さんがああいうメールとかファクスを寄せているわけではないのでありまして、全体から見ればごく一部でありますけれども、しかし、少なくとも国民の中にあのようなどろどろとした、非知性的といいますか、そういう部分があるということは、私も本当に残念なことだと思います。これは今に始まったことではなくて、実は例のホテル税論争をしたことがありましたけれども、私は論争したつもりはないのですけれども、ホテル税について、税制の専門家と自分で言うのもちょっと変ですけれども、税を多少かじった者として税制を批判したのでありますけれども、そのときも実は似たような反応が随分寄せられました。ですから、日本の中にやはりアングラ的にそのような勢力といいますか、そういうものがあるのだなと思って、気をつけておかなければいけないと改めて認識をしたような次第であります。
 ただ、昨日も申し上げましたけれども、批判というのは、今杉根議員が御指摘になったようなそのような悪質なものばかりではなくて、実は理性的な、それから人権救済条例の条文に即して、他の理念、例えば憲法に規定された表現の自由でありますとか、そういうような他の理念に照らし合わせた異論、反論も実はあったわけでありまして、それらが、例えば法曹界でありますとかマスコミの関係者の皆さんから寄せられているということであります。それらはやはり分けて考えなければいけない。同じ批判だからといって、全部はしにも棒にもかからないものだというわけにはいかない。やはりそれはきちんと分けて、取るに足らないものは、これはしようがないですけれども、耳を傾けるべき内容のあるものについてはやはり真摯な受けとめをしなければいけないと思っておるところであります。
 その中で、そもそも条例は県民の皆さんの考え方を酌んで県政に反映したものなので、外部からの組織的なものでありますとか、そういうものについて、余り重きを置く必要はないのではないか、むしろそういうことは地方自治の制度の趣旨に反するのではないかということをおっしゃいましたけれども、それは一理あると思うのです。それは先ほど私が言いました悪質なようなものについて、例えばもう鳥取県に行かないぞと言われたからすごすごと条例を変えてしまいましょう、やめてしまいましょうというのは、これは本当におっしゃったように地方自治の制度の趣旨に反するわけであります。そうではなくて、真摯な批判でありますとか意見でありますとか、そういうものについてはやはり耳を傾ける姿勢というのは必要だろうと思います。特に、何回も言いますけれども、この条例を円滑に、かつ適切に運用しようと思いましたら、やはり法曹の協力というのが非常に重要な意味を持ってきますので、その法曹の皆さんの協力を得るという一環として、その人たちも含んだ学識経験のある方々のこの問題についての見解に耳を傾けるということは、やはりその運用の前提としては必要ではないかと思って、今その準備作業にかかっているところであります。
 憲法に抵触すると批判するのであれば、むしろ、例えば人権委員会に入って、そういう抵触する事態が生じないように一緒になって努力をするべきではないかというような御指摘もあったと思いますが、それも私も一理あると思うのです。私も実はそう思っております。例えば人権救済委員会のほとんどの委員が法曹で占められますと、その運用は恐らく非常に人権を配慮した、かつデュー・プロセスといいますか、適正手続も踏まえた運用になるでありましょうから、むしろ入っていただいて運用していただいた方が問題ないだろうと私も思うのでありますけれども、これも相手のある話でありまして、当該法曹の皆さん自体が、それよりもまず入り口の議論をしたいと、こういう御意見もありますので、相手のある話ということで、まず入り口論になるかもしれませんけれども、意見も伺うということにしたいと思っているのであります。
 条例の審査は、非常に長い期間をかけてやってきたのに、議会の中で必ずしも真摯な審議をしないで反対を唱えていた人もいて遺憾だと、こうおっしゃったと思うのでありますが、これは議会の中でよく御議論ください。執行部がとやかく言う話ではないだろうと思います。
 条例というのは、一たんつくって、それを施行して、その段階でふぐあいがあれば手直しをするということではないかということ、これもそのとおりなのです。本来、立法機関というのは立法をして、それを執行機関が執行する、その段階でふぐあいが生じる。例えばそのふぐあいというのもいろいろなタイプがありますけれども、1つは、典型的な事例で言いますと、施行してみたら、例えば憲法に違反した事態になったとか、上位法に抵触するような事態になったということになりましたら、それは司法の場で調整されて解決が図られる。そのときに本当に憲法違反の条文であったとか、上位法に抵触する条文の規定があったということになりましたら、その個別の司法の裁判を通じて当該憲法違反とか当該上位法に抵触する規定が無効となる、これが司法による違憲立法審査権ということでありますけれども、そういう形で是正が図られる、これが1つの典型的なタイプであります。そこまで至らずとも、執行してみて執行機関でやってみて、どうもこれはぐあいが悪いと、執行しにくいとかふぐあいが生じるということになりましたら、こちらからその改正案を出すということも1つのパターンであります。それから、やってみて、執行部は全然問題意識がないけれども、はたから見ていて、例えば当の立法した議会から見ていて、どうも何か変なことを執行部はやっているぞ、これは条例を変えなければいけないというようなことで、議会が主導で条文を変えるというのも、これも1つのパターンであります。いろいろなタイプがありまして、立法というのはやってみてぐあいが悪ければ直していくというのが、これが1つのあり方だろうと思います。
 ただ、今回のケースは、執行部として運用に取りかかろうとしている段階なのですけれども、その段階で一番重要な要素であります法曹の協力というものが、いわば門前で拒否されている段階でありまして、こういう状態がずっと続きますと、これはなかなか円滑な執行に至りません。そこで、法曹の皆さんの円滑な協力を得るためにはどういう方途があるのか、どういう方策があるのかということを探らなければいけないということ、そこで解決の道を見出すということが我々としては求められるわけでありまして、今その手続、作業に入ろうとしていると、こういうことであります。

◯22番(杉根修君)
  時間のぐあいがありますから、人権条例からいきます。
 今までいろいろと議論してきておりますから、それは重複はなるべく避けていきたいと思うのですが、私は、報道に対する恐ろしさ、これは俗に言うペンの暴力ということがありますね。そういうことに関しては我々はむとんちゃくというか、割と今までは、権力に対する批判とか、知る権利に対する情報提供というすばらしい公器としての行為、こういうものを信頼し、もちろん我々はマスコミというものを、むしろ我々の生きる社会の中で非常に重要な位置を占め、そういうところの情報を得ながら私たちも生活していることに対しては、非常に尊敬しておるのです。しかし、裏を返せば、きのうも名誉毀損とかなんとかの話がありましたけれども、そういう内包する姿というものが如実に公平性を保っていくという筋道ならいいけれども、1つの主観や記者の考え方によって編集の仕方が変わってみたり、あるいは、例えば人権条例になれば、これはけしからぬという考え方や、まさに法曹界とかマスコミの理論というのは、僕はこれは正しいと思っています。そういう意味合いの正しさの中の我々との議論とはまた別途のものですが、そういうものを正面的にとらえていくという立場での議論ならいいのだけれども、むしろ、あの人がこれを言った、あるいはメールや何かでこういうことが言ってある、悪い部分だけを取り上げてそれを編集していくという姿は、では、やろう、この条例を高めていこうとする筋道というのが失せていくのです。だから、新聞の論調とか報道は、社会をすごく民主的に高めていくという側面と、全く逆の方向があるわけです。そういう恐ろしいことがあるのです。
 きのうの知事の答弁、マスコミの人権侵害は人権侵害救済委員会にはなじまない、刑法にゆだねる、任せる、例外規定があってもよいという発言がありました。これは、知事の考え方は、マスコミを除外しないとふぐあいが出るということなのですね。
 そういうことになってきますと、私は、もう1つ、知事が、議会が行政の無謬性を信頼した結果、執行部案を踏襲したということが、内心じくじたるものがありますと。ということはどういうことか。これは、知事案は理論と判断などが誤りであったということですね。そういうものを議会は踏襲してしまったと。えらいことをしてしまったな、もっと法曹界は早く言ってくれよ、そうすれば中止するだったのに、後の祭りだと。私は、議会での議論や、今まで我々議会が取り組んできた議論の中でのこの条例という具現化するときの議論というのは、それは議場ではないかもしれない。各委員会、各派、各いろいろなセクションの中で議論して、それを集積しながら一定の方向をつくり出してきた、この道筋、プロセス。知事もパブリックコメントを通して投げかける、あるいは協議会等に投げかける、さまざまな分野の中で努力なさった。そうか、ここが一応着地点だなと、そこで1つの考え方をおさめていくという行為は、今の我々の議会制民主主義の中では極めて正当なことなのでしょう。そうした議会が、あなたの思いをまねしたから、議会は、僕の言葉で言うならば、あの連中は無能だな、主体性がないなということになるのだろうかな。僕のうがった考えなのでしょうか。言うなれば、知事のいわゆる無謬性ということは、知事案は理論と判断で誤りがあった、それを議会が踏襲したとは何事か、だから言われても仕方がないではないかということになってくると、これはちょっと僕の邪推かな。言い方がなにでしたら失礼かと思いますが、私はきのうそう思ってしまった。
 もう1つは、この拒否の理由が相当かどうかということをチェックできるように改善の余地がある、こうおっしゃった。それは知事の答弁としていいのでしょう。だけれども、私は、ここの中身は、これは議会側に修正を申し入れるという下心があったのだと、そういうふうに誘導していく、そのように感じてきたのです。
 そうすると、国民の支持、内閣府における世論調査、いわゆる人権に関する調査がありますが、こうしたものを見ましても、公的機関に相談したいことや法的な知識や経験に基づいたアドバイスをする者とか、あるいは公平、公正な仲裁が必要だということが内閣府の調査でも国民の意思が明らかなのですよ。ところが、我が鳥取県においても実態調査の中にそういうことがあるのです。これは平成16年度の県民の人権意識調査でも明らかです。公的機関に対する相談の問題とか、法律的な知識や経験、それに基づいたアドバイスとか、公平、公正な仲裁が欲しい。それは今までも我々がいろいろと考えて人権侵害まであった。ところが、弁護士さんにお願いしたり裁判所に行く、そこの敷居さえもまたがれない。経済的を含めてできない人というのがたくさんおるわけです。では、だれがこの人を救済するのか。だれがこれを。だれがするのですか。私は感情的に反対する人にそれを持っていきたいです。あなた解決してください、お願いしますと。そういうふうに僕は精神が高ぶるので、何かストレスがたまって、このごろ僕は体質がおかしくなった。そのくらいこの問題で寝れないのです。
 そうすると、今、現実に必要性、切迫性というものが、この法務省の人権擁護機関の扱いの中ではどうもおかしい。しかし、事件というものは全国では10%以上もふえておるわけです。そういうデータもある事実に対して、知事、どういうふうにお考えでしょうか。お聞かせください。

◯知事(片山善博君)
  この人権救済条例に関しまして、杉根議員の方から幾つか論点が提示されまして、それに私の考えますところを少しお答えを申し上げたいと思いますが、最初にマスコミ論があったと思います。マスコミというのが、ペンの暴力につながるのではないか。恐らくは、そんたくをいたしますと、今回の議会がつくられましたこの人権救済条例について、総じてマスコミがネガティブな立場で記事を書いたので、それが大きな反響を呼んで、ネガティブな批判とかメールとかが寄せられたのではないかと、こういうことだったと思いますが、そういう面は多分あったのだろうと思います。ただ、これも、マスコミ陣が今回の条例を見て恐らく素直に反応したと言うと変ですけれども、私はマスコミの皆さんが悪意を持って何か一種の政治運動的にこれをとらまえて論調をつくったわけではないと思います。議会でつくられた議員の皆さん方とは考え方が違う、それから立場も違う、そういう中で真摯にこの条例というものを批評といいますか、論じられた結果だろうと思います。ですから、それは、立場を変えれば誤解だとか、一方的だというそういう批判にも当然なり得るのでありますけれども、ただ、それは、そういう見解の相違というのは世の中にはあるわけでありまして、であればこそ、その見解の相違というものを埋める努力を双方でしなければいけない、それがPRとか、情報提供とか、マスコミに対して啓発というのは変ですけれども、啓発というような問題につながってくるのではないかと思うのであります。
 一般的に、マスコミの皆さんが本当にいつも厳正、公平、だれから見ても中立ということは、これはあり得ないわけであります。やはりマスコミといえども生身の人間の皆さんで構成されておりますから、そこには当然主観でありますとか、記者、編集者のそれまでの経験でありますとか、物の考え方というのは当然入ってくるわけでありまして、それを全く無味無臭の中立的なものにせよというのは、それは無理であります。また、そういうものは、私はこの世の中には恐らく存在しないのだろうと思います。主観と主観のぶつかり合い、中には誤解もあるかもしれない、そういうものが寄り集まって、その中でもまれて、1つの合意というか、総意というか、物の言い方をかえれば真実というか、そういうものが形成されてくるのではないかと思うのであります。
 そういうことは不純で、やはりきちんと万人が見て正しいものしか提供してはいけないということになりますと、これはもうそれこそ検閲の制度になりまして、行政から見て正しいものしか掲載してはいけないという、これは検閲でありまして、それは私は決してよくない社会だと思います。ですから、この世の中というのは生身の人間で、間違ったり、誤解があったり、いろいろなことがあって、その中でもまれていくのだという、ちょっと不純と思われるかもしれませんけれども、そういう物の見方をしなければいけないのではないか。検閲による統制する社会というのは決していい社会ではありません。それは絶対避けなければいけません。ですから、どっちがよりましかという、こういう話になるのだろうと思います。
 マスコミを除外するということについて、幾つかの異論、マスコミを除外するという手もありますよと、そういう手法もありますよということを申し上げたわけで、これは一部誤解があってはいけませんので申し上げておきますと、これは運用面で除外する手法もありますよと言ったわけでは毛頭ありません。除外しようと思えば、当然立法上の措置が必要になりますから、条例の修正ということが必要になると思いますけれども、それを前提としての話ですけれども、マスコミとの関係では、今回の人権救済条例と憲法に保障された表現の自由、それをブレークダウンして取材の自由というものとの兼ね合いが懸念として提起されたわけです。これを払拭しようと思いますと、本当に払拭しようと思いますと、かなり詳細な手続規定でありますとか、概念規定でありますとか、早い話が人権侵害の概念規定からかなり克明に定義をしないと、なかなかこの問題の解決はできないのだろうと思います。
 したがって、そっちを追求するというやり方も恐らくあると思いますけれども、もう1つの立場としては、この際、マスコミ関連事案というのは本県でもさして問題になっていないわけでありますので、この人権救済条例がねらいとしているフィールドではありませんので、それだったら便宜上除外しておくという、そういう立法上の態度もあり得るのではないでしょうかということを申し上げたわけであります。それは、恐らくは、でき上がった条例を見た場合に、ちょっとでこぼこみたいな感じで、条例の規則正しさを追求しようと思ったら、やはりそれはちょっと変ではないですかと、こうおっしゃるような方もおられると思うのですけれども、そこは多少目をつぶって、しばらくは適用除外としておくやり方もあるのではないでしょうか。もし、そうやってやってみて、マスコミ事案がいっぱい出てきたと。では、その場合にどうするかというのは、そのときに考えたらいいのではないでしょうかという態度もあるのではないでしょうかということを1つの選択肢として申し上げたわけであります。
 では、マスコミ事案が仮に出てきたら当面どうするのですかというと、これは今でも刑事事件としては刑法、民事の問題としては民法の不法行為による損害賠償請求の問題がありますから、今でもちゃんとそれは手当てはできるわけであります。ですから、マスコミ事案は基本的にはもうそういう司法の場でやってくださいと。今回のこの県独自の準司法的作用としての人権救済委員会の対象からは外しますという、そういう選択肢もあるのではないですかという、こういうことを申し上げたわけであります。
 行政機関の拒否の問題について、私はきのう、行政機関が一方的に拒否ということがまかり通るのは、一般の住民の皆さんとの関係で見ますと、やはりそれは官に甘くということになるのではないでしょうかということを申し上げたわけであります。立法を誘導したのではないか、修正を誘導したのではないかとおっしゃいますけれども、そういう意図で申し上げたのではないのです。山田議員が、この行政機関の拒否の規定があるけれども、これは決して官に甘く民に厳しいということではないですねと言われますので、いや、私としてはやはり、官に甘くという表現は適当だったかどうかわかりませんけれども、官にすごく理解と配慮が行き届いているという、そういう印象を持っているものですから、客観的に見たら、やはり官に甘いと見られてもしようがないのではないでしょうか。
 もう1つは、行政機関に拒否権を付与しているというのは、当然行政機関に誤りがない、無謬性ということを前提にしているはずでありますけれども、昨今の事象を見ましても、決して行政機関といえども無謬ではない。これはもう昨今だけではなくて、ずっと昔からそうなのですけれども、決して人間のやることに全く無謬というのはあり得ないわけでありまして、やはり官といえども、官庁といえども誤りがあるかもしれないということを前提のシステムを構築した方がいいのではないか、その方がより客観的になるのではないかということを申し上げたわけであります。
 その問題につきまして、もともと知事提案といいますか、執行部提案の原案に入っていたのだから、それを踏襲しただけなのにという、そういう意味合いのこともおっしゃっておられました。
 私はきのう率直に申し上げたつもりなのですけれども、知事提案をしましてから、その直後に、昨年の12月のことですけれども、弁護士会の皆さんから幾つかの異論、反論が出てきたわけであります。これが本当にパブリックコメントの段階で出ていれば、恐らく何点かは修正する気になったと思います。ところが、パブリックコメントのときに全然それが出てきませんでしたので、審議会の皆さんで議論していただいたものの1つの成果として案をまとめましたので、それを素直に出したわけですけれども、出した直後にいろいろな根幹にわたるような批判も出てきたわけであります。そのときは、言葉は悪いですが、我々にとってはちょっと後の祭りで、タイミングを失してしまったわけであります。したがって、この議場で、そういう事情でありますから、議会でこれから審議をしていただく過程で県弁護士会の皆さんの意見などにも耳を傾けていただいて結構ですから、よく御議論してくださいと、異例ですけれども、こういう話を注文つきで提案した格好になったわけであります。そういう事情は昨日も申し上げたつもりであります。我々が出したときは間違っていなくて、議会が別の形で立法したら同じ内容であっても間違っているということを申し上げたわけではないのです。当初からこういう話が出ていれば、もっと違った執行部提案になった可能性もあるということを申し上げたわけであります。
 そもそも人権救済条例の趣旨、意義は何かということでありますが、これも昨日申し上げたかと思いますけれども、本来は、先ほど申しましたけれども、刑事、民事で司法の場で解決するのが本来のやり方であります。やはり人権侵害というのは、例えば名誉毀損に当たるのであれば、刑法の二百何十条だったでしょうか、刑法で当然犯罪を構成することになりますので、刑事事案として処理される。それから、人権侵害事案が、刑事事案にはならなくとも民法上の不法行為を構成する、そのことによって被害者が何らかの形の損害を受けた、その場合には民法の規定によりまして損害賠償を請求することができるということになるわけで、それで本来はカバーできるはずなのであります。およそ日本の法的トラブルというのは、すべて司法の場で解決ができるということに道筋ができておりますから、実はそれで制度的には何ら問題はないのでありますけれども、しかし、現実には司法制度に本来なじむものであっても、実はそこまでいかなくて、悶々としたまま終わるとか、被害者が泣き寝入りをしたまま終わるという事例が山ほどあるわけであります。
 では、これをどうするか。それは裁判をしないのが悪いのだ、それは自業自得だというのも1つの態度でありますけれども、しかし、往々にして弱い立場にある方々とか、世の中では小さい存在にある方々こそが、司法的救済を得られなくて滞留しているという実態があるものですから、それならば、これもやむにやまれずですけれども、司法に至る前の段階、至るまでの段階として、行政が準司法的作用、準司法的機関というものを独自に設けて、ここで何らかの現実的な解決ができる、そういう道筋をつけたらどうかというのが今回の人権救済条例の発端だろうと思います。私は、いろいろと条例に対する副作用なんかの批判はありましたけれども、本来のこの条例自体がねらっている意義については決して失われるものではないと思っているところであります。
 したがって、そのような意義を持った条例でありますから、できるだけこれを円滑に運用、執行する。では、そのためには今何が障害になっているのかということになりますと、現実の目の前の障害というのは、法曹の皆さん、すなわち弁護士の皆さんの協力が得にくい状態にある。しかも、弁護士の皆さんというのは非常に重要な役割、パーツを担っていただくことが期待されるわけでありますから、今そこの関係の皆さんの理解と協力が得られるための方策探りという段階にあるということであります。

◯22番(杉根修君)
  法曹界の協力を願う、僕も大賛成です。これはぜひ御努力いただきたいと思いますが、私、大変失礼と思いますけれども、私個人の学習の意味で、ついこの間、山陰中央新報に、強権とか法抵触、構造問題、議会はどのように回答するかという記事があったのです。これをちょっと申し述べますので、知事の考えを聞いてみたい。
 「抵触を危惧」との見出しがありますね。これは法律への抵触等の問題は、最終的には裁判例の積み重ねによって明確にされるべきものであり、公開の裁判の場で明確化されるのはむしろ望ましいことである、法律に抵触するかどうかについては議論が分かれる部分があるが、それを理由にして現実に蔓延する人権侵害事象を放置してよいことにはならないと思うわけです。この考え方。
 もう1つは、県外の者による侵害事案を対象にすることはということがある。侵害事案が行政上の領域を越えて多発している現実を考慮すれば、十分な救済を図るために、国の法律がない以上、必要な規定と言えるのではないか。例えば、いつだったか、行政書士の戸籍謄本の不正な取得の問題がありました。これが、鳥取県が倉吉市、岩美町、境港市、国府町、溝口町、16件あったのです。知事も何かのフォーラムでちょっと話されておりますが、弁護士とか、あるいは警察とか、司法書士とか、そういう人たちのあれは特権として出せるようになっていますね。行政書士がそれを使って、全国でだっとして、興信所とかいろいろな人にこれを売るのです。商いをしている。商いをするのです。その商いをするという行為は広域にまたがるわけです。確かに属地的な考え方としては、鳥取県の中で、それ以外に起こったものは知らないよと、そういうことにならないのです。そういうふうにならない。広域的なものが出てくるのです。だから、自治権の原則は守っていくのだけれども、そういう広域的な犯罪によるような動きというものがあるわけで、こういうことになれば、これはけしからぬということになりますか。
 もう1つ、過料の問題ですが、確信犯的な人権侵害を行う者や不誠実な対応に終始している者への対処としては有効であり、不可欠な手段と。このことが、何と言ったらいいのでしょうか、もとより我々議会で議論したところの意思というもの、考えというものがここのところで非常に歪曲されておるのです。それは憲法だって解釈何とかというのがありますから、それは解釈によって違うかもわからない。あるいは法律の専門家でも見解は違うかもわからない。けれども、我々は鳥取県の民主主義のレベルから考えて、あるいは議会の良識の中で物を判断するときに、そこのところはこれだというふうに決めてきたのですよ。それはいろいろな事例を参考にしながらですよ。けれども、それを拡大解釈して、隣の県やあっちの方やみたいな話はないのです。あくまでも軸は鳥取県なのですよ。これは常識なのです。だから、もとより自分が人権侵害などをしていないと堂々と主張しているけれども、完全に調査を阻むような、こういう事態をなかなか想定できないのです。そういうことが困難なのです。そうすれば、そういうことによって、やはり我々の思いというものを話して、こういう人権問題というのは間違いはしてはならない。けれども、そういうより効果的にするということが大事なのです。
 もう1つ、公表。中立的な第三者から成る委員会が、調査を重ねた上で、双方当事者が納得するような形で解決するのが第一であって、その結果、是正の勧告を受け、それでもなおそれに従わない場合に初めて行われるものであり、この部分を針小棒大に問題視することはいかがなものであるか。そしてなお、文中に、ありとあらゆる摩擦が持ち込まれる可能性があるというふうに書いておりますが、それならば、この方がより県民にとって大変使いやすい制度ではないですか。でしょう。
 そして、この中に、議会が立法者として答えるべき責任を負うという指摘がありますね。立法者としての責任は、現実の問題を立法により解決するという形で果たされている。一般質問やこの議場の中の議論で、たくさんの人がこうして議論をしながら、必要に応じて疑問点を明らかにするように努力されているということですね。それ以前に、パブリックコメントの段階で指摘もせずに、議会各会派の努力が結実しようとする段階に至って初めて異論を宣伝し始めた報道や弁護士会の姿勢の方が不誠実だと私は思うのです。誠実さというものは、我々議会が未熟なら、飛び込んできてほしい。それが民主主義の姿ですよ。報道機関も弁護士も特権ではないのです。我々国民の財産なのです。そういうベースに立って我々はきておるのです。
 杉根さん、おまえ余り言うな、弁護士とか警察とか新聞報道に言うと、書かれるぞ、やられるぞ、次の選挙でやられるぞ、僕にこう言う人がおるのです。そういうことはないのでしょう。そういうことも蔓延する状況はもうなくなったのでしょう。我々、チェックといったって、戦時中のチェック問題、昭和46年の参議院選挙の公報に、差別の記事が載ったのです。時の中央選管の委員長、苦悩に苦悩だと。表現の自由、チェック、しかもそこに差別記事とはどういうことかと国民世論は議論になった。そして最終的に各地方選管にゆだねた。まだ資料はありますが、その部分を鳥取県選管は削除をしたのです。どうしてチェックし、表現の自由を逸脱させるのですか。そのときの判断は、いかに表現の自由があったとしてもこれは問題だというふうに言われて、削除されましたが、時間がないので、言いたいことはたくさんあるけれども、10時間は欲しいのだけれども、時間がありませんから、まず知事のお話を聞きたいと思います。

◯知事(片山善博君)
  引き続きこの人権救済条例につきまして、幾つかの論点提示がなされましたけれども、気のつくことを、答弁であったり、一部はコメントになるかもしれませんけれども、申し上げたいと思います。
 最初に、いわゆる県外事犯、県外事案の問題でありますけれども、これは経緯から言いますと、たしか昨年の執行部提案には違った形だったと思うのでありますけれども、この適用を拡大した形で議員立法の中に組み込まれた条項であります。杉根議員は、県外であった事案についても、本来ならば国法、国の法律でもってこの問題はカバーされるべきものが、今は国の法律がまだありませんから、人権救済法ができておりませんので、したがって自治体の条例でカバーしてもいいのではないかという、こういう御趣旨だったと思いますが、今の地方自治法の規定によって各自治体の条例に認められている権能から言いますと、今の問題になっております人権救済条例の当該条項というのは恐らく無効になるだろうと思います。それはどういうことかと言いますと、仮に現在の条例の規定でもって県外事案を取り上げて、勧告なり公表なりと、こういう話になったときに、それが最終的には司法の場に持ち込まれて、その根拠条文である人権救済条例の県外事犯を対象に取り込んだ条項が法律違反、地方自治法違反になるのではないですかという訴訟が行われたときには、多分、多分というか、まず地方自治法違反になるということだと思います。
 したがって、私どもこれを執行するという立場に立ったときに、この条項の部分というのは空振りだというふうに実は認識をしております。もちろん修正をするのが一番いいのでありますけれども、仮に何らかの事情でここが修正されなかったとしても、恐らく空振りになるだろうと、こういう認識をしております。
 その際に、先ほど杉根議員から、例の行政書士が、本来の目的ではなくて、他の自治体、他県の自治体に戸籍謄本なんかを、住民票だったでしょうか、個人情報について請求をして、それがまんまと取得されて悪用されたと、こういうケースがあるではないかということをおっしゃられましたが、実はその問題は、分解してみますと幾つかの論点になるのですけれども、1つは、行政書士だから出せる、行政書士だからもらえるとおっしゃいましたけれども、実はそれは便法で今そうやっているだけでありまして、本来はそれぞれの自治体、すなわち市町村の窓口の職員が、本当に行政書士であるかどうか、その人が本当に法律上認められた目的にしか使わないのかということを本当はチェックしなければいけないのです。それを怠って、行政書士からこういう様式で請求が来たら出してもいいよという総務省のマニュアルによって仕事をしているから、あんな事件が起きるわけであります。本当はきちんと1件ごとに確信が持てるまで調べなければいけないのです。それを怠っているからあんなことになったという、そういう問題であります。ですから、これはマニュアル主義がああいう弊害を生んでいるわけであります。あんなマニュアルは取っ払ったらいいと思うのです。本来、法律に忠実にそれぞれの自治体の職員が法律にのっとった仕事をしなければいけない。これは1つの教訓であります。
 もう1つは、でも神戸かどこかの行政書士がうそをついてとったではないかと、これは私は、それこそ司法の場で損害賠償請求するとか、もし刑事事件になるのであれば告発するとか、そういう解決ができるのであります。この人権救済条例で県外までカバーするという規定がなくても、現在では、民事、刑事で損害を回復するとか、秩序を正すということは可能なわけでありまして、そういう認識も持っておく必要があると思います。
 過料、すなわち過ち料の問題、これもきのう少し議論したと思いますが、繰り返しますけれども、これは刑罰ではなくて、行政上の秩序罰ということで、間接強制の1つの手段であります。このこと自体は特段責められるべき問題ではないと思います。過料を科すというのはよくあることでありますから。
 ただ、今回のケースには、やはりそもそも物事の発端となるべき人権侵害事案というものの定義が不明確である。不明確というと失礼ですけれども、あいまいな面があるという危惧が寄せられておりまして、そういうあいまいな中で広く網をかぶせられて、しかも過料を科すに至るまでの手続が一方的、独断的になされるおそれがなきにしもあらず。私が運用する、私がというか、私が任命した委員が運用する委員会では決してそんなことにはならないと自信と確信がありますけれども、一般論としてはそういう一方的な運用はなされないとも限らない。といいますのは、手続がきちんと明確に書いておりませんので、そうすると、そもそも人権侵害事案の定義があいまいなところがあって、運用が一方的になる可能性が全くないわけではないという二重の危惧で連乗されまして不安が募る。そういう中で過料が科されることに対する不安とか不満とか、そういうものがあるというふうな、これは立場を変えて見ればそういう推論も成り立つのではないかということを昨日申し上げたわけであります。
 したがって、これを解消するには、例えば思い切って間接強制の手段としての過ち料という手法ではなくて、別の手法を探るということもあるかもしれませんし、一方では、人権侵害事案の定義を非常に厳格にするとか、過料を科す際の手続を、相手の弁明の機会も含めて非常に厳格に書くとか、そういう手法もある。これは選択の問題であります。
 勧告、公表ということにも同じことがありまして、これもその定義があいまいなところから出発をして、最終的には公表という非常に不名誉なことに立ち至る。その間の適正手続というものが必ずしも明確にされていないではないか。これは当人の弁明とか、釈明とかの機会の付与も含めた手続規定があいまいではないかというようなことが指摘をされているわけであります。ですから、公表というのも、これは一種の間接強制手段でありますので、そういう手法しかないのかどうか、ほかにあるのかどうかということ、これも立法上の選択の問題であります。
 あとは、司法の場、例えば刑事訴訟法なんかで決められておりますいわゆるデュー・プロセス、適正手続を、この人権救済の事案の処理の過程でも非常に厳密に正確に書くかどうかというのも、これも1つの選択の問題だと思います。
 議会の責任論について、議会が長い間かかって審議をして出した結論に対して、後から異論を出すというのは不誠実ではないかということをおっしゃいましたけれども、それはそういう面もあると思います。いささか私も議会の皆さんに御同情申し上げる面もあるのでありますけれども、実は去年同じことが私どもにもありまして、やはり正直言いまして、どうしてもう2日ほど前に出してくれなかったのか、せっかくパブリックコメントの期間をとっているのに、そのときはナシのつぶてで、出してしまってもう取り戻せない状態になったときに、さあといって畳みかけるように異論、反論を出すというのは、後出しじゃんけんみたいでやはりちょっとおかしいのではないですかと私どもも思いましたけれども、だけれども、人間のやることですから、そんなにみんなが合理的にきちんと完璧にやっているわけではないわけで、パブリックコメントのときには余り気がつかなかったけれども、提案した後で新聞でよくよく考えたら、やはり問題があるよというのも、これも忙しい法曹の皆さんのことですからそういうこともあるのかなと思って、私もそのときはそういうふうに観念したのであります。
 それは、やはり自分だってあるのです。国が法律なんかを検討している。そういうときには全然文句を言わないで、できてしまって痛烈に批判するなんてことは、私どももあるのであります。それは決して悪意があって、もう後戻りできない状態になって攻撃をするということでは決してないのです。やはり日ごろの忙しさにかまけて、ふだん新聞に活字が躍っていても余り目にとまらないで、いよいよ成果品が出てきたときに、じっくり考えたらこれは大問題だというようなことで意見を言ったりすることはやはりあるわけでありまして、相手の立場に立てば、そういうこともあるのかなと思います。
 それはマスコミの皆さんだってそうだと思うのです。去年の12月の段階でほぼ似たような案が出たときには、ああいう今回のような大がかりなネガティブキャンペーンというのはなかったわけであります。いよいよ成立して、本当に後戻りできなくなったときに、一斉大ネガティブキャンペーンが張られたということで、私は、決してそれは悪意ではなくて、怠慢ということでもないのですけれども、やはり夏休みの期間が過ぎてから宿題に取りかかるような、似たような、そういう状況があったのではないかと。子供をたくさん持っておりまして、子供なんかを見ておりますと、やはりそういうことが類推されますので、そんなことはやはり人間の社会にはあるのかなと思っておりますので、ぜひ今回の問題も、法曹界の皆さん、マスコミの皆さんがやや後出しじゃんけんみたいなことになりましたけれども、そういう点は少しおおように見てあげていただければと思っております。

◯22番(杉根修君)
  時間が来ましたので、知事の思いもわかります。それで、私、難産の子は育つと言いますから、非常に可能性があるわけです。それでやはり知事と議長、議長は議会を代表しますが、その辺の問題点の整理は、何だと言ったって法曹界、しかもマスコミの皆さんの協力を得ていくという筋道は、お互いが認め合っているわけです。そういう中で、懸命な努力によって出発の日までに県民総ぐるみでこの問題が解決されて、そして出発できる状況を、私は特に望んでおる。それは、県民という土台が一番大事なわけで、我々の政治哲学は、すべて県民という主体者、主権者によるわけですから、そうした思いが、より専門家を求めていく道程として、やはりぜひとも知事なり、議長の努力を、我々も努力していきますので、その点をひとつ最後にお願いをしておきたい。

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片山知事と山田県議 12月12日

2005.12.12 :

平成17年11月定例会速報版(12/12 一般質問) 

◯5番(山田幸夫君)
 まず初めに、人権救済条例につきまして、再確認あるいは提起も含めまして何点か質問をしてみたいと、このように思います。
 まず、条例の趣旨の再確認でございます。
 去る10月12日、県議会で鳥取県人権侵害救済推進及び手続に関する条例が可決され、成立をいたしました。全般的な人権侵害救済に関する条例が制定をされるのは全国で初めてであり、歴史的な意義があると考えております。片山知事を初めとする執行部あるいは県議会の皆様、何よりもこの条例の制定を求めて粘り強い運動を展開された関係者の皆様に対しまして、改めて敬意を表する次第でございます。
 この条例が、その目的に掲げられているように、人権が尊重される社会の実現に寄与するよう、さらなる県民の理解と前進を推し進めるための思いで知事に質問をいたします。
 まず、この条例に対してはいろいろな意見が寄せられていますが、多くは懸念をされるマイナス面ばかり取り上げられ、県民の不信感をあおるような一面的な批判も見受けられるようでございます。先ごろ一部の団体が条例反対の署名活動を行っているものを見ました。その配布されているチラシには、この条例が、さも国民の権利を侵害をするもの、いわば文民統制、あるいは住民に対する国家統制、戦前の治安維持法を思わせるかのごとく書かれておるのでございます。私たちが目指してまいりました本条例の目的、趣旨から全く逸脱したこのような情報が県民の目に触れ、県民に誤解を与えかねないと思いますと、大変恐ろしいことでございますし、遺憾なことであると考えております。この条例は、あくまで人権侵害をなくしていくために双方の話をよく聞いて話し合い解決していこうというものでございまして、差別行為をした人を教育啓発し、反差別の立場になっていただく、こういう条例として制定をしたものと認識をいたしておるのでございます。執行に当たりまして、知事の考え方を改めてお伺いをいたします。
 2番目に、行政による人権侵害に対する救済についての件でございます。
 この条例に寄せられる懸念の中には、以前ニュースにもなりました、刑務所、警察等で人権侵害があった場合のような行政側による人権侵害に対して救済が十分ではないというものがございました。条例は、そのように官に甘く民に厳しいといったことのないよう条文上規定されているものと理解をいたしておりますが、この点につきまして知事にお伺いしたいと思います。
 3点目に、マスコミによる人権侵害があった場合についてでございます。
 この条例の運用に当たっては、報道機関のいわゆる報道の自由や取材の自由を侵すのではないかと懸念される声が、これまた寄せられておるのでございます。そのような配慮から条例31条では、報道機関の報道または取材の自由その他の表現の自由を最大限尊重し、これを妨げてはならないと規定されているところであります。その趣旨は、仮にマスコミの取材活動や報道によって県民の人権が侵害された場合には、この人権救済委員会がすぐさま動き出すのではなく、あくまで報道機関がみずからの責任において自主的解決をしていくことを期待いたしているところでありますが、執行に当たっての知事の考え方をお伺いをいたします。
 4点目に、人権救済推進委員の研さんについてでございます。
 さきの議会でも議論がなされましたとおりに、この条例が適正に運用されるかどうかは人権救済推進委員会にかかっていると言って過言でないのでございます。このため、委員には人権についての一定期間の研修の義務づけ、また、毎年度議会に報告される報告書には、単に相談、調査、勧告等の件数を羅列して報告するだけではなくて、それらの分析を踏まえた、また提言も踏まえた、そのような内容が望ましいと考えておるところでございます。もとより県民の意見を広く聞きながら以降の研さんに生かしてもらいたいと考えますが、知事の考え方をお伺いしたいと思います。

◯知事(片山善博君)
 最初に、いわゆる人権推進条例の件でありますが、山田議員からは、さきの9月県議会において成立しました人権推進条例について、県民の皆さんの不信感、不安感をいたずらにあおるような一面的な批判が多いのではないかという御指摘がありましたが、そういう面もあります。私も県民室などに寄せられた条例に対する批判を見てみまして、かなりの部分が事実に基づかない、ためにする議論であったり、誤解であったり、単に誹謗中傷を投げかけるだけの意味合いしかないようなものであったりする、しかもそれが同じような文面で組織的に届いているという、そういう傾向を読み取りました。ただ、しからばこの条例に寄せられた異論、反論、批判というものはそうしたカテゴリーに属するものばかりかといいますと、それは必ずしもそうではないわけでありまして、中には本当に真剣に考えて反対をするというようなものも、やはりあるわけであります。特にそういうカテゴリーに属するものは、1つは法曹関係者からの寄せられたものであり、もう1つはマスコミ関係者から寄せられたもの、その他のものもありましたけれども、いずれにしても、一面的で当たっていない批判と真摯な異論、反論とが混在しているというところに、この問題が混迷を深めている1つの背景があるのではないかと思います。
 まじめな方というと変ですけれども、真摯な方の異論、反論を見ますと、それはそれなりに理屈の通ったものもあるのであります。私なども、見て、なるほどなと考えさせられるものもあります。それは、今回議員立法によって条例を制定せられましたけれども、そのもとになった昨年12月の県議会に提案しました、これは執行部提案でありますけれども、例えばその提案をする前にその種の真摯でまじめな意見が寄せられていれば、ひょっとしたら、ないし恐らくは、執行部提案の前に多少なりとも何らかの修正を施していたであろう、そういう要素も実は意見、批判の中にはないわけではないというのが率直な気持ちであります。なるほどなというようなものとか、確かに言われてみればもう少しきめ細かい配慮を規定上しておくべきではなかったかとか、人権の2次被害などを引き起こさない公正な執行する自信はもちろんありますけれども、しかし、この種の懸念が生じるのであれば、本来執行にはやはりその懸念が生じないような規定上の配慮をもっとしておくべきではなかったかとか、念のためにもう少し詳しく書いておくべきではなかったかとか、そんなことを感ずることも、今回の一連のいろいろな意見や異論、反論の中から読み取ったような次第であります。
 いずれにしてもこの問題は、何回もここで御答弁申し上げましたように、でき上がった条例をどうやって運用するかということになりますので、その中で幾つかのポイントがありますけれども、わけても重要なポイントが法曹の協力が得られるかどうかということでありまして、その法曹の協力をできる限り得られるようにするためにどういう方途があるのか、まずは法曹の皆さんも含めた学識経験者、この問題に関心の深い方から執行部として意見を聞いてみる、そういう機会を設けたい、まずはそこから入っていきたいと今考えているところであります。
 その条例について幾つかの批判なり意見が寄せられたその中で、幾つかのポイントを山田議員の方が御指摘になって、そういう懸念は当たらないのだということをおっしゃられました。まずその1つが、刑務所などでの人権侵害のような行政機関による人権侵害について、そういう申し出があったときに行政機関の方で資料提供などを拒否する権限といいますか、判断といいますか、そういうものがこの条例上付与されている、それは官に甘く民に厳しいという批判があるわけですけれども、それは当たっていないはずだと、こういう御意見でありまして、立法機関の立法者がそう言われるわけですから、そうかなと思ってもいいのですけれども、客観的に見ますと、行政機関が他の一般の住民、国民の皆さんに比べるとやはり優越的なポジションを与えられているということは、これは否めないのではないかと私は思います。それはこの条例に限らず、いろいろな条例、法律でそういう行政機関が優越的なポジションを与えられるというのは日本では通例でありますから、もちろんこれだけが例外的であるわけではないのであります。それは例えば、先行します鳥取県の情報公開条例などでも同じような仕組みがとられているわけでありますから、この条例だけが何か異質なものを本県の条例の中に持ち込んだというわけではないのであります。
 何ゆえに我が国では法律や条例上、行政機関がある種優越的なポジションを与えられるかということは、これは官の仕事が非常にパブリックであって重要であるということが1つ背景にあるのでありましょうけれども、もう1つは、官の無謬性ということが背景にあるのだろうと思うのです。役所は間違いをするはずがない、しないものだと、こういう前提で我が国の国法、その他の立法はなされているのだろうと思います。例えば、かつての行政事件訴訟法などは典型的でありまして、役所が不法行為、違法行為などで民間、住民、国民に損害を与えるという可能性はもちろんあるのですけれども、まず法律の建前からしますと、役所のやることに間違いはないという前提に立っているのであります。したがって、間違った行政行為が行われて損害をこうむりますからやめてくださいというようなことが、実は従来は言えなかったわけです。やってみて損害が出たら、そこで初めて訴訟になると、こういう建前でありまして、役所は訴訟上、国民とは同等ではなくて非常に高い優越的立場であったわけであります。今でも実はそういう面はあるのでありますけれども。
 では最近、官が無謬かといいますと、実は現実を見ると無謬性神話はもう崩れているわけでありまして、官も大いに間違いをする、非常に人間的であるということが最近いろいろな面で証明されているわけであります。それは警察だって、北海道警などを見てみますと裏金だらけだったということでありまして、法の番人といいますか、法の執行者が実は法の裏をかいていたなどということはあるわけであります。やはり人間の組織というのは必ず間違いがある、そういう前提に立たなければいけない。といいますと、官は無謬であってほしいけれども、やはり官も決して無謬ではあり得ないということ、この前提に立たなければいけないだろうと思います。
 そういうことからしますと、例えば本当に国民の視点でバランスよく考えた場合には、例えば官が拒否する理由があると言ったときに、本当にそれは拒否する理由があるかないかをだれかがチェックするというシステムがあれば、恐らくこうした批判でありますとか懸念というものは相当程度払拭されるのではないか、完全にではないとは思いますけれども相当程度払拭されるのではないか。現行のこの人権推進条例の条文、先行します情報公開条例の条文は、拒否するのですよと言えば官の側だけが一方的に拒否できるという仕組みになっていまして、だれもチェックしないというのは、これはやはり官の無謬性を余りにも信頼しているということになるのではないかという、こんなことを私は思います。
 しからば昨年の12月の知事提案の内容はどうだったかというと、実は現行の条例と全く同じでありますから、私が今ここでこう申し上げるのはいささか内心じくじたるものがないわけではないのですけれども、改めてこのたびいろいろな意見、批判をいただいてじっくり一条一条考えてみたら、なるほど、それはやはり別の規定の仕方があったのではないかということを思い知らされている昨今であります。ですから本当を言えば、昨年の12月に提案する前の段階で、鳥取県弁護士会などからその点などもパブリックコメントの段階で指摘をしていただいておけば、多分何らかの手直しを私なりにしたのではないかと思いますけれども、それがないまま提案をして、提案した後でいろいろな御意見をいただいたので、ちょっと後の祭りといいますか、タイミングを得ることができなかったという、そういう恨みを残す分野であります。
 ちなみに、最近大分変わってきたなと思いますのは、実はことしの4月から行政事件訴訟法が変わりまして新しい行政事件訴訟法が施行されたのですけれども、そこでは官の優越的ポジションというのはかなり緩和されております。官の優越的地位というのは原則としてはまだまだ認められておりますけれども、以前の改正前の行政事件訴訟法に比べますと随分緩和されています。例えば差しとめ訴訟ができるようになった。従来は差しとめ訴訟はできなかったのです。行政行為というのはもうやってしまって、損害が出たら初めて訴えなさいという仕組みだったのです。いやいや、もうこのまま行政行為やられてしまったら損害が発生するのはわかっているから差しとめてくださいということが、今までは訴訟類型としては認められていなかったのです。それは役所というのは間違ったことをするはずがないからという前提を崩していなかったわけですけれども、役所も間違える可能性があるので差しとめ訴訟というのが認められるようになったなどというのは、非常に地味なのですけれども、随分大きな変化が起こったものだと私は思います。
 さらには、例えば原告適格を拡大する、原告適格といいますのは、役所を訴える訴訟当事者になり得る地位というものが非常に限定的に狭められていたのですけれども、これがかなり広く認められるようになったということも、これも大きな変化でありますし、執行不停止の原則が少し緩和された、これもややこしいのですけれども、先ほどの差しとめ訴訟と同じようなことなのですけれども、訴訟になっても役所は執行停止しなくてもいいという原則があるわけです。今でもあるのですけれども、しかし、例外的に執行を停止することを裁判所が命ずる、その範囲が従来よりもかなり拡大をされたということがあります。
 これら一連の行政事件訴訟法の改正などを見ますと、お役所も決して無謬ではなくて、間違いをよく行う極めて人間的な普通の存在だということの了解のもとにこの法律の改正が行われているのだろうと思いまして、私は非常に好ましいことだと思います。行政機関というのは国民に対して絶対的な優越性を持っているという、そういう時代ではなくて、法律上は普通のプレーヤーであるということに近づきつつあるのではないかなと思います。そんなことを思いますと、繰り返しになりますけれども、行政機関の主張することも何らかの形でだれかがチェックをする、もちろんこれは一般公開もできない分野が当然多いでしょうけれども、秘密会でもいいですからだれかがチェックをするというシステムがあれば、問題はかなり解決するのではないかと思います。
 マスコミの取材活動などについて、表現の自由を妨げることになるのではないかという懸念があります。それはこの条例に直ちに乗っかるのではなくて、まずはマスコミの自主的な取り組みによって解決が図られることを条例は期待しているのではないかとおっしゃられましたが、それはそのとおりだと思います。条例にはもちろんそんなことは書いていませんけれども、マスコミ関係は最大限の配慮をするということが書いてあるはずですから、ですからそれを具体化すれば、山田議員がおっしゃったように、マスコミの自主的な解決を期待するというのが恐らくは立法者の態度だろうと思います。そのとおりだと思うのです。
 ただ、そのとおりはそのとおりなのですけれども、では、マスコミ関係が自主的解決が図られる前に、この条例の枠組み、仕組みの中に乗っかってこないかというと、やはりこれは乗っかり得るわけであります。ですから、マスコミだからまず自主的解決してください、受け付けませんよというわけには多分この条例ではいかないと思いますので、この条例の仕組み、運用に乗っかってくる可能性は大いにあるわけであります。そうなりますと、例えば取材の制限などにつながるのではないかという危惧を関係者の方が持たれるというのは、一定の蓋然性といいますか、それはあるのだろうと思います。当然、この条例の運用のシステムに乗っかってきて、恐らく立ち上がるでありましょう人権委員会が運用上最大限の配慮をするということになりますから恐らくは問題はないと思いますけれども、でもその最大限の配慮とは何かということが具体的に条例上も書いていませんから、そこでやはり危惧の念は必ずしも払拭されないということにつながっているのだろうと思います。
 今回の条例、これは知事提案の条例案もそうですし、議会の皆さん方がつくられた今回の条例もそうですけれども、マスコミ関係でトラブった案件をこの条例で救済していこうというのが恐らく本意ではないのだろうと思います。そうではなくて、日常この社会で人と人との間に行われております人間関係の中で人権侵害が起こった、そういうものをできるだけ準司法的手続、すなわち司法による前の手続で救済、解決していこうというのが趣旨だろうと思うのです。しかし、たまたまざっと、網をかぶせるというとまた表現が変ですけれども、適用対象を普遍的に書いた場合にはマスコミ関係の事案もそこに入り込んでくるという、いわばマージナルな部分、周辺部分なのだと思います。そこが非常に先鋭的な批判を生んでいるということだろうと思うのです。
 そうであるならば、今申し上げたような事情であるならば、例えばマスコミ関係はもう例外扱いにして、すべてこれは刑法に任せると。マスコミ関係の事案で一番多いのは名誉毀損でありますから、名誉毀損というのは刑法に典型的な犯罪として書かれておりますので、刑事事犯的な扱いでありましたらもう刑法に任せてしまう。民事の場合も、それももう民事の裁判に任せてしまう。この司法の前段階、前段階といいますか、司法によらない準司法的機関の救済については対象外とするというようなことも、実は立法のあり方としてはあり得るのであります。たまたま昨年の執行部提案も今回の議員立法もそういう立法者の態度をとっておりませんけれども、普遍的な立法的態度でありますけれども、場合によっては例外扱いするということもあり得たのではないか。これは選択の問題であります。そんなことを考えているところであります。
 委員の研さんということでありますが、委員は人格、識見にすぐれて人権意識旺盛で、かつ当然の前提として法律知識に詳しいということが想定されておりますし、そういう人の中から選ぶということになりますので、研修などは不要といいますか、不必要なのではないか。逆に研修をしなくてはいけない人を選ぶということ自体に、恐らく最初に選任の矛盾があるのではないかという気が私はしております。どうしても委員には研修を受けてもらわなくてはいけないというなら、皆さんで御相談の上、そういうふうに研修義務を条例で課すというふうなことをされても結構ですけれども、それならばせざるを得ませんけれども、多分そこまでの必要性はないのだろうと思います。
 毎年度の議会への報告について、提言などを含めることが望ましいと言われましたけれども、その報告は、実は知事に課せられた義務ではなくて委員会に課せられた義務なのです。条例上、委員会に課せられておりますので、これは委員会が構成されて、その委員会において判断されることだろうと思います。知事があれこれと言うことではない。まさしく委員会の独立性云々ということがよくここで議論になりましたけれども、山田議員の御質問にうっかり乗っかって、はい、そういうことも委員会の報告に含ませるようにしますと言ったら、まさしくこれは独立性を毀損することになってしまうわけでありまして、これは立ち上がった委員会が自主的に判断されるべき問題だろうと思います。

◯5番(山田幸夫君)
  御答弁をいただきましたが、何点かお尋ねなり、あるいは提言なり、確認なりさせていただきたいと思います。
 条例廃止の動きの関係につきまして、いろいろ知事の方から所見をいただきました。大事なことは、やはり物事をいわゆる両面で見る、多面的に見る、トータルで見る、成果あるいは課題、こういう総合的な視点で物事を分析したり検証したりしないと一面的に偏るというふうなことがあるだろうと。したがって、今回の人権条例の関係は、法の必要性、差別の実態があるから法が必要だと。しかし、どちらかというと懸念の方が先行してしまったために、県民の皆さんから見ると、何かこの条例そのものが悪法的な扱いに映っておるというふうに私は分析しております。だから目的、趣旨をきちんととらまえて、それで成果はこうなのだと、しかし課題や懸念もこうなのだというふうな考察をやはり冷静にお互いがしないと、何か来年の6月に向けていい施行ができないような感じがしておるものでございますから、きょうもあえて知事の方にそういう思いを再確認なり、マスコミの関係で若干提言もさせていただきたいなと思っておりますが、そういうことでございますので、よろしくお願いしたいと思います。
 例えば、調査過程そのものが国民、県民の基本的人権を侵害するおそれというふうなことがよく言われております。いわゆる過料、氏名公表の関係です。これは確認なのでございますが、差別というのは、要するに社会悪からも犯罪と、こういう概念で来ておるということは、もう議会でも何回か議論させていただいておるというふうに思います。したがって、調査に協力しない当事者に対する過料というものは、現行法上、同種の規定としてDV法、例えばでございます、ストーカー規制法です。道路交通法なども広い意味ではそういうことになると思います。懲役、罰金の刑罰、こういうことになっています。DV、ストーカー、これなどは個別の人権のテーマかもしれません。しかし、これは国会全会一致で成立しているのです。よもや弁護士会の方はこれは行き過ぎでけしからぬということはないと思います。全くそういう声は出ません。出ていないです。これは刑罰です。懲役、罰金。ところが今、知事が言われますように、行政機関の命令で従わないケースは刑罰になる流れが、一般的に全国的にそのような流れになりつつあると。本条例は行政罰ということでございまして、改めてそのことを私は確認をしたいのです。
 しかし、大事なことは、あくまでも悪質で確信犯的な最後の手段、あるいは要件を限るという運用をしていかないと、何でもかんでも罰するということになりますと、いわゆる文民統制みたいな治安維持法的なことの誤解があるのではないかなと。ここのところをしっかりと運用でこれはきちんと対応していくということが大事である。差別は社会悪からも犯罪。したがって、DV法やストーカー規制法も、懲役、罰金という刑罰を国会の全会一致で国会議員あるいは法曹界の方も認められてこれを賛成しているわけです。そのことをひとつ執行者として県民にまた周知徹底を、あるいは運用上の配慮というものをこういうふうにすべきではないかなと考えを持っておりますので、よろしくお願いをしたいと。
 民には厳しく官行政に甘いと、知事の御所見も見識もいろいろ伺いました。要するに、刑務所や拘置所、県警本部長の判断による調査拒否、これは確かに指摘のところもあるのです。そのままではあろうかと思います。要は明文規定がなくてもあっても、そのような実態があるのに公益理由で調査ができないという、ここの運用が問題だと我々は考えているわけです。だから、委員会がどういう態度で臨むかということが極めて重要だということでございますので、運用上そういういろいろな規定があるわけでございますが、やはり実態を受けとめてそういう姿勢で臨むべきだ。しかし、施行後、重大な人権侵害が刑務所や拘置所や警察の中であるにもかかわらず調査ができないと、これはもう知事が言われております、あるいは議会も速やかに条例の改正をすべきだと、私はこういう見解を持っておるわけでございます。まず、条例については、知事はこのことについてどのようにお考えなのかお尋ねをしてみたいと思います。

◯知事(片山善博君)
  人権推進条例でありますが、この条例について、議会が議決をされて成立して以来いろいろな反響を呼びましたけれども、総じて懸念とか危惧とか異論、反論の情報がマスコミを通じて世間に出ていったわけでありまして、そういう意味で言えば、山田議員のおっしゃったように、そもそも何のためにこの条例をつくったのか、その条例の必要性についての説明とか情報というものが出ていかなかったということはあったのだろうと思います。その辺はどこに原因があったのかというのは今さら言ってもしようがないことでありますけれども、それは執行部が条例の必要性のPRしないからだと言われても、それは困るのでありまして、そこはやはりつくられたときに説明責任をまず果たされるべきは議会ではないですかという話を私は前から申し上げていたわけであります。
 いずれにしても、もっとバランスのとれた情報というものが本来出るべきであっただろうと思います。懸念の方が先行したと言われましたけれども、懸念だけが情報として出ていったと、こういうことだったのではないかと思います。やはり原点に戻って、なぜこの条例が必要だったのかというその議論、その説明というものが、今比較的冷静な時期になりましたので、そちらの方の議論がもっとなされるべきだろうと思います。
 そこで、過料の方が、これが行き過ぎではないかという批判が法曹界から出ておりまして、それについて山田議員の方は、それは他の立法にも幾らでもあることで、これだけが変なことではないとおっしゃられましたが、それはそのとおりなのです。過料というのはそもそも刑罰ではなくて、行政上のいわゆる秩序罰と法学上言いますけれども、刑罰ではないわけでありますし、他のいろいろな立法にも、これは法律にもそうでありますし、自治体の条例にも幾らでも出てくるわけでありまして、過料が直ちに行き過ぎとかというわけでは毛頭ありません。それはそのとおりです。
 今回何ゆえに過料の問題が出てきたかというのは、これは異論、反論を唱えておられる方の気持ちをそんたくするとすれば、それは過料を科すことに根本原因があるのではなくて、例えばそのもとになる人権侵害事案というのが、その定義があいまいではないか。したがって、非常に広く網をかぶせてしまう可能性がある、そこに1つの危惧があるのだろうと思います。その上なおかつ、私などとは全く縁のないことですけれども、この条例を例えば政治的に悪用して運用しようと思えば、広く網をかぶせて別件的に幾らでもできるのではないかという、そういう危惧が成り立つのだろうと思います。その辺があるので、そういう概念が非常にあいまいで、かつ別件的に悪用されるおそれのあるものについて過料を科すことができるということは危険性があるのではないかという、こういう推論ではないかと思います。ですから物事をそういうふうにネガティブな方にずっと見ていけば、今のような推論は成り立つのであります。ただ、私が鳥取県でこの知事の仕事をさせていただいていて、そういうことはあり得ませんので、ですから自信を持ってそんなことはないですよということは申し上げるのですけれども、一般論として、よく批判がありましたのは、例えば他の自治体で同じような条文で運用されたらとんでもないことになるといって東京の方のマスコミの方に言われましたけれども、そういうことはあり得るかもしれない、そういう危惧の念を持つことはあり得るかもしれないと、こういうことがあるのだろうと思います。その辺が論点だろうと思います。そうすると、事は、過料を科す科さないの問題というよりは、人権侵害という概念をもっと明確にすべきではないかとか、運用が恣意に流れないように、政治的に悪用されないような明確な規定を置くべきではないかというのが本当の批判の本意ではないかと、そんなふうにそんたくをしているところであります。
 行政機関の拒否の問題、これは私、先ほど自分の考え方を申し上げたと思いますが、山田議員は、行政機関が拒否するというけれども、それは人権推進委員会がもっと運用上、例えば行政機関に強力に働きかけなどをしてもっと実の上がる調査ができるようにすればいいのではないかと、こういう御趣旨だと思いますが、気持ちはわかるのですが、実はそれが、そういうことが出てくると、また実は危惧の念を生むのであります。それは恣意的に何でもできるのですねということになりかねないわけでありまして、行政機関だから恣意的に強硬に出てもいいけれどもということは、一般の住民の皆さんに対しても強硬に出てもいいことになるのではないかというふうな推論が成り立つわけでありまして、運用上配慮すると、私なども何回も言っていますが、これはどちらかというと非権力的な方向に運用上の配慮をする、できるだけ強権的にならないように配慮するという意味で使っているのですけれども、今さっきここで山田議員がおっしゃったように、行政機関に対しては強硬な方で、強権発動の方で運用上の配慮をするということになりますと、これはやはり危惧の念が現実化することになるのであります。強権を発動するといいますか、権力を用いるのはやはり法律で条例で定められた範囲内に限るという、これが法に基づく行政でありますので、立法上強い態度に出ればいいのではないかというのは、ちょっと私は賛同しかねるところであります。むしろ行政機関が一方的に拒否といったら、ああ、そうですかという今の体系ではなくて、それをだれかがチェックをする。それは秘密で結構ですけれども、だれかが行政機関の拒否理由が妥当なものであるかどうかをチェックするという、そういう仕組みを組み込んだ方がいいのではないかという気がするのです。
 ちなみに、民事訴訟法にヒントになる規定がありまして、民事訴訟法でも文書提出義務というのがあるのでありますけれども、その際に、やはり同じように行政機関、ここでは当該監督官庁と書いていますけれども、監督官庁が文書を提出しないというか、したくないと言ったときに、そこでしたくないと言ったらしなくてもいいということにならないわけで、この場合には裁判所が判断をする。すなわち提出できない、しないという理由が相当であると最終的には裁判所が認める。その場合には提出しなくてもいいですよということを裁判所が決めるということになっておりまして、これなどは合理性があるのかなと思います。こういう規定も、今回の人権条例でありますとか、既にあります情報公開条例などでの今後の立法上の改善の余地がある分野ではないかと思っております。

◯5番(山田幸夫君)
  人権条例の関係です。さすが知事だなというふうに私は思いました。民には厳しく官行政に甘い、これはチェック機関を新たに考える、なるほど新しい考え方があるなというふうに思いまして、私は、人権侵害が刑務所とか拘置所であった場合の対応がきちんとできていないではないかという懸念があったものですから、そうでなくて運用上はそういうことがある場合にはきちんと対応ができるようにという思いで、強権発動するという意味合いで言ったのではないということだけひとつ御理解をいただきたいと。知事の方のチェック機関の方がより適切な対応かもしれません。そのように私は受けとめさせていただきました。ありがとうございました。
 もう1~2点、マスコミ、報道機関の表現の自由を侵すおそれということでございまして、委員会でも私はこの問題について、表現の自由ということは本当に憲法上保障されておることでございますし、これは大切なことでございます。ただ、差別をするという表現も同時にありませんよと、これは相反するようなことでございますが、このことは両立することができるということはどうも国際的にもそういう見識があるようでございまして、ただ、問題は、報道機関15社からいろいろ議会に対しても来ております。私が今そのことについて一々回答する能力といいましょうか、そのものを持ち合わせておりませんが、1つ考え方として、これは仮にです。仮にマスメディアによる人権侵害が、一部倫理委員会的なことでそういうものをつくられているメディアもあるようでございますが、マスメディアの内部の自主的チェック機関というものを整備していただいて、いわゆる人権侵害に関する苦情受け付けとか適切な対処というものを整備をまずしていただくと。そうなると人権委員会との関係はどうなるかということでございますが、相談、申し立てを行ってきた県民に対してはその機関を紹介をすると、例えばこういう方法はどうかなと。こういう運用規定などを作成していけば、この問題というのは相当どこか歩み寄りができるのではないかなと。その際マスメディアのチェック機関と委員会とが緊密に連携をとって適切な対応をしていく。あくまでもマスメディアの自主的改善を促すというふうな方法ということは、これはやはりこれからひとつ検討してもいいような中身かなと私は考えておりますが、委員会で特別配慮条文規定、こういうふうなことも申し上げさせていただいて、こういうふうな対応の仕方もこれからのそうした懸念に対する1つの方法ではないかなというふうに考えますが、知事の御所見をお伺いをしたいと思います。
 いずれにしましても、人権侵害を救済する要諦というのは、やはり市民代理人的な、いわゆるパーソンというのですか、オンブズパーソン的な適任者をどれだけ確保するかという、今までの議会の中で議論されてきたそのことに尽きるだろうというふうに思います。制度を左右するかぎとなるというふうに思いますし、前段に返りますが、文民統制的なとか治安維持法的なとか、全くそういうことではない、双方の話し合いによっていわゆる自主的解決を図っていく、自己解決といいましょうか、自主的解決といいましょうか、そういう条例、教育啓発色の強い条例の内容、そして萎縮というより抑制です。このことがあることによって、萎縮してはもう何にもなりません。いわゆる抑制という方向にこの条例を持っていくということが肝要だろうというふうに考えておりまして、そういうオンブズパーソン、市民代理人的なことについての思いを、私はそういうふうに考えておりますが、知事の所見があればお伺いをしたいと思います。

◯知事(片山善博君)
  人権推進条例に関してでありますが、山田議員はオンブズマン的な仕組みとして機能させるのが目的であると、こういう趣旨のことをおっしゃられたと思いますが、そういう見方もあると思います。私は、この条例の必要性といいますのは本来補完的なものだと思っているのです。補完的といいますのは、もともとは人権侵害、例えば名誉毀損のようなものは典型例でありますけれども、こうしたものは本来は自主的に解決すべきもの。例えば民事、名誉毀損によって損害を受けたという場合には、本来当事者同士の話し合いで解決すべきものでありますし、それが解決できないケースは司法で解決を図るということで裁判所によって解決を図るという、これが原則でありますし、我が国の法体系はそうなっているわけです。ところが現実はどうかといいますと、もちろん自主的に解決するものがかなりあると思いますけれども、自主的に解決できないものが相当残っている。では、それは司法に円滑に流れていっているかというと、それがどうもそうなっていなくて、自主的解決と司法的解決のはざま、ニッチのところに相当滞留しているわけであります。そこで泣き寝入りでありますとか、そういう状態になっていることが多い。これを何とかしなければいけないというのが、そもそもの今回の人権推進条例の必要性が指摘された背景だろうと思うのです。ですから、そういういわば現状の我が国社会と司法制度の運用の実態から見て補完的につくられる仕組みだと思っております。
 そこで、マスコミとの関係についての御提言がありましたが、最大限に配慮するという規定に基づいた運用の具体的なイメージとして、マスコミについては業界か社内かに自主的解決の仕組み、装置をつくっていただいて、もし人権推進委員会の方にマスコミ関係の事案があったらそちらを紹介すると、こういうことでどうだろうかということ。それも1つのやり方だろうとも思うのですが、先ほど御答弁申し上げましたように、私なりの表現をすれば自主的解決と司法的解決とのはざまで解決をしていない案件が多いという、それを何とか解決に持っていこうというのがそもそも今回の条例の趣旨だとすれば、しからばそのはざまで解決していない事案の中にマスコミ関係があるのかといいますと、ほとんどないのではないかと思うのです。ということは、この条例がねらっているフィールドといいますか、条例がカバーしようとするフィールドの中にマスコミ事案というのはほとんど入っていないのではないかという気がするのです。ただ、法律とか条例というのは一般原則を書くものですから、普遍性を持たせるように規定を書きますと、どうしてもいろいろなものが入ってくる。ですから概念的、理念的に入ってくる中にそのマスコミがあるのだろうと思います。そこが実は大きな危惧、懸念をマスコミの皆さんに惹起して、そこでこの条例についてのハレーションをいやが応でも起こしていると、こういうことではないかと分析をしているのです。
 そうだとすると、今、山田議員がおっしゃったような仕組みがマスコミにおいて自主的にとられるとすれば、それならばそれを前提にして、条例上はマスコミをとりあえず除外しておくということも現実的な対応としてはあり得るのです。それは条例の美しさとか整合性とか普遍性とかというところからしますと、いささかちょっとでこぼこになる可能性はあるのです。ですから内閣法制局的に言えばなかなか難しい面はあるかもしれませんけれども、現実的にこの問題をとらえようとした場合には、そういう除外ということも当面の問題としてはあり得るのではないか。成り行きを見て、いや、やはりこの章の条例がないとマスコミ関係でもそのはざまが生じてしまって何らかの解決が必要だといった段階で立法上取り込むことを検討するかどうかという、そういうような立法者としての態度というものもあり得るのではないかなと最近思ったりもしています。これはまた皆さん方、それぞれ御議論いただければと思いますけれども、私なりの今の所見を申し上げておきました。

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大分・国と連携

大分県人権施策基本計画
大分県人権施策推進本部
平成17年1月

http://www.pref.oita.jp/13700/keikaku/index.html

Ⅱ 相談・支援・権利擁護の推進
 人権・教育啓発の目的は、県民の誰もが人権に普遍的な価値を認めるとともに人権を正しく理解し、生活のあらゆる場面で人権を尊重する態度を示し・行動する人権文化を構築することです。一方、一人ひとりの県民が自己実現を追求するためには具体的な生活の中の様々な問題を解決する必要があります。また、差別的な取扱いを受けたり不合理な較差が生じていれば、その解消に努める必要があります。こうした問題を解決するためには、相談したり、支援を受けたり、自らの権利を行使できるなどの仕組みが必要です。特に重要課題の当事者や関係する人々には多くの仕組みが必要となります。

 (現状と課題)
 重要課題の人権や環境、消費者の問題については、政・教育機関や警察で相談や支援、権利擁護の取組が行われています。また、人権侵害については、法務局や人権擁護委員が人権相談や人権侵犯事件を担当し、最終的には裁判所で被害者の政済について決定されます。 
 しかし、前回の県民意識調査では、人権侵害を受けたときの対応について「人権擁護機関に相談した」とする回答は2.8%、「役所に相談した」とする回答は4.6%となっており、計7.4%に過ぎません。一方、今回の県民意識調査では「人権侵害を受けたことがある」とする回答は31.3%となっており、国15調査の回答13.9%の2倍以上となっています。人権問題に間する相談の潜在的なニーズは高いと考えられます。
 今後は、人権意識の高揚や人権課題の多様化・複雑化が進み、自己実現の追求支接や人権侵害の政済など行政が取り組むべき課題が増えることが予想されます。これに対応するため、簡易・迅速・柔軟・総合的な取組が必要です。国も人権擁護推進審議会の答申を受けて、「人権擁護法案」等制度化を進めています。
  この答申では、相談・保護機能における地方公共団体の簡易・迅速な取組は、国の施策と連携協力すべきものとされています。

(推進方針)
① 県民が迅速に相談できるよう人権問題に関して県が行う各種相談・支援機関の情報を一元的に提供するシステムを整備します。
② 県民が簡易・効果的に相談できるよう人権問題に関する総合的な相談窓口のあり方を検討します。
③ 人権問題に関する相談者の状況や相談の内容に応じた柔軟な手法を工夫するなど、相談機能を充実します。
④ 人権問題に関する相談・支援を担当する職員の資質の向上を図るため、研修手法を工夫します。
⑤ 高齢者・障害者等の福祉分野や男女共同参画の分野で取り組まれている人権問題に関する苦情解決制度の充実に努め、その他の分野における苦情解決制度の整備に取り組みます。
⑥ 相談や支援、権利擁護について、国・市町村・NPO等との連携を図ります。
⑦ 県が行う工事の発注や物品の調達等に際して、障害者を積極的に雇用する企業等の入札参加資格の優遇など、人権に配慮した企業等に対する優遇策について検討を行います。

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部落差別解消の壁

「高知民報」(週刊)月400円

http://www11.ocn.ne.jp/~jcpkochi/minpo/index.htm

2005年12月22日
部落解放同盟県連が地区実態調査を要請 県教委は否定

http://www11.ocn.ne.jp/~jcpkochi/minpo/topic/2005/051222kaidokosyo.htm

 部落解放同盟県連(野島達雄委員長)は12月20日、県教育委員会に対し「三位一体改革の下で差別撤廃・人権確立施策の推進」を求め要請を行い、大崎博澄県教育長をはじめとする県教委幹部が対応しました。

 解放同盟からは野島委員長、山戸庄治書記長などが参加(高知市議を辞職した藤沢朋洋書記次長は参加せず)。要請の中で強調されたのは、「部落」内外の格差の「実態調査」実施でした。解放同盟は全国的に「差別の現実に深く学ぶ」ために旧同和地区内外で線を引いた「調査」を一貫して重視しており、この日も繰り返し要求しましたが、県教委は「実態は学力など課題ごとに把握する。以前のような地区を線引きした調査をすることにはならない。やることが問題の解決につながるのか」と否定しました。

 また解放同盟側は人権教育の中での同和教育の位置づけについても強調。「同和教育より障害者問題を勉強するという教師がいるという現実を県教委はどう受け止めるのか」と指摘して同和教育の埋没を懸念し「復権」を求めました。藤本昌司・人権教育課長は「同和教育は同和対策審議会答申(1965年)以前からあった。外部委嘱している人権教育推進協議会でも同和教育が使命を終えたかのような風潮があるが、後退することがないようにという意見が多く出ていることを踏まえて取り組んでいく」と同和教育を継続する姿勢を強調しました。

 解説 解放同盟側は「実態調査」の重要性を説くために「1人1人の子供を大切にするためには家庭訪問をして家庭状況など背景を把握することが大切だ」と盛んに強調しました。これは当然のことですが、居住地や先祖の旧身分にかかわらずすべての子供にあてはまることであり、地区を分けた「実態調査」の理由にはならないものです。

 学校の抱える様々な深刻な現実から遊離した旧態依然とした同和教育は、多くの教員の意識の中で位置づけが大きく低下しつつあるのが現実ですが、一方で人権教育という名による同和偏重が残されている学校もまだあります。最大の要因は「同和問題への差別意識は薄らいではいるものの今なお根強く存在している」という県教委の現状認識。同和教育は特別対策以前から行われていたのでこれからも同和教育を継続すべきだという県教委の認識は、劣悪な状態に置かれていた60年代の被差別部落と、30数年間に及ぶ同和対策事業により基本的に格差が是正された今日の状況を混同させる奇妙なこじつけであり、県民の納得を得られるものではありません。今年県教委が作成した教員用の人権教育指導資料「レッツじんけんの冒頭で「同和教育の取り組みを終了したものではない」とわざわざ囲んで強調するなど逆行するような現象もみられます。

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市町村段階での見直しはこれからか

香川県人権・同和政策協議会
http://www.pref.kagawa.jp/pubsys/cgi/contents_view.cgi?cd=5758

今後の同和対策単独事業の在り方について
2005(平成17)年8月9目
香川県人権・同和政策協議会専門部会

3.中四国8県の状況
事業の見直し状況を調査したところ、以下のとおりであった。
① 山口県は1996(平成8)年度末に見直したうえ、一部事業については5年間の経過措置を講じ、2002(平成14)年度以降、同和地区に限定した事業は実施していない。
② 岡山県、広島県、愛媛県、高知県は2001(平成13)年度末に見直し、一部事業については必要な経過措置を講じたうえ、特別対策事業は廃止している。
③ 鳥取県は2001(平成13)年度末に見直しを行い、個別に終期及び見直し時期を設定するものを除き、特別対策事業は、差別の実態を踏まえながら、2006(平成18)年度末までに一般対策化等を目指すこととしている。
④ 島根県は2001(平成13)年度末に見直し、一般対策への移行を基本として、経過措置が必要な事業については5年間継続するとともに、融資制度については終期設定を行っている。
⑤ 徳島県は2001(平成13)年度末に見直し、特別対策事業は「基本的に2001(平成13)年度末を以って終了し、残された課題の解決に向けては、一般施策を工夫して有効に活用し、その解決を図るものとする。ただし、終了に当たっては、必要に応じて期間を限定した経過措置を講ずる。」こととしている。

 以上のように、大半の県は、特別対策としての同和対策事業を終了させている。一部の事業を継続とした県にあっても、鳥取県は2006(平成18)年度までに、徳島県は2006(平成18)年度において見直すこととしている。
 なお、島根県については、見直し計画はない。

4.経過措置的事業とした13事業の検討結果
 一方、中四国各県の状況をみると、事業委託をしている県は徳島県のみであり、団体助成をしている県は、鳥取県、島根県、徳島県の3県であった。これらの県も、事業費の削減を継続的に行うとともに、事業内容についても団体助成から啓発事業への転換を図るなど見直しを行なっている。
 また、1996(平成8)年の地域改善対策協議会の意見具申でも今後の施策の適正な推進を図るため、「民間運動団体に対する地方公共団体の補助金等の支出の一層の適正化」等について、引続き厳しく是正すべきであると指摘されたことにも留意する必要がある。
 以上のことから、現行事業を経過措置的に継続する必要性はあるが、委託内容を再検討したうえで、地域において、職業選択の援助、職場適応に関する助言・指導等を行う就労支援事業や人権課題を解決するための啓発活動を促進する相談事業等の真に必要な事業に集約する一方、その事業の客観性、透明性等を確保し、その成果を明確化するとともに、委託額は、県民の十分な理解と協力が得られるよう、類似団体との均衡を図りつつ一般対策化していく必要がある。
 また、団体助成的要素を持つ事務局費は、運動団体の自主性、主体性を損なう恐れもあることから早期に廃止する必要がある。

5.人権行政としての同和行政について
② 人権擁護活動の推進
  人権侵害に対する被害者の救済については、人権擁護推進審議会が人権救済制度の在り方についての答申を出し、それに基づく法制度の整備について、現在、国において議論されていることから、これら人権救済に関する国の動向に考慮しながら、県においても、県民が人権に関する様々な問題を身近で相談できるような総合的な窓口の設置や専門的な相談機関相互の連携が図れるよう研究する必要がある。

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鳥取の教訓を生かそう

読売のタイトルのとおり。

鳥取で議論されていることは、国の議論に通ずる。

「救済」すべき事案は何か

解同の基本法案を取り入れました、などということで、

国会議員の多数から賛同が得られると目論んだのが誤算の始まりといえる。

法案を無期凍結し、一から議論しなおすべきだ。



2月8日付・読売社説(2)
 [鳥取人権条例]「人権擁護法案再考への教訓だ」

http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20060207ig91.htm

 元々、無理がある条例だったということだろう。

 鳥取県が全国に先駆けて昨年10月に制定した人権侵害救済条例について、片山善博知事が6月から予定されていた施行の凍結を表明した。県議会に無期限で施行を先送りする条例を提案する。

 議員提案で成立した条例を、執行機関の知事が凍結するのは異例のことだ。条例には余りにも問題点が多かった。凍結は当然だ。

 まず、人権侵害の定義が曖昧(あいまい)だった。「差別的な言動」「虐待」「誹謗(ひぼう)中傷」などを挙げたが、片山知事も「悪口でも対象になるのでは、という懸念を抱かせてしまう」と危うさを認めたほどだ。

 加害者に是正勧告を行う救済機関である人権救済推進委員会は、知事が直轄する組織で県職員が事務局を担うなど、独立性に疑問符がついた。恣意(しい)的な運用の恐れも拭(ぬぐ)いきれなかった。

 委員会は強い強制力を持つ。調査を拒んだり、妨害したりすれば、過料などの罰則を科すとされた。だが、関係行政機関は「公共の安全と秩序の維持」などへの支障を理由に挙げれば拒否できた。

 警察の強圧的な取り調べや刑務所での職員による暴行事件などの救済申し立てがあっても、県警本部長や刑務所長が拒否すれば、調査はストップしてしまう。公権力に対する甘さも問題だった。

 鳥取県弁護士会も条例を批判し、委員の派遣を拒否したため、委員会の設立も困難な状況に追い込まれていた。

 鳥取県は、識者で構成する検討委員会を設けて人権侵害の実例を調査し、条例を全面的に見直す考えだ。

 だが、そもそも、地方で司法的判断を下す救済機関が必要か、という疑問がある。普遍的であるべき人権に関する判断を一自治体で行えば、自治体によって対応が異なり、混乱しかねない。

 人権侵害の解決に、自治体がなすべきは、一足飛びに救済機関をつくることではあるまい。

 高齢者や児童に対する虐待の防止法に定められた自治体の権限を活用すれば、被害を防げる事案も少なくない。

 人権救済を求める被害者にとって、警察や裁判所などの敷居は高い。

 休日や夜の時間帯にも足を運びやすい相談窓口を広げ、専門機関へつなぐことも、自治体に求められる役割だ。差別問題やセクハラ防止の意識啓発といった、地道に取り組むべき施策もある。

 鳥取県の条例破綻(はたん)は、政府が国会再提出を目指す人権擁護法案の再考に当たっての教訓となる。論議を尽くして懸念を払拭(ふっしょく)しないと、前へは進めない。

(2006年2月8日)

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正しい情報を国連に

「憎悪・・・煽動禁止」を

国内法として整備せよ、との一部の主張に反論を

4条留保を多数の世論に

http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jinshu/ikenboshu.html

「あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約」
政府報告書についての意見募集についてのお知らせ

1.政府報告書についての意見募集

 1996年1月14日、我が国について発効した、「あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約」の第9条は、各締約国に対し、この条約の諸規定の実現のためにとった立法上、司法上、行政上その他の措置に関する報告を、人種差別撤廃委員会による検討のため、国際連合事務総長に提出することを義務づけています。
 ついては、次回政府報告書作成の際の参考として、我が国における本条約の実施状況に関し、国民の皆様から広くご意見を受け付けることとしました。

2.募集期間

 平成18年2月8日(水曜日)~平成18年2月28日(火曜日)

3.記入要領

 様式は問いませんが、ご意見作成の際には、以下の事項をご記入下さい。

  • 意見及び条約の該当条項(なお、ご意見はできるだけ簡潔にお願いします。)
  • 関連データ・根拠等(出所も記入)
  • 差し支えなければ、団体若しくは個人名、連絡先(住所、電話番号)もご記入願います。

4.送付方法

 電子メールによる受付(cerdhoukoku@mofa.go.jp

(注)なお、寄せられたご意見(ご質問を含む)に対する回答はいたしかねますので、予めご了承下さい。

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署名を議会に

Tori1


世論が鍵です。

http://www.jcptori.jp/modules/news/article.php?storyid=80

「toria.pdf」をダウンロード

「torib.pdf」をダウンロード


Tori2

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互いの理解に誰が障害を持ち込んでるのか

差別者に誰が仕立て上げたか

ー被害者が救済されなかった具体的事例ーといえるか

「鳥取県人権侵害救済条例の制定について」
 部落解放同盟鳥取県連合会
     06年2月「部落解放」561号

http://yhx0303.cocolog-nifty.com/blog/2006/01/post_9069.html

2001.06.11 : 平成13年 6月定例会(第2号)
日本共産党鳥取市議会 村口英子議員

  同和教育のあり方について質問します。
 市及び教育委員会は人権啓発の名のもとに、一市民に対する人権侵害を行い、2年余りの長きわたって精神的苦痛を与えています。
 事の起こりは1999年、2年前の2月、当時の高校生3名から差別発言があったとの訴えがあり、古田学校同和教育指導主事が、みずから行った高校生からの聞き取りと、運動団体が行った聞き取りを合わせまとめて、A氏、これは行政が今回用いている名前であります。A氏への差別発言告発文なるものを作成しました。この告発文をA氏本人に事実確認をしないまま、A氏を差別発言をした人と断定し、当時の金田同和教育課長が関係機関に回したのであります。
 以後、3回にわたり確認会が行われましたが、A氏は事実誤認を主張しています。しかも、1回目の確認会は3月12日、沖縄での同窓会に参加を予定していたため、「出席できない」と断ったところ、「欠席したら沖縄なんかに行けないようになりますよ」。
 2回目の3月30日では、A氏は「出る必要はない。尋ねたいことがあれば文書で聞いてほしい」。と言いましたら、「そんなことをしていたら、この問題は糾弾会に行くかもしれない」、家族の職業を挙げまして、「家族にまで害が及びますよ」。
 以上の脅迫的な言動が行政からあり、やむなく出席をしています。
 その後2年余りのときを経過していますが、ことし3月、市の金田同和教育課長(当時)は、「差別発言については確認できない」と言明し、県教委の同和教育課長は「この件については消滅。終結文については困難だが、講師任用で謝罪したい」と述べています。
 我が党と議員団は4月11日、人権啓発の名による同和教育・啓発の中止と、A氏への同和問題にかかわる人権侵害を直ちに中止することを求める申し入れを市長並びに教育長に行ったところであります。ところが、教育長は「この件は継続している」と主張したのであります。
 まず質問の第1は、なぜ継続中なのでありますか。
 第2点は、申し入れについて文書回答を求め、それについて承諾をしていながら、2カ月を有しているにもかかわらず、いまだに回答がないのはなぜなのか。
 第3点、古田指導主事のみずから作成した告発文を再三求めましたが、6月8日夕方、「ばたばたしていて、どこに行ったのかわからない」と回答をしてきました。この不誠実さはどこから来ているのでありますか。なぜ今まで無回答であったのでありますか。
 第4点、A氏に対して差別発言者としてとらえていますか。また、A氏に対しての人権侵害について、どのような所見をお持ちですか。
 以上、答弁を求めます。
 質問を終ります。(拍手)

米澤秀介教育長

次に、人権問題についてでございます。継続中であるということにつきましては、応接室でもお話ししましたとおりに、市教委は現段階では、県教委に窓口になっていただいて対応しておりまして、その後の聞き取り等ができていないということも聞いておりまして、継続中であるというふうに私は認識をしているところでございます。
 それから、文書回答がまだだということの御指摘をいただきました。大変遅くなっておりまして、申しわけなく思っておるところでございますが、先ほど申し上げましたとおりに、県が窓口となっているため、県との協議を必要とするものもありまして、協議は重ねておるところでございますが、回答がおくれているところでございます。できるだけ早く回答するようにいたしますので、御理解をいただきたいと思います。
 それから、3つ目のメモの提出についてでございますが、先日も申し上げたというふうに聞いておるところでございますが、議員のお手元にあるものしか残っていないということでありまして、お渡しすることができませんので、御理解をいただきたいというふうに思います。
 4番目に、差別発言者としてとらえているのか、人権侵害だととらえているかということのお話でございましたが、私はAさんを差別発言をしたと断定して、市の方は面接したわけではありませんし、現在も先ほど申し上げましたように、確認の段階であるというふうに認識をしておりますので、人権侵害だと判断をしかねます。
 以上でございます。

村口英子議員
それから、同和問題です。このことについて、今県教委が窓口になっていると、その後の聞き取りができていないということなんですが、最初の質問の中で私、申し上げましたように、既に前の同和教育課長は「これは確認ができない」と、「差別発言があったかどうかは確認ができない」、しかも県同和教育課長は「これは、謝罪文は出せないけれども、講師任用で謝罪をしたい」と、「終結文は出さないけれど、そうしたい」と。こういうことを言っているのに、なぜそれでも教育長は継続中なんですか。事実はもう既に確認ができない状況だと、それがなぜ継続中なのか理解に苦しむわけですね。
 それから、文書回答ができていないのは聞きました。しかし、指導主事のメモがどこに行ったのかわからないと、私の手元にあるしかない。いわゆる告発文と私たちは言っていますが、これしかないんだと言われたんですが、これは私、確認しています。たくましく羽ばたく力育成委員会というのがありまして、その会場でこれまでさまざまなところに同席していた県教委の職員が、この告発文については、運動団体から2月26日に主事が聞き取りをしていますが、3月3日に運動団体が聞き取りをしている。その運動団体から上がってきた文章をそのまま書いたと、このように発言しているんですよ、県教委の職員が。それはさまざまな場所で同席していた人です。ですから、私が求めた主事の文書というのは出てこないはずなんです。だって、書かれたものをそのまま書いて、関係機関に回したわけですから。だから、その辺で、私が本当に心から同和問題の市の解決を望むとするならば、当事者同士の話し合いを持つよう努力することが一番必要だと思うんですよ。
 ところが、言いましたように2月26日に市教委の聞き取り、3月3日に運動団体の聞き取り、そして告発文なるものにA氏を差別発言をした人と断定した文書で作成をされて、これが回されたわけですよ。その後3月12日に、A氏に対しての聞き取りが行われているわけ。それで初めて、だから3月3日、書かれた文書というのは本人が認めたわけではないものが既に回されて、3月12日に本人からの聞き取りになっているわけですよ。本人は3月30日に「子供たちに誤解を与えるようなことがあったのなら、会って謝罪したい」、このように申し出ています。ところが4者、県教委、市教委それぞれの同和教育課ですね、それから市の人権啓発室、運動団体、この4者がこれを拒否しているんですよ。なぜ拒否するんですか。なぜ本人同士の話し合いがあって、そういうことを言ったんだったら、間違っていたね、それはこういうことだったよと言える場所をつくらないんですか。私は、行政というのはまずそうした話し合いの努力ができるような場所を設けることだと思うんですが、なぜこれを拒否されたのかお尋ねしたいと思います。

◯米澤秀介教育長 

14番村口議員さんの重ねての御質問にお答えいたします。
 まず、県の方が確認できないからということのお話でございました。聞き取りが十分できていない段階での、その差別発言かどうかということ、それは確認できないからということで、県の方が、ということをおっしゃいましたけれども、私の方はそれが十分できていないから、私どもは継続であるというふうに思っているところでございますし、現在、県の方も私が思っておりますとおりにまだ継続の段階であるというふうに、私は県がそのように把握していると思っているところでございます。したがいまして、県が窓口になっていただいて、取り組んでいただいておりますので、私は県の方からこれは終結したのではない、終結したというようなことについてはお聞きしておりません。したがいまして、繰り返しますけれども、私は市の教育委員会といたしましては、継続中であるというふうに申し上げたところでございます。
 それから、当事者同士の話し合いをということでございました。なかなか当事者同士ということになりますと、非常に私は難しい部分があろうかというふうに思います。両方の聞き取りをする中で、お手元にありますそのものは現段階の聞き取りの段階のものだけでございますので、まだ両者を一緒にして話し合いをという段階にはならないというふうに思います。私は両方からそれぞれ聞き取る中で、それをあわせて判断をしていく、そのことが正しい、正しいというよりもお互いに自分の思いが言いやすいというふうに思っています。両者会わせますと、教師と生徒ということになりますと、非常に話し合いは難しいのではないかというふうな思いが実はしているところでございます。したがいまして、お手元にありますその書類、メモが鳥取市から聞き取った分で提出されているものというふうに私どもは思っているところでございまして、この提出したものは、県教委、それから人権啓発というふうに聞いているところでございます。
 以上でございます。

村口英子議員
 それから、教育長、当事者同士は難しいとおっしゃいましたよね。2月26日に市が聞き、3月3日に運動団体が聞き、3月30日に当事者同士と話し合わせてほしいというプロセスがあったわけですよ。何でこれで、足でもさすってくれと言っているわけじゃない。当事者同士の話し合いがなぜ難しいんですか。しかも、私、教師なんてと言わないできていますよ。特別の関係にある子供とA氏との間では全然見知らぬ相手じゃないんですよ。十分に話し合える余地はあると思うんですよ。それを困難だと言い出したら、本当にどんなことも、当事者同士での話し合いというのはできなくなっちゃいますよ。行政がそんな態度でいいんですか。
 それで、教育長が何でこんなに主体性がないことを言っているんだろうと考えてみたんですよ。そうしますと、終結については、運動団体の納得がなければ終結しない。これはちゃんとした文書があります。現在行き詰まっている状態を県連に伝え、組織として協議していきたい。運動団体として確認の要請をする。もし拒否すればその実情を社会的に取り上げる。それから、主事は、私が先ほど言いましたように、運動団体から出されたものをそのまま回したと言いましたけれども、2月26日に聞き取りをした、その過程でなぜ行政として対応する努力をしなかったんですか。運動団体に依存するようなことをなぜしたんですか。しかも、特殊な関係で起こっているところでは、そこの場で解決でするということをなぜしなかったんですか。そして、いみじくも最後言われた言葉、行政の求めている解決策としては子供に謝りなさいという言葉じゃなかったんですよ。運動団体への謝罪と反差別の立場に立つこと、これが解決の道だと、このように県の同和教育課長はそのように言明しているんです。当事者同士の話し合いが拒否をされて、運動団体への謝罪がまず求められるという、これが今の同和教育の姿なんですよ。
 市民が、いわゆるたった一人の市民が公権力、県、市さまざまな公権力を持つ行政から、いわゆる人権啓発の名のもとに人権侵害が2年余りにわたって行われてきた。私はこのように認識しています。まだ続けようというんですから、これは私はとても耐えられないと思いますよ。そして、やっぱり教育現場で起こったことは、教育的見地から学校での自主的な解決を図ること、まずそれが優先されるべきです。そして、住民の内心に踏み込む人権啓発や同和教育はやめて、住民の自主的な学習活動の推進のもとで、偏見や差別を社会的に克服していくよう援助する、そのことが行政の果たす役割だと私は考えているんですけれども、全く違う形で今推移していると思います。教育長は、どのようにお考えですか。

◯米澤秀介教育長 

 14番村口議員さんの重ねての御質問にお答えいたします。
 まず当事者同士ということの話がございました。確かに当事者同士が一番話はよく解決の早道かもしれませんが、やはり言いづらい部分もあるだろうと思いますので、聞き取りをする中で、お互いの聞き取ったものを突き合わせて、こういう部分が違いがあるのではないかというようなことで、正していくことも大事なことでありますし、そういうことを通す中で、当事者同士の話が必要な場合には、それをすれば十分な聞き取りになろうかと思いますが、当面はそれぞれの当事者から聞き取りをした上で、それを突き合わせていくことが大事なことであろうというふうに思っておるところでございます。今までもそのように、私どもしてまいったところでございます。したがいまして、当事者同士というのは最終段階そういうふうになればいいわけですけれども、そうしたことがかえってマイナスの部分ができる場合がございますので、我々は聞き取りを両者からした上で、それを突き合わせていって、そこの部分でその相違等を見る中で、ここはどうでしょうかというようなことで、お聞きしているところでございます。その段階はあくまでも、差別発言者云々ということではなくて、それぞれの方々の人権を守りながら、聞き取りはさせてもらっているつもりでございます。
 それから、お話の中で、自主的な解決を図るべきではないかということでございました。学校現場で発生した差別事象等につきましては、教育委員会と学校が解決に向けて連携をとりながら取り組んでおるところでございますけれども、内容によりましては、学校独自で解決していくもの、あるいは市教育委員会が指導していくもの、それから関係機関・団体と連携協議しながら解決していかなければならないものがあるというふうに考えております。子供たちに例をとりますけども、差別発言がありましたその背景には、地域や家庭、社会も大きくかかわりを持っておりまして、多面的にいろんな角度で探っていくことが必要だと考えております。そのための聞き取りというのが確認会でございますが、確認会、それから糾弾会において、事象が発生した原因、背景を明らかにすることは、今後の差別をなくしていく取り組みを行う上に、非常に大事なものというふうに思っているところでございます。したがいまして、被差別の立場の方々の意見も聞きながら協議することや、その代表であるところの運動団体と連携し、協力を得ることは必要であるというふうに思っていますので、行政の主体性を損なうものというふうには考えておりません。
 それから、お話の中で、内心に踏み込む人権啓発はということでございました。住民の自主的な学習活動の推進に任せるべきだということにとらえさせてもらっておりますが、最終的には市民一人一人が自主的に学習していくことが大切であるというふうに考えております。しかし、行政と地域住民が連携をし、学習の場を設定して、いろいろな角度から研修できる機会をつくっていくことも必要であるというふうに考えております。そして、研修参加者が常に自分の心を見詰め、内省することができるよう、心に食い入る研修をしていくことは大切なことだというふうに思っているところでございます。
 以上でございます。

村口英子議員 
 済みません、教育長、それでは、差別発言をしたかどうか確認できないと言いながら、なぜ主事は差別発言をした人と、このようにきちっと断定した文書を出したのですか。そこだけ教えてください。

米澤秀介教育長
 14番の村口議員さんの重ねての御質問にお答えいたします。
 お手元にあります書類の中には、差別発言をした人というふうに書かれておると思いますが、記録上そのようにしてありますけども、確認の段階でございますので、差別発言をした人と書いてありますけれども、差別をしたという断定した書き方ということには私どもは思っておりません。断定をしたものではなくて、差別発言をした人というふうに当面書いておりますけれども、確認をしている状況でございますので、決してその人が差別発言者だというふうなことを記録しているというふうには私は考えておりません。
 それから、先ほどお話の中で、私が教師というようなことをお話ししました。村口議員さんの方はそれを伏せて追っていただいたことを私が申し上げましたこと、大変当事者の方にも申しわけなく思っておりますし、村口議員さんにおわび申し上げたいというふうに思います。ありがとうございました。
 以上でございます。

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キャッチボール?

知事定例記者会見(2006-02-06) 
平成18年2月6日(月)午前10時~
 県政記者室(県庁3階)

10 鳥取県人権侵害救済推進及び手続きに関する条例について
 
○山陰中央テレビ 大坂和正 記者

 人権侵害救済条例について、各議会の会派に説明をされた感触というのはどうだったでしょうか。

●知事

 幾つかの会派から見直しをするのはいいけども、期限を明示してはどうかというお話ありましたけど。これから本当に一から見直しをしようというときに、かちっとしたスケジュールを決めるということが難しいんですね。ですからあんまり日限を決めて、いついつまでにこういうスケジュールで見直しをしますと言うことよりは、誠心誠意一からできるだけ早く見直しをする、その結果を待つと言った方がいいんじゃないですかということを申し上げておきましたけどね。

○山陰中央テレビ 大坂和正 記者

 期限を設けないというところに、議会から条例が廃止となるのではという懸念が聞こえてくるのですがどうでしょうか。

●知事

 いや、だったら議会の方で見直しされたらいいですよ。いずれにしても最終決定権は議会にあるわけですから。我々が条例を勝手に廃止したり、勝手になくしたりするわけにいかないのですからね。最終的には議会に条例の決定権があるわけですから、だから我々は誠心誠意なるべく早く見直しをしますよという提示をしようとしているんですよね。

 それが当てにならんと言うんだったら議会の方でイニシアティブをとって見直しをされたらいいし、それから我々が期限付さないで見直し作業に入るということになった場合に、もたもたしたら途中で議会が、しりをたたいてくれたらいいし、どうしても納得できなければ、その段階で議会が納得のいく時期までに見直し作業をまた独自にされてもいいし、いずれにしても決定権は議会にあるわけですから、そんなに何か執行部のなすがままで、気がついたら廃止になっていたなんてこと懸念されることはないと思いますよ。もっと、議会の持っている権限に自信を持たれたらいいんじゃないですかね。

○山陰中央テレビ 大坂和正 記者

 スパンとしては、見直し検討委員会というのもあると思うのですが、数年とか数十カ月とかどういうスパンを考えておられるのでしょうか。

●知事

 わかりません、これやってみないと。ただそんなにだらだらやるもんじゃないと思いますよ。ただ一から、私言っていますように、事実認定といいますか、どんな人権侵害類型があって、たとえばその中で本来の解決方法である司法的解決に至らないものが、どういうものがあるのかというところから始めるべきだと思うんですね。そこがどれぐらいかかるかというと、そこはよくわかんないんです、やってみないと。

 それをクリアすれば、あとはそんなに長いことかかるものではないと思いますけどね。あとは政策判断の選択の問題ですから。初っぱなのところが、めどがなかなかつきにくい、自信を持ってこうだということを提示できないので、あえて期限は明示しませんという話をしているわけです。

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やはり「部落差別的諸言動禁止」

 鳥取県のWEBに掲載されていた『差別事件を考えるシンポジウムⅡ』が開かれた。案内によれば、「このシンポジウムは、差別のない社会の実現に向けて、差別落書きや差別投書、差別発言などの差別事件の背景や課題を明らかにし、その原因や差別に苦しむ人を救済する取り組みなどについて、県民が考える催し」ということだった。

2月5日(日)午後1時から4時30分まで(受付:正午から)
鳥取県民文化会館 梨花ホール(鳥取市尚徳町)
日程
12:00 受付
13:00 開会行事
      主催者代表挨拶 中田幸雄
        部落解放同盟鳥取県連合会委員長
      来賓代表挨拶  藤井喜臣 鳥取県副知事
13:20 講演
      「差別や人権侵害に苦しむ人々を救済する社会システムを目指して」
       ―鳥取県人権侵害救済推進及び手続きに関する条例制定の意義と課題―
       講師 友永 健三(ともながけんぞう)
         (社)部落解放・人権研究所長
14:10 シンポジウム
      「連続大量差別ハガキ(封書)事件の真相に迫る」
       (被害を受けた当事者の報告と対談)
 パネラー 浦本 誉至史(うらもとよしふみ)
         部落解放同盟東京都連合会執行委員
        友永 健三
         (社)部落解放・人権研究所長)
        山田 幸夫(やまだゆきお)
         部落解放同盟鳥取県連合会書記長
        下吉 真二(しもよししんじ)
         部落解放同盟鳥取県連合会執行委員
主催及び問合せ先
 部落解放同盟鳥取県連合会

 内容について、いくつかの報道がなされているが、以下のルポを一部紹介する。(ご苦労さんでした)

187 :名無しさん@6周年:2006/02/05(日) 22:45:57 ID:m0OZiama0
 初めまして、鳥取県東部在住の者です。
 会場となった梨花ホールは、鳥取市内最大の催し場ですが、それでもかなり早い時間から県内各地 からの車が大挙して押しかけていたようです。
 何で分かったかと言うと、「K市」とか「N町」と書かれた、町のマイクロバスも来ていたからです。
 それを見ててっきり、県のイベントかと勘違いしたのですが、どうやら解放同盟が主催者のようでした。

 13時に開演し、始めに解放同盟の委員長、そして藤井副知事の挨拶がありました。
 今回条例の凍結を知事が提案した事で、最初は副知事に対する糾弾会になりはしないかと心配でしたが、 恐らく彼自身もそう感じたのかも知れません。「条例を何とか施行させる」とは言っていたものの、その口調 は実に淡々としたもので、言うだけ言ったらそそくさと退場してしまいました。

 続いて「部落解放人権研究所」の、お偉いさんからの講演がありました。
 内容は人権条例の説明と、制定の意義についてです。
 条例の内容は、こちらのみんなはもうご存知だと思うので省略します。 その中で弁護士会及びマスコミからの批判に対する、反論みたいなのをやっていたので、紹介します。
1、弁護士会からの批判に対する反論
・厳格な対応を取れば、柔軟かつ迅速な救済が図られない
・お金がある人なら名誉毀損での訴訟等も可能だが、それではお金の無い人は、泣き寝入りをせざるを得ない
・もし行政からの人権侵害が対象外であることが問題であるのならば、そう言った人権侵害が発生した場合は
 行政側の人間から人権委員会に理由などを開示すれば良いではないか

2、マスコミからの批判に対する反論
・マスメディアによる人権侵害は、現実に多発しているではないか
・もし条例の適用対象外にするとすれば、逆にマスコミによる人権侵害に対して(既存の組織とは別に)、 鳥取県下のマスコミ各社による救済組織を作るべきだ

 ここで前半が終了し、一旦休憩に入りました。
後半は実際に起こった差別事件を題材とした、パネルディスカッションでした。
 差別ハガキ事件(
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%A3%E7%B6%9A%E5%A4%A7%E9%87%8F%E5%B7%AE%E5%88%A5%E3%81%AF%E3%81%8C%E3%81%8D%E4%BA%8B%E4%BB%B6)の被害者の方から、事件の内容について説明がありました。
 でもこの事件の背景は、同和差別と言うよりも、犯人に対するモラルの低さ、親の躾に問題が あったんじゃないかなって、正直思いました。
一つ気になったのは、犯人の有罪が確定した際に、インターネットの掲示板で、被害者に対する 嫌がらせの書き込みが相次いだとの事でした。
 恐らく2chで祭りにでもなったという事なんでしょう。
 でもこれは、個人的にはちょっとどうかと思いました。
 犯人は単なる嫌がらせでやったと言う事を認めている訳だし、何より裁判で有罪が確定している。
 それに対して文句を言う事は、やっぱりおかしいと思います。
 そうでないと、八鹿高校事件を始めとする暴力事件に対する反省を、一切しない解放同盟のやり口を 追求する事は出来ないと思います。
こちらの非は非で認めないと、彼らに対する追求の正当性が疑われるからです。

 それから県内各地での差別事件についての説明がありました。
 その殆どが、トイレや学校での差別落書き事件でした。
「こういった差別事件を無くすためにも、条例が必要なんだ!」って、パネラーの一人が言っていましたが、 個人的にはそれは疑問を感じました。
 だってそうでしょ? 犯人が匿名で分からない状態で、この条例が一体何の役に立つと言うのでしょう?

 そしてもうひとつ、学校で起きた差別事件があったので紹介します。
 とある小学校での出来事。
 「給食の準備中、6年生の男子A、Bがふざけている時にAが「お前の好きな人は○×(個人名)だら (だろう?)」 と、何度もしつこく言ってきたので、Bが「差別だ」と言うと、Aが「部落の人」とBに対して 言った。Bは「先生に言ったるけんな(言うからな)」と言って、担任のところに行った。Aは「ごめん、 ごめん。ふざけて言っただけ」と謝ったが、Bには聞こえなかった」

・・・・これを読んで、どう思われますか?

 それからパネラーの一人である山田県議(住民連合)から、最近起きている差別事件に対する、 糾弾の内容について説明がありました。

 その中で一つ、山田県議が「これは素晴らしいエピソードです」と紹介した事例があったので、報告します。
「鳥取市内のスナックで起きた差別発言に対し、私達はその発言をした人に何度も確認会などを行い、
 自己総括をお願いしてきました。
 最初はその人もかなり抵抗していましたが、私達の粘り強い啓蒙活動で、やがて自分の差別意識を 自覚し、自己変革を始めてくれました。
 そして最後はどうなったと思いますか?
 彼はちゃんと人権意識に目覚め、各地で「自分はかつて、こういう差別意識を持っていた」と、講演を してくれるまでに意識改革を行ってくれたのです!(会場は満面の拍手)」
・・・・・あの~、それはもしかして、第二次大戦後に中国で行われた「洗脳」と言う奴では?

 ちなみに観客の方はみんな、本当に熱心に聞いておられました。
 発言の都度頷いたり、熱心にメモを取っておられる方も多数でした。
 でも、その「糾弾による洗脳」についても、さも当然の如くのリアクションをしているのを見て、やはり ちょっと違うのかなって思いました。

内容は以上です。

757 :エージェント・774:2006/02/06(月) 02:14:41 ID:yNY4Txdg
>>749さんとは別口で今日(もう昨日か)の梨花ホールの集会に行っていた者です。
 だいたい内容は>>749さんのレポートの通りだったけど、いくつか印象に残ったことを追記しておく。

・会場は1500人ぐらいいたけど、最後に司会が参加者に「県会議員や県庁に猛烈に凸するように」(まぁ凸とか言ってなかったがw)
と何度も何度も念を押していた。結構みんなマジメに聞いてたから、ちょっと推進派の凸の勢いが増すと思う。反対派も負けちゃいられないぞ!

・もっと「反対派の意見など妄言だゴルァ!!」って感じのノリなのかと思って行ってみたが、意外と冷静で 「改めるべき部分は改めてとにかく施行させよう」というノリだった。逆に不気味。

・彼らの言う「修正すべき点」とは、「公権力にも有効なものにする」「マスコミの抵抗の少ないものにする」「人権委員会の独立性を確かなものにする」でした。
 こういう表面的修正で押し切ろうという方針のようです。そもそも条例の必要性を担保する県内の人権侵害の実態調査の欠如については触れず 他県での人権侵害事案の話や、正体不明の差別落書きの話などに終始して、それをもって「県内には人権侵害で溢れている」かのような印象操作を行っていました。

・行政書士による戸籍謄本不正入手事件について延々としゃべっていたが、これは別の法律で解決すべき事案であり、 この事件でもってこの条例の立法事実とするのは噴飯もの。

・ここまでして「とにかく施行したい」という思いの裏にある狙いはやはり国政における「人権侵害救済法」の成立であることが露呈した。
「鳥取での条例制定の取り組みは国政での人権侵害救済法制定へ向けての第一歩」と明言していた。

・公衆便所の差別落書きの話から急にインターネットでの差別的書き込みの話に飛んで、両者を全く同一のものとして扱っていた。
それはあまりにも強引すぎると思った。何度も何度も「インターネット」や「2ちゃんねる」という言葉が出てきており、 よほど彼らにとってネットや2ちゃんは目の敵であり、苦手なものなのだろうと想像できた。

・驚くべきことに(いや驚く必要もないか)、「人権条例が施行されたらインターネットにおける差別的書き込みに関して 人権委員会からプロバイダに圧力をかけて削除させるべきだ」などと、大宰府市議会と全く同じ意見を言っていた。やっぱりそうなるわけだ。

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歪んでいる教育課題

「同和教育は人権教育の重要な柱」
「部落差別の深刻さ」をめぐって
「県民の責務」をめぐって
民間団体等との連携・協力の在り方について
教育関係者の研修をめぐって

平成17年(ネ)第19号慰謝料請求控訴事件
12月5日「森意見書への意見」弁護団

http://homepage3.nifty.com/zjr/edu4.htm


人権教育の指導方法等に関する調査研究会議

平成18年1月23日
人権教育の指導方法等の在り方について
[第二次とりまとめ]
の公表

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/024/index.htm

第2節人権教育の内容及び指導方法等

(3)教育の中立性の確保
  学習プログラムや具体的な授業計画を組むに当たっては、教育の中立性の確保に十分注意を払うべきである。つまり、学校教育における教育活動と特定の立場に立つ政治運動・社会運動とを明確に区別し、学校は公教育を担うものとして主体性を持って人権教育に取り組み、特定の主義主張に偏ることなく、教育の中立性を確保することが求められる。
(4)個人情報やプライバシーに関することへの配慮
 地域社会における体験活動においては、様々な個人情報と否応なく接する機会が多い。個人情報保護法の精神と内容を十分に踏まえ、事前に担当者同士で、個人のプライバシーや個人情報に関する考え方を確認し、その原則を侵すことのないように配慮することが必要である。特に、このような地域社会における体験活動に児童生徒が積極的に関わろうとすればするほど、個人情報に接する度合いが増し、それだけ慎重な取り扱いが要求されるようになることを認識しておきたい。
 そのため、各関係者間の信頼関係を作る中で、本人及び保護者からの同意を得た上で、取組を進めていくことが重要である。

おわりに
(1)本調査研究会議においては、第一次とりまとめを受けて、各学校の実践事例等を踏まえながら具体的かつ詳細な検討を行ってきた。第二次とりまとめは、第一次とりまとめにおける人権教育に関する各視点及び指導のポイントについて議論を深めたものである。
 各学校においては、本調査研究会議の調査研究の成果を十分参考にして、人権教育の指導方法等の改善・充実に努力していただきたい。
(2)また、学校における人権教育の一層の充実に当たっては、各教育委員会の役割が重要である。具体的には、効果的な研修の実施、地域の実態に応じた優れた実践事例や人権教育の充実により学校全体の改善につながった事例などの情報提供、カリキュラムの作成等に関する実践的な研究の実施及びその成果の普及、家庭・地域との連携や校種間の連携を推進する体制づくりを行うことなど、各教育委員会においては、各学校への指導・助言や支援のさらなる充実及び条件整備に取り組むことを望むものである。
(3)さらに、国においては、人権教育に関する研修の実施及び情報の収集・提供など教育委員会や学校に対する支援の一層の充実及び条件整備を図ることが望まれる。
(4)これらの各関係者の努力を通じてわが国における人権教育が進展し、子ども達が自分の大切さと共に他者の大切さを認めることができるような人権感覚を身に付けるようになり、ひいては人権が尊重される社会の実現に貢献できることを願うものである。

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鳥取の逆流を許さない

鳥取県人権救済条例の施行停止案をうけ、下記の談話を発表

http://homepage3.nifty.com/zjr/topics41.htm

2006年2月2日

全国地域人権運動総連合
    事務局長 新井直樹

 鳥取県は2月1日、鳥取県人権侵害救済推進及び手続に関する条例 (「人権救済条例」)の無期限で施行を延期する条例案と、学識経験者など13人による「条例見直し検討委員会」を設けるための予算措置を議会側に説明しました。 これは、昨年10月に全国で初めて「人権救済条例」が制定されて以降、県内外から以前にも増して危惧や批判の意見が盛りあがり、廃止を求める運動が高まりをみせたことの反映です。

 そもそも、現行の政府や自治体による人権擁護の仕組みなどには、実効性など多くの問題が指摘されてきました。 求められる新たな人権侵害救済機関は、(1)「人権委員会」は国連パリ原則にのっとって政府(行政)から独立した機関とし、委員の人選、運営、予算の面でも独立性が担保できるようにする、(2)人権救済の強制調査の対象は、憲法上の基本的人権及び国際人権条約で規定されている権利の侵害、すなわち国家・行政権力や社会的権力(大企業など)による人権侵害に限定し、報道や国民の表現活動を規制したり私人間の領域に立ち入るものとはしない、(3)新たな立法行為に対して人権アセスメントを導入し、法律による人権への影響を事前にチェックする機能も持たせる、ことが必要要件です。

 しかし、2002年以来政府が提案する「人権擁護法案」は、これらの要件を満たしておらず、人権や差別の定義も曖昧で、「差別禁止」の名の下に言論表現の自由が侵害されかねない代物で、多くの国民のみならず与党内からも異論がだされ、宙に浮いたままになっています。

 こうした情勢にありながら、鳥取県では、県議会で継続審議とされてきた「条例案」であるにもかかわらず、論点を十分改善見直しすることもなく、政治的に成立をはかったものです。 よって、県内外から、言論表現や報道の自由、真の人権侵害からの救済機構を求める立場からの批判が巻き起こったのは当然の成り行きです。 全国人権連も改廃を求めて、県や県議会に要請文を提出したり、石岡議長他の役員などで直接見直しを迫るなど、問題の本質にある同和問題の解決点と「解同」のよこしまな狙いを暴露する、積極的な活動を進めてきました。 こうした世論に押されて、片山知事も2回にわたる懇談会の議論を真摯に受け止めざるを得なくなったものです。

 しかし、「(部落)差別規制」を法律や条例として制度化することを執拗にはかる「解同」の動向は軽視できません。 「解同」の狙いは、同和対策事業が終了することとの関連で用意されてきた「人権」という土俵での「啓発」「教育」「侵害救済」という事態を利用して、特に中央・地方の「人権委員会」を牛耳るなどして、今後も各種人権政策・制度のもとで権益を得る足がかりを確保することにあります。 「解同」は、国民の内心に係わる「意識」を問題にし、言論表現活動や私人間の領域に強制的に立ち入り、違法な「確認糾弾」をいまも自治体の庇護の下に行い、人権侵害を生み出していますが、法律や条例はこうした「民間との連携」の名で違法な行為を合法化し、国民分断の策動に対する批判を許さない状況を作り出そうとするものです。

 今後、鳥取県では「検討委員会」が設けられ、同和問題、障害者、高齢者などの各人権団体から人権侵害の実態を聞き取り、10回程度の会議で修正内容を詰めるようですが、検討委員会人選の公平中立性の確保、委員の公募枠の設定、会議や議事録の公開、ヒヤリング団体・個人の公募や意見募集など、民主的な手続きを十分ふんで、県内外の信頼と期待に応えるべきです。

 県が4月から予定する人権侵害の実態調査では「現在の行政や法曹、民間の取り組みで救済されていない人権侵害があるか探す」(県人権局)といい、一件一件の実例を集めていく方針と言われます。 また、そうした実例を基に、加害者への罰則が必要かどうかなども精査するともいいます。

 24日開会の2月議会は大変重要な局面になります。 知事提案通りに行くかどうか、また不十分な提案内容を豊かなものにするために、鳥取の人権連準備会や「改廃を求める連絡会」などとも連携をはかり、逆流を許さないために取り組みを強めるものです。

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委員は横滑りなのか

    「しんぶん赤旗」06年2月2日
鳥取県 人権条例の施行停止
    見直しへ県が条例案提示

 鳥取県は一日、全国で初めて制定した県人権救済条例について、当初予定していた六月の施行を停止する条例案を議会側に提示しました。県は施行停止後、条例の抜本的見直しに着手。県内で起きている人権侵害の実態を調査した上で、適切な救済方法を再検討するとしています。
 停止条例案は二十四日開会の二月議会で審議されます。
 人権救済条例は、人権救済委員会が被害者の申し立てなどを受け、調査・勧告して人権侵害を救済するというもの。しかし、県が委員推薦を求めていた県弁護士会は、人権救済の名のもとに行政機関による人権侵害の可能性が高く憲法違反の恐れがあるとして協力を拒否。
 日本共産党鳥取県委員会も、言動を対象にするなど県民の言論・表現の白由を侵すとして、当初から廃止を含む発動の停止を知事に申し入れていました。
 条例の抜本的見直しへ大きく動き出したことについて、日本共産党の市谷知子県書記長(県議候補)は「道理と県民の運動の成果であり喜びたい。県は立法事実が確認できていないことを明らかにしており、廃止が筋です。議会内にはあくまで施行を求める意見もあり見直しの行方も不透明で、逆流を許さないためにも二月議会に向けたたたかいが大事です」と話しています。
 日本共産党県委員会や国民救援会県本部、新婦人県本部、鳥取医療生協などが参加する「人権条例の改廃を求める連絡会」では、廃止を求める署名を広げています。



(2006年2月2日  読売新聞)

 凍結案は、2月議会に提出する議案の概要を各会派に説明する「政務調査会・政策審議会」で示された。凍結案は、施行日(6月1日)を変更して条例の施行を延期させる新たな条例案と、見直し作業を行うための費用計263万円を盛り込んでいる。

 新たな施行日は「公布の日」としており、事実上、無期限の延期。見直し作業では、弁護士や学識経験者ら13人程度で「人権救済条例の見直し検討委員会(仮称)」を設置。聞き取りなどを通して県内の人権侵害の実態を調べ、条例をどのように見直すべきかを検討する。
  4年前の県議会で、同条例制定のきっかけとなる質問をした会派「住民連合」の杉根修会長は「どれだけの問題点があり、見直す時間がどのくらい必要なのかということも示さずに、無期限の延期とはあまりに無責任。『このまま廃止になるのでは』と心配する県民もいる」と憤っている。

 また、県弁護士会はこの日、「県知事の柔軟かつ適切な対応に敬意を表する。協力要請があれば、検討委員会に委員を派遣する方向で検討する」とする会長コメントを出した。

(日本海新聞)

 見直し検討会には弁護士や学識経験者など、昨年十二月と今年一月に行われた人権条例に関する懇談会のメンバー十三人程度の就任を予定。同和問題や性差、障害など人権問題の当事者や関係団体からの聞き取り調査などを行って条例を見直す。

 県人権推進課によると、懇談会は年十回程度を想定しているが、片山知事は「期限を区切らないで論議すべき」としており、現条例の停止期間は「改正人権侵害救済条例」の定めるところとなっている。

 しかし、見直しは人権侵害の現状把握のほか、あいまいと指摘されている条例の救済対象や協力拒否に対する過料、氏名の公表などの救済方法をはじめとする現条例の内容を根本的に検証して再構築するものとなるため、相当期間を要するものとみられる。

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部落地名総鑑・有用性あるのか

平成18年度一般会計当初予算説明資料 
 人権推進課

3款 民生費
1項 社会福祉費
1目 社会福祉総務費   (単位:千円)

事業名・・・人権救済条例見直し事業費 

本年度 2,630
前年度       0
比較   2,630

財源内訳・・・一般財源 2,630

備考:知事査定中

事業内容の説明

1、事業の概要
  県内の人権侵害の実態を把握し、人権救済条例の見直しを行う。

2、主な事業内容
  人権侵害の実態把握と人権救済条例の見直し
   ・人権問題の当事者(団体)からの聞取調査など
  (例)同和問題、女性・障害者・子ども・高齢者・外国人・病気にかかわる人などの人権問題
   ・人権救済条例の見直し

  【実施体制】
  「人権救済条例の見直し検討委員会」(仮称)の開催
    人権救済・擁護に関する有識者13名程度
      弁護士
      学識経験者(人権、法律、福祉など)
      人権救済・擁護に携わっている者

条例関係      人権推進課

条例名等
 鳥取県人権侵害救済推進及び手続に関する条例等の停止に関する条例の設定について

提出理由及び概要
 1、提出理由
 鳥取県人権侵害救済推進及び手続に関する条例について、人権条例に関する懇話会における意見等をふまえ、 県内で発生している人権侵害の事実等の調査確認、適切な人権救済の方法の検討等による内容の見直しに伴う改正その他の所要の措置を講じる必要があるため、当該条例の施行及び関係条例の施行を、別に条例で定める日までの間、停止するものである。

 2、概要
 次の条例は、県内で発生している人権侵害の事実等の調査確認、適切な人権救済の方法の検討等による内容の見直しに伴う改正その他の所要の措置を講じる必要があるため、別に条例で定める日までの間、その施行を停止する。
 ①鳥取県人権侵害救済推進及び手続に関する条例
 ②特別職の職員の給与に関する条例及び特別職の職員の旅費等に関する条例の一部を改正する条例

 3、施行期日
   公布の日

以上

 会派の説明では、見直しの期限を切っていないことに対し、清風や自民党の議員からは「侵害で泣いている人がいる。速やかに対応すべき」「われわれの任期中の1年以内にはすべき」などの声のほか、「過料や公表などの問題点だけを見直せばいい」と、全面見直しでなく部分見直しを求める意見もあった、という。

  知事・県議会議長への要請は引き続き重視したい。

 こうした時期に、かの大阪で・・・

新たに発見された「部落地名総鑑」、大阪市内の興信所で
2006年02月01日

http://www.asahi.com/kansai/news/OSK200602010037.html

「発見された部落地名総鑑は、手書きをコピーしたものでA4判、330ページ。」「全国の被差別部落について、地名や所在地などを記載。大阪府内の被差別部落は、最寄り駅からの距離や道順を記し、地区の範囲を特定している。市電の駅名などから60年代に作られたらしい。同連合会は、行政書士らが不正に取得した戸籍謄本などが興信所に売り渡され、身元調査に使われていた問題を調査しており、昨年12月に調査先の興信所で見つけた。」
「大阪府人権室は、結婚などの身元調査に使われていた可能性があるとして、条例違反に当たるかどうか調査に乗り出す。 」

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山積する課題

「停止の理由として県は、県内の人権侵害の実態を把握した上で、救済方法について検討し、条例を見直す必要があると説明。 また、そのために弁護士や学識経験者ら13人程度の条例見直し検討委員会を設置する方針を示した」との報道。

 公正中立な委員の選任(県民からの公募も含め)と、社会科学的に耐えられる実態調査の実施、それに精通した専門家の配置、結果に対する県民の評価も十分交えて、救済方法を検討するよう要請したい。

 鳥取県人権侵害救済条例に一貫して反対し問題点を指摘された2名の女性県会議員のWEBから興味深い報告を掲載します。

尾崎かおる・鳥取県議会議員

http://www5.ocn.ne.jp/%7Eo.kaoru/

ニューヨーク視察 2005.7月

人権先進地ニューヨーク
  ニューヨークの水戸黄門“人権委員会”

  人種のるつぼ(メルティングポット)と言われてきたニューヨーク。しかし、最近はこの言葉はあまり使われません。個々の素材が個性を出せる“トスサラダ”のほうがあらゆる人権を守ろうとするこの街の精神にぴったりする、といいます。人種、肌の色、年齢、出身国、市民権の有無、宗教、ジェンダー(性差)、障害、既婚未婚、DV等の被害者かどうか、などを基にした差別は禁じられています。人権委員会はニューヨーク人権条例の実施機関であり、必要な人たちに保護と支援を提供する頼りになる“黄門さま”です。
    しかし、この委員会(委員は弁護士が入る)が人権侵害と認め勧告にいたるまでの手続きや調査は7段階を経て行われ、最終勧告決定の前には第3者(行政裁判官の判断)の助言も入り、公正に入念に行われます。従わないときには罰金が課せられますが、氏名公表はありません。
    たとえば、白人の多い地域の売り家の広告を見て不動産業者を訪れた黒人客に対し、「もう売れた」と意図的に他の場所を勧めた、と思われたとき、その黒人客は委員会に苦情を届け出ます。委員会は双方から聞き取りをし、現地調査、聞き取り調査をし、それが故意であった場合は法に基づいて勧告し、従わない場合は罰金(最大120万円!)を科します。市民が意思表示することで、条例も人々の意識も向上していくと言います。また、委員会はテーマを設け各地域で“プロテクティッド・クラス(学習会)”を開き、権利とそれをどう使うのかを丁寧に教えます。中学・高校、大学でもクラスを設け、人権、多文化、セクシャルハラスメント、ピア調停(同世代同士による問題解決)等のコースを設け啓発もしています。


浜田妙子・鳥取県議会議員

http://note3.nifty.com/cgi-bin/note.cgi?u=UII56220&n=1

●2005/12/27 Tue  今年も後5日です
    人権条例は既に出来てしまい、中味については質問しても執行部との役割分担からいえば議会側に物申すべき事柄になりますので、執行するにあたり最低限抑えるべきことを質問しました。
   そもそも問題の多い条例ですので、余程慎重に扱うにしても、逆に問題を起こしかねない事もあり、どうしても専門家の高度な判断が必要になるのです。そのような資格と経験を積み、人格的にも申し分なく人権意識の模範を示す委員をどのようにして選出するのかは、並大抵な事ではないのです。条例がせめて合格点をとっていれば、まだ救いはあるのですが、問題の条例を補い修正しながら運用できる委員が必要となっていますので、それは大変な事で、弁護士会も協力しないと結論つけているのも致し方ないのです。それほどまでに条例に問題があると認識すべきですが、そのような条例をどのように施行していくのか?よって委員の選出方法について質問させていただきました。 知事答弁はさておき、その後弁護士会や専門家、執行部も加わっての勉強会が計画されそうなうごきになっていますので、そこでしっかり問題点を整理し、人権侵害に会われた方々との向き合い方、又、加害者と指摘された方々との対応の仕方はどうあるべきなのかを探って欲しいと願っています。

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解同の人権侵害に断罪を

 「弓矢人権裁判」控訴審判決は3月20日午後1時10分、名古屋高等裁判所民事第2部(熊田士朗裁判長)で言い渡されます。
 著名人要請書は、「水平運動以来の歴史を見れば明らかですが、部落住民に具体的な実態的害悪をもたらさない言動は部落差別たり得ません」「解同の確認・糾弾とこれに追随した教育行政によって多くの教員、校長が個人の尊厳を傷つけられ、自殺にまで追い込まれた」「(兵庫県元津事件の)1992年の最高裁民事判決をはじめ、解同関係者を被告とするいくつかの判決で、解同の主張を『独自の見解によって原判決を論難するもの』と(最高裁判決は)厳しく批判している」「三重県の誤った同和教育の策動をやめさせなければさらに多くの被害者がつくりだされることになる」など、こもごもに一審判決の不備と確認・糾弾の害悪を指摘し、公正で的確な判決を高等裁判所に要請しています。
 団体・個人署名にご協力下さい。

http://homepage3.nifty.com/zjr/topics40.htm

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