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「人権救済」は口実

月刊誌「地域と人権」05年4月5日号
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「人権」と「差別」を口実に言論抑圧を狙う
 人権擁護法案は認められない

       全国人権連事務局長 新井直樹

一、自民部会・法案了承見送り(3月10日)
 自民党は10日、法務部会、人権問題調査会の合同部会を開き、政府が今国会への再提出をめざしている人権擁護法案を審議したが、出席議員から反対意見が続出し了承されず、15日に再度審議することになった。これにより同日に予定していた閣議決定は見送られる。「審議では法案の部分修正ではなく、法案自体への批判が広がっており、今後の党内調整は難航しそうだ」(産経新聞)
 報道によれば、古川禎久氏が「人権侵害の定義があいまいで恣意(しい)的に運用される余地が大きいうえ、新設される人権委員会には令状なしの捜索など強制権がある。憲法の精神にのっとっているといえるのか」と切り出すと、「人権擁護委員の選考が不透明で国籍条項もない。朝鮮総連関係者も選任されるのか」(城内実氏)など批判が相次いだ。
 また、複数の議員が部落解放同盟や在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)の名を挙げて「特定の団体の影響力が強まり、法の理想通りに運用できない恐れがある」などと懸念を表明した、という。(毎日新聞)
 これに対し、法務省担当者は「人権の定義は憲法の規定通りだ」「朝鮮総連を絶対に入れないといけないということではない」と答えたが、「説明になっていない」と逆に反発を招いた。
 発言者のうち法案への賛成論はわずか。民主党と同様に、メディア規制条項の削除や人権委員会を内閣府の外局にすることなど、修正を施すことで成立を容認する声も一部にあった。だが、大半は「言論界はもちろん学術対処・文化活動までも萎縮(いしゅく)させる」「人権侵害の救済は司法制度の拡充で目指すべきだ」など、法案の成立を認めない強硬論だった。
 9日に自民党の若手議員が集まり、法案を分析した結果を基にペーパーを作ったという。
  しかし、法相は与党懇話会の方針に沿うとして大幅な見直しを否定し、与謝野政調会長は11日、懸念が払拭されない限り提案しないと発言している。ただ、今国会提出の方針は変えていないという。
 事態は非常に流動的である。

二,「修正法案」とは
 03年10月に廃案になった人権擁護法案について2月3日、「与党・人権問題等に関する懇話会」(座長・古賀誠自民党元幹事長)は(1)「メディア規制」の規定は凍結し、凍結を解除するには新たな法律を必要とする、(2)法律施行後、一定期間が経過した後に必要な見直しを行う、の2点の修正だけで、法務省の外局に人権委員会を設置するこれまでの法案の枠組みを堅持し国会に再提案することを確認した。
 法務省がまとめた「人権擁護法案の概要」が8日明らかになった。取材や報道を規制するメディア規制条項は残したまま、付則で「別に法律で定める日まで実施しない」と凍結。凍結を解除するには「報道による人権侵害の状況や報道機関による自主的な取り組みの状況を踏まえる」との基準を示した。施行から5年後に法律全体の見直しを行う規定も設けた。
 廃案になった旧法案と比べ、メディア規制条項の凍結と、5年後の見直し規定の新設が修正点となる。また、新たな人権救済機関となる人権委員会は旧法案と同様、法務省の外局に置く。
 法案は、犯罪被害者や少年事件の加害者、その家族などを対象とする報道によってプライバシーが侵害された場合などに、人権委員会が調停、仲裁、勧告などの「特別救済手続き」を取れると定めている。このメディア規制条項は旧法案の審議過程で「表現・報道の自由への侵害の恐れがある」と批判されたため、凍結とした。
 一方、人権委員会の構成は委員長1人、委員4人で、任期は3年。首相が国会の同意を得て任命する。法案は「人権委員は独立してその職権を行う」と定めている。
 公布から2年以内に施行し、その5年後に「施行状況について検討を加え、必要な見直しを行う」と定める。
 昨年来、古賀誠、熊代昭彦両氏などの与党懇話会の関係者は自由同和会等の会合で、これまでの参議院先議で進めてきたものを衆議院に変えて提案すること、05年6月までの通常国会での成立を強調していた経緯があるが、再提案はあまりにも唐突なことであった。

三、法案急浮上の背景
  昨年11月11日の与党懇話会は、古賀氏を座長に選出し、法務省所管の堅持、地方事務所の充実、報道関係条項の見直し(凍結を含む)を確認し、11月26日に「解同」と話し合いが行われた、という。(自由同和会報道)
 この件に関し「解同」の機関紙報道では、「超党派人権政策勉強会が11月26日朝、東京都内のホテルでひらかれ、人権救済のための法律について来年の通常国会での成立に全力をあげること、実効性のある法律にしていくことを確認した。また、来年1月にも勉強会をもつことも決めた。
 勉強会には自見庄三郎・衆議院議員(座長、自民)、山名靖英・衆議院議員(公明)、仙谷由人・衆議院議員 (民主)、堀込征雄・衆議院議員(民主)、横光克彦・衆議院議員(社民)が出席、組坂委員長も同席した。
 自見座長が・・・国際的に通じるような法律としたい、と決意をのべた。山名議員は入り口論でなく、ともかく人権委員会などをスタートすることが一つの流れではないか、とのべた。堀込議員は制定に向けたこのムードを下げてはいけない、見直しの中身を具体的に担保できるかどうかつめて仕上げることが大切。仙谷議員はEUでの具体例などをあげた。横光議員は、これまでの法案では実効性に疑問があると語った。こうした議論をふまえ、通常国会で実効性ある法律の制定へ全力をあげることを確認した」と報道。
  いずれにしてもこれまでに決定された懇話会の内容等は、以前参議院で審議中に政府・与党の側から修正項目として浮上したが、反対世論もあって、「解同」、民主等とも合意に至らなかったものである。
  急展開は1月21日の会談がきっかけか。
 1月23日付け「西日本新聞」は、古賀氏と「解同」委員長が21日に都内で会談し、「解同」委員長が「将来的な見直し」を条件に3月の全国大会に向けて組織内協議をすすめ、6月までの今通常国会で成立させることで双方一致したと報道。
 それから3日の懇話会、2月4日に法相は「法務省としてはこの決定を尊重する」とし、与党懇の方針に沿って法案を修正する方針を明らかにするなどあわただしい動きが続く。
 そして「解同」委員長は3月3~4日の全国大会に関わる2月9日の中央委員会で、「与野党折衝で、われわれの目指す方向を担保する」とぶち上げたという。報道では、「独立性とは内閣府外局にするか、法務省から片道出向させる、との意味。実効性とは被差別部落出身者、女性、障害者、在日外国人などを人権委員にすることだ。与党の一部が強硬に主張するメディア規制条項も、削除することを明確に求めた」というもの。
 腹はべつにしても双方の思惑が一致したわけだ。
 その後民主党は、「解同」の方針が決まったあとの2月10日に党の人権侵害救済法に関するPT(プロジェクトチーム)の初会合を開き、江田五月氏が座長となり、党の「人権侵害による被害の救済及び予防に関する法律案大綱」をふまえ、「現実には、人権救済機関を一日も早く作ろうと思えば、何らかの妥協が避けられません。将来展望のある着地点を見つけ出せるかどうか、厳しい折衝が待っています」との立場を確認した。

四、政府・与党と「解同」の一致する狙い
 マスコミ報道は、「メディア規制に加え、『法務省の外局では独立性が保たれない』との批判を受けて廃案に追い込まれた」(朝日)、「メディア規制の条項などが激しい批判を浴び、03年に廃案となった人権擁護法案」(毎日)、「差別や虐待などによる人権侵害をなくそう、という趣旨そのものに異論は出なかったが、救済機関の『人権委員会』を法務省の外局に置くことや、メディア規制につながる報道関係条項には強い批判が起きた。野党が『救済機関の独立性に疑問がある』などと抜本的な修正を求め、マスコミも『報道への介入につながる』と反発。与党側はメディア規制の凍結などを野党側に打診したが調整がつかず、03年の臨時国会で廃案となった」(産経)、と2点の問題のみを報道。
 しかし、問題の本質はこれではない。
 先の法案が広範な国民の反対により廃案となった理由は、
(1)国連が示す国内人権機構のあり方(パリ原則)とは異なる
(2)公権力による人権侵害を除外しており、最も必要性の高い救済ができない
(3)報道によるプライバシー侵害を特別救済手続きの対象としており、表現・報道の自由と国民の知る権利を奪うことになる
(4)「人権」や「差別」についての明確な規定なしに、「差別言動」を「特別救済手続」として規制の対象としたことが、国民の言論表現活動への抑圧であり憲法に抵触するとの批判を受けたこと、などによる。
 政府・与党は(3)の削除ではなく凍結にこだわる点にマスコミ規制の執念があり、「解同」は、(4)に関わる第3条の差別禁止規定の見直しに一切ふれない、そして中央・地方の人選にこだわる、このことに狙いがある。
 このように再検討が求められた課題に対し何らの真摯な検討もなく、先に修正が頓挫した内容のままの「人権擁護法」案は、到底、国民的合意も国際社会からも賛同が得られるものではない。
 
五、「解同」が管理する「人権」・法案は廃案に

 「解同」の新年度方針案は今もって「確認・糾弾」闘争を「運動の生命線」と位置づけ、部落差別取締法の早期制定を求めている。こうした方針や議会請願の内容から伺えるのは、人権擁護法案は、「解同」が部落解放基本法制定で掲げた「規制」「救済」法を内実にしており、「確認・糾弾」の合法化に役立つことから「修正」としか言えないもの。 しかも「解同」試案の機構では中央・地方の人権委員会と人権擁護委員に変わる人権相談員を創設し、「人権委の委員・事務局は多様性・多元性に配慮して選任」を求めていることなどから明らかなように、自らを差別の当事者として委員会や委員に入り込み、「人権」「差別」を口実に国民管理を行おうとするもの、ここに「解同」の狙いと意図がある。 国民の人権擁護のためではない。
 「解同」は、政府・司法も「糾弾行為」を明確に否定しているもとで(徹底はされていないが)、いかに「運動の生命線」を維持し組織の優位性を保持するか、この点が思考の中心軸にある。
 このように、国民の畏怖(いふ)・不快など感情に関わる諸言動まで「差別であるかないか」を判定する強大な権限を持つ行政機関の誕生を喜ぶのは、権力と「解同」でしかない。
 もとより国民の人権救済のためには、国民の身近で頼りになる司法の民主的改革が基本であり、少なくとも政府から人事、運営、財政の各面で独立して活動できる人権救済機関の設置が必要であるが、人権委員会の帰属や格付けをも含む独立性の確保、民主的選任と国民の信頼をうる人権擁護委員の在り方でも十分な配慮が求められる。
 さらに法案のもとは、同和の特別対策の終結との関わりからつくられた人権施策推進審議会の答申にあり、「解同」委員や連合委員も入りとりまとめられた経緯がある。人権問題といいながら部落差別問題が中心であり、その問題点が法案に反映している。
 つまり、同和問題に関わる結婚・交際問題のように、この分野で合意されてきた政府見解では、何が差別かを判定することは困難であり、法律などで罰したり規制することは、かえって啓発に反し差別の潜在化を招くと捉えていたが、この法案は明らかに問題解決に逆行する仕組みを内包している。
 結婚・交際に際して、「部落差別」との断定のもとに、周囲の「反対者」の嫌がらせや侮辱などに「特別救済」を行うことは、国民の内心の自由への介入につながり、意に反する婚姻の強制など憲法が保障する婚姻の自由への行政権力の介入になりかねず、結果的に人権を侵害し、部落問題解決をも阻害するものである。
 また、表現には表現で対抗することが近代社会の基本であり、定義できない「不当な差別的言動」「差別助長行為」などの表現行為に対して、曖昧な基準で「停止」「差し止め」ができ、調査におうじなければ過料を課すなど物理的、強制的な手段による対応を行うことは、言論表現の自由を侵害し、しかも自由な意見交換のできる環境づくりによる部落問題解決にも逆行する。
 このように、この法案は、国民の望む人権救済制度のあり方に十分応える内容になっていないばかりか、従来、国民生活に係わる私的自治やマスコミのような報道の自由が不可欠な分野へ新たな権力の介入に道を開き、しかも異議申し立てなどの反訴や黙秘権も明確に規定されておらず、新たな人権侵害を生み出しかねない。
 一方、国連規約人権委員会は、「我が国の報告書に対する最終見解」で「警察及び出入国管理当局による不適正な処遇について」と「児童の権利」に関して「調査及び救済を求める申立てができる独立した機関等を設置」することを求めている。国連の方針がすべて正しいものではないが、関係当局は国内実状を一定反映した「勧告」を誠実に受け止め、各々指摘のある分野について個別法の改善整備を含む迅速な検討が求められている。
 国連は(高等弁務官の2度の指摘も含め)、とりわけ「独立した機関」が必要と指摘している分野をこのように限定しており、人権侵害の元凶である公権力や社会的権力(大企業など)を規制することを曖昧にし、国民の私的領域や言論の分野に踏み込むような機関はもとより想定していない。
 第3条の差別禁止規定の特別救済対象は公権力に限定すべきである。
 このように政府・与党の修正案は国内外の指摘に何ら真摯に応えていない。
 撤回し、あらためて国民的議論を行うべきである。
 自民党は憲法改悪をタイムスケジュールにのせ、その一環としてこの法を通じて国民の言論・表現・報道の自由に介在し人権抑圧攻撃を仕掛けている問題であり、「解同」問題を一掃する仕上げの課題として本質を暴露し、闘いを前進させるものである。(05年3月11日記)

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